死神警官〜バグ大の極道たちに振り回される警察 作:書庫・ラ・オランジュ
俺の名は六車謙信…………
「オロチ………テメェの悪行をここで清算させてくれる………」
「愚かな………その程度の剣でおれと渡り合おうなどと………」
和服の剣豪、辻斬り恩郎智と対峙する、武闘派の極道だ。
奴はこの大学に突如として現れ、教授を殺害した後、その亡骸をこの建物の上から投げ捨てた。
無垢な子たちを操る外道の一味に加担し、罪なき人々に刃を向ける…………
奴の剣術は洗練されたものだが、それは血肉と邪気を帯びている。そのような刃など俺は認めん。
この場でその腐った性根を………必ず叩き潰す!!
「行くぞ…………下衆野郎ぉぉぉッ!!!」
「バカの一つ覚えだな……………」
俺は怒声と共に、真っ向からオロチに突撃する!!!
「ぬぅぅぅぅん!!!」
(相手より早くに叩き込め!!!)
オロチの刃は圧倒的な速度を誇る。
あの刹那に渡る剣速は、閃光か迅雷。
日々研鑽を重ねているとはいえ、あの速度は俺の手に負えるものではない。
ならば、向こうが動くより早くに、こちらから仕掛けるしかあるまい。
「チェェェェストォォォォォ!!!」
俺は自身の持ちうる最高速度から雄叫びを上げ、全力で二刀のうち片方を振り下ろした。
「なんだそれは、」
オロチは難なくサイドに身体を跳ねてこの一刀を回避する。
しかし、この六車謙信の攻撃が、一撃で終わると思うなよ。
この一刀は次なる攻撃を確実な一撃にするための布石に過ぎん。
「吹き飛んどけぇぇぇぇ!!!」
「はぁ………」
俺はオロチが避けた方向に向けて、自分の肩をぶつけにかかる。
オロチの体格は俺と比べると遥かに細い。
剣で斬り殺すのは困難を極めるが、強い衝撃には弱いはずだ。俺がオロチのスピードには対応できないように、オロチにとっても俺の膂力は間違いなく天敵であるはずだ。
「オォォォォォォォ!!!!」
「ふん…………!!!」
オロチは刀を立てて俺の体当たりを受け流した。
俺の肩口に深い刀傷が刻まれる。
しかし、オロチも俺の勢いを殺しきれずに後退を余儀なくされる。
「────完璧に防いでも尚これか。知能と技量が著しく足りていないにも関わらず、その差を純粋な筋力で埋める………か。なんだ、ゴリラかおまえは」
「ふん、買い被り過ぎだ。テメェが軽すぎるんだよ優男。ちゃんと飯食ってんのか?」
「くっ…………くくくく…………面白いことを言うんだな…………おまえ。昔、ある女にも同じ事を言われたよ…………『男の子はたくさん食べなければならない』とかな、」
その時、オロチは初めて嗤った。
冷徹な言葉ばかりを吐き捨てる口から笑みが溢れる。
「テメェの女の話なんざどうでもいい…………だいたい、テメェのような男を愛する女がいたとして。なんでテメェは人を無差別に斬る外道へと堕ちやがったんだ、テメェの内にもしも愛があるのなら、こんな事できる神経なんてねェはずだ」
俺の問いに対して、オロチが返したのは静かな言葉だった。
「あぁ………そうだな…………おまえの言う通りだ………真っ当な神経で、真っ当に人を愛せたのなら、おれは辻斬りになど堕ちなかった………だが、運命は………おれをそうさせなかっただけの話だ」
オロチは六角を3本引き抜き、一斉に俺に向かって投擲。
身体の芯に当たることはないが、六角が頬をかすめた。
「チッ……………」
(パワーもタフネスも大したことのないやつだが、剣速も投擲速度も、移動速度もおおよそ人間の域を逸している…………)
俺が人生のうちに刃を交えた数多の強者たちと比べても、これほどにまで『速さ』に長けた相手は見たこともない。
純粋な速さだけならば、あの天羽組の天才剣豪・和中蒼一郎をも上回るということが俺のなかで確信できる。
「頑固親父のおまえにも、愛した人間がいたのだろう………?なら、分かるはずだ。人とは運命の奴隷だ。人間に選ぶ権利などない、人は人を選ぶ権利を持たず、親を選ぶ権利を持たず、死に方を選ぶ権利もなく、また未来を己で切り開く可能性もない」
愛する………人…………俺の…………
(やり直そうと思ったけど、極道の女はロクな事にならないから………ごめんなさい、謙信さん…………)
「───────────」
…………何を考えとるんだ俺は!
「─────悪ぃが、俺はそっち系の未練はすでに清算してんだ。テメェこそ、愛だのなんだの古い話をタラタラ引きずってねぇで…………テメェを見つめ直せ。愛を殺しの詭弁にしてんじゃあねぇぞ!!!」
俺は再び両の手に握った刀を振り上げ、オロチへと飛びかかる。
「ちぇぇぇぇぇ─────あ!!!!」
「大した剛剣だ、逃げるしかないな」
オロチはサイドステップで俺の斬撃を躱す。
「おまえの膂力は手に余る。本当は受け流しながら斬り殺すつもりだったが、おまえの攻撃は全て躱すしかないようだ」
オロチは俺の背後に回り込み、一瞬で背中を袈裟に切り裂いた。
「ぐぅぅぅぅぬぅぅぅ!!!」
マトモに食らっちまった。
相手の烈剣も大したものだ。
俺の背中の肉が盾になってなんとか背骨に届かずに済んだが、背中の肉が根こそぎ切り落とされた。
「背筋で命拾いしたな。運命はまだおまえの死を選ばないか。だが、二度も同じ奇跡は続くか?」
オロチは俺から距離を取るように、宙返りしながら飛び上がると、手に握った六角をまとめて投擲した。
六角は俺のいる場所とは見当違いの方向に向かって投げられた。
それらは、このテラスに光を灯す電球、ランプ、それらの灯りを寸分違わず貫き、辺り一面は暗闇に堕ちる。
「場を暗くして俺の視界を奪おうってか…………正面から戦えんのか卑怯者」
「好きに言っていろ。騎士としての誇りなど疾うの昔に棄て去った。守るべき者を護るための我が高潔なる剣は、殺すべき者の血肉を断つ凶器と堕ちた。しょせん剣術など、相手を殺せればそれで事足りる。どのような姑息な搦手を使おうとも、相手が死ねばそれでいい事だ」
暗闇にオロチの声が反響する。
この暗闇の中こそ、この男の本領。
蛇のごとく地を這い、闇夜に溶ける黒刀による神速の斬撃で、音もなく相手の命を刈り取る。
事前に司馬から聞いている。
奴の暗闇は、発煙筒によるものだと。
闇に溶けると言っても、その闇そのものは単なる煙にすぎん。
気配をつかめず、音を聞こえにくくし、視覚を阻むだけにすぎんのだ。
「ムゥ……………」
俺は二刀の握りを変えて腰を落とし、オロチの攻撃に対応するために最大限に集中する。
オロチも体重という重さをもつ生き物だ。こちらに突進してきたときに必ず風に煽られてこの煙の流れが揺れる。
それを見切り、オロチの攻撃を受け流すのだ。
その時─────
「棒立ちして何になるというか、」
「むぅぅぅっ!!!」
俺の背後からオロチが刀を振り上げて飛び掛ってきたのだ。
(足音と共に、奴を両断する!!!)
そして、ドス、と俺の背後に着地音!!!
「ここじゃぁぁぁぁ!!!!」
俺は真上から襲い来る唐竹割りを防ぎ、そのまま奴の身体を両断するべく、二刀を交差して振り上げた。
だが─────瞬間、オロチの気配が周囲からなくなった。
「むぅぅ…………!?これは─────」
「泡沫と消えろ────二刀の阿修羅よ、」
それと引き換えに、俺の懐の中央にオロチの一文字が叩きつけられた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「藪に紛れた蛇を、追いかけられるというのならやってみろ。だが…………藪の音は蛇が這う音のみならず。風の音、貴様が歩を進める音もすべて藪が奏でる聲、」
俺の背後にあったの足音の正体。
「チィ………!!!」
それはフェイントで俺の背後に投げられた、投げナイフが地を刺した音だった。
「古い剣客は無数に見てきたが、軒並みおまえのような系統は正面からの斬り合い以外に能がない。搦め手に対して何もできない、」
クソが…………冷静に分析しおって……………
「次は何で生き残ったか…………その腹に巻いた布か。盲点だった───腹を裂くのは辞めておけばよかったな、素直に首を斬れば終わっていたものを」
「チッ……………」
今のは危なかった。
腹じゃなかったら、いや腹だったとしてもサラシを巻いてなけりゃ臓腑が溢れかねん。
今のは相当な深傷だ。
「まぁ…………いい───次がある。どうせ今外したところで、おまえは次の攻撃も避けられぬ」
オロチはバックステップで闇へと潜り込む。
「─────────────」
この闇の中では話にならん。
ならば───────
「テメェに次はねぇ………京極組の根性、ナメんじゃねぇぞ…………」
俺は敢えてこの暗闇の中から己の足で駆け出す。
次にオロチの斬撃をまともに受ければ持たん。
二度も命脈をはずしたのだ。オロチは次こそ確実に俺の命を断つつもりだ。
ならば、この暗闇でできることはない。
俺はテラスを疾走し、なるべく背後に向かってテーブルや椅子を蹴り飛ばす。
「逃がさんぞ…………」
オロチは地を這うように、飛ばされたテーブルや椅子の下を潜り抜け、俺の全力疾走を遥かに上回る速度で猛追してくる。
暗闇の中で、背中に4本の投げナイフが突き刺さる。
「ぐぅぅ………クソッタレぇぇぇ!!!」
「何処へ征く…………おまえの行く末は、土の下以外にない、」
俺はテラスの縁にたどり着き、そこから飛び降りた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
このテラスは3階だが、2階にもテラスはある。
一階相当の高さから飛び降りる程度、この六車にとっては小さな段差に過ぎん。
「ぐふぅぅぅぅっ!!!」
俺は受け身を取りながら、2階テラスの床に叩きつけられる。
「くっ……………そ…………おのれ、」
俺が顔を上げると、そこに暗闇はなかった。
地に放られた発煙筒から、低い座標へと向かえば煙の広がりからは逃れられるだろう。
「少しは頭が回るようだな。だが、暗闇から抜け出たところでおまえに何の利が向く。おまえが俺に叶わぬことは、何も変わらん!!!」
「むぅぅぅうう!!!」
オロチは既に俺の背後まで来ていた。
「その脳天、斬り捨てるぞ、」
「ここじゃぁぁぁ!!!」
神速の唐竹割りを俺は頭上で受ける。
「─────バカが、」
次の刹那、オロチの足が跳ね上がる。
「喰らえ、」
「ふぅぅぅぅん!!!」
俺も足を上げて突然跳ね上がった蹴りを止める。
だが…………
「ぐゔぅぉぉぉぉ………っ!!!」
俺の腹にはいつの間にかナイフが刺さっていた。
「テメェ…………俺の背後にいた時には、既にナイフを地に刺していたのか…………!!」
今の蹴りで飛んだナイフが、俺の腹に刺さったということか…………
なんと器用な男よ………!
「類稀な剛剣を持つ惜しい相手だが、おまえは対応力に著しく欠けている。根性だけでどうにかなるというのなら、おれはすでにこの剣で天下を取っているとも、」
オロチの低姿勢からの体当たりからの肘打ちが、俺の腹に刺さったナイフをさらに奥へと押し込む。
「がハァ…………っ!!!」
俺の口から鮮血が吐き出される。
「覚悟の強さと精神の堅さだけで、運命を塗り替えることはできん。おまえのあるべき場所、おまえの至るべき無の境界こそが、運命の選んだおまえの行く末だ─────」
「ぬぐぉぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
オロチはそのまま流れるように、ナイフで俺の腹を掻っ捌きながら強引に引き抜いた。
「ご…………は……………」
腹に力が入らなくなった。
意識が白く塗り替えられる。
「まだ………じゃあ……………」
しかし、俺は根性で踏みとどまる。
「掴まえたァ…………」
俺は片方の刃を離し、一刀を口に咥えた。
そして両の腕でオロチの身柄を押さえた。
「なに……………」
「テメェの細身じゃあ、何もできねぇだろ…………」
俺の背筋が激しく隆起する。
俺の両の腕はオロチの身体を完全に捉えた!!!
「もらったぞォォォォォッ!!!この腐れ外道がぁぁぁぁぁ!!!」
俺は口に咥えた刀を首とともに振り上げる。
「─────ふん………!!!!」
俺とオロチの体格差は歴然としている。
オロチの剣速と機動力は俺を遥かに上回っているが、俺の二刀流の剛剣の前では、その身軽な身体が最大の弱点になる。
スピードがあるかわりにパワーがないこの男なら、俺の拘束から逃れることは絶対にできん。
「剣を食うのは芸人のようで面白いが、しょせん苦し紛れだな」
「ムォォォッ………!?」
しかし、なんとオロチは俺の拘束を難なく解いたのだ。
(馬鹿な…………ありえん…………)
細身を活かして俺の拘束の穴をすり抜けたのではない。
純粋に、オロチを抱き留める俺の腕を弾き返して解いたのだ。
「先程からおまえ………おれの事を非力な若造扱いしているようだが、あまり舐めて貰っては困る」
オロチは両手に握った剣を軽く上に投げながら、右片手に握りを替える。
オロチの右手は、柄の真ん中ではなく、下の方を握っていた。
「守るべき者も守れなかった錆剣ゆえ、我が騎士号に誇りも誉れもないが………それでも、おまえのような三流に椎名田に仕えた騎士の名を侮らせはせんよ」
「ぬ………ぅ………!!」
「…………性に合わぬから封じていただけで、一刀までなら貴様程度の剣など、」
次の瞬間、落ちたのは落雷のような袈裟。
「───同じ出力で出すのは造作も無い!!!」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
オロチは全身を振りかぶり、身体の捻りと腕力の融合から繰り出される強力な一撃を俺に叩き込んできたのだ。
柄の下の方を握ったことで、遠心力が強化され、俺はその斬撃を防ぎ切ることができなかった。
「ぐぉぉぉぉぉっ!!!」
全身を激しく地面に転がされ、さらに一刀が激しく弾き飛ばされた。
(ありえん………この男………これほどの筋力すらも隠し持ってたというのか………!!!)
このオロチの恐ろしさは、あの暗闇でも、暗闇に紛れる黒い太刀でも、投擲されるナイフでも、その恐るべき剣速でもなかった。
奴の身体から瞬間的に繰り出される、わずか一瞬だけの圧倒的な剛剣。
それも含めた全てが、奴を構成する全ての恐ろしさだった。
この男の真価は速度などではなく、搦手などでもない。
この男の『攻め』の全てが、剣術として……いや、『剣を用いた殺人術』として最高峰なのだ。
「ぐぅっ………クソッタレぇ………」
(まずい………出力においても、奴のほうが上回っているというのか………!)
「貴様はおれを、雇われの傭兵か何かだと思っているようだが…………おれの殺しはそれほど安いものではないさ」
オロチは膝をつく俺に歩み寄りながら語りかける。
「おれの一門は、古きからお嬢様に仕えお守りしてきた一族。国を動かしかねぬほどの絶対的な影響力と財力を持つ椎名田に仕える護衛が、貴様らのようなゴロツキと対等とでも思ったか………」
オロチは夜海のような冷たい目で俺を見おろしていた。
「思い上がるな………おれに勝ちたくば貴様をもう3人は引き連れてこい。これでは話にならん、」
オロチは淡々と述べているが、その冷静な言葉と態度からして………奴に余裕はあるというのは本当のようだ。
俺一人では…………奴になんのダメージも与えられていない…………
奴はまだ、『勝負になって』すらいないのだ。
「椎名田…………その名、確か…………仙台の…………」
俺は椎名田という名に聞き覚えがあった。
アレは、たしか数年ほど前。
『本日、こちらの記念公園には椎名田家の輝夜お嬢様が来訪されており、規制線が張られ厳重な警備で囲われたお嬢様の周りには、多くの『かぐやファン』の皆様が集まられました。他企業グループとの共同によるグッズ展開や、大学などの外部での講演会、さらには貧国や地方への支援活動など、多岐に渡る活躍を見せる輝夜お嬢様の圧倒的人気は絶世の『かぐやフィーバー』として多くの国民から支持を受けており……………』
椎名田家といえば、『かぐやフィーバー』を起こした、国民から多くの支持を得た令嬢、輝夜の家か。
かぐやフィーバーが流行した年では、確かに若い女の間で『かぐやヘアー』や『かぐやスタイル』といったファッションやトレンドがあった。
また、輝夜嬢の護衛についていた3人の侍女も一部層からの人気があり、男たちの間でもメイド喫茶が爆発的に流行したという事もあった。
それほどにまで、国民の流行に大きな影響をもたらし、様々な活動によって国を動かしてきた輝夜嬢の話はある日忽然と姿を消した。
流行とはそういう物だ。ある日急になくなる。
だが、それは──────
「オロチ……………テメェが守れなかったモン、ってのは…………まさか、」
俺の呟きにオロチが歩みをとめる。
「………………………………………」
オロチは自分の右手に握った剣を見つめていた。
「─────お嬢様は、
お嬢様も、妹達も、各局のメディアに取り上げられるほどの人気を博した国民のスターだった。
おれは、お嬢様の付き添いだったが、基本的に陰にいた。
お嬢様の護衛は、基本的にあのメイドたちだけで十分だった。おれはあくまで形式的に、文化的に古きから椎名田に仕えていただけの、末裔としての文化…………お約束、オマケ…………
敵がメイドたちで手に負えなかった時の『保険』に過ぎなかった。
雑誌やテレビ、新聞………数多くのメディアに取り上げられる彼女たちに引き換え、一度もおれはそういったものに載ることはなかった。
無論、あぁいった俗物に取り上げてもらいたいと思ったことは一度たりともない。
おれにとっては、お嬢様の隣でお仕えすることが使命であり、至高の歓びだった。
帯刀する時代でもあるまいから、剣しか才のないおれが、唯一自身の力を使うことのできる場所はそこしかなかった。
とはいえ国民全員の賛美を浴び、国民の顔となり、光であった彼女たちからすれば、おれのような男など、眼中になかっただろう。
「もう。遅いですよ、恩朗智さん」
「………申し訳ございません、お嬢様。『時間が空いたら』と仰いましたゆえ、先にお庭の巡回を済ませてから参ろうと、」
「ふふ。貴方はこんな時も真面目なのね」
「いえ、当然の務めでございます。それで、ご要件というのは………なにやらお急ぎというわけでもなさそうでしたが、」
「ふふ………相変わらずこの手の事には鈍いのね。今日は貴方の誕生日だったでしょう?」
「えぇ。そうですが…………」
だが、お嬢様たちは、おれを家族のように扱ってくれたのだ。
自分たちとはあらゆる意味で格の違うこのおれを、
「ほら、可愛いメイドさんたち〜。持ってきてあげてちょうだい、」
「はい。ただいま伺います」
「わっせ、わっせ、っと〜」
「あ゙ー、ようやく来たのね恩朗智さん」
このおれを、剣ではなく人として、お嬢様は扱ってくれた。
「はい、ここに座って」
「いやお嬢様、それはお嬢様のお座りになる、」
「いいからいいから。座らないなら私が強制的に座らせます」
「は、はぁ。………それで、こちらのケーキは、」
「なにって、決まってるでしょ?私たち姉妹で、あんたのために、わざわざ時間割いて作ったんだから。もちろん、お嬢様と一緒にね」
「ふふ………瀬織ちゃんが一番張り切っておりましたよ。恩朗智さんに喜んでほしいって、ずっと張り切ってました」
「ちょっと!余計なこと言わないでよ姉さん!」
「否定はされないんですね、瀬織お姉様」
「だっ、木ノ葉まで!」
「…………普段の感謝を込めまして、今日は私たちが恩朗智さんをおもてなしいたします」
正直、かなり予想外だった。
驚きすぎて、あまりよく覚えていなかった。
まさか仕える側のおれが、お嬢様からもてなしを受けるなど、
「おれにとっての一番の喜びは、茅乃たちと共にお嬢様にお仕えすることです。…………しかし、たまにはこうして羽根を伸ばさせてもらうのも、なかなか良い気分だ、」
なるほど─────一番冷たかったのはおれか。
彼女たちは、おれを家族だと思っていたのに、
おれが………おれ自身を、彼女たちの剣にすぎないと思っていたんだ。
「恩朗智さん、」
「恩朗智さま、」
「恩朗智さん、」
「恩朗智さま、」
「「いつもありがとう!!お誕生日おめでとう〜!」」
そんな日々が、ずっと続くと思っていた。
いや、違う。
おれが、この温かな家を守らなければと思っていた。
守るべきものと言えば、茅乃のこともそうだった。
「妹の買い物に付き添ってくれてありかとうございます、恩朗智さん」
「まぁそうだな………木ノ葉と瀬織の初売りの付き添いは毎年覚悟しているからなんともな、」
「ごっ、ごめんなさいね………あの子たち、買い物するとなると子供みたいにはしゃぐんだから………」
「ふっ、なにを言うかと思えば。まだまだ少女だろ、おまえも彼女らも」
「も、もぅ………すぐずるいこと言うんですから」
あの誕生日の日におれの心境が変化してからもうしばらくした頃には、おれと茅乃の二人で屋敷で酒を交わす機会が増えてきた。
1歳差の木ノ葉と瀬織はまだ未成年だったが、茅乃は末子の木ノ葉より4つも上だったのでおれとは飲み交わせた。
「おれはあくまで付き添い………いや荷物持ちだったが、そこそこ楽しめたぞ。次は茅乃が付いていったらどうだ。三姉妹でゆっくり買い物するほうが楽しいに決まっている」
「それもそうですね………」
「そういえば、おまえはあまり買い物に興味は示さないタチだったな」
「そうですね。それもありますが、今の私の一番の幸せは、こうして貴方と二人でいる時間のほうです」
「…………ふっ、そうか。なら………いつかここを出るしかなくなるだろうか。今のうちに、おれの代わりになりそうな剣士を探さないとな」
「それは、どういう事ですか?」
「……………おまえを幸せにしたければ、おれとおまえ二人、どこか違うところで暮らさなければならないからな」
「─────────────」
「おれは今のままで良いと思っているのだが………おまえが二人で居たいというのならそうするしかないだろうな」
「そっ、それは…………そんなことは…………」
「まっ。来にするな。世にも貴重な、朔月流の冗談だ。おまえとどうなるかは、おまえがもう少し大きくなってから考え直すさ………ご馳走様、」
その日も、おれは普段通りにゆっくりする時間を終えて持ち場に戻るつもりでいた。
だが、その日の彼女はおれの裾を引っ張って引き止めた。
「………………………………」
「なっ、どうした茅乃?飲んで具合でも悪くなったか?」
茅乃は表情を見せないままおれに呟いてきた。
「私が………大きくなったら、って………どういう意味ですか、」
「…………………あ、あぁ………?」
茅乃はおれの裾を引く手を話すと、後ろに下がってそこのソファに座った。
「わっ………私は、もう、ひとりの女です……っ!」
「────────────」
おれはその時どんな表情をしていたか覚えていなかった。
けれど、きっと………開いた口が塞がらなかったのだと思う。
「ずっと………待ってたのに、貴方って人は全然気付いてくれないんですから。貴方が好むような強いお酒だって飲めるようになったし、ずっと二人の妹を支えて、お姉ちゃんとして頑張ってきて………昔からずっと貴方の事を追いかけていたけどまだ子供だったから我慢して………それでようやく、私も大人の女性になったのに貴方はまだ私を子供扱いされるんですか!?」
「ちょっ………ちょっと待て、待て茅乃、待て落ち着け!おまえっ、絶対酔ってるだろ!!!」
「酔ってません!!!!!!本音!!!!!!」
「───────は、はい…………」
まさか茅乃に怒鳴られる日があるとは思っておらず、情けなくおれは気圧されてしまった。
「逆に…………どうすれば、貴方は私を一人の女として認めてくださるのですか………?」
「いや…………あの、」
「恩朗智さんは、私の事が見えていない、んですか……?貴方をこんなに想う人がここにいるのに、何も思わない………ですか?」
「はぁ………………」
お嬢様は………完全無欠だから置いておいて、
うちの連中はおれ含めてとんだイロモノばかりの中で茅乃が唯一の良心だと思っていたのだが、
むしろこの女が一番末恐ろしいモンスターだったのではないかと思い知らされた。
「はぁ………やれやれ、わかったわかった…………おれの負けだ…………おまえ、おれが思ってた以上に、ずっと……ずっと大きくなっていたらしいな…………」
「……………よかった…………嬉しい、」
おれは仕方なく引き返して茅乃の隣に座ることにした。
「約束しましたよ。私を幸せにしてくださるのですね」
「勝手な事を………」
だが、お嬢様にもここまでは求められなかったから不思議な感覚だ。
だが、悪い気はしないし、むしろおれ自身が満たされているような感覚すらしてくる。
「むろん、二人で暮らすというのは嘘だし冗談だ。おれは生まれながらにしてお嬢様の家族であるし、椎名田家の騎士として墓に埋まる覚悟でいる」
おれは自分から茅乃の手に触れていった。
「────だが、それはまた別として。おれは、おまえの騎士になると誓う。朔月の剣は、石長茅乃………君を守る為に、」
「………うふふ、ありがとう………私の素敵な騎士様、」
おれはあの日誓ったんだ。
彼女の、彼女だけの騎士であると誓って。
一族が誇る、椎名田の誉れある剣士としてではなく、
このおれの………朔月恩朗智として、一人の男としての………一つの誓いを。
だが───────────
「か──────か……………………」
おれは、それを守り抜くことができなかった。
ある日おれはお嬢様の命により、遠方で開かれた大きな宴に椎名田グループの企業の護衛として派遣された。
おれでも名を知るほどの政界の要人などが多数寄せられたその宴で、椎名田傘下の企業の社長の護衛職だった。
仕事を終えて、屋敷に帰ってきたおれを待っていたのは─────────
「が………がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
部屋中が紅に染め上げられたお嬢様の執務室で、温度を亡くして転がっていた、変わり果てた婚約者とその妹の姿だった。
「茅乃…………!!!瀬織…………!!!な…………なんだ………なんなんだ、コレは…ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
茅乃と瀬織は、四肢を切断されていた…………
おれが抱えあげた二人の苦痛と絶望に歪まされた死に顔は、手足を喪った胴体から切り離されたものだった。
屋敷中が、めちゃくちゃに荒らされていた。
とくにこの部屋は酷かった。
お嬢様が執務をなされる机や、書棚が全部ひっくり返っており、壁や扉に刻まれた刃痕………それから、落とされた二人の腕に握られていた武具の存在が戦いの凄惨さを物語っていた。
おれがいない間に、屋敷が襲われ………二人がこんな無惨な姿になって死んでいた。
「か……………ァ………、…ゥ…………っぐ…………」
あまりのショックに、おれはしばらく言葉らしい言葉も、まして慟哭すらも発することができなかった。声帯が丸ごと握りつぶされたかのようだった。
おれを家族と慕ってくれた妹も、こんなくだらない男を愛してくれた女も、まるでおれに見せつけるかのように、身体をバラバラにされて、苦痛に歪む表情を刎ね飛ばして転がしたんだ。
「なぜだ…………なぜ、こんな事になったんだ………茅乃…………」
おれはバラバラにされた二人の身体をかき集め、弔った後に広大な庭にそびえ立つひときわ高い木の前に埋葬した。
つい二日前、おれが出立する前までは賑やかだった屋敷がえらく静かだった。
茅乃と瀬織の、四肢と首を喪った胴体を運んでいた時、おれは二人の身体にひどく穢された痕を見た。
別に、それがあったからなかったからと言って何かが変わるわけでもない。どうせ、死んだらただの骸にすぎない。
昔のおれならそうだったのだろう。
だが─────おれは、あの日、彼女たちを家族だと思ってしまった。
だからこそ、それが余計に心を抉った。
あの汚れよう、あの傷つきようは、ちょっとやそっとの始末ではない。
複数人で、それも何日も何日も、何度も何度も、ずっと絶えることなく乱暴に、回し者にされ続けた結果、身体が破壊し尽くされ、使い物にならなくなった時の様相だ。
きっと、ただ手足を切り落とされたなんてそれだけの痛みでは済まされないほどの苦痛を味合わされて─────
最後に使い物にならなくなった瞬間に、捨てるように首を落とされて絶命させられたのだろう。
いいさ、それで。
こんな目に遭わされて生きてても、何も良いことなんてなかったはずだし生きていけるわけがなかった。
茅乃はきっと、こんなに身体を壊され、穢され尽くした身体を、おれに見てほしくなかったと思っていただろう。なら、首飛んで一瞬で死ねるだけまだ救いようはあったのかもしれない。
「─────────────」
だけど…………おれはそんなの気にしないから、最期の一度だけでいいから、その声を聞きたかった。
なぜ、なぜおれに、君を幸せにするという約束を果たさせぬまま…………このおれに、約束を破るという咎を課せたまま…………なぜ、このおれに…………おまえの騎士になると誓ったこのおれに、おまえを守れなかったという情けない結果だけを被せて、先に死んでしまったのだ…………
男のほうが平均寿命が短いというのなら、おれは生きてるおまえの腕のなかで生涯を全うしたかったというのに。
瀬織も、なぜだ。
なぜ…………兄たるおれに、妹を守れなかったという恥を残して逝ってしまったんだ。
「───────誰がやった、」
唯一の救いがあるとしたら──────
おれが悲しみにくれ、涙に濡れた時間がそれほど長くはなかったということ。
尽きぬと思っていた哀しみは、一日も経たずに燃え尽き、枯れ果て、冷めた。
代わりにおれの胸に現れたのは、生まれて一度も感じたことのない感情だった。
怒ることは人生に何度もあった。
時にはお嬢様に襲いかかる悪辣に対して殺意も湧いた。
だが──────コレは知らない。
「大切な人を奪った者を許せない」という復讐心とは似て非なるこの感情は。
おれはグループの力を借りて、この事件を追おうとした。
現場には木ノ葉とお嬢様の死体はなかったため、その行方を探そうと思った。
だが──────誰一人として、この件に首を突っ込もうとしなかった。
下手に触れれば次は自分たちが標的だし、何より…………後継者すら儲けていない当主が死んだことで後釜争いが後を絶えずもはやそれどころではなかった。
もはや普通の人間ではどうすることもできないと悟ったおれは、ついに裏社会へと足を踏み入れることになったのだ。
当たり前だ。茅乃とお嬢様と妹を失ったおれには、もう行き場など残されていなかったのだから。
情報屋などを当たり続けていると、お嬢様が死んだという情報も入った。
別に驚きはしなかった。「だろうな」と思っただけだった。
ただ──────木ノ葉の情報だけは、何をどう頑張っても、手に入らなかった。
今日に至るまで、おれは彼女の行方を知らない。
だが…………どうせ、姉とともに穢されて殺されたのだろう。
─────冷静に考えると、彼女たちも相当な腕利きだ。
それを破ることができるということは、襲撃してきた連中も相当な強者だったことがわかる。
お嬢様を襲う連中はたいてい、敵の多い政界の連中だ。
お嬢様に付き添っていてよかった。
あの日、出張しておいてよかった。
おかげで椎名田と関わった政界の連中の顔を思い出し、洗えるようになった。
おれは政界を追い、お嬢様と少しでも近づいたことのある全員をひたすらこの剣で脅し、洗いざらい話させた結果─────
たどり着いたのが……………あの男だったわけだ。
政界を牛耳る奸佞邪智の外道…………御前……………
ひとしきり語り終えた奴が、俺の前に出てくる。
「ここまで人に話したのは随分と久しい。だが、どうせおまえは知ったところでこの話を持ち帰ることはない。おまえは、今、ここで、死ぬ」
「クソっ……………」
俺は、この絶対絶命の状況を抜け出すことができるのか………………
次回『オロチ激昂・木ノ葉の行方』