もしもあの決闘者達が現代のトレカショップを訪れたなら   作:葉隠 紅葉

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第11話

 時間はさかのぼる。それはインセクター羽蛾という客が1枚のカードを100万円という大金で買っていった日の夜の出来事であった。

 

 夜もすっかり更けて、川越の街は実に静まり返っていた。閑静な住宅街に近しいその古本屋の店内では、電灯のほのかな明かりしか光源がない。閉店後の整理も終わったのか、店主であるその男は湯呑み片手に談笑をしていた。

 

 どうやら電話をしているようだ。スマートフォンのアプリを通じて行っているその電話の相手は自身の姪であった。この店にDMを置くきっかけにもなった可愛い姪である。

 

 店主の年齢は26歳。18歳である彼女とは一回り近く違うが…小さなころはよく自身にひっついていたものだ。そんな仲の良い彼女に対して、店主は上機嫌にこれまであった出来事を話した。

 

「いやーというわけで信じられない位の高値で売れたんだよー!」

 

『ふーん叔父さんの店でそんな事がねー…』

 

「最近はすっかり店の売り上げがすごいことになっていてねぇ。カードって儲かるんだねぇ」

 

『……』

 

「あの分だとカードの値段を2倍…いや10倍にしても売れるかもしれないなぁ!」

 

『……』

 

 電話口で陽気に話す店主。思い出すのは今日、異様なテンションでカードを買っていったあの男。恐らくコスプレイヤーか何かだろうか。今思い出してもたった1枚のカードを100万円で買っていっただなんて信じられない。

 

 上機嫌な店主に比例して、電話口の姪は非常に何も話さなかった。ただ話す度にどんどんと場が冷え込んでいっているのだが、店主はそれにも気が付かないまま話し続けた。

 

「あれ、聞こえてないのかな?もしもしー?」

 

『……』

 

「あっ勿論売れた分の値段は山分けにするから安心して…」

 

『ねぇ()()()()()

 

 ピクリと反射的に背筋をただす店主。普段は叔父さんと呼んでくるこの姪が、この呼び方をする時。それは非常に怒っている時特有の呼び方なのだ。

 

 何か彼女を怒らせるような事を言ってしまっただろうか、思わず冷や汗をかく店主に対して姪は言葉を続けた。

 

『そうやってカードの値段を不当に吊り上げるの、本当にどうかと思うよ』

 

「あっいや…」

 

『転売ヤーとかね…そういう事をする人達がいるから、本当に遊びたい人が遊べなくなるんだよ。分かってる?』

 

「……」

 

『お兄ちゃんはお金儲けがしたいの?子供達から笑顔とカードを奪って本当に楽しいの?』

 

 姪からの正論に、ひきつった表情を浮かべる店主。間違いない、姪は本気で怒っている。電話の向こう側でどんどんヒートアップしていく彼女の口調に比例して、店主の口数はどんどん少なくなっていった。店主は背筋を正して唯々彼女の話を唯々聞き始めるのであった。

 

『それにね、私が【まだ売らないで】って言ったカードを勝手に売ったのも良くないよね。正直人としてどうかと思うよ』

 

「いや…高く売れる分にはいいかなと…」

 

『お兄ちゃんだって戦前の文豪が書いた初版本を勝手に売られたら困るでしょう?それも的外れな値段で』

 

「そ、そりゃだめだ!歴史的価値だってあるかも!」

 

『でしょう?本とカードの違いはあれど、それと似たような事やったんだよ』

 

「…ごめんなさい」

 

『お兄ちゃんが本狂いな事は知ってるけどさ。お店の経営者として、もっと常識とか身に着けたほうがいいよ』

 

「…自分は最低な事をしてました」

 

 姪からのド正論に、大人として何も言い返すことができない店主。本が好きな彼は、それこそ三食…寝る間も惜しんで本ばかり読んでいる。浮世離れした…といえば聞こえはいいがもっと言えば常識がないのだろう。

 

 所詮はカードでおもちゃとばかりに舐めた態度を取っていた彼は、姪からの指摘で自身がしでかした事の重大さを自覚した。冷や汗をかいていると、彼女は電話の向こう側で小さくため息をついた。

 

『あのね…私がカードを置いているのはなんでだと思う?』

 

「な、なんでかな…」

 

()()()()()()()()()()()だよ』

 

「ワクワク…?」

 

『そうだよ。私は子供たちにカードを楽しんでほしいんだよ』

 

 そういって姪は語る。彼女の願い、それは地元の子供たちに遊戯王の楽しさを知ってもらう事だと。

 

見たこともないカードに出会う喜び

 

自身で戦略を考えて決闘へ挑むドキドキ感

 

デッキの改善点を見つけて試行錯誤する楽しさ

 

 それら全てが大事なのだと彼女は語る。だからこそ彼女はこの店のストレージボックスを管理しているのだ。バイトをして得たお金で強いカードや希少なレアカードを購入する。そしてその購入したカードを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 カードの束の中からキラキラと光るレアカードを見つけて喜んでほしいからだ。まるで宝探しのように、あのカードの束の中からたった1枚のレアカードに出会う喜びを味わってもらいたいのだ。

 

 そしてそれをきっかけに他のカードにも関心を持ってほしい。使ったことも無い未知なるテーマに興味を持ってもらいたい。一見すると複雑な効果を持つカードであっても、思わぬところでシナジーが繋がるあの喜びを味わってもらいたい。

 

 全てのカードに使い道がある…だなんてあの主人公のようにそこまでは言えない。けれどそれを考えるきっかけになって貰えたら嬉しいと願っている。

 

 だからこそカード1枚1枚を格安で提供しているのだ。子供たちのお小遣いでも買える値段で提供しているのは、純粋に子供たちに楽しんでもらいたいからなのだ。

 

 ワクワクを思い出すんだ…この言葉に何度元気づけられてきただろうか。人生で一番大好きなあのアニメのセリフに、一体何度勇気づけられた事だろうか。だからこそ彼女はカードを集めているのだ。

 

大好きな遊戯王から受け取ったあのワクワクを

 次なる子供達(誰か)のワクワクへつなげる為に

 

 姪からの言葉に、店主は心底自身を恥じた。彼女がそこまで深い思いを抱いていたとは気が付けなかったのだ。店主は電話越しに見えないにも関わらず、深々と頭を下げた。

 

「ごめん…なんにも分かってなかったよ…」

 

『まぁお店にカードを置かせて貰っている立場だから強く言えないけどさ。それであのカード…いくらで売れたの?』

 

「…えーとね」

 

『なに、幾らだったの?』

 

「……100万円」

 

『ひゃ、100万円!?』

 

 電話の向こうで、姪が息を呑む。驚きのあまり声をあげた彼女に対して店主は恐る恐る問いかけた。

 

「も、もしかしてあのインセクトなんちゃらって100万以上したり…」

 

『しないしない!この間ネットの相場見たら400円とかだったよ?』

 

「う、うーん…なるほど…?」

 

 大声をあげて動揺する姪。そんな彼女に対して店主は頭を悩ませた。結局彼はなぜあのカードを買ったのだろうか。しかも400円のカードに100万円とは一体。心底疑問に思う店主。一方姪は店主に対して冷静に注意を促した。

 

『とりあえず返金しようね、そのお客さんに』

 

「しなきゃだめ…だよねぇ」

 

『あのねぇ…カードとお金のトラブルって本当に怖いんだよ?大事になる前にちゃんと謝った方がいいよ』

 

 鋭い口調で促す姪。確かにここまで実情と実際に売った値段がかけ離れていたらトラブルになりかねない。あの場は勢いでつい売ってしまったがここまで面倒ごとになるとは思わなかった。店主は椅子の上でもぞもぞと身じろぎしながら姪に対して聞いてみる。

 

「…実際のところ本音は?」

 

『インセクト女王(クイーン)に100万円も出す人に関わってほしくない』

 

「あぁそれが本音なんだね…」

 

『だって究極変異態の方とは言えインセクト女王(クイーン)だよ?ヨソで400円で売ってたカードに100万円即金で出す人なんて…絶対変な人じゃん』

 

「う、うん…」

 

『そんなの変態か、富豪か、変態の富豪かのどれかだよ』

 

「まぁうん。恍惚な表情でカードに頬ずりはしてたよ」

 

『そうなんだー…』

 

 ひきつった表情を浮かべる姪、そんな姪の言葉に店主もまた何とも言えない顔をする。一応彼の連絡先は控えているのだが、それでも彼はあれから一度も来店しては来なかったのだ。まずは連絡してみるべきだろうが…一体どうするのが一番良いのだろうか。

 

 夜もふけりすっかり静かになった住宅街。その夜更けた町の様子をすりガラス越しに眺めていると、電話口の姪が更に言葉を続けた。

 

『それにネットニュースにでもなったらやばいしね。あの店はカード1枚を100万で売ってたやばい店だーって悪評でもたったら…』

 

「あぁ今の時代それは怖いよねぇ…」

 

『叔父さんの大好きな本も売れなくちゃっちゃうよ。だからもっと真剣に考えてよね』

 

「わかった、今度その人がきたら誠意を込めて謝罪するよ。お金も差額分ちゃんと返す」

 

『それがいいよ。所でその人の特徴は?どんなデッキ持ってたとか情報はあるかな』

 

「え?」

 

『いや、カードをやけに欲しがってたみたいだし…お詫びの品として貴重なレアカードでも購入しておこうかなって。カードの傾向が分かれば探しやすいし』

 

 カードを新たに購入。確かにその選択肢もある…のだろうか。姪からの言葉に首をかしげる店主。えーと確かあそこにしまっていたはずだが…店主は立ち上がりながら机の引き出しにしまっていたファイルを取り出すのであった。

 

「えーと確か…()()()()()()()()って人だったよ」

 

()()()()()()??』

 

「その人からもらった名刺にそんな事が書いてあったんだよ…確かこのファイルにしまったはず…」

 

あれ?インセクターだっけ

それともインゼクターだっけ?

 

 そういって電話しながらファイルをめくる店主。確かインゼクターだったと思う…カタカナかつ随分と奇妙な名前が印刷されていたから印象に残っていたのを覚えている。

 

 どこにしまったっけかと独り言をつぶやきながら机の引き出しを探し始める店主、

 

 一方の姪は困惑する。これまで彼から伝えられた情報によると背丈が低く、全身緑色で虫型の眼鏡をしている。しかも笑い方がうひょひょなインゼクター?そんなの役満ではないか。彼女の脳裏にはもうあの虫野郎しか思いつかなかった。

 

『コスプレイヤーさん…なのかなぁ』

 

 たぶん…相当気合の入ったコスプレイヤーなのだろう。インセクター羽蛾によせまくってロールプレイもバッチリの凄腕コスプレイヤーだ。二つ名から察するに、きっと自身のデッキテーマも昆虫族のインゼクターで統一しているのだろう。

 

 だいたいあの数ある遊戯王キャラの中からあの羽蛾を選ぶ辺り、それはもう筋金入りの遊戯王好きであると言えるだろう。

 

 姪は一人頷いて納得をする。だったらあのカードとかも喜ぶかもしれないなぁ。かなり値上がりしている事だが、幸いなことに購入するつてはある。彼女はメモを取りながら電話越しにつぶやいた。

 

『じゃあその人が喜びそうなカードも…うん。心当たりはあるかな』

 

「なんの話だい?」

 

『例のカードの話。その人が喜びそうなやつ、私が用意しておくね』

 

「頼ってばかりでごめんね。今度甘い物でもごちそうするよ」

 

『やったー!じゃあ今度の土曜日にでもお店に寄っていくね』

 

 嬉しそうな声をあげる姪。インセクト女王とお詫びの品として渡すカードの相場金額を差し引いた額を例の客に返すこと。その事を互いに最後に確認し終えると、店主はボタンを押して電話を切った。

 

 天井を見あげた店主は大きくため息をついた。そういえば最近は一人の客が随分と多くのカードを購入していくなとこれまであった出来事を思い出す。子供たちの事を思えば、そろそろ対策をするべきだろう

 

「購入枚数でも制限するかぁ…」

 

 姪に対してその旨をチャットアプリで伝えた後に、倉庫からペンと用紙を取りに行く店主。おひとり様購入は20枚までという内容の張り紙を書き終えると、彼はそのままあくび交じりに台所へと向かうのであった。

 

 20枚という購入制限が出来るまでに買われていった多くのカード達。そのカードが異世界で一体どのような扱いを受けているなど露とも知らずに。

 




「最近増えた収入は全部子供たちの為に使おうかな。カードで遊ぶ為のテーブルも新調したり…」

「あっそれいいね!地元の子供たちとその人たちで決闘できそう!」

「交流戦ってやつかい?でも子供たちが負けて悲しんだりしないかなぁ」

「大丈夫じゃないかなぁ。あそこ決闘強い子も多いし」

「でも大人と子供だろう?決闘に負けて泣いたりしないかなぁ」

「まぁ負けて落ち込んでる子がいたらケアしてあげてね」

「うん、こまめに様子を見るようにしておくよ」

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