もしもあの決闘者達が現代のトレカショップを訪れたなら 作:葉隠 紅葉
最近は随分と変な客が増えたな、と店長は内心で首をかしげる。
思えばあの竜崎と名乗る客が来てから、時折妙な客がこの店に訪れるようになったものだ。男性から女性まで、その年齢も様々なのであるが、彼らは遊戯王カードのコーナーに行っては目を血走らせてカードをめくり、時折大きな声で驚愕したりするのである。
『一体何なのだ、この効果は!?』
そういって大声を上げたりするのだから堪らない。正直言って他の客のいい迷惑である。
なにせ喋り方がいちいち芝居がかっていたり、ファッションセンスが非常に独特なのだ。
金を出すからあの棚ごと全部のカードを寄越せとわめいてきた客を何人も出禁にしてきた店長は、大きくため息をついた。
良い大人がカードごときにムキにならないで欲しい。古本屋という静かな空間が、最近ではめっきり騒がしい場所へと変わってしまっている。
昼下がりの主婦たちが遠目にひそひそと噂話をしているのをひしひしと感じつつある今日この頃。一体ご近所さんの間でこの店のどんな話がされている事だろうか。
今も眼前でカードを漁っている客もまた、最近増えたその手の客の一人であった。背丈が小柄なその男、全身が緑色の衣服を着ており、眼鏡には虫をあしらった特別なデザインが施されている。なんともまぁ個性的な姿をした男だ。コスプレというやつなのだろうか。
だがふざけた格好とは裏腹に、その男はずいぶんと真剣なまなざしでカードを見つめていた。もうあの棚の前に移動して2時間は経過している。ずっとカードばかり見ていてよくも飽きないものだ。
その男、
さてお茶でも入れるかとあくび交じりに席を立つ店主に対して、羽蛾が声をかけた。
「おい店主、このカードを集めたのはあんたか?」
「へ?」
「屑カードも多いが、それ以上に強力なカードばかりだ…これだけのカードを全部一人で集めたのか?」
「い、いえ!集めたのは僕の姪でして」
「何?じゃあDMに詳しいのはその娘なのか?」
「は、はい…自分は本にしか興味がなくて…」
「ちっ…まぁ良い」
舌打ちをして、再びカードの山を漁っていく羽蛾。彼からすれば正直言って信じられない位の品ぞろえであった。全国大会優勝者の羽蛾をして、これだけのカードを集めたカードショップがまだこの
あのダイナソー竜崎の言葉は本当であった。信じられない位強力なレアカードを備えた店があると。眉唾な話ではあったが、彼の言う通り来てみれば真実であった。
たった一枚のレアカードが数百万円~数千万円で取引される事もある世界。一つのテーマをそろえるのに恐ろしく手間と時間がかかることを考慮すれば、この店の相場価格は狂っているとしか思えなかった。
(これも強い…買いだな)
手にしたカードを迷わずレジ籠に入れる羽蛾。彼が手にしたカードはある一枚の昆虫族カードであった。
【G戦隊 シャインブラック】
星4/地属性/昆虫族/攻2000/守 0
非常に強力なカードである。スーパーエキスパートルールでは星5以上のカードには生贄召喚が必要な点を考慮すると、生贄なしで攻撃力2000のモンスターを召喚できるこのカードがいかに強力かよく分る。
【大樹海】
【ゴキポール】
【G・ボールパーク】
【共振虫】
【超装甲兵器ロボブラックアイアンG】
昆虫族のエキスパートを自負する自身ですら見たこともないカード達。それでいて何よりも強力なそれらの効果には興奮せずにはいられない。愛すべき昆虫たちをさらに強力にできる、そう考えるだけで心が躍りそうだ。
特に【超装甲兵器ロボブラックアイアンG】は凄まじい。自身の墓地に3枚の同名カードが存在する時召喚可能という制約こそ大きい物の、そのカード以上の攻撃力を持つカードを破壊出来るというその強力な効果と汎用性は非常に有効だ。
なぜかやたらあの黒光する虫…というかゴキブリを連想させるカードが多い気がするがきっと気のせいだろう。だがまぁ皆からの嫌われ者であるゴキブリがデュエルの中で活躍するだなんて事が本当にあるのなら、実に痛快ではないか。
まぁゴキブリ系列のカードだなんて、自身以外に使う人間もそういないであろう事実は少し悲しいが。
頭の中で彼らを主軸とした戦術を幾つも思いつく。これでもっと強くなれる…ほくほくとした気分で意気揚々とレジへと向かう羽蛾。その向かう道中の際に、彼はふとそのカードを見つけてしまう。
「え…あ…」
見つけてしまう。それは羽蛾にとって見過ごすことなど決してできない幻のカードであった。
見間違い…いやそんな訳ない
だがそれでもありえない
そのカードの存在に凝固する彼に対して、店長は声をかけた。
「お会計ですか?」
「て、店主!!そのカードを見せてくれ!!!」
「えっ、お客さん!?レジの中に入ってもらっちゃ困りますよ!」
驚いた顔で凝固する店主。そんな彼の様子など知らぬとばかりに、羽蛾はずんずんとレジの内側に入っていく。そのまま彼はレジの裏に配置されたバックヤード、いくつもの高級カードが詰め込まれた「コレクション棚」の前へと移動した。
そこは、大量のレアカードが詰め込まれたバックヤードにあるガラスケース。大の遊戯王好きでもある店主の姪が手ずからそろえてきた、コレクションの山がそこにはあった。
羽蛾は目を血走らせながら、そのガラスケースから一つのカードを見つけてしまう。間違いない、だがありえない。わなわなと震えながら、彼はそのカードのテキストを唯々見つめるのであった。
【究極変異態・インセクト女王】
間違いない、それは幻のレアカード『インセクト女王』その上位カードであった。
インセクト女王は知る人ぞ知る昆虫族の伝説のカードである。自身のフィールドにインセクトトークンを召喚し、フィールドに存在する昆虫族の数だけ自身を強化するその効果は強力無比である。
まさに昆虫界の女王にして母たる存在
その偉大さはすべての昆虫族が崇める女王様だ
その女王様の派生カード…?
しかも見たこともない特殊仕様のレアカード??
思考が止まってしまう。突如レジの内側にはいり、呆然と立ち尽くす不審客に対して、店長は顔をしかめながら強い口調で注意を行った。
「困りますよお客さん!勝手にレジの内側に入らないでください」
「…いくらだ」
「え?」
「頼む…あのカードを売ってくださいっ!!!」
「えぇええ!」
先ほど前の態度と打って変わって、突如土下座をするその男。頭部を地面に押し付けたそれは、なんとも見事なそれであった。先ほどとは打って変わって低みで懇願をする彼に対して、店主はぎょっとした表情を浮かべてしまう。
「い、いやあれはまだ調整中の棚らしくて…店に売り出すのはもうちょっと待ってと姪からも…」
「お願いします…っ!どうかそこをなんとか…っ!」
「い、いきなりどうしたんですか?」
「インセクト
「たかがカードに大袈裟ですよ!?」
だが突如そんなことをされても戸惑うのは店主の方である。この棚にあるカードはいつかは売りに出す物だと姪からも言われてはいるのだが。
確か、わざわざ別の棚に陳列しているのはストレージボックスに売るには少し高級品だからと言っていた…はず。
その証拠にインセクトなんちゃら以外のカードも、ストレージボックスにあるカードに比べてキラキラと独特の光沢がついていた。レアカード…というやつなのだろうか。
値段とかも付いていない物まである以上は、いややはり姪から許可をもらわない限りはこれらは売らない方が安牌であろう。
彼は困惑しながらも努めて冷静な口調をしながら、羽蛾に対して慰めるように言った。
「駄目です。やはりそれはまだ売れませんよ」
「……」
「さ、早くそこから退いてください。あんまりしつこいと警察呼びますよ」
店長がそう伝える。だがそう言って彼を立たせようとしたとき、突如羽蛾はどこからかアタッシュケースを取り出した。銀色のそのアタッシュケースのカギを、ぱちりと開けた彼はそのまま札束の山を握りしめた。
「ここに百万円の現金が有る」
「ひゃ、百万!?」
「もちろん足りないのはわかってる、だから今すぐ家に帰って全財産をかき集めてくる」
「ちょ、ちょっと待ってくださいって!?」
思わず店長は慌てて手を振った。たかがカード一枚に、百万円。タチの悪い冗談にしか聞こえない。だがどうやら目の前の男は本気らしい。
その血走ったまなざし、真剣な表情に思わず黙ってしまう。押し付けられた現金百万円の重みをずしりと感じながら、思わず生唾をごくりと呑んだ。
「ひゃ、百万円…」
「あのカードを売ってくれ。百万円か、それ以上の値段でも…っ!」
「うっ…うぅ…」
羽蛾の渾身の表情に気おされてしまう。店主は思わず考えてしまう。これさえあれば大好きな本を大量に仕入れられる。これまで手が出せなかった希少な古本だって手元においておける。
頭の中の天使と悪魔が囁きあい、判断を曇らせる。
もうちょっと値段を吊り上げるか…
いやいやそもそも勝手に売ってはいけないだろう
あぁしかし今売らないとこんなチャンス…
額に汗を浮かべながら、彼は現ナマの誘惑に抗えずに、その選択肢を受け止めてしまう。あぁだめだ、ごめんよと脳内で姪へ謝罪を行いながら、彼はゆっくりと頷いてしまった。
「わ、分かりました…」
「本当か!ほ、本当に百万円で売ってくれるんだな!!!」
「そ、その代わり返品は出来ませんからね?」
「頼まれたってするもんか!あぁ今日は人生最高の日だ!うひょひょひょひょ!」
独特の笑い声をしながら、羽蛾はそのまま現金を差し出した。店長はそれを受け取り、カードを慎重に羽蛾に手渡す。
(こいつ本物の馬鹿だ!カードの価値も分からない間抜け野郎だ…っ)
姪と目の前の客に対して罪悪感交じりに現金を受け取る店主に対して、羽蛾は全身で喜びを表していた。
「非常に良い買い物だった、本当に…」
「お、お買い上げありがとうございます!」
「ここは最高の店だ。今後も贔屓にさせて貰うよ…ひひっ」
お互いに勘違いをしながら、硬い握手を握りしめあう。その価値観の違い、お互いが途方もない勘違いをしていると気が付けたのは、この場に居ない姪だけであったというのは悲しい事実といえるだろう。