幽鬼の処刑人。大好物の鍋に見立てて雑草煮を食べ続けたせいか、雑草煮も好き。
・消滅の熾天使『ガルシア』
リッチの魔法使い。死人同然の姿にコンプレックスを持ち、コラーゲン豊富な物を食べるよう心がけている。
パルミアの北東に存在するスペクウィングは、妖精達の街だ。世界樹と呼んでも良いくらいに巨大な樹の中に造られた街。最上階からの景色は絶景で、観光客で賑わっている。そして人の集まるところには、当然冒険者も集まる。ここスペクウィングは、ノースティリスで最も多くの冒険者が集まる街の1つだった。
「クリムエール1杯、あと大葉焼き!」
「ワインと、このフルーツの盛り合わせ1つで」
そんなスペクウィングの宿屋で、女と男の2人の冒険者が席についてメニュー表片手に料理を注文していた。それだけならよくある風景だが、冒険者達の容姿は異常だった。
女はベアトップのビキニにタイトなミニスカートという組み合わせで、胸元や腹が剥き出しだ。その身体つきは冒険者らしく筋肉質ではあるが、グラマラスだ。普通の男なら生唾を飲みそうな姿だった……女の腹の縫い目を見なければ、だが。女の腹には巨大な傷があった。胴体を切断して、それを無理矢理縫い合わせたような傷だ。糸で縫い合わされてはいる。しかし、その傷口の色が生きた人間のそれではないのだろうと誰もが分かる。
男も、女程ではないが、また異常だ。顔色が青褪めていて、眼球が変色している。具体的に言うと、白目の部分……強膜が黄ばみ淀んでいて、血管がはっきり浮き出ている。その血管も、赤くない。暗い茶色だ。唇は紫色で、血が通っているようにはとても思えない。魔法使いらしい露出のないローブを身に纏ってはいるが、ローブの下に隠した身体はきっとマミーのようにガリガリに痩せ細っているのだろうと嫌でも分かった。
給仕の娘は不気味な2人組の注文にギョッとした表情をしたが、すぐに取り繕って引き攣った笑顔を浮かべ、そそくさと厨房へ向かった。
「ぷぷっ、あの子怖がってたわね。あんたのせいかしら?それともあたしのせい?」
「両方だろうな。アンデッドなんてそう見やしない……不浄だからと石を投げられないだけマシだと思え」
男、ガルシアは骨張った細い指で女、エレナを指差す。エレナははいはいと軽い調子で肩を竦めて見せた。
2人は冒険者だ。だが普通の冒険者ではない。アンデッドなのだ。エレナは幽鬼、ガルシアはリッチ。アンデッドとなった経緯はそれぞれ異なるが、どちらも生前勤めていた場所から離れ、ノースティリスを放浪中の身の上であった。
「それにしてもブサイクねあんた。顔の造りは良いのにどうしてそんなにブサイクなわけ?」
エレナはそう笑って言いながら、ガルシアの顔をまじまじと覗き込む。悪意があるわけではなかった。エレナは他人をからかう事でコミュニケーションを取ろうとする傾向にあり、友人として認識しているガルシアに対しても同じように振る舞ったのである。
「それはお前もそうだろう」
「はぁあ?」
だが、自身の容姿にコンプレックスを持つガルシアはエレナの言葉に対して不快になるだけだった。エレナはあくまで、ちょっとした軽口のつもりだったのだ。だというのに、怒りを滲ませた声で返されては面白くない。
雰囲気が暗くなるテーブルだったが、給仕の娘が料理を持ってくると2人の目は輝いた。アンデッドである彼らは少食だったが、食事自体は大好きだった。エレナの前にはクリムエールがなみなみと注がれたジョッキと大葉焼きが置かれる。ガルシアの前にはワインが注がれたグラス、そして目も覚めるような色をしたフルーツの盛り合わせが置かれた。
「やだ、それ万色フルーツじゃない?あたしにもちょっと頂戴よ。大葉焼きあげるから、ね?」
「……」
高級果実として名高い万色フルーツに目をつけたエレナがねだる。ガルシアは無言だったが、一口大にカットされている万色フルーツをフォークで刺し、エレナの口に突っ込んだ。
「んま。あいあおー」
「口に物がある状態で喋るな。みっともない」
ガルシアの言葉にこくこくと頷くエレナの顔には笑みが浮かんでいる。エレナは口の中の万色フルーツを咀嚼しながら、大葉焼きの肉をナイフで荒々しく削いでいった。大きく口を開けてどうにか収まるかというくらいの大きさにした肉をナイフの先端に刺して、ガルシアの目の前にぐいっと差し出す。その動きの荒々しさに思わずガルシアは顔を逸らしたが、エレナがそれを見て不機嫌そうに顔を歪めるのを見て、仕方なく肉の端の部分をかじって食べた。ガルシアは肉があまり好きではないのだ。彼はこってりした脂っこい肉より、あっさりとした野菜や果実の方が好きだった。
「どうよ、美味しい?」
「……お前の口には合うんじゃないか?俺は野菜の方が好きだ」
「ふぅん」
エレナはガルシアの食べかけの肉を自分の口へ放り込む。そしてすぐ不満げな顔をした。
「やだ、これ牛の肉よ」
「嫌いなのか?」
「人間の方が好きだわ。特に巨人とか物凄く食いごたえがあるんだから」
そういえばこいつはカンニバリストだったなとガルシアは思い出す。……いや、もう自分達はアンデッドだし、人間を食べる事は同族食いとは呼べないか。というか人間ってそんなに美味しいだろうか?前に食べてみた時はあまりの不味さに驚いたけど。
エレナはまるで飢えた獣のように、豪快に肉にかじりつく。ガルシアはそれを眺めながら、ワインを一口飲んだ。このワインはオルヴィナ産のようだ。仏頂面だったガルシアの顔が綻んだ。
「そういや前から思ってたんだけどぉ〜、あんたどうしてリッチなんてなろうと思ったわけ?」
「……それ、前にも答えただろう」
食事を終え宿屋を出た2人は、スペクウィング最上階のバーテンで飲み直していた。赤ら顔のエレナの前には空になったジョッキとボトルが積み上がっている。ガルシアは呆れた顔をしていたが、答えなければこの酔っ払いは延々と同じ質問をするだろう。
「俺は死にたくなかったんでな」
「あはっ、アンデッドの時点で死んでんじゃないのよぉ」
「……言い方が悪かったな。寿命やら病やらから逃れたかったんだよ。動く死体になればこれ以上年を取る事もないし病気にもかからないだろう?怪我して身体がちぎれてもあまり痛くないし」
「あんた痛いの嫌いなのぉ?痛いの楽しいのにさぁ〜勿体ないわよぉ」
「……」
そういえばこいつはドMだったな。悟りを得たとか何とか言ってたような気がする。でもツッコむのも面倒臭いし黙っておくか。ガルシアは自分のワインをちびちびと飲む。
「リッチって大変でしょお?マナと同化できてないからぁ、すぐ死にそうだし……まあもう死んでるけど!あはは!」
「……」
「あんた、元々体力なんて雀の涙だってんのに!死にたくないからリッチになったって言ってもさぁ、すぐ死ぬわよリッチなんだもぉん」
「……魔法も碌に使えない馬鹿に何を言われてもな。どうせ魔導書も読めないんだろう?ああ、それとも死ぬのが怖いのか?お前達幽鬼はマナが尽きれば死ぬからな」
「はぁあ〜?何よぉやろうってんの?」
「言っておくが先にふっかけてきたのはそっちだからな」
「やってやろうじゃないのよぉ!降りるわよ決闘よけっとぉ!ボコボコにしてやるからぁ!」
荒々しい冒険者達の喧嘩は日常茶飯事のようで、バーテンダーはああまたかといったような表情をしている。昇降機へと走っていく2人の背を秋の夜風が吹いていく。
ああ、そろそろ冬か、海藻を採取しないといけない季節が来るのか。この幽鬼は海藻をちゃんと採取するだろうか。毎回注意しているのに、春になるたびに海藻を採り忘れたと嘆く幽鬼の情けない顔を思い出した。
「早く来なさいよぉ」
「分かった分かった。お前もふらついて落ちるなよ」
幽鬼とリッチってお互いに「こいつ変な奴だな」って思ってそうだけど傍から見たらどっちも似たようなもんだよね