幽鬼の処刑人。来る者拒まず去る者追わずのチンピラだが面倒見は良い方。
・少年を装う破滅『ジェバンニ』
妖精の農民。やたらと屈強で、身の丈を超す鎌を軽々と振り回し種とモンスターの頭を刈り取る。
パルミアから南西、吊り橋を渡った先に存在するヨウィンという村は所謂農村である。畑の他には何もないが、自然豊かで空気がよく澄んでおり、何より美味しい子供がいた為エレナは密かにこの村を気に入っていた。
エレナは長い髪を適当な紐で結わえながら村を歩く。今日は宿屋で1泊するつもりだ。ヨウィンはパルミアからそう離れてはいないが、それでも疲れるものは疲れる。それにヨウィンの宿屋の地下には素敵な猫カフェもあるのだ。可愛い猫達と戯れながらクリムエールでも飲みたい。
しかし、何をするにも金がいる。パルミア名物のラッキーフォーチュンで少しばかり遊んでしまったばかりに……いや、仕方ない。あれは必要経費だったのだ。バニーなんていくら口説いても良い、むしろ口説くべきだ。そして口説いたならバーでそれなりに飲まなきゃならない。口説いた相手を連れてバーに来たなら、安い酒なんて飲めないわけで……そう、必要経費だった。
「はぁ〜……」
あのサキュバスに手を出して良いなら喜んで出していた。冒険者なんて流浪の身だ、互いに割り切ってそういう事をする時なんてよくある。エレナ自身気に入った相手を口説いて夜を過ごす事が好きだった。だがああいう、いかにも深い事情がありそうな奴に手を出すのは流石にリスクがありすぎた。
まあ良い、とりあえず金を稼ごう。依頼掲示板を覗き込む。農村だし農作物の収穫の依頼があるだろうとエレナは踏んでいたが、その思惑は見事に外れた。収穫依頼が1つもない。そういえばもうすぐ冬が近いんだったとエレナは思い出した。こんな村に太陽のランプなんてないだろうし、冬は家に籠もってギブルやらジャーキーやらで越すんだろう。
他にある依頼は……モンスターの駆除依頼か。だがどれも雑魚ばかりのようだ。
「弱い者いじめは程々にって言われてるのに……」
「ふ〜ん、君そこまで強そうには見えないけどね」
「はぁあ?」
独り言に対してあまりにも失礼な返事をされ、エレナは眉を顰めながら振り返り……絶句した。
そこにいたのは空を飛ぶ筋肉だった。そうとしか表現ができない。オパートス様の彫刻が飛んでいるのかとすら思ってしまった。透き通った翅がなかったらそれが妖精であると気付けなかっただろう。
「……妖精?」
「そうだよ。他に何に見えるって言うのさ?」
「オパートス様の彫刻だと思った」
「へえ。君、中々見る目あるじゃないか」
エレナの返答に満更でもなさそうにその妖精はやたらと大きな胸を張った。見た事のない胸筋をしている。乳房に見間違えそうだ。エレナはしげしげとその妖精を見る。仕上がった肉体をしているからぱっと見では分からなかったが、どうも少年……のようだ。顔立ちは幼気で可愛らしいが、肉体とのギャップが凄まじい。
身なりからして……農民、だろうか。ヨウィンの住民か?いや、前回訪れた時にはこんな農民いなかった。移民かとも思ったが、移り住むとしたらこんな田舎の村よりオルヴィナとかだろう。あっちは温泉もあるし。
じゃあ、冒険者だろうか。退屈な生活に嫌気が差しただとかで、農民が冒険者になる事はそれなりにある。背中に背負っている大鎌も、農作業で使うにはあまりにも巨大だし……もしかするとこの妖精もそういう手合いなのか?
「あたしはエレナ。あんた、相当なやり手みたいだけど……名前は?」
「僕の名前はジェバンニ。冒険者のジェバンニだよ」
やはり冒険者のようだ。エレナは少し考える。こいつは何故自分に声をかけてきた?多分依頼掲示板に用があって、その前で立ってた自分が邪魔だったんだろう。今掲示板に貼り出されている依頼はどれも雑魚モンスターの駆除依頼ばかりだけど、彼もそれを受けに来たのか?
「君ってもしかしてイーヴァン様信者?」
「そうだけど……あんたは?」
「クミロミ様の信者をしてるよ。僕農民だし」
オパートス様の信者ではないのか。エレナは少し意外に思った。クミロミ様を信仰する冒険者はそこまで多くないというか、オパートス様を信仰する冒険者がずっと多い印象があった。
「こっちの依頼の方が良いよ。噛み応えあるし、報酬も良いからね」
ジェバンニが掲示板の方にずいと寄り、貼り出されている依頼の1枚を取る。隅に貼り出され、背の高い草で隠れていたから気が付かなかったようだ。エレナはジェバンニの持つ依頼書を覗き込む。
「魔物の巣窟……ふぅん。ヨウィンにもこういう依頼あるのね。収穫依頼ばっかりだと思ってた」
「実際いつもは収穫依頼ばかりだよ。後は畑近くのモンスターを駆除するくらいかな……で、なんだけど。君、僕と一緒にこれ受けない?報酬は山分けで良いよ」
「……あたしの事、強そうじゃないとか言ってなかったかしら?」
「見た目はね。でもイーヴァン様の信者だってんなら実力はある筈だろ?」
「ふぅ〜〜〜ん?」
さも当然のように言うジェバンニの言葉にエレナはにんまりとした。イーヴァン様の熱狂的信者である彼女にとっては、信者への賛美はそれ即ち信仰するイーヴァン様への賛美であると認識していた。
「良いわよぉ良いわよぉ。じゃあ早速受けちゃいましょうかこの依頼」
「準備は?」
「あたし、いつでも戦えるようにしてるのよ。当然でしょ?」
「うわぁイーヴァン信者怖い」
「はぁっ、はぁっ……」
エレナは肩で息をしていた。小さな傷が全身にできており、腹部の縫い跡からはアンデッド特有の腐った色の肉汁が溢れていた。一方、エレナのすぐ隣のジェバンニは顔色1つ変わらず、汗も殆どかいていない。
「あ、あんた本当に妖精なの……?」
「妖精だよ失礼な。君こそ本当にイーヴァン信者?」
「イーヴァン様の信者よ、当然でしょ……つか何なのよあんた、妖精ってもっとこう、弱っちくて、魔法で戦うもんじゃないの……?」
「農業には筋肉が必要だからね。野菜も好き嫌いせずたっぷり食べてるし強くなるに決まっているだろう。魔法は魔導書を買うお金がないから使えないけど……」
エレナは信じられないような顔でジェバンニを見る。ジェバンニは軽く肩を竦めて見せた。
「とりあえず報酬はこれね。じゃあ僕はこれで。ギブル作らなきゃだから」
ジェバンニは戦争依頼で得た大量の肉を詰めた革袋を背負って歩いていく。エレナは足元に転がる自分の報酬を拾った。それなりの金額だ。しばらくはのんびり暮らせそうなくらい。彼女は少し考え、とりあえず全身の傷を癒やす為癒し手の元へ向かう事にした。