岩塩をテーマした短編小説です

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岩塩

### **岩塩**

 

山奥の古びた温泉宿に泊まったときのことだ。東京の喧騒から離れ、静かな場所で心を休めたかった。宿は江戸時代から続く歴史ある建物で、木造の廊下は歩くたびに軋んだ。

 

「お部屋にお塩を置いておりますので、よろしければお使いください」

 

女将がそう言って、小さな陶器の皿に盛られた**岩塩**を指さした。

 

「これは……?」

 

「厄除けです。この辺りでは昔から、お塩を枕元に置いて寝ると、悪いものが寄ってこないと言われております」

 

「なるほど」

 

私は特に気にすることもなく、荷物を整理して温泉へ向かった。夜の露天風呂は静かで、湯船に肩まで浸かると、遠くからフクロウの鳴き声が聞こえた。満点の星空を眺めながら、都会では感じられない深い静寂に包まれた。

 

部屋に戻ると、布団が敷かれていた。枕元には先ほどの**岩塩**が置かれている。

 

(まあ、せっかくだしそのままにしておこう)

 

そう思いながら布団に入り、ゆっくりと目を閉じた。

 

――カリ、カリ、カリ……

 

どこかで小さな音がする。

 

虫か何かが壁を這っているのかと思ったが、次第にその音が**布団のすぐそば**から聞こえてくるのに気づいた。

 

――カリ……カリ……

 

まるで何かが岩塩を**かじっている**ような音だった。

 

布団の中で息をひそめる。心臓の鼓動が速くなるのが分かった。

 

(ネズミか何か……?)

 

だが、この宿は清潔で、そんな獣が入り込むような隙間はないはずだ。

 

音は止まらない。むしろ、**どんどん近づいてくる**。

 

意を決してそっと目を開け、枕元の岩塩を見た。

 

――**誰かの指が、それをつまんでいた。**

 

白く細い指。だが、爪は異様に長く、先が黒ずんでいる。

 

私は悲鳴を上げそうになった。

 

その瞬間、指の持ち主が**こちらを見た**。

 

黒い髪が乱れた女だった。顔は青白く、目だけがぎょろりとこちらを見開いている。口元は裂けるように引きつり、歯がむき出しになっていた。

 

女はカリ、カリと岩塩を噛み砕きながら、ゆっくりと顔を近づけてきた。

 

「お前の味も……見せて……」

 

ゾワッと鳥肌が立つ。全身が硬直して動けない。

 

次の瞬間――

 

「**お客様、大丈夫ですか!?**」

 

女将の声がした。

 

部屋の扉が勢いよく開き、パッと電気がつく。

 

女は、消えていた。

 

私はゼェゼェと荒い息をつきながら、女将を見た。

 

女将は青ざめた顔で、枕元の皿を見た。

 

そこにあったはずの岩塩が、**跡形もなく消えていた。**

 

「……やっぱり、出ましたか」

 

「今の……何だったんですか……」

 

女将は押し黙り、やがてポツリと話し始めた。

 

「昔、この宿にいたんです。一人の女性が……。婚約者に裏切られ、この部屋で命を絶ったそうです」

 

喉がカラカラに渇いていた。

 

「彼女は岩塩をかじるのが癖で……最後も、血塗れの口で……」

 

女将は言葉を濁した。

 

「お客様、すぐに部屋を変えます。今夜は別の部屋でお休みください」

 

私は頷いた。

 

新しい部屋に移り、やっとの思いで布団に入る。しかし、瞼を閉じても、あの女の顔がこびりついて離れなかった。

 

――カリ、カリ、カリ……

 

いや、そんなはずはない。もう岩塩はない。女も消えた。

 

でも――

 

口の中に、ほんのりとした塩の味が広がった。

 

###

 

口の中に広がる、しょっぱい味。

 

(……何で?)

 

私は慌てて起き上がり、舌で歯の隙間をなぞる。確かに**塩の味**がする。夢でも見ていたのかと思ったが、唇を指で拭うと、そこに**ザラッとした感触**が残った。

 

まるで、岩塩のかけらがついていたような――

 

「……気のせいだ」

 

そう自分に言い聞かせ、もう一度横になった。だが、眠れるはずもない。

 

頭の中には、さっきの女の顔が焼きついている。

 

あの**黒い爪**。

ギョロリと見開かれた**血走った目**。

そして、口をゆっくり動かしながら、**私を味わうように**舐め回したあの表情。

 

「お前の味も……見せて……」

 

――カリ、カリ、カリ。

 

私は弾かれたように飛び起きた。

 

今のは、外の音か? それとも、また幻聴か?

 

慌てて部屋を見渡したが、何もおかしなところはない。ただ、ふと**枕元の皿**に目をやると、**そこにあったはずの塩が消えていた**。

 

「……ありえない」

 

別の部屋に移ったのに、また岩塩が……?

 

嫌な予感が背筋を這い上がる。私はそっと布団をめくり、足元を見た。

 

――そこに、**塩の粉が散らばっていた。**

 

(どういうことだ?)

 

恐る恐る足を布団から出し、畳の上に降りる。部屋の明かりをつけようと手探りでスイッチを探す。

 

――カリ、カリ、カリ……

 

今度は、**はっきりと聞こえた。**

 

「……どこだ?」

 

音は、すぐ近くからしていた。

 

ふと、足元に視線を落とす。

 

――畳の隙間から、白く細い指が覗いていた。

 

私は息を呑んだ。

 

その指は、ゆっくりと畳の隙間から這い出し、私の足首へと向かってくる。

 

「っ!!」

 

私は飛び退いた。

 

同時に、指がズルリと伸び、今度は**私の足跡がついた塩をつまみ上げる**。

 

カリ、カリ、カリ。

 

「……いい味」

 

背筋が凍った。

 

畳の隙間から覗く、青白い顔。血の気のない唇が、ゆっくりと開く。

 

「もっと……」

 

私は全力で部屋を飛び出した。

 

### **3日後**

 

東京に戻った私は、あの宿のことを調べた。

 

すると、過去の新聞記事に、こんな記述を見つけた。

 

**「○○温泉宿にて、女性が失踪。部屋には大量の岩塩が散らばっていた。未解決のまま、事件は迷宮入り」**

 

掲載された日付を見て、私は息を呑んだ。

 

――たった**1週間前**の出来事だった。

 

その宿は、私が泊まる**直前に**営業を再開していた。

 

私は、咄嗟に口を手で覆った。

 

――まだ、しょっぱい味がする。

 

舌の上に残る、岩塩の感触。

 

それが、**本当に塩の味なのかどうか**、私にはもう分からなかった。

 

###

 

それから数日、私はずっと口の中に残る**塩の味**に悩まされていた。

 

いくら水を飲んでも、歯を磨いても、そのしょっぱさは消えない。まるで、あの夜に**何かが私の中に入り込んだ**ように――

 

最初は気のせいだと思っていた。だが、**異変は確実に私の体に広がっていた。**

 

#### **1週間後**

 

会社の昼休み。私はいつものように定食を頼んだ。

 

だが――

 

(……味がしない?)

 

ご飯も味噌汁も、まったく味を感じない。

 

唯一、口の中でわずかに感じるのは、**岩塩のようなしょっぱさ**だけ。

 

「……おかしい」

 

不安になり、家に帰ってから試しに塩を舐めてみた。

 

「……っ!!」

 

舌に広がったのは、普通の塩とは**全く違う味**だった。

 

ただしょっぱいのではない。何か……**生臭いような、鉄のような味**が混じっている。

 

嫌な予感がした。

 

私は恐る恐る、鏡の前に立ち、口を大きく開けた。

 

舌を出し、懐中電灯で照らす。

 

そして、私は**自分の舌の異変に気づいた。**

 

舌の表面が、**ほんのりと白くなっている**。

 

まるで、**塩の結晶が染み込んだように。**

 

「……そんなバカな」

 

震える手で、舌をこすってみる。

 

だが、白い部分は取れない。むしろ、よく見ると、舌の**奥の方から何かが生えている**。

 

――カリ、カリ、カリ。

 

その瞬間、背後から聞こえた。

 

「……いい味」

 

ゾクリとした悪寒が全身を駆け巡る。

 

(いや、いるはずがない!! ここは俺の部屋だ!!)

 

私は振り向いた。

 

**そこには誰もいない。**

 

だが――

 

部屋の隅の**床**に、**白い粉が散らばっていた。**

 

塩……いや、岩塩のかけら。

 

私はたまらず、部屋を飛び出した。

 

### **医者の診断**

 

翌日、私は慌てて病院へ向かった。

 

「先生、俺の舌……なんか変なんです」

 

医者はルーペで私の舌をじっくりと観察し、難しい顔をした。

 

「……これは……不思議ですね。まるで、舌の細胞が硬化しているような……」

 

「硬化?」

 

「ええ。何か特殊なものを食べたりしましたか?」

 

私は言葉に詰まった。

 

食べたもの……?

 

違う。

 

――**食べられている。**

 

**あの女に。**

 

**少しずつ、少しずつ、俺の舌が"岩塩"になっていく。**

 

「先生……これ、治りますよね?」

 

「……もう少し詳しく検査してみましょう。」

 

だが、その言葉に安堵することはできなかった。

 

### **夜**

 

病院から帰った私は、台所に立ち、包丁を握った。

 

「……もし、本当に舌が"侵食"されているなら……」

 

恐る恐る、包丁の刃を舌の表面にあてる。

 

**ジョリッ**

 

「……っ!!?」

 

想像していたのと違う感触。

 

舌を切ったはずなのに、血が出ない。

 

代わりに、切り口から**白い結晶のようなもの**がポロポロとこぼれ落ちた。

 

**まるで、砕かれた岩塩のように。**

 

「……あはは……」

 

震えた笑いが漏れた。

 

俺の体はもう**普通じゃない。**

 

その時――

 

――カリ、カリ、カリ。

 

真後ろから、確実に聞こえた。

 

そして、耳元で囁く声。

 

「**やっと、お前もこっちの味になったね……**」

 

真っ白な世界が、俺の目の前に広がった――。

 

###

 

**――やっと、お前もこっちの味になったね……**

 

その声が耳元で囁かれた瞬間、全身が凍りついた。

 

(いやだ……いやだ……!!)

 

叫びたくても声が出ない。足も動かない。

 

でも、**分かる。**

 

背後に、**あの女がいる。**

 

ガリ、ガリ、ガリ……

 

音がする。

 

何かを**噛み砕く音**。

 

私はゆっくりと首を動かし、鏡を見た。

 

そこには――

 

**自分の肩にしがみつき、私の耳をかじっている女の姿があった。**

 

「――ッ!!!」

 

息をするのも忘れるほどの恐怖。

 

女の口元から、白い粉がポロポロとこぼれ落ちる。

 

**それは、俺の耳だった。**

 

「美味しい……ねぇ、もっとちょうだい……」

 

女の爪が、ゆっくりと俺の頬を撫でた。

 

**ザラリ――**

 

その感触で、俺は気づいた。

 

俺の肌が……硬くなっている。

 

指で触れると、そこには**皮膚の感触はなく、まるで岩塩のようなザラザラとした質感**があった。

 

「嘘だろ……」

 

震える手で鏡を見る。

 

俺の頬の一部が、**真っ白になっていた。**

 

皮膚が変質している――いや、違う。

 

俺は**岩塩になっていく。**

 

「やめろ……!!」

 

必死に振り払おうとしたが、女の手は俺の顔をしっかりと掴んでいた。

 

「逃げられないよ……だって、もう"同じ"だから……」

 

俺の目の前で、女の口が大きく開いた。

 

「ねぇ、お前の味……もっと……」

 

鋭い歯が、俺の**頬**に食い込んだ。

 

**ガリッ――**

 

「ぐあああああああ!!!」

 

痛みとともに、俺の肌の一部が**崩れ落ちる**。

 

白い粉が舞う。

 

(いやだ……! いやだ!!!)

 

俺は全力で女を突き飛ばし、部屋を飛び出した。

 

### **廃旅館**

 

気がつくと、俺は街をさまよい、山の方へと向かっていた。

 

気がつけば、あの**宿**の前に立っていた。

 

(どうして俺は……ここに?)

 

分からない。だが、本能が**ここに戻らなければならない**と訴えていた。

 

宿は、すでに**廃墟**になっていた。

 

(俺が泊まったばかりなのに……?)

 

そんなはずはない。**営業していたのを確かに見た。**

 

俺は足を引きずるようにしながら、宿の中に入った。

 

廊下は朽ち、畳はボロボロに破れていた。

 

そして――

 

俺が泊まったあの部屋にたどり着いた。

 

ガラリ……

 

扉を開ける。

 

その瞬間、目の前に広がった光景に、俺は言葉を失った。

 

――そこには、**岩塩の塊のようになった無数の人間の姿**があった。

 

白く固まり、ところどころ崩れ落ちた人の形。

 

その間を、**あの女が歩いていた。**

 

「おかえり……やっぱり、戻ってきたね……」

 

ニタリと笑う女。

 

その口元には、また**白い粉**がついていた。

 

「ここでみんな……"いい味"になっていくの……」

 

俺は、ゆっくりと自分の手を見た。

 

指の先が、**完全に岩塩になっていた。**

 

(ああ……もう、俺も……)

 

女が、ゆっくりと近づいてくる。

 

「次は……どこを食べようかな……?」

 

俺は、静かに目を閉じた。

 

### **数日後――**

 

「最近、この山の近くで変なものを見たんだよ」

 

「ああ、聞いたことある。岩みたいに真っ白な"人型の塊"がいくつも立ってるって……」

 

「気味悪いよな。何なんだろうな、あれ……」

 

「さぁな……でも、不思議なことに……」

 

「……たまに、**位置が変わってる**らしいぜ?」

 

###

 

**――たまに、位置が変わってるらしいぜ?**

 

その噂を聞いたのは、登山が趣味の友人からだった。

 

「お前、あの山の近くに行ったことあるか?」

 

俺は答えられなかった。いや、**答えたくなかった。**

 

思い出したくない。あの夜のことを。あの**味**を。

 

「何か……変なもん見たのか?」

 

友人は冗談めかして笑うが、俺の顔を見て表情を強張らせた。

 

「おい、どうした? なんか、顔色悪いぞ?」

 

「……何でもない」

 

「ほんとかよ。なんか、顔……白くね?」

 

俺はぎゅっと拳を握りしめた。

 

分かってる。

 

最近、俺の**皮膚がさらに白くなってきている**ことを。

 

「……疲れてるだけだよ」

 

そう言い残し、俺はその場を立ち去った。

 

### **変化**

 

異変は、日に日に増していった。

 

皮膚の白さが目立つようになり、**触れるとザラついた感触**がする。

 

(まるで、岩塩みたいだ……)

 

そのうち、汗をかかなくなった。喉が渇かない。

 

いや、むしろ……**水を飲むと気持ち悪くなる。**

 

普通の食べ物の味はしない。ただ――

 

塩だけが、わかる。

 

いや、違う。

 

"**塩気を感じるものだけが美味しく思える。**"

 

俺は、気がつけばスーパーで**肉を買っていた。**

 

真っ赤な生肉。

 

キッチンの前に立ち、それを口に入れる。

 

**――ジュルル……**

 

舌の上で広がる、塩気。

 

「……うまい」

 

噛みしめるたびに、**舌の奥が熱くなる。**

 

ジュワリと広がる鉄のような味。

 

俺は止まらなかった。

 

――カリ、カリ、カリ。

 

肉の繊維を噛み砕くたびに、あの夜の記憶が蘇る。

 

「お前の味も……見せて……」

 

俺の手は、震えていた。

 

**喜びで。**

 

(違う、違う、俺はこんなことをするはずじゃ……)

 

だが――

 

鏡に映った俺の顔は、**頬がこけ、目が落ち窪み、青白く変色した姿だった。**

 

**あの女と、同じ顔だった。**

 

「嘘だ……俺は……!!」

 

### **衝動**

 

次の日、俺は街を歩いていた。

 

普通の人間のふりをして。

 

だが、すれ違う人間の**肌が妙に美味しそうに見えた。**

 

(……やめろ……)

 

じわじわと、**歯の奥が疼く。**

 

カリ、カリ、カリ……

 

「ねぇ、君」

 

「――!!?」

 

突然、背後から声をかけられた。

 

振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。

 

**あの宿の女将だった。**

 

「あんた……」

 

女将は、静かに微笑んだ。

 

「ねぇ、そろそろ……戻ってきませんか?」

 

俺は言葉を失った。

 

女将の手のひらには、**白い粉が載っていた。**

 

それは、**岩塩だった。**

 

「あなたも、もう"こっち側"でしょう?」

 

俺はその言葉を聞いた瞬間、何かが弾けた。

 

### **選択**

 

逃げなきゃいけない。

 

でも、足が動かない。

 

喉の奥が、カラカラに渇いている。

 

そして――

 

**俺は、無意識に手を伸ばしていた。**

 

女将の掌にある**岩塩**を、つまむように。

 

口の中で、ザラリとした塩の感触が広がる。

 

その瞬間――

 

俺は、すべてを理解した。

 

**"彼女"は、最初から俺を呼んでいた。**

 

そして、俺はもう**"こっちの味"になっていた。**

 

「……ようこそ」

 

女将が、優しく微笑んだ。

 

俺の視界は、ゆっくりと暗くなっていった。

 

### **後日談**

 

それから数週間後、登山者たちがまた奇妙な話をしていた。

 

「なぁ、知ってるか? 例の山道でさ……」

 

「おう、また"人型の塊"が増えてたんだろ?」

 

「いや、それがさ……最近、新しいのが増えたんだけど……」

 

「増えたんだけど?」

 

「それがさ――**よく見ると、一つだけ笑ってるやつがいるんだよ。**」

 

「……は?」

 

「他のやつは全部、無表情なんだけどな。そいつだけは、なんか……嬉しそうに笑ってるんだよ。」

 

「冗談だろ……?」

 

「マジだって。しかもさ……」

 

「そいつの足元にだけ、**白い粉が落ちてた**んだよ。」

 

「……まさか……岩塩……?」

 

登山者たちは、その"塊"を二度と見に行くことはなかった。

 

###

 

それからしばらくして、俺のことを知る人間は誰もいなくなった。

 

いや、正確には――

 

**「俺」という存在が、この世界から消えていった。**

 

### **報道**

 

「続いてのニュースです。先日、登山者たちの間で噂されていた"人型の岩塩の塊"について、調査が行われました。」

 

テレビの画面には、山奥の**廃旅館の跡地**が映し出されていた。

 

「専門家の調査によると、それらはすべて**純度の高い岩塩で構成されており、自然現象では説明がつかない**とのことです。」

 

レポーターの女性が、不気味そうに塊の一つを指さす。

 

「さらに、これらの"塩の塊"には、奇妙な特徴があります。ご覧ください。」

 

カメラがズームする。

 

すると、塩の塊の表面には――

 

**指の跡のようなものが無数に刻まれていた。**

 

「まるで、誰かが必死に内側から掻きむしったような……」

 

レポーターがそう言いかけたときだった。

 

――カリ、カリ、カリ。

 

かすかに、マイクが拾う音。

 

「……?」

 

「今、何か音がしませんでしたか?」

 

スタッフがざわつく。

 

カメラが**ゆっくりと"笑っている塩の塊"に向けられる。**

 

レポーターがその前に立ち、恐る恐る手を伸ばす。

 

指先が、**白い塩の表面をかすめたその瞬間――**

 

### **パキッ――**

 

「ひっ!?」

 

突然、"塩の塊"に**ひび**が入った。

 

塩がパラパラと崩れる。

 

その瞬間、**カメラが拾った映像**に、スタジオが凍りついた。

 

崩れた塩の隙間から――

 

**ぎょろりとした目玉が、こちらを覗いていた。**

 

**――カリ、カリ、カリ。**

 

カメラは、そこで急に**ブラックアウト**した。

 

### **"彼"の視点**

 

俺は、"ここ"にいる。

 

体はもう、動かない。

 

でも、意識だけははっきりしている。

 

俺は、塩に包まれたまま……**ずっと、生きている。**

 

カリ、カリ、カリ……

 

また、あの音がする。

 

**彼女が、俺を食べに来る音。**

 

「ねぇ、もっと、ちょうだい……」

 

ザラリとした指が、俺の頬を撫でる。

 

「次は……どこから食べようかな?」

 

暗闇の中で、俺は……ただ、笑うことしかできなかった。

 

###

 

**俺は、まだ生きている。**

 

動けない。喋れない。まぶたすら閉じることができない。

 

でも――

 

**"彼女"の気配だけは、はっきりと感じる。**

 

**カリ、カリ、カリ……**

 

あの音が、また聞こえる。

 

俺の"体"のどこかを、"彼女"が少しずつ削り取り、口に運んでいる音だ。

 

それが自分のどの部分なのかは、もう分からない。

 

**もう俺の体は、人間のものじゃない。**

 

皮膚も、筋肉も、骨すらも、**全て岩塩に変わってしまった。**

 

でも――

 

**"感覚"だけは、まだ残っている。**

 

俺は、"自分が食べられている感覚"を、すべて"味わっている"のだ。

 

――ザクッ。

 

「……っ!!」

 

今度は、俺の指の一本が**折られた**。

 

バラバラと砕けた塩の破片が、床に落ちるのが分かる。

 

それを"彼女"が拾い上げる気配。

 

そして――

 

**ザラ……**

 

彼女の細く白い指が、俺の"顔"に触れる。

 

「……うれしい……」

 

その声が、微かに震えているのを感じる。

 

「……こんなに長く"生きてる"なんて……すごい……」

 

彼女の指が、俺の"頬"を撫でる。

 

「もっと……」

 

そして――

 

**ガリッ。**

 

俺の"頬"に歯が食い込んだ。

 

### **崩壊**

 

――ザラザラザラ……

 

俺の"体"が、音を立てて崩れていく。

 

削られ、砕かれ、食べられる。

 

(……もう、終わりなのか?)

 

意識が遠のいていく。

 

だけど、その時――

 

**俺の中で、何かが"叫んだ"。**

 

(**俺は……まだ、生きていたい!!**)

 

その瞬間、俺の"体"の奥から、何かが**こみ上げてきた**。

 

### **"岩塩の叫び"**

 

**パキ……パキ……パキパキパキ……!!**

 

突然、俺の"体"の表面に**無数のひび割れ**が走った。

 

「……え?」

 

"彼女"の手が止まる。

 

俺の内側から――

 

**何かが、逆流する感覚。**

 

**「お前も……"味わえ"!!」**

 

### **反転**

 

**バキィィィ!!!**

 

俺の"体"が**爆ぜた**。

 

砕けた塩の破片が、四方八方に飛び散る。

 

そして――

 

俺の"手"が、彼女の腕を**掴んだ**。

 

「……え……?」

 

彼女の表情が、一瞬、"恐怖"に歪む。

 

俺は気づいた。

 

――俺は、"塩の塊"のまま、まだ動ける。

 

いや、違う。

 

"彼女に喰われながら"、**俺は、俺自身を取り戻した。**

 

「お前も……こっちに来いよ……!!」

 

俺の"指"が、彼女の"頬"に触れる。

 

**ザラリ。**

 

その瞬間――

 

彼女の**肌にひび割れが走った。**

 

「……!? やめて……!!」

 

彼女はもがくが、もう遅い。

 

俺の"塩"が、"彼女"の中に広がっていく。

 

「いや……やだ……! 私、私は……!!」

 

彼女の声が、次第にかすれていく。

 

**パキパキパキ……!!**

 

彼女の**白い肌が、岩塩に変わり始めた。**

 

「お前も"味わえ"よ……"俺の味"をな……!!」

 

俺は、ゆっくりと彼女の顔を覗き込んだ。

 

彼女の"唇"が、ボロボロと崩れる。

 

目も、鼻も、すべてが"塩"に変わっていく。

 

**――カリ、カリ、カリ。**

 

「……**いや……わたしが……食べる側……なのに……**」

 

最後の言葉を残し、

 

**彼女は完全に"塩の塊"になった。**

 

### **終焉**

 

俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 

崩れ落ちた"彼女"の塩の破片を、俺はじっと見つめる。

 

ザラリとした指を、そっと舌の上に運ぶ。

 

――カリ、カリ、カリ。

 

……しょっぱい。

 

でも、それは**今までで一番、美味しい味**だった。

 

俺は、ゆっくりと笑った。

 

「……あぁ……これが……"俺の味"か。」

 

### **数ヵ月後**

 

「おい、また増えてるぞ……」

 

「あぁ、例の"塩の人型"か?」

 

「でも、なんか変だぞ……?」

 

「何が?」

 

「最近、一つだけ"形が変わってる"んだよ。」

 

「は?」

 

「前は"笑ってるやつ"がいたんだろ? それがさ……」

 

「それが?」

 

「"口を開けてる"んだよ。」

 

「……開けてる?」

 

「ああ。まるで――**何かを食べてるみたいに。**」

 

山の奥では、今日も風が吹いていた。

 

**――カリ、カリ、カリ。**

 

###

 

**――カリ、カリ、カリ。**

 

山奥の風の音に混じって、その音は確かに聞こえていた。

 

何かを**噛み砕く音**。

 

何かが**崩れ落ちる音**。

 

そして――

 

何かが**少しずつ動き始める音。**

 

### **夜の山道**

 

「おい、マジでやめとけって!」

 

「大丈夫だって、ちょっと見るだけだから。」

 

大学生らしき若者二人が、夜の山道を歩いていた。

 

噂を聞きつけて、肝試しに来たらしい。

 

「ほら、あれじゃね?」

 

懐中電灯の光が、**"塩の人型"の群れ**を照らし出す。

 

「うわぁ……これ、ほんとに人みたいだな……」

 

「なあ、これホントに岩塩なのか?」

 

一人が、塩の塊の一つを指でこすった。

 

ザラ……

 

「うわ、めっちゃザラザラしてる。」

 

「おい、舐めてみろよ。」

 

「バカ言えよ!」

 

「いや、でもほら、俺たちが見た噂のやつ、どれだ?」

 

もう一人が、懐中電灯を動かす。

 

そして――

 

「……あった。これだ。」

 

彼らは、噂になっていた"塩の人型"の一つを見つけた。

 

他の塩の塊と違って、それは**口を開けていた。**

 

しかも、よく見ると――

 

「なぁ、これ……**増えてないか?**」

 

「え?」

 

「口の中。前に撮られた写真と比べると……なんか、ちょっと広がってる気がする。」

 

「……バカ言えよ。」

 

「いや、マジでさ……なんか、喰ってるみたいじゃね?」

 

「おい、もう帰ろうぜ……これ、マジでヤバい気がする。」

 

だが、その瞬間――

 

**――カリ、カリ、カリ。**

 

「……え?」

 

確かに聞こえた。

 

何かを"噛み砕く"音が。

 

若者たちは、一瞬で顔を見合わせた。

 

そして――

 

**――ガリッ。**

 

「うわあああああ!!!」

 

塩の塊の"口"が、**ほんの少しだけ動いた**のを、彼らは見た。

 

崩れた塩の欠片が、地面に落ちる。

 

二人は叫びながら、一目散に山を駆け下りた。

 

しかし――

 

誰も知らなかった。

 

彼らが去った後、"塩の人型"の影が、**ほんのわずかに揺らいでいた**ことを。

 

そして、"口を開けた塩の塊"の足元に、新たな**白い粉が落ちていた**ことを――。

 

### **変化**

 

次の日の朝。

 

「おい、見たか?」

 

「見た見た……昨日のやつだろ?」

 

「また、形が変わってたよな……」

 

「……うん。」

 

「口が……"もっと大きくなってた"。」

 

誰も近づかなくなった山道。

 

だが、それでも**誰かが喰われている。**

 

"塩の人型"は、少しずつ"何か"を取り込みながら、形を変えていく。

 

そして――

 

また、**新たな岩塩の人型**が、一つ、増えていた。

 

今度のそれは、**目を開いていた。**

 

**――カリ、カリ、カリ。**

 

###

 

**――カリ、カリ、カリ。**

 

山の奥で、その音は確かに聞こえ続けていた。

 

何かを噛み砕く音。

 

何かが崩れる音。

 

**何かが、新しく生まれる音。**

 

### **行方不明者**

 

「……また一人、消えたってよ。」

 

地元の老人たちが、山のふもとの食堂でひそひそと話していた。

 

「今度は、夜に登った若いもんだろ?」

 

「そうだ。昨日、肝試しだとか言って山に入ったきり、戻ってこねぇんだと。」

 

「これで何人目だ?」

 

「……もう、数え切れねぇよ。」

 

山に入った人間が、次々と**行方不明になる**。

 

だが、遺体は見つからない。

 

代わりに、翌朝には**"塩の人型"が増えている。**

 

**まるで、喰われた人間が"新しい塩の像"になっていくかのように。**

 

「これ、もう村のもんじゃどうにもならねぇよ……」

 

「お祓いとか、してもらうしかねぇんじゃねぇか?」

 

そんな会話が交わされる中、食堂のテレビがニュースを流した。

 

**『本日未明、山中で新たな"塩の塊"が発見されました。これで確認された数は合計……』**

 

客たちは、画面に映る"それ"を見て凍りついた。

 

……新しく発見された"塩の人型"。

 

**それは、山に入ったばかりの行方不明者の顔に、そっくりだった。**

 

### **山の中**

 

風が吹く。

 

夜の山道。

 

誰もいないはずのその場所で――

 

"塩の人型"が、**わずかに動いた。**

 

カリ、カリ、カリ……

 

音がする。

 

少しずつ、**口を開く音。**

 

少しずつ、**何かを噛み砕く音。**

 

そして――

 

少しずつ、**新たな"顔"が浮かび上がる音。**

 

次に、この山に足を踏み入れるのは――

 

**あなたかもしれない。**


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