今回は9000文字くらいです。
対するは
『……………』
そんな2人は今、見知らぬ部屋にて相対している。此処は何処だと2人、辺りを見回すが有るのは白い壁ばかり。部屋ならば入る為に必要である扉すらも、この白い空間には無いのだから可怪しな話。
「…守部さん、だよね?俺は此処に来るまでの記憶が曖昧なんだが…何か知っているか?」
長い沈黙を破るように先手として疑問を投げたのは宍戸楓二であった。守部史緒里の気性難、男嫌いはクラスメイトとして知っている。普段ならば関わらず、最低でも女子を介してする行動だがこの状況では仕方ない。せめて此方は敵ではないと判断してくれれば良いが。
「チッ………知らねぇよ」
「そうか。となると手詰まりか…」
仮にもクラスメイト。しかし男であるという唯一点だけで、彼女に取っては嫌悪の対象に移るらしく何時もの男子に対する不愉快そうな表情は変わらない。だが緊急事態は緊急事態。それを理解はしているのか、質問には最低限応えてくれた。
であるが、何方も此処に来るまでの記憶は定かではないようだ。来るまでの経緯が分かれば、多少の予測やら行動の指針にはなるがどうにも無理そうだ。
「──オラッ!出せよクソ野郎が!!そして面見せてぶん殴らせろ!!」
(大分キレてるな)
普通ならば協力して、となる状況だが宍戸が男であるというのが不味い。多分協力を申し出ても素っ気なく断られるだろう光景しか浮かばない。どうしたものかと、この状況からの脱出について、守部史緒里のご機嫌取りについて。2つの問題について考えていたのだが、先に守部は痺れを切らしたのか、何も無い壁に向かって苛立たしそうに何度も蹴りを放つ。
女子の体格故今はやっていないが、昔は空手等も習っていた事があると人伝に聞いた覚えがある。確かに。この蹴りを見ればそれが素人の蹴り技とは違う流麗でいて尚且つ破壊力のある恐ろしいものだと理解出来る。
不慮の事故を除いて、これ以上彼女を怒らせるような発言、行動には気を付けておこう。未だ白い壁に向けて蹴りを放つ守部を見ながら、宍戸楓二はその蹴りを自分に向けられない事を祈るのだった。
「スマホすら無いとはね。これじゃあ時間も確認出来ないよ」
「ハァハァ…クソっ…無駄に硬くないか?この壁…」
「確かに、守部さんの蹴りでも凹み1つ出来ないのは異常だね」
「あ?どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。だから睨まないで欲しい」
チッ、とまたもや響いた舌打ちに内心ホッとする。あんまり謙りすぎるのも失礼かなとは思ったが、正解だった。特に他意は無い普通の感想にキレ散らかす程、守部さんも冷静さを失くしては居ない様子。けれどそれも限られた時間の内だ。人間誰であろうと、こんな狭く密閉された場所で時間が過ぎていけば頭の1つも可笑しくなる。
これは守部さんが気性難だからとかそういうのは関係無い、人間の限界というやつだからだ。
体感的には1、2時間。宍戸楓二と守部史緒里はこの白い部屋に監禁されている。手段は分からない。しかし此処に来る前の最後の記憶が自分の部屋で止まっている辺り、何か不思議な力でも働いてこの部屋に招かれたのではとすら思える。
家族が居る家で、自分を起こさずに攫い一回も目を覚まさず此処まで運ぶのが現実的に可能ならば、まあ話は変わるが、こんなにも妙な現象が連続して続くとそちらの方がまだ可能性があるのではと思う。
「は?お前頭可笑しくなったか?」
一応情報材料が多いに越した事はない。なので仮説の1つとしてと前追いはしたが、案の定な反応をされた。
「でも、傷一つ付かない異常な硬度の壁。それに出入り口やら空気穴すらも無い完全な部屋。高々高校生2人誘拐するには力入れ過ぎじゃない?」
「……そういう奴も居るんじゃねーか?あんま知らないけど」
(?)
自分でも荒唐無稽な方向かなとは思うのだが、どうにも感覚的には此方の方が正解な気がするのだ。まあそんな感覚だけでは他人に通じないのも重々承知。あくまても、選択肢の1つとして覚えていてくれればそれでいい。
もう一回くらい噛み付かれるかと思ったが、守部さんはこれ以上話す気は無いとでも言いたげに、目線を逸らしてそのまま黙り込んだ。
不思議には思った。だけど踏み込めばただでは済まない気がして、その事には触れずに自分も口を閉じるのだった。
ガコンッ!
『──ッ!?』
話も一旦止まり、このまま暫く沈黙が続くかと思ったが、その静寂を打ち破るように何も無かった白い壁に突如として扉が出現する。
マジック、にしては突然で種も仕掛けも無しに現れたように見える。マジシャンではないから絶対とは言い切れないが。
直ぐ様自分の方から白い扉へと近寄り、何回かコンコンと扉を手の甲で叩いた。扉、少なくとも今までの人生にて経験したのと同じ感触しか、その扉からは感じられなかった。紛れもなくこれは扉である事が分かった。
(扉。となると何処かに繋がっている筈…問題は何処に繋がってるかか…)
「おい!何か出て来たぞ!?」
「ん?」
扉の前でウンウンと悩む宍戸とは別に、守部は扉の上の方を目で追っている。掛けられた声に反応し、守部の視線を追うように見たそれには、こう書かれていた。
【この先にて1週間生き延びなさい】
命令とも目的とも捉えられる内容。犯人は未だ見当も付かぬが、2人が何者かに攫われたのは事実のようだ。2人の状況に合わせるように出された扉に指示。誰かが2人を見ているのだ。
「…で?出るのか、此処から?」
「そうだね。どっちにしろ、この部屋に居ても仕方なさそうだし」
「……チッ…!ああ!ムカつく!!思い通りのつもりかよ!??」
「守部さん…」
「お前もお前だよ!!訳知り顔で…真逆お前もグルなんじゃねぇか…?」
此処に居ても進展はない。守部が不満に思うのは分かるが取り敢えず進むしかないだろう。それも守部は分かってはいるのだ。しかしどうしようもない怒りが、判断を鈍らせる。目の前で協力ような素振りを見せるコイツも、実は己を嵌める為の手紙なのではないか。そんな疑念が守部史緒里の心中にはあった。
「ぐっ…!」
「なあ!そうなんだろ!?だからそんなに冷静なんだよな!?殺してやる…!殺してやるからな!!」
胸倉を掴まれ、上へと持ち上げられる。鍛えているからか、その力は強く抗おうとしても難しい程の腕力。仮に抗えたとしても、冷静さを失っている今の彼女から逃れれば、更に激情させる事になりそうなので出来ないかもしれないが。
血走ったような荒荒しい目付き。息も荒く、不規則な息遣い。これは不味いか。そう思うや、守部の右腕は振り上げられる。
ヤバい、目を咄嗟に瞑り衝撃に備えるが…
「…ふぅ…ふぅ………悪い。取り乱した」
「………こんな状況だし仕方ないだろ」
「…でも、信じた訳じゃねーからな」
「…………」
心変わりか、途中で殴るのは止めた守部。彼女が今、どんな心境かは分からない。1つ分かるとしたら色々と不安定である事か。何にしろ殴られなかったのは良かった。これから脱出を目指すというのに無駄な体力やら怪我は負いたくなかったから。
謝罪も受け取った。ならば後は水に流し、これから起こる事にだけ集中するべきだ。思う事も吐き出したい事も、全ては終わってからでも間に合う。今は生き残る事だけを考えよう。
「木、木……また木。山か?此処って」
「多分そうだろうね。雰囲気もそれっぽいし」
色々とあったがお互いそれには触れずに、さっさと扉を開けて外に出る。すると無機質な部屋とは打って変わり、辺りには自然の息吹感じる、木々が見えた。
「消えた…」
「まるでどこでも〇アみたいだね」
「……マジでそうなのか…?」
出て来た扉は振り返れば消えており、まるで其処には何も無かったかのように。非現実的。そんな言葉が似合う現象に、守部は考えるような素振りを見せ、先程語った宍戸の仮説を思い起こす。何を馬鹿なとは思ったが、こうも立て続けに起きればその考えも…
「守部さん!」
「うおっ!?な、何だよ!??」
「いや…そんなに構えないでよ、怖いから…それよりこれ」
「…ビニール…?」
思考の海に行っていた意識が後ろからの呼び掛けに戻される。油断していた。真っ先にそう思った守部は対人戦の構えを取ると、素早く声のした方から離れる。
そんな戦闘態勢満々の守部に内心多大な恐怖を感じながらも、見つけたアイテムを説明しながら見せる宍戸。
「良かったよ。流石に今から寝床探しはキツイからね」
「結構デカいな…これ…」
説明を終えるとテキパキとテントを組み立ていく2人。指示役は宍戸が担当し、スムーズに借りの宿屋が仕立て上げられていく。何でこんなに手際が良いのかと疑問に思った守部だが、それを察した宍戸の答えにより一応の納得は出来た。
「ボーイスカウトでの経験も馬鹿には出来ないね」
(暖かい…)
まだ日は出ているが夜は冷える。その前にある程度燃料となる枯れ枝を集め、慣れた手付きで何度かの試行錯誤かの内、火を付ける。変わった特技を持っているとは思ったが、今の状況では助かるのも事実。大嫌いな男に助けられたのは嫌だが、事実は事実渋々受け入れる守部。
「食料は明日から探そうか。もうすぐ夜だから危ない。…そういえばお腹は減ってる?」
「…大丈夫。寝る前に食べた」
「そっか。じゃあ後は寝るだけだね」
何方も家で眠りに就いた後にこの場へと引き摺り込まれている。やっぱり何かしらのオカルトのようなものが絡んでいるのか。いや、でもそんな馬鹿げた話…。未だ謎多き現環境について思考を巡らせつつ、時間は過ぎていく。
「マジで一緒に寝るのか?」
「頼れるのは今、お互いだけだ。だからいざという時に近くに居たほうが良い」
「無理」
睡眠の時間。ともなれば一番の課題は此処である。テントは1つ。無いよりはマシだがその寝床は広くはない。しかも仕切りも無いから守部の不満は最高潮である。
男嫌いである女性に極限状態ではあるが同棲を強いるのだから、酷な話ではあるのだが。
「無理だからアンタが外で寝ろ」
「それだと俺が死ぬ」
「死んでも良いけど、別に」
主張は平行線。お互いが譲らないのだから変わらないのも仕方がない。そんな中でふと流れに任せてだろうが出た守部の言葉に、宍戸は考え込んだ後、一度テントの中から姿を消した。
「はい、これ」
「……は?何だよ…」
「いざとなったら使ってくれて良い」
「…え…は…?」
サバイバルナイフ。テントと一緒に置いてあった装備。2人を閉じ込めた人物は殺したいという訳では無いのだろうか。これから山の中で生き延びる為の最低限の道具は置いてあるのだ。これはその中の一つである。
しかし個数は1個。宍戸が誤魔化さないように見張りながら確認したのでそれは間違い無い。
「死ぬにしても、そんな意味のない事で死ぬつもりはない。だけど、守部さんが男嫌いなのも知っている。だから妥協案として俺はそのナイフを預ける」
「な、何言ってんだ…?」
「例え死ぬにしても、それは守部さんの為になる事で死にたいんだ。だから今は、生きる為に守部さんに譲歩して欲しい」
言い終えると、サバイバルナイフを床に置き一歩下がると頭を下げる。
理解出来なかった。巫山戯ている訳でも、誰かに感化されたかのような上辺だけの言葉でもない。
本気だ。この男は本気で、今言った言葉を言っている。例えこの夜。余りのストレスに耐えられず守部史緒里に殺される事になっても、宍戸楓二は彼女を恨みはしない。
ただ、悲しく思うだけだ。やっぱり自分は────のだと。
「おやすみ。守部さん」
「…………」
結局、やや気圧されるように守部は妥協案を呑んだ。横になり、手元にはナイフがある。
震える。カチカチと歯が小刻みに鳴る。怖い。恐ろしい。今直ぐ自分の側から消えて欲しい。そんな想いが胸の中で繰り返される。
ナイフを握る。いざとなればこれで殺せる。大丈夫。大丈夫だから、今は眠ろう。もし、アイツが裏切ってもこれで刺せば良いんだから。
夜は更けていく。
「…寝不足。イライラするからアンタが食料探して来い。…ダルいし」
「分かった。食べられない物とかあるか?」
「…別に無い」
結局昨日は余り眠れなかった気がする。日は昇ったというのにまだ眠気眼だ。こんな状態なのも
ボヤーっとした頭でも何だコイツとは思った。でもまあ、やってくれるならとその日は任せ仮眠を取ることにしたのだ。
「どう?味は悪くないと思うけど」
「…食える」
「良かった、良かった」
(何だコイツ…)
今まで生きてきた中で初めて相対する部類に入る男宍戸。男というのはどんな奴でも下心があるというのが守部の持論だ。実際それで痛い目を見た事があるのだから、常にその意識は持っている。
なのにこの宍戸と来たら、何の見返りも無く返ってくるのは愛想の無い返事か罵倒だと言うのに、嬉々として奉仕している節がある。
「じゃあ、食料は今日も俺が取ってくるから、守部さんは休んでいて」
「…………」
未だ夜は警戒する日々が続く。だから実質睡眠を日中に取れるのは助かるのだが、こうも当然かのように労力を買って出るところを見ると、疑惑の一つは沸くというもの。
てっきり何かやましい事をする為に1人で行動しているのかと思い、後をつけた日もあったが黙々と食べれそうな物を探しているだけときた。
何の理由もなく、親しい仲だという関係でもない。何時も男に感じている不快感、苛立ちとは違う不気味さを守部は宍戸に抱いていた。
「…何で此処までする訳?アンタとアタシ別に仲良くないだろ」
答えるとは思っていない。けれど方法の1つとして疑問を解消するための手段を、食事が終わってからの空いた時間に守部は尋ねた。
「……贖罪、自己満足。そこら辺かな、理由は…」
「は?」
少し悩んだような、考えたような表情を見せてから出た言葉はよく分からないものだった。いや、言葉の意味は分かるが何故ここで、今?と思わず態度に出る。
結局その後は変な沈黙が続き、疑問の答えはついぞ出なかったのだ。
「別に任せてくれて良いんだけど…」
「アンタが変な事してないか見張る為だ。無償の奉仕程気持ち悪いものは無いからな」
「…無償って訳でも無いけど」
(…やっぱり何かあるのか?)
昨日。そんなつもりは無かったのだが睡眠を取ってしまった。起きた時にはもう朝で、いつもと変わらず警戒していたから眠れはしないだろうと諦めていた。けれど昨夜はそうではあらず、意識を再び取り戻した時、守部は動揺した。
警戒を解いた?…いやそれは有り得ない。自分が男に気を許す訳は無いし、何よりそんな事あってはならない。
疲れが限界に達したのだろうか。…いやそれも、精神的にならまだしも肉体的には其処までの疲労はない。不本意だが宍戸が主体的に行動している為、無駄な体力は消費していない。
精神的に不安定?…ストレスはある。極限状態で男と一緒に生活を余儀なくされるているのは確かに苦痛だが、真逆其処まで蓄積していたのだろうか。
自分の中で納得の行かない行動には不満が募る。故に守部は朝には回復した体力と気力を元に、今日は宍戸の食料集めに同行を申し出たのだ。監視というそれらしい理由を付けて。
「…これは?食えるのか、食えないのか?」
「確かイケるやつだね。持っていこう」
「はいはい」
不愉快な気分を紛らわせる為に来た食料集めだが、これ自体は守部も真面目に取り組んだ。文字通り命に関わること、此処で意地を張るのも違うだろう。
見せて聞きはしたが、それで直ぐに返答が出る辺り何でこんなに詳しいんだコイツとは思いはした。キノコ、毒キノコの見分け方は大変だとは耳にした事があるが、今の所当たってはいない。実は山の中で暮らしていた経験でもあるのだろうか。
「一度痛い目に遭ってね。それから覚えておいて損はないと思っただけだよ」
(どっちにしろよく分からねーな…)
返答が来てもこんなもの。本で見た、教えてもらった。それ以上の情報は流れて来ない。何か確信的な所は、この男も触れられないように隠している気がする。
(色々と気にはなるけど、あんまり穿って興味あると思われるのも何か癪だし…)
薄々勘付きはしても踏み込まないのはこれが理由。そもそも自分がコイツに対して興味のような気持ちを抱くのがそもそも可怪しい状況なのだ。上手くこの生活から抜け出せばもう関わる必要も無い相手、そんな相手の事を深く知っても意味等無し。守部は自分に言い聞かせ、問う事を辞め本来の仕事へと意識を切り替えた。
「あっ」
今更だがこの山は何処かはよく分からない。似ている山の候補はあれども、宍戸の中では此処が違うなと云う点が多々あるからだ。そもそも宍戸の弁を当てにするならば2人を攫ったのは非現実的な存在。突如現れ消えた扉の事も考えると、そもそも現実にあった山すらかも怪しいのだ。
だから山の脱出を目指し降る事はしなかった。与えられた目的は生き延びる事。それ以外の事をしようとすればどうなるかが恐ろしい。ヤキモキはするが今は指示に従い様子を見よう。それが2人の一応の共通指針であった。
「──守部さんッ!!」
「ぐっ!?」
例え知識のある山の中であろうとも、些細な事故は起こるもの。それが見知らぬ場所ならばその確率も高くもなる。
少し足を踏み外し、よろける。普通ならば地面に倒れる事で止まるそれも、下に何も無ければ止まる道理は無いのだ。
ギリギリの所で宍戸は守部の腕を掴む事が出来た。一時的に全体重と落ちた時の衝撃が肩、腕に伝わり守部は苦悶の声を上げる。
「背負ってる物、捨てて!!」
「で、でも…食料が──」
「早くっ!!」
ビクンッと守部の体が震え、表情にも緊張が走る。今まで、と入ってもこの数日だがどんな罵声を浴びせても見せる事は無かった怒りの顔。それを見た守部は縮こまった。
「す、捨てた!で…でも…」
「大丈夫…!絶対、絶対助けるから!」
勿体なくはあるが命には代えられない。衣服以外の荷物を捨て去ると、崖の下へと垂直に落下していく。宍戸が手を離せば自分も…、それが予測出来たから守部は顔を青褪める。
上を見る。鍛えているかは分からないが今の所何とか落ちるのは防がれている。しかし人1人、協力も無しに持ち上げられる物なのだろうか。ロープを使えれば良かったのだろうが、突然の事に為準備している余裕は無いし、そもそもロープが無い。
「助ける…!絶対、助ける…!助けるから…!!」
(な、何でそんなに必死に…?)
ただ自分を助けようとしているには鬼気迫り過ぎている。まるで此処で助けられなければ…、そんな気迫すら感じる必死さ。
「あああ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」
ブチブチブチッ、と両腕から何かが切れるような音がする。それは守部にも聞こえたのか、宍戸の目に何かを叫んでいる姿が見えた。
だけど別に良いのだ。此処で腕が使い物にならなくなっても、それで■■を助けられるなら後悔はない。
「──だあ゙っ!!!」
「──ぷはっ!!ハァッ!ハァ!ハァ…!」
渾身の力を込めて引き上げられた守部は荒々しく崖とは離れた地面に転がされた。緊張の糸が途切れたせいか、生きている事を実感するように何度も何度も、激しく息を吸い、吐く。
「──ッ!?」
息が少し整い、宍戸の方を見る。すると其処には安堵からか力が抜けたように倒れる宍戸の姿が。しかし倒れる方向が不味い。このままでは自分の代わりに宍戸が崖から落ちる事になる。
「こっ──ちっ!!!」
落ちる時に痛めた腕は使えない。咄嗟にまだ無事な片腕を伸ばすと、出っ張ったリュックを掴み思い切り引っ張る。あくまで体が傾いただけ、強く引っ張れば倒れる方向も変えられた。
ドサリと守部の近くに倒れ、彼女を見上げる形になった宍戸は目を開き、驚いたような顔を作った後、
「……凄いね、守部さんは…」
「はあ!?何が!?」
未だパニクった状態から抜け出ていない守部は、よく分からない宍戸の発言に食い掛かるように返事をした。
「いや、俺とは違うなって、思ってさ」
「…ハァハァ……マジで意味分かんないんだけど…?」
「ハハハ、そりゃそうだよね!」
(笑ったり驚いたり忙しいな…コイツ…)
何が可笑しいのか笑い続ける宍戸に呆れた目線を向け、けれども疲れからか余りツッコむ気にもなれず、取り敢えず守部は体力の回復に集中するのだった。
「
「ふーん、幼馴染ってやつ?」
「そう、家が隣同士でね」
あの時、守部を助ける為に必死だったのは確かに間違い無い。だけどそれだけではないのは、まるで自分を通して誰かを見ているかのように、何処か必死過ぎる様から何となくだが察した。
お互い痛む腕の簡易的な治療を終えると、ポツポツと宍戸が先に語り始めたのだ。
曰く、昔みーくんという仲の良い幼馴染が居た事。生まれた時から小学校までずっと一緒だったのだとか。自分にはそんな存在は居ないが、聞くだけならばそんな言葉が当て嵌まる気がした。
「カブトムシ。そう確かカブトムシを取りに行こうってなって、夜なのにこっそりと2人で抜け出してさ。それで近くの山の中まで行ったんだ」
「……それで?」
「ま、何となく察しは付いてるかもだけど…俺が足を踏み外して崖から落ちそうになったんだ」
「ん?アンタが落ちそうになったのか?」
あの様子からてっきりそのみーくんもやらがそうなのかと思ったのだが、少々違うらしい。
「みーくんは力持ちでね。俺の事を何とか持ち上げて助けてくれたんだ。…だけどその時にバランスを崩して…そのまま…」
「…成程」
「俺は助けられた直後だったから、ワンテンポ遅れて手を伸ばしたんだ。だけどそれじゃあ間に合う筈もなくて…」
落ちた時のみーくんの声は今でも覚えているよと言った時の宍戸は、とても悲しくて辛そうな顔をしていた。
「だから勝手に昔の事を守部さんに重ねてたんだけど…」
「さっきのってそういう事?」
「そ。だから俺と違って凄いなーって」
「…比べるもんでもないだろ。アンタ馬鹿か?」
「そうだね。…本当にそうだ…」
今なら何となく分かる。コイツが無駄にアタシを助けようとしてたのも、何か自己評価が低いのもこれが原因なんだって。自分に取っては後悔してる事だからあんまり喋りたがらなかったんだ。
「それはそれとして、守部さんには感謝してるよ」
「何が?理由はどうあれアタシ助けられたんだけど」
「みーくんを助けられなかったっていう後悔は、消えないって分かったから」
「…それは…」
「誰かの役に立ったり、助けたりしたら何か自分を誤魔化せたんだ。あの時の自分とは違うって思えたから」
「けど、結局俺は助けられた。あの頃とそんな変わってないんだ」
「………」
「多分この罪悪感は消えない。もしあの時に戻れても同じような結末になるかもしれない。それでも…」
「俺はみーくんに助けて貰ったこの命を頑張って生きるよ。誰かを助ける為とかじゃなくて、俺なりの生き方でさ」
「……ま、良いんじゃないの?よく分からないけど」
自分は今も抜け出せない過去の中に居る。なのに先に彼は答えを得たように朗らかに笑うのだから、自分の胸の中には仄かな嫉妬心が芽生えた。でも、そんな感情見せるつもりはない。何時ものような無愛想な表情で、素っ気なく答えれば良いんだ。
「でも守部さんは特別に助けて上げるから、安心してね!」
「……いや別にいらないし、そもそも何で…?」
「…此処まで一緒にやってきた仲だから?」
「…悪いけどノーセンキューで」
少し、嬉しかった。
友人が崖に落ちた後は1週間程山の中を彷徨い続けた。その時の経験から山の中で食える物の判別が出来た方が良いと、独学で勉強する。
亡くなった友人の母親からポロッと出た「何で貴方の方が生きているの?」という言葉がトラウマ。それ以降お互いに気不味くなり、宍戸一家は逃げるように別の市へと引っ越した。守部もある理由から家族ぐるみで引っ越しているので、引っ越し仲間。
守部さんのお話は明日の18時に投稿します。その後は軽くエピローグで終わり。
此処まで読んでくれてありがとうございます。