長くはならない短編集   作:ニンカタ

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何時もR指定ばかり書いてるから何処までがセーフなのか分からない時がある。今回も9000くらいです。


つづき

 

 「それにしても、この部屋に戻ると傷が治るとはね」

 「はぁ…マジでアンタの言う通りオカルト系か?これ」

 「こんだけ不思議だと流石にね」

 

 両腕が殆ど使い物にならなくなったので、後の日にちは知識役宍戸。回収班守部という割り振りになった。片腕が使え、負傷がマシな守部に頼り残りの日数を生き残る事が出来た。その事に感謝を告げれば、守部は無愛想ながらもはいはいと受け取ってはくれる。初めてこの部屋に来た時に比べれば大分打ち解けただろう。

 

 「ていうか結局何だったんだ。あの課題?」

 「特に褒美がある訳でも無かったし…何かゲームをやらせたい訳でも無いのかな?」

 

 サバイバルゲーム。その方向性で悪趣味なゲームでもやらされるのかと思ったが、そうでもなく。1週間生き延びろという目的が達成されると、白い扉が突如として現れ、初めて訪れた時の部屋へと送られた。

 其処で驚いたのが怪我の治癒だった。部屋に入るや、痛みが消えて元の健康な時のように動かせる。それは守部史緒里も同じだったようで、困惑し驚いていた。

 

 「……シャワーまで有るけど」

 「汚れを落とせって?」

 「お前のせいでこうなったんだろうが…!!」

 「まあまあ…」

 

 そもそも2人を拉致した奴が居なければ、サバイバルも毎日風呂にも入れたのだ。年頃の女子として風呂に入れなかった1週間はとても不愉快だった。使いはする。使いはするがお前が言うなという苛立ちが守部の中には渦巻いていた。

 

 「先入るけど覗くなよ」

 「しないよ。ぶっ飛ばされるし」

 「よく分かってるな」

 

 今更そんな事をするんなら始めから何かしている。それを言ったらぶん殴られるので言わないが、久し振りの湯船とシャワーは気持ちが良かった。自分専用という事で使わせて貰えないかなとも思いはしたが、杞憂で普通に使ってOKらしい。

 本当に初めて部屋に居た時よりも接しやすくなったなと思う。そういえば…

 

 (守部さんって何で男嫌いなんだろ)

 

 湯船に浸かりながら思うのは異常なまでの男嫌い。思春期の嫌いとかとは違う生理的嫌悪に近い、いやそれよりも酷い敵意に近い感情。普通の人間ならば其処までの感情は抱かないように思える。つまりそれは、

 

 (…何かがあったのかな)

 

 となると不用意に聞くのも危ういか。折角距離は取れども日常会話程度は出来るまでに近付いたのだ。踏み込むだけの理由が無いならば、無理に踏み込む必要もあるまい。

 風呂に浸かりながらついでにこれからの守部さんとの付き合い方について再度確認し、逆上せる前にゆっくりと風呂場を後にした。

 

 「意外と長湯だな。アンタ」

 「1週間も入ってなかったから偶にはね」

 「そ」

 

 それ以降は話し掛けて来ないが、充分な距離感だろう。新たな課題が出るまでの間、特に何も話さない。けれど気不味くはない不思議な時間を過ごした。

 

 

 

 【廃工場より2人で脱出せよ】

 

 「今回は結構シンプル?」

 「廃工場とやらの大きさに寄るんじゃないの」

 

 何となくまた課題を出され、何処かへと行かされるのだろうとは思ったが、山中生活が終わって直ぐとは思わなかった。体感的には1日もあったかどうか、風呂には入れはしたが、逆に言えばそれだけ。風呂から出て休憩少し挟んだら行くくらいの間隔で捩じ込まれたのが今回のお題。

 

 「2人…2人ねぇ…」

 「そのまんま俺と守部さんか」

 (何か引っかかる気がするけど…)

 

 白い扉は既に登場している。まるで急かされているかのように、ピカピカと終わり掛けた蛍光灯の様にチカチカされると目が眩む。

 

 「さっさと行って終わらせてやる」

 「そうだね。じゃあ行こうか守部さん」

 「…はいはい」

 

 其処まで会話をするのに違和感が無くなってきた自分に、今だけ、今だけと心の中で言い、宍戸、守部の順で次の舞台へと足を踏み入れた。終わりのステージへと。

 

 「……?守部さん?」

 

 

 

 

 

 暗闇の中から意識が浮上する。……寝ていた?いや、寝ている場合じゃない状況。確か最後の記憶は…

 ピタッ、頬に何か冷たい物が当たった気がする。目を開いて落ちて来た方を見ると、鉄の管から水滴が滴ってきたのだと分かる。

 そうだ。今アタシは工場に来ている。気を失う前は白い扉を潜って、それで……駄目だ。記憶は此処までしか無い。

 

 (アイツは……?)

 

 声を出したつもりだったが、何かに阻まれたような感覚がする。右、左と目線を動かしてもお目当ての人物は居なかった。

 

 (人…?)

 

 ぼやけた視界と脳が少しづつクリアになっていくと、前の方向に誰かが立っているのが。

 男…?なら、アイツかなと頭の回転が始まりつつあると、次第にいや、違うと体格、背格好から違う点を頭の判断が下していく。

 

 「え……あ?あ……?」

 「あ、起きたんだね!おはよう史緒里ちゃん!」

 「……───ッ!!?」

 (な、何で……)

 

 声は変わらず出せはしない。それも当然、口には白い布、両手は後ろ手に縛られている。だから今の所、体の半分くらいは拘束されているのだ。

 だが、何よりも守部史緒里を驚かせ、凍りつかせたのは目の前に居る筈の無い男がにこやかに微笑み掛けてきた事。

 中肉中背。背は一般的な男性よりも少し高いくらい。服装はスーツ一式、黒だ。穏和に微笑む顔からは、一見優しそうな性格を思わせる男。

 

 かつて守部史緒里を誘拐し、その精神と肉体に消えないトラウマを植え付けた男である。

 

 

 

 

 守部史緒里は普通の女の子であった。少し気が弱く周りに流され易い性格だったが、特にトラブルに見舞われる事もなく、日々を平穏に過ごしていた。

 友達は多くはないか居ないという訳でもなく、家に来て、自分も友人の家に招かれるくらいには友好的な友人は居た。

 友人を大事にし、その想いが相手にも伝わっていたのか、友人関係は良好であった。少なくとも人間関係に於いて問題が起こる事は無かった。

 家族仲も悪くはなく、至って健全。思春期を迎える年頃であれば反発の一つや二つもあっただろうが、未だ中学生にも上がる前の守部史緒里は純粋で優しい女の子だった。

 

 そんな彼女の人生に消し切れない汚点が生まれたのは、小学校中年期の頃だ。

 見知らぬ男性に声を掛けられた。年齢は父と同じくらいだろうか。世間的にはおじさんと呼ばれるだろう外見。

 知らない大人には関わらないように、そう教えられたから初めは申し訳なく思いつつも早足で逃げようとした。

 けれど、

 

 『お母さんが大変なんだ』

 

 家族の事を知っていたのか、それとも適当に出た言葉なのか。それは今では分からないし知りたくもない事だ。だから知らない。だけどその時、自分は愚かにもあっさりと男の言葉を信じてしまったのだ。

 男が所有していた車にホイホイ乗って、わざわざ犯行のしやすい場所へとついて行ってしまった。

 

 『──やめて!おじさんやめてよぉ!!』

 

 それからは思い出したくもない人生最悪の一ヶ月を過ごした。嫌がっても助けを乞うても、それは男を楽しませるだけの行動にしかならなかった。

 今でも、その時の地獄は夢の中で再現される。

 

 

 (落ち着け…落ち着け!アタシは違う、あの時とは!だから…だから震えるな…!!)

 「史緒里ちゃ〜ん!またおじさんと一緒に仲良くしようよ!」

 (ひっ…!お、怯えるな!殺す…殺すんだ…!)

 

 どれだけ拭い去ろうと、抑え込もうとしても体が目の前の男に対して全力の逃避行動を取ろうとする。

 違う、違う!こうなったとしても、自分は負けない為に此処まで努力してきたんだ!

 欲しか瞳に映さない汚れた男に騙された馬鹿な自分。

 騙されたと分かっても、結局何も出来ずに泣き叫ぶしか出来なかった自分。

 そんな自分から変わる為に対抗する為の、いやコイツを潰す為の術を覚えたのだ。

 殺す。絶対に殺す。でなければ自分はあの忌まわしき過去から永遠に抜け出せない。此処が何処なのか、どうして捕まった筈のアイツが居るのか等今はどうでもいい。今は…

 

 「小さい時の君も良かったけど…今も今で良いねぇ…」

 (先ずは、先ずは……手を自由に!)

 

 鳥肌を立てるような悍ましい言葉を何とか流しつつ、辺りを目だけで確認。流石に今の状態では分が悪い。四肢を扱えるようにして、その時に正面から潰す。

 廃工場というだけあり、周りに無造作に物が転がっている。何か鋭利な物があると良い。幸い拘束しているのは布製の物。

 ……怪我をさせるのを嫌ったのか?だが今は、それが好都合。切れ目さえ付ければ、

 

 (──!あった!)

 

 壁から出ているのは斜めに切断された鉄管。誤れば危ない鋭さだが、逆にそれが良い。後は隙を作り其処まで走るだけだ。

 

 「何処からにしようか──」

 (──今っ!!)

 「──ぶえっ!!?」

 

 ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべ、守部の体へと手を伸ばした男に頭突きをお見舞いする。狙ったのは顎だが見事狙い通りにクリーンヒット。

 顎を押さえて悶えるように蹲る姿を見て、少し守部の溜飲が下がる。

 

 (ふんっ、何時までも下に見てるからだ!ざまあみろ!)

 

 昔の様にか弱い女だとでも思っていたのだろう。生憎様、自分は変わったのだ。お前のような男を倒せるようにと。

 

 (よしっ!口のも……)

 

 男がダウンしている間に、目的の場所まで到達し終え思ったよりもスムーズに切れ目を入れる事に成功。後は其処を起点に切れ目を大きくしていけば拘束は終わりだ。

 口枷も手が使えるようになれば容易い。ふーっ、と軽く新鮮な空気を吸い、吐くと自由になったのだ実感する。

 

 「……後は、コイツを潰すだけだ」

 

 痛みから立ち直り、守部を憎らしげに見ている男に向けて、返すように冷ややかな視線を送った。

 

 

 

 「守部さーん!居たら返事してくれー!」

 

 所変わって宍戸楓二。白い扉を潜り、廃工場へと到達したはいいが、何故か守部の姿が忽然と消えている。一瞬焦ったが、今回は合流を目指す事が課題の一つなのかと、取り敢えず散策をしながら守部の捜索へと舵を切った。

 

 「結構広いな、この工場」

 

 山関連の知識ならまだしも日本国内、下手したら海外のかもしれない工場等分かりはしない。だから構造も知る由もなく、行き当たりばったりで進んでいる。体感的には。かなり歩いたのだが、まだ知らない道が出て来る。これに何かしらの仕掛けもあるとなると、単純に脱出を目指すのが酷だ。

 

 「せめて、守部さんと合流出来れば良いけど…」

 

 新しい道と景色ばかりだと進展しているのかも謎だ。分かりやすい成果として早く合流したいとこだが、ヒントも無いのでは…。

 

 「あ、前通ったな此処。一周してたのか…」

 

 

 

 

 

 「痛った!だからそれ辞めてってば!」

 「くっ…そ!!何でピンピンしてんだよ!!」

 

 言葉では痛がるような素振りを見せるが、軽口をたたけるのだから効いていないのは明白。蹴り、殴り、絞め技や寝技はかなり接近しないといけないから危険と判断した。基本的には掴みかかるような動作を躱し、返し際に攻撃を与えるという戦法を取っているのだが、どうにも手応えがない。

 

 (可怪しい、もう何発も食らってるのに何で倒れない!?)

 

 背中にも腹にも攻撃は当てている。なのにケロッとした態度で男は守部に直ぐ、迫って来る。一度距離を取って冷静に考えてみるが、矢張り男が異常だという結論しか出ない。

 

 「武術の真似事?でも構えが変だよ?」

 「うっさい!黙ってろ!」

 「いや、だってそんなへっぴり腰だとさぁ」

 「は?」

 

 自身を映す鏡もなく、男憎しで前しか見ていなかった守部はついぞ自分で気付く事が出来なかったが、そもそも攻撃に腰が乗っていないのだ。

 

 「あーもう面倒臭い。痛みは我慢するかー」

 「何言って……」

 

 男が直進し、守部目掛けて走って来る。上手く守部はそれを躱し、蹴りを放つが、

 

 「よし。捕まえた」

 「なっ!?何で!?」

 

 結局のところ、今の守部の拳や蹴りは痛いが耐えられなくはない程度。故にこうして痛みを気にせずそのまま突進されると、守部にはどうする事も出来なくなるのだ。

 

 「は〜〜…やっとだよ…うーん、近くで嗅ぐといい匂いだねぇ…えへへ…」

 「ひっ…は、離せ!!」

 「あー無駄無駄!それ!こうすればどうしようもないでしょ?」

 「あ、ああ…嘘…何で…どうして…」

 

 両腕を両足で押さえ跨れば、蹴りを放つ事も殴りかかる事も出来なくなる。必死に積み上げてきた努力が、あっさりと男の手で崩された時、守部の中には形容しがたい虚無感と絶望が訪れる。

 

 「胸も大きく育っちゃって…今から楽しみだなぁ…」

 「やめ、辞めて!!離して!!」

 「あーーうっせえな……何発か殴るか。死ななきゃ良いし」

 「や、やだっ!!」

 

 涙が出て、顔は恐怖に歪み、成すすべは無くなった。

 ああそうか。結局私ってこうなるんだ。心の何処かでかつての自分が諦めたように悲しく呟いた。こんな目に2度と遭わないように変わって、変わろうとしたのに駄目だった。

 お母さんにもお父さんにも迷惑掛けたのに、それでも私は変われないんだ。

 

 「──けて」

 「ん?」

 「助けて!!誰か、助けてぇぇ!!!」

 「は」

 「ハハハ!!ハハハハハ!!!ヤバいヤバいあの時と同じだ!ハハ、興奮してきたよ」

 

 それでも、変われなかったとしてもこれから同じ目に遭うのは嫌だった。この言葉を言えばこの男は喜ぶだろう。そう分かっていても、守部史緒里はその言葉を叫ばずにはいられなかった。

 男の嘲笑交じりの笑い声が聞こえる。勇んできても、大きくなって見た目が少し変わっても、あの時の少女は変わらずに其処にいた。それがとても喜ばしく……

 

 「──ふんっ!!」

 「──ぎゃっ!??」

 「え……?」

 「立って!逃げるよ、守部さん!」

 

 突如男の頭に長い棒状の物が当たる。バッターのように振り切った体勢を解くと、直ぐに手に持っていた鉄棒を捨て、守部へと手を伸ばし片手を掴み引き上げる。

 

 「え、え?え?」

 「あー!ごめん!手ぇ引っ張るよ!!」

 「きゃっ!ちょ、ちょっと!!?」

 

 このままでは拉致があかない。そう判断した宍戸は守部の手を引き走り出す。少しづつ今の状況が理解出来て来たのか、ぎこちなくはあるが何とか走り手を引く宍戸に守部はついて行けている。

 ガチャン!と大きく扉を閉じると、息を乱している守部を尻目に宍戸は扉に向かった。

 

 「ふぅ……これで少しは大丈夫だろ。守部さん大丈夫?」

 「ゲホッ、ゲホッ……な、何とか」

 「うん。じゃあ悪いんだけど歩きながらでも良いから此処を離れよう」

 

 チラリと見た宍戸は扉の取っての部分に目を向けていた。取っ手には錠前の鍵がされており、更にはオマケとばかりに鎖でぐるぐる巻きにされていた。

 少しでも時間を稼ぐ為に、宍戸がやってくれたのだろう。そして出来た今のうちの時間に、出来るだけ早く此処と距離を取る。宍戸が言いたい事は何となくだが理解出来た。

 

 「わ、分かった」

 「よし、それじゃ行こっか守部さん」

 「ま、待って!」

 「?どうかしたの?」

 「………手、握ったままにしてくれる…?」

 

 少し驚いた様に守部を見ると、直ぐに表情を切り替え宍戸は手を伸ばした。いつの間に途切れた2人の繋ぎ手はこうして再び繋がれた。前を進み先導する宍戸と、繋がれた手を交互に見つつ、守部は無言で彼の後をついて行ったのだ。

 

 

 

 「結構離れたかな。…多分大丈夫だろ、うん」

 「…来てる?」

 「うーん。物音もしないし居ないと思う。それに今鍵掛けたから直ぐには入ってこれないよ」

 

 個室から顔を出しキョロキョロと左右確認。終わると鍵をかけて守部の近くへと足を進める。守部は不安そうに宍戸を見つめるが、宍戸から聞いた情報を理解すると一旦落ち着きを取り戻した。

 

 「…今更だけど、アレ敵で良かったんだよね?思いっ切り吹っ飛ばしたけど」

 「…うん。良かった」

 「ならこっちも良かったよ」

 

 関係無い唯の人だったら大変だからね。そんな言葉を最後に宍戸は喋らなくなり、部屋の中には沈黙が訪れる。

 

 「何があったのかとか聞かないの?」

 「聞かれたくないのかなーって」

 「聞かれたくは……ないけど」

 「じゃあ聞かないでおくよ」

 

 何時もそうだ。宍戸というこの男は自分の事を気遣ってくれる。初めは自己犠牲精神だからそうしてくれていたが、山での一件があってからは純粋に助けてくれているのが分かった。

 

 「あの男にアタシ、〇されたの。小学生の時」

 「────」

 「ハハッ、びっくりした…?」

 「…うん。少し……いやかなりびっくりしてる」

 

 話してくれるとは思わなかったし、こんなにもヘビーな境遇だとも思わなかった。でもこれで納得もした。あれ程まで病的に男が嫌いなのはコレが原因で。男嫌いの理由が分からなかったのも、簡単に話せる内容ではないしな。

 

 「だからさ、男は皆敵だと思う事にしたし、もう2度とあんな目に遭わないようにって格闘技まで始めたんだ…」

 「…成程」

 

 今まで異常に見えた守部史緒里の言葉、態度が話を聞いていく内に、どうしてそうなったのかの納得を宍戸に与えていった。

 

 「なのに…なのに駄目だった…どれだけ頭では、心ではあの男をぶっ潰そうって息巻いても、体が言う事聞いてくれない…!」

 「悔しい…!悔しいよ…!!あんだけ努力したのに!あんなのに負けたくないって…」

 「なのにどれだけ鍛えても、アタシは私のままなんだ!!あの頃の…弱くて馬鹿だった私のまま…怖いから何も出来なかったままの…!」

 「………」

 

 掛けられる言葉は無い。性別も味わった屈辱も、どっちも違うし知らない宍戸にはどうしようもない事だ。だから彼女を、守部さんを立ち直させるような言葉は出て来ないんだ。

 ただ…

 

 「守るよ」

 「……え?」

 「多分、どんな言葉でも守部さんを苦しませるだけだろうから、ただ言うよ」

 「今だけは、俺があの男から守部さんを守る。だから此処から、2人で脱出しようよ。守部さん」

 (───あ)

 

 結局。守部史緒里はこの言葉を、己を助けてくれるだろう人を待ち望んでいたのだ。あの日苦痛と救いのない絶望の中でも、最後まで心の奥底で求めていたもの。誰かが自分を助け、この地獄から引き上げてくれる事を。

 けれど最後まで助けは来なかった。だから彼女は諦め、自分自身の手で己を助ける事を決めたのだ。

 

 「…ほんと?本当に守ってくれる…?助けてくれるの…?」

 「ああ、守部さんが嫌だって言っても、今だけは絶対俺が守るし助けるよ」

 

 その言葉と決意の籠もった瞳は、確かにあの日焦がれた私が欲しかった──

 

 

 

 

 

 「史緒里ぢゃ゙〜〜ん゙ん゙!!」

 「しつこい!おっさん!!」

 「──ぐおっ!??」

 

 そもそもの目的はこの廃工場から脱出。つまりは外に出る事だろう。一応守部が色々とあった間に、宍戸も探索を進めこの廃工場の地図を見つけていた。丁度守部とあの男が居た広い空間が中間地点。なら後半分だと意気込んだはいいものの、探索をしなければいけない側面上何度か徘徊しているあの男に遭遇する羽目になる。

 余程守部史緒里にご執心なのか、飽きもせず会う度に守部を狙い走って来る。その度にパイプやらで攻撃を加え、もんどり打っている間に逃げるのが常になって来ている。

 

 「大丈夫?守部さん」

 「大丈夫、それよりもう少しで入り口だ」

 「そうなの?」

 

 守部を守る為、男が来ても直ぐ対応出来るように警戒役が宍戸。地点を持って探索を優先するナビゲーター役が守部。役割分担をして進んでいた守部がそう言うのならばそうなのだろうが、主におっさん狩りを専門にして、余裕が無かった宍戸にはもうそんなに進んだんだ、という感想が先に出る。

 

 「入り口、課題がクリアされたらまた直ぐに扉出るかな!?」

 「分からない!…アイツが来ている以上早く開いて欲しいけど」

 

 走りながら入り口へと向かう。問題はあの男を振り切る為にさっさと白空間へと逃げ込めるかだ。あんなのを一緒に空間部屋に招く訳には行かない。入り口から出たら扉が直ぐに現れ、そのままなだれ込むようにゴールするのが理想だが。

 

 「最悪俺が抑えてるから守部さん先に行ってね!」

 「………分かった。絶対後から来て」

 

 おう!という返事を聞きながら、守部は見えて来た入り口へと体を滑り込ませた。

 

 「扉は!?」

 「まだ出てない!!」

 

 1番目に守部。2番目に宍戸が通過し、宍戸はそのまま後ろを向き、男が来ないかを見ている。先にゴールした守部は辺りを見回し、早く帰るための扉が出ないかとヤキモキしながら偶に宍戸の方を見た。

 

 「──チッ、こっちが先に来た!俺は時間稼ぎするから守部さん先に逃げて!!」

 「で、でも……」

 「大丈夫だから!だから先に──ってもう来たか!?」

 (早く…!早く!!)

 

 最早よく分からない言葉を叫びながら突進して来る男を、宍戸は何とか食らい止める。地面に抑え込み、急拵えで教えて貰った寝技で何とか。

  

 (───来たっ!!)

 「早く、早く来て!!宍戸君!!」

 「!先に行って守部さん!!俺も──痛って!?」

 「宍戸君!?」

 

 あの部屋に戻る扉は来た。けれどこの距離では拘束を解けば男が守部の方へと向かうだろう。だから守部が先に逃げてから、もう一度ぶっ倒れるような一撃を当てて逃げる。それが当初の作戦だったのだが、矢張り付け焼き刃の拘束では抜ける隙を与えたようで、今では男に宍戸がマウントを取られ危うい状態だ。

 

 「俺の、俺のもんだぁ゙ぁ゙ぁ゙!!邪魔すんじゃねぇぇ゙ぇ゙ぇ゙!!!」

 「ぐっ、ぐうっ!!」

 

 せめて守部さんが逃げる間だけでも、幸いか男は散々邪魔してきた宍戸にかなりご立腹。これなら逃げるまでの時間も──

 

 「──良い加減、邪魔ぁ゙!!!」

 「───ごばっ!!??」

 「え」

 「宍戸君!大丈夫!?」

 「あ、うん…大丈夫だけど…」

 

 マウントポジションから殴りかかろうとしていた男が、横から来た守部さんの蹴りにふっ飛ばされる。かなり良い所にヒットしたのか、ピクピクと横になり男は痙攣していた。

 こうして最後の課題は終わり、呆気なく幕を閉じるのだったのだ。

 

 

 

 

 

 「あのさ、聞いても良いかな?」

 「何?」

 

 廃工場の件が終わり、何時もの白い空間にて休息を取っていた時である。こうして話し掛けても、舌打ちをされなくなったのには中々感慨深いものがある。

 

 「何か、守部さん口調安定してなくない?」

 「あっ」

 「あっ……て」

 

 ヤバい忘れてたみたいな顔で驚かれるのだから、此方が困惑するという。自覚はあったようだ。そりゃだってね、最初の頃と全然違うし、何ならクラスで聞いたのとも異なる口調だった。

 

 「…此処まで来たから話すけど、敢えて男勝りな口調を意識してたんだ。…そっちの方が変わりやすいかなって」

 「元からその口調じゃ無かったんだね」

 「少なくともこんなのじゃ無かったな。……で、これを話す前にだ」

 「ん?何?」

 

 お前に聞きたい事がある。そんな言葉が瞳を通して通じてきた。

 

 「さ、さっき言った言葉あるだろ…!?」

 「お、おう……?どれ?」

 「ま、守るとか助けるとか!そういう系の言葉だよ!!わ、分かれ!!」

 

 あ、ああ…。と確かに言ったなという感情と共にその言葉がどうかしたのだろうかという疑問。今更怒られは…しないだろう多分。あの時の守部さんは助けを求めていたし、例えそうでなくとも、見過ごせる訳なかった。

 

 「は、はっきり言うからちゃんと聞いとけよ!あ、ありがとう…凄い嬉しかった。助けてくれて、アンタ…いや宍戸が居てくれて本当に良かった」

 「………!?」

 「そんな如何にもびっくりした見たいな目で見んな。…たくっ…!」

 

 混じり気のないただただ純粋な感情が伝わって来た。頬を赤らめて、偶にしか目は合わないが真っ直ぐに此方を見ながら確かに言った言葉は、少しの照れ臭さと温かな気持ちを宍戸に与えた。

 

 「そ、それと!もし、もしだからな!?…有り得ないと思うけど、また私があんな目に遭いそうになったら…守ってくれる…?…助けてくれる?」

 

 打って変わって、今度はどんどん不安そうな顔になりながら、懇願にも似たようなか細い声で守部は宍戸楓二へと問い掛けを放つ。答えは、

 

 

 「──勿論!そんな危ない時じゃなくても助けるさ」

 「そ、そう。ふ、ふーーん……そ、そっかぁ…!」

 

 安心したかのような、それでいてとても嬉しそうな。そんな色んな正の感情が守部史緒里の胸中で渦巻き、宍戸の眼の前には、初めて見たような屈託のない笑顔で笑う彼女の姿が映ったのだった。

 

 可愛らしいなと呟かれた想いは、そのまま胸の中で留める事にした。

 




幼い守部史緒里はある日、誰も此処には助けに来てくれないと分かると、破れかぶれに脱走を試みた。表面上は今まで従順に従っていたから男も油断したのだろう。結局その行動のお陰で守部は地獄の生活から逃れる事が出来た。
しかしこの経験から彼女は誰も自分を助けてはくれない。だから1人で生きていかなければと強迫観念にも似た焦りを常に抱くようになった。
だが悲しいかな。そもそも彼女は戦い、争うような事には本質的に向いていないのだ。日常で行われるスポーツ競技の中ならまだしも、誰も助けが入らないルール無しの喧嘩紛いのものになると、本質の臆病で弱気な面が出て来てしまう。
だから今回守部は過去の男の再現体に勝つ事が出来なかったのだ。

では何故最後勇敢にも蹴りを食らわせ男を気絶させるような芸当が出来たのか?
それはひとえに宍戸楓二のお陰だ。一人では戦う事が出来ない守部でも、誰か信用出来る相手が側に居たのならば、その者の為に己を奮い立たせられる。今回の話はただそれだけの話だ。 


という訳で余り引っ掛からないようにマイルドに書いた守部編終わり。次は短めのエピローグで締め。

此処まで読んでくれてありがとうございます。

追記。時間設定ミスってた。ごめんなさい。内容は変わらないので許して下さい。
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