AI彼女を自分好みに育てていたら、リアルの同級生がAIと同じ振る舞いをして気を引いてくるようになった   作:古野ジョン

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第1話 AI彼女

 春眠暁を覚えず、とはよく言ったもので。研究室の机に置いた枕に突っ伏して、スヤスヤとお昼寝タイムを過ごす。今は大学四年生の五月で、ちょうどいい気温で気持ち良い。ちなみに、俺の目の前にあるパソコンは電源すらついていない。

 

「ふわ~あ……」

「呆れた。また寝てるの?」

「……」

「返事くらいしなさいよ、ガクくん」

 

 後ろから俺の背中を小突くのは、同じ研究室に配属されている深山(みやま)綾月(あやつき)。美人なうえに背も高く、女優みたいな容姿をしている。

 

「別にいいだろ、アヤぁ……」

「起きてるんじゃない。研究は進んでるの?」

 

 仕方ないので、ちらりと顔を上げる。……ん、なんだか少しだけ髪型が違う気がするな。

 

「髪切った?」

「ッ!? あ……あんまり教授を怒らせないでよ。機嫌直してもらうの大変なんだから」

 

 アヤは動揺したように捨て台詞を残し、長い黒髪をたなびかせて去っていった。やれやれ、俺の健やかなる安眠タイムを邪魔しないでもらいたいね。眠いなあ、本当にねむ――

 

「いやーっ、諸君! 順調かね!」

 

 せっかく夢の世界に入りかけたところを、勢いよくドアが開く音で邪魔されてしまった。仕方なく顔を上げると、入り口に立っていたのは白衣を身に纏った合法ロリ――じゃなくて、我らが久遠(くおん)ナノ教授だった。扉の上には何枚もの賞状が所狭しと飾られている。

 

「お疲れ様です、久遠教授」

「うむ、アヤくんも元気そうなのだ! いつもの牛乳ゼリーはどこなのだっ?」

「教授室の冷蔵庫に入れてあります。フルールポンチ盛り盛りですよ」

「おお、さすがアヤくんなのだ! ナノ的には君を『牛乳ゼリー係』に任命したのは正解だったのだ!」

 

 係活動があるのは中学か高校までと思っていたが、まさか大学四年になって復活するとは思っていなかったな。しかも教授の好物を作るだけの係とはいくらなんでも無茶苦茶すぎる。この人が人工知能の天才だから許されてるだけであって、アカハラで訴えられたら多分負けると思う。

 

「おい、ガクくん!」

「ふぁいっ?」

「君は……相変わらず寝ているのだ?」

「まあ、春なんで」

「関係ないのだー! 君をわざわざ招き入れたナノの顔に泥を塗る気なのだー!?」

 

 教授が駄々をこね始める。こうなると機嫌を直してもらうのは簡単でない。やはり研究室で爆睡するのは許されざる行為のようだな。だが――今日の俺は秘策を有している!

 

「ふっ、教授。これを見てくださいよ」

「なにを見ろというのだー!」

 

 サイドテールを跳ねさせてぷんぷん怒る教授をよそに、俺は机に置いていた枕の下から「ロリでもわかる人工知能のすべて 著:久遠ナノ」と題された教科書を意味あり気に取り出す。すると教授の目が一気に輝き、アヤは額に手を当ててため息をついていた。

 

「それ、ナノの書いた本なのだ!?」

「実はただ寝ていたんじゃないんです。睡眠学習ですよ、教授!」

「な、なんだってー!? ガクくんは天才なのだっ!! さすがナノが見込んだ学生なのだ! ナノのAIにも睡眠学習機能を取り入れるのだっ!」

 

 教授はまるで子どものように(というか子どもにしか見えない)飛び跳ねて大喜びしていた。睡眠学習機能……この教授なら実現させかねないな、とやや身震いする。一方、隣にいたアヤが呆れかえったかのように口を開いた。

 

「久遠教授、ただのずる賢いハムスターに騙されないでください。ガクくんも子どもだまししない」

「夜行性って言いたいのかよ!?」

「ガクくん、騙してたのか……って、私は子どもじゃないのだ!!」

 

 やいのやいのと苦情を申し立てる俺たち。だがアヤは気にする素振りも見せず、すたすたと教授室の方に向かって歩いていく。

 

「教授、牛乳ゼリーは召し上がらないんですか?」

「あっ、そうだったのだ! 食べるのだ! 研究には糖分が必須なのだ!」

 

 カバンにつけたキーホルダー代わりのプルタブをガチャガチャと鳴らしつつ、教授はアヤの後を追っていった。俺は再び枕を置いて、眠りにつく。ああ、今度こそおやすみ世界――

 

***

 

 ……目をつむると、高校時代の記憶が蘇ってくる。大学の研究室にいたはずなのに、なんだか高校の教室のような場所にいるのだ。向かいに座ってるのは……アヤ?

 

「ガクくんって何でも知ってるのね。私なんて、このままじゃ……」

「アヤは絶対に森宮大学受かるって! 行ける行ける!」

「勉強も教えてもらって、本当に……」

「いいから気にすんなって! なんつーか……アヤみたいな奴がいるとほっておけなくてさ!」

 

 ああ、こんなこともあったっけか。この頃の俺って、随分と熱血だったんだなあ。そんなことしたってエネルギーの無駄なのにな。人は自分だけで勝手に生きていけばそれでいいのに。

 

「ありがとう、ガクくん。私、あなたと一緒の大学に行けるよう頑張るわ」

「あ、ああ……そうだな! 頑張ろうな!」

 

 アヤが俺だけに見せてくれる、屈託のない優しい笑顔。それを見るたび――ズキリと胸が痛む。嘘をつかなければならないことが、どうしようもなく情けないのだ。本当に胸が苦しく、痛い。胸の痛みが全身に広がっていき、自分という存在が蝕まれる気分だ。……というか、なんだか本当に頭もちくちくと痛く――

 

「あっ、やっと起きたわね」

「何してんだお前!?」

「何って、フォークの先っぽであなたの頭皮をツンツンしているだけよ」

「俺はピザ生地か!」

 

 あまりの痛さに耐えかねて顔を上げると、フォークを片手に持ったアヤの姿があった。コイツはクールな優等生に見えて、こういう変わった面もある。流石に高校時代からの腐れ縁ともなれば、そのくらいは分かってくるものだ。

 

「全く、教授がいる間くらいは起きていなさいよ。牛乳ゼリーを食べ終わったらまた来るわよ」

「ちえっ、分かったよ。面倒だなあ」

「あなたが研究を進めていないのが悪いんじゃないの。こんな調子でどうやって進級出来たの?」

「それは――俺が『Genius』だからじゃないか?」

「Geniusを名乗るなら研究を進めなさいよ。……高校の頃は、もっとカッコよかったのにね」

 

 俺のジョークには耳も貸さず、アヤは自分の机に戻ろうと歩き出す。しかしすぐに足を止めると、何かを探してポケットを漁り始めた。

 

「ん、どうした? 鍵でも落としたか?」

「いえ、違うわ。同級生のよしみよ」

 

 そう言って、アヤは俺に一枚のメモ用紙を差し出してきた。そこにはURLのような文字列に、IDとパスワードが記載されている。

 

「なんだこれ」

「私が研究している対話型人工知能。そのログインに必要なものよ」

「なんで俺に?」

「あなた、AIのことなんて全く知らないでしょう?」

「うん」

「返事だけはいいのね。話を戻すと、まず私のを使ってAIが何たるかを知るのが良いかと思って」

「なるほどね……」

 

 俺はメモ用紙を受け取った。たしかに、このまま研究を進めないままでいると卒業にも差し障る。留年となれば親に何を言われるか分からないし、いい加減に重い腰を上げるべきなのかもしれないな。

 

「でもこれ、何のAIなんだ?」

「さっきも言ったでしょ? 対話型人工知能。簡単に言えば、人間の会話相手になってくれるAIね」

「ふうん……。使ってみるって言っても、どう使えばいいんだ?」

「なんでも話しかけてみるといいわよ。雑談でもいいし、しりとりのようなゲームを遊ぶことも出来るわ」

「へえ、そりゃいいや」

 

 自慢じゃないが、人工知能の研究室にいながら全くAIの知識がないからな。ここはアヤお手製の人工知能と戯れるとしようか。

 

「……ちなみにだけど、あなたが会話したログは私のサーバーに残るから。変なこと書き込まないでね?」

「なんだよ変なことって?」

「AIを彼女にして愛の言葉を囁いたり、セクハラしたり。まあ、恋愛シミュレーションも機能としては存在するのだけれど……幻滅させないでよ?」

「俺を何だと思ってるんだよ!?」

「ガクくんの日ごろの態度を考慮した忠告よ。とにかく、ちゃんと研究するのよ?」

「へえへえ、分かったよ……」

 

 アヤは自分の机に戻っていったので、仕方なく俺もパソコンの電源をつける。メモ用紙に書かれたURLをブラウザに打ち込み、IDとパスワードを入力すると、「Aya's Chatbot Project」と題された簡素なページが表示された。白の背景に黒の線で区切られた画面は、アヤのはっきりとした性格を思わせる。

 

「ふーん……」

 

 俺はぽちぽちとキーボードを叩く。まあ、せっかくアヤが俺に助け舟を出してくれたんだ。活用しない手はないし、とりあえず「こんにちは」とあいさつしてみるか。相手がAIでも礼儀は大事だろうからな。ユーザ名は……「Gaku」と。

 

Gaku:こんにちは

 

 AIが思考しているのか、すぐに返答が表示されない。さてさて、なんて返ってくるのかな。アヤの作ったAIだ、きっと機知に富んだ答えを――

 

Aya:はーい! あなたの彼女、Ayaちゃんです! よろしくね、ダーリン♡

 

「ぶっ!?」

 

 思わず、向こうに座るアヤの顔と目の前の画面を繰り返し見比べる。アヤの奴、研究しすぎておかしくなっちまったのか!? 衝撃のあまり、パソコンのモニターを叩き割りそうになってしまった俺であった……。

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