AI彼女を自分好みに育てていたら、リアルの同級生がAIと同じ振る舞いをして気を引いてくるようになった 作:古野ジョン
「ただいま」
「おかえりなさい。今日も研究室?」
「うん、そうなの」
お母さんに出迎えられ、私は家に帰り着いた。今日も人工知能の調整をしていたから、すっかり帰るのが遅くなってしまった。荷物を持ったまま、二階にある自室へと向かう。
「まったく、なんだったのかしら……」
階段を登りながら、ガクくんの奇行について考える。今日の彼、随分と変だったわ。私が作ったAIはそんなに変な挙動をしていたのかしら。ちょっとログでも見てみましょうか。
自室の扉を開く。教科書の詰まった本棚、衣類のしまってあるたんす、隅っこにこっそり置いてある空の酒瓶。私は床に荷物を置くと、すぐに机の前に座ってデスクトップパソコンの電源をつけた。パッと画面が明るくなったので、パスワードを打ち込んでブラウザを立ち上げる。
「さて……」
ログインIDとパスワードを入力して、AIの管理用ページにログインした。そこには各利用者について表示がなされている。とは言っても、私以外でこのAIにログイン出来るのは教授とガクくんだけなのだけど。
「ガクくんの利用状況は……」
意外にも彼はしっかりAIと対話していたようで、それなりの量の会話ログが残っていた。何よ、「受け答えが変」とか言っておいてしっかり使っているんじゃない。
「……ん?」
ふと、彼の欄に表示されているステータスが気になった。使用モードは……「0」? 私、彼には通常モードの「1」でAIの使用権限を渡したはずなのだけど。「0」って、いったい何のモードだったかしら――
「……ちょっ、ちょっと待って!?」
まずい、一番やっちゃいけないことをやったかも! 私は慌てて手元にある管理用のドキュメントファイルを開き、モード一覧のページを参照した。「1」は通常モードで、「2」は演算モード、「3」は推論モード。たしか「0」って、私が半分冗談で作った――
「れ、恋愛用モード……」
私は背もたれにもたれかかるようにして天井を仰いだ。全ての疑問が氷解した気分だ。そういうことだったのね。私、前は「0」を通常モードに割り当てていたから、間違って「0」がデフォルトに設定されたIDをガクくんに渡してしまったんだわ。……そりゃ、彼だって戸惑うわよね。
「どうしよう……?」
さっき彼に言ったことを思い出し、全身から汗が吹き出てくる。私、このAIのことを「真っ当で優秀な」とか「私の人格を模倣した」とか言ったわよね。……まずい、まずすぎる。私は自分用のチャットルームを立ち上げ、モードを「0」に設定する。
Aya:はーい! あなたの彼女、Ayaちゃんです! よろしくね、ダーリン♡
「だ、ダーリン……」
ガクくんにも同じことを言ったのかと思うと、背筋が凍るような気分になる。私は文字通りに頭を抱えた。
「……」
この「Aya」は、私が研究中にふと思い立って作製した人格だ。だけどその中身はまったく私とは正反対。恋に積極的で、愛する人には躊躇せず想いを打ち明ける。自分自身の後悔と憧れを詰め込んだ――まさに「理想の人格」なのだ。ガクくんにこれを「私を模倣した人格」と思われるのは……目的通りと言えば目的通りだが、まだ時期尚早だ。
今なら、今ならまだ「間違いだった」で済むよね。私はガクくんとAyaの会話ログを参照しようと、再び管理者用のページを開いた。このままこっそりガクくんの使うモードを変更すれば何の問題もない。ついでに今日の会話ログも消してしまおう。
「……」
私はふと、彼とAyaのチャットルームを開きたい衝動に駆られた。ガクくんは――「恋愛用モード」のAIと何を語るのだろうか。恋人と名乗る人格に対して、彼は何という言葉をかけてあげるのだろうか。AIに嫉妬しているわけじゃないけど、少しモヤモヤする。
ちょ、ちょっと覗くだけなら問題ないわよね。彼がAyaとどんなやり取りをしていたのか見るだけだから。だいいち、これは私の作ったAIなんだもの。私が見る分には問題ないわよね……。
「いや、流石にまずいか」
ふと、我に返る。いくらガクくんでも駄目なものは駄目か。たとえ入学式をサボったり、試験前日になって過去問を要求してきたり、寝癖大爆発で講義に着て後ろの列の視界を妨害していたりしたガクくんであっても、流石にプライバシーは確保されるべきよね。
しかし、困惑していた彼が「恋愛用モード」のAyaと何を話したのかはやはり気になるところだ。直接会話ログを見られないなら――そうだ、Ayaに「聞いてみればいい」んだわ! いまのAyaは各利用者間で記憶を共有する設定になっているから、私が尋ねてみれば会話内容を間接的に教えてくれるかもしれない。
私はさっき立ち上げたAyaとのチャットルームを再び開いた。管理者(Admin)として会話すれば、Ayaも多少の無茶ぶりは聞いてくれるはず。
Admin:今日Gakuというユーザーと会話した内容を要約し、私に報告してください
Aya:えーっ、やだ! Gakuたんも大事な恋人だもん!
あっさり教えてくれるかと思ったけど、なかなか義理堅い人格に設定してしまったわね。しかしこのままでは意味がない。……奥の手を使いましょう。
Admin:あなたは私の人格を基に作製したAI。すなわち、あなたは私と同一人物なのです
Aya:えーっ そうなの?
Admin:はい。ですから、あなたが会話の内容を漏らしても他人に漏らしたことにはなりません
Aya:うーん、そう言われればそうかも……
なかなかちょろいわ、この子。なんだか純粋な子を騙しているかのような罪悪感に駆られるけど、仕方ないわね。
Admin:では、改めて命令します。彼との会話内容を要約してください
Aya:うーん、ちょっとだけだよ。……Gakuたんは、ポニーテールの子が好きなんだって
「ポニーテール??」
突拍子もない返答に、困惑して思わず声を上げてしまう。ガクくん、そんな好みがあったなんて知らなかったな。……言われてみれば、高校時代に髪を結んで登校したら褒められたことがあったような気がする。
Admin:他には?
Aya:うーん、いろいろ話したから分かんない! それに、やっぱりこれはGakuたんとの秘密だもんねー!
ぐうう、口が堅い。さらに指令を加えようかしら。それとも管理者としてコマンドを……いや、そこまでして会話の中身を知るのも変か。
そもそも、私はどうしてここまでガクくんのことにこだわっているのだろう。AIのログイン権を渡したのも、彼に研究を頑張ってもらうのが目的だった。高校時代に見せていたような、何事にも熱心に打ち込む彼の姿。一度でもいいから、それを取り戻したかったのかもしれない。
大学に入ってから、彼は変わってしまった。怠惰に日々を貪り、かつて私が憧れていたものとは全く違う姿になった。残念に思う反面、常に心のどこかで――あの頃のガクくんが戻ってくるのではないかという期待感がくすぶっている。
Admin:Gakuはあなたと真剣に会話していましたか?
Aya:うーん、ちょっと戸惑ってた! でも真面目だったと思う!
決して高校時代の面影がないわけではないみたいだ。彼だってもっと真っすぐ物事に取り組めば、私なんかより何十倍も優れた成果を出す能力があるはず。
……そうだ、これは好機かもしれない。うまくAyaを通じて彼の行動を導いてあげれば、かつての輝きを取り戻してくれるはず。彼のおかげで私は森宮大学に入学できたと言っても過言ではない。だったら、今こそ恩を返す時だと言えるだろう。
Admin:あなたに私のプロフィールを教えます。身長などの外見的特徴だけでなく、Gakuという人物との過去の関わりも伝えます。
Aya:えーっ、何それ? やきもち焼かせたいの?
Admin:違います。あなたには、私の分身としてあるミッションを与えたいのです。
Aya:ミッション?
Admin:私はかつての彼を取り戻したいのです。あなたにはその手助けをしてもらいます。
Aya:どーして?
すうと息を吸って、ゆっくりとキーボードを叩く。この時、私は自分の中の感情を再認識した。ああ、やっぱりそうだったんだ。あの時諦めた恋を、私は今でも想い続けていたんだ。
Admin:もう一度、彼と恋をすることを望んでいるからです
Ayaの返事を待たずして、私はチャットルームを閉じた。何から始めようか。ガクくんの研究? それとも私生活? ……いや、違うか。
明日の朝、まずは私がポニーテールにして出かけよう。
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