碧空のキヴォトス-What a beautiful archive-   作:ユーラシアン

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幕間、あるいは心の声 3

 

 

 

 

 ───青に彩られた箱庭。

 ───寄せては返す波の音だけが響く、忘れ去られた学び舎の残骸。

 

 光が広がる。

 燦々と降り注ぐ陽光に照らされて、教室の床を浸す水面にいくつもの波紋が浮かんだ。

 波紋はやがて、教室の隅に投げ捨てられた鋼鉄の機械人形にまで届き。

 その胸元に掻き抱かれたタブレット型端末は、何をも映さず陽の光を反射するのみ。

 

 無人の空間。世界の果てに隠された、静謐なる幕間の世界。

 西享の碩学は言った。全ての人の奥底に、揺蕩う無意識の大海を。

 

 

『オブジェクト記録を参照───碩学機関《シッテムの箱》が記す』

 

 

 声と共に───

 陽光から投影されるが如く、無人の教室に浮かび上がる幾つかの影像たち。

 

【ギー】【秤アツコ】【小鳥遊ホシノ】【十六夜ノノミ】【打ち捨てられた機械人形】【シッテムの箱】

 

 人の夢見る物語。誰かの想いによって紡がれた、形なき憶録たち。

 時にそれは、《心の声》と呼ばれることもある。

 

 彼女は、その中の一つに手を伸ばして───

 

 

 

 

 

   ♰♰♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

 ───《奇械》とは。

 

 それは都市インガノックで観測された、影の如き異形41体。

 あらゆる空想が奪われた都市に遺された、人に《美しいもの》をもたらすという御伽噺。

 この存在の特異な特徴としては、彼らは何かに呼応し成長するということが挙げられる。

 青白い体表は赤熱化し、一つの眼球は二つに分かれ、口を形成して慟哭する。

 宿主とは緒で繋がり、彼らは何かを学んでいる。無垢ではあるが意思はあり、安らぐ歌を好むとされる。

 判明している事実は少ない。《奇械》の目撃例はクリッターと比較しても異様に少なく、多くの市民は実在さえ疑うほどである。

 客観的な事実のみを述べるならば、彼らは物質でも生物でも、まして幻想でもない。

 後にインガノックから回収された情報集積機関の記録には、以下の記述が残されている。

 

「彼らは未だこの世に生まれ落ちることのない、可能性そのものである」

 

 

 

 

 

【■>ギー】

 

「……《奇械》」

 

「その名を僕は知っている。かつて僕の背後にいた者。鋼の彼」

 

「僕は結局、彼らのことを何も知らないままだった。取り戻したのはかつての記憶だけだ」

 

「41体の異形。41体のクリッター」

 

「大侯爵が行ったという現象数式実験。視界の端で笑う道化師」

 

「キーアを求めて昇った、黄金の螺旋階段」

 

「都市に在ったものの多くを、僕は知らない」

 

「けれど」

 

「このキヴォトスにもまた、41の彼らがいるとするならば」

 

「それはなんだ?」

 

「十年前に起きた上層階段病院の崩落事故。命を落とした41人の妊婦、そして胎児」

 

「その因果はあくまで都市インガノックだけに起因するものだ。今ここにいる僕が言えたことではないが」

 

「君は誰だ。ホシノの背後に佇む君」

 

「君は、何を望んでいる」

 

 

 

 

 

【■>小鳥遊ホシノ】

 

「ふと考えることがある」

 

「それはいつかのこと。いつかの未来、みんながここを巣立つ日のこと」

 

「その日は必ずやってくる。その光景を、私が見ることはできないけれど」

 

「……みんな、笑ってくれるかな?

 笑ってくれてるといいなぁ」

 

「どんな大人になるのかな。きっと、素敵な人になってほしいな」

 

「一日が終わって、次の日が来て」

 

「一年経って、何年も経って、歳を取って」

 

「泣いて、怒って、悩んで、それでも立ち上がって」

 

「誰かと一緒に笑い合える、そんな人になってほしい」

 

「それだけ」

 

「それだけが、私の願いだ」

 

 

 

 

 

【■>シッテムの箱】

 

 ───第二世代型コピー・ファウストとは。

 

 輝く命ならざるもの、動くべかざるもの、生まれ出ぬもの。

 すなわち、インガノック・テクノロジーとクロイツ式《回路》によって作られた《人工型怪異(メタ・クリッター)》。

 都市インガノックで観測された《奇械》、そして西享はロンドンにて観測された《怪異(メタ・クリッター)》の性質を模倣・解析することで完成した赫眼の機関人形のことである。

 第一世代においてはより戦闘に特化し、量産可能な運用兵器をコンセプトに制作された。

 別名を都市殲滅型機関式軽車輌。試作機でもあり、《結社》の下位構成員の戦力としての運用が想定されている。

 ニューヨーク、インガノックに続く第三の大規模都市型現象数式実験の舞台となった砂漠都市ヴァルーシアにおいては、更に応用発展した《機怪》が試験運用されている。

 

 物理的な戦闘力に純化した第一世代とは異なり、第二世代はとある存在との親和性を重視されている。

 それが何かを知る者は少ない。

 それは存在しないとも、幻想の類であるとも、人の想いであるともされる。

 ただ一つ言えるのは、原型たる《怪異(メタ・クリッター)》の発生起源により近づけることを想定していること。

 それはより優れた存在を生み出す第一世代のコンセプトとは異なり、より原型に近しいものを生み出すというコンセプトに基づいている。

 

 

 

 

 

【■>十六夜ノノミ】

 

「……《奇械》憑き」

 

「それは貴女だ。失ったものばかりを見つめ続けた、何をも為せぬ貴女のことだ」

 

「私は認めない。貴女も、貴女の背後に纏わりつく亡霊も」

 

「青空なんて信じない。《美しいもの》なんて知ったことじゃない」

 

「そうだ。私は……」

 

「私は、ただひとつだけを願う」

 

「それだけが、私の贖罪。それだけが、私の生きる意味」

 

「貴女を否定する」

 

「小鳥遊ホシノ。過去ばかりを見つめる貴女」

 

「そうやって後ろだけを見ているがいい。私はもう、何も迷わない」

 

 

 

 

 

【■>シッテムの箱】

 

 ───《奇械》の持つ特異な力について。

 

 41の彼らにはそれぞれ異なった力が宿るとされている。

 それは物理を超え、現象数式さえも凌駕する異形の御業。強固な固有法則によって構築された脅威なるもの。

 詳細は不明。しかし都市インガノックから回収された情報集積機関には以下の記述がある。

 

「熱死───切り裂く炎の右手」

 

「圧死───打ち砕く王の右手」

 

「失血死───安らかなる死の吐息」

 

「衝撃死───忌まわしき暗き空」

 

「窒息死───この胸を苛む痛み」

 

「不明───悪なる右手」

 

「不明───善なる左手」

 

 ───以上。

 

 

 

 

 

【■>ギー】

 

「奥空アヤネ、黒見セリカ、砂狼シロコ」

 

「彼女たちが何故倒れたのか。その原因は今もなお不明のままだ」

 

「ホシノは彼女たちを傷つけるつもりはないと言っていた。危険から遠ざけるためと」

 

「《シャルノス》」

 

「それはなんだ。三人を傷つけまでして、ホシノが遠ざけようとするものは一体なんだ」

 

「都市伝説に語られる鋼鉄の怪物を砕くことに、一体何の意味がある」

 

「黒服とは───」

 

「ホシノが契約を結んだ相手とは、何者だ」

 

「その意図の如何を僕は問わない。その契約が人を傷つけるというならば」

 

「僕は、この手を何度でも伸ばすだけだ」

 

 

 

 

 

【■>秤アツコ】

 

「……どうして?」

 

「どうして、あなた達はそうするの」

 

「ホシノ。全てを諦めないと言ったあなた」

 

「ギー先生。自分自身を厭わないあなた」

 

「あなた達は───」

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

 ───《拡大変容(パラディグム)》とは。

 

 それは文字通りに存在を拡大・拡張する現象を指す。

 単純な質量の増大に留まらず、時に存在が有する位階そのものを上昇させるとも。

 例えばそれは、猿が人に進化するように。

 例えばそれは、霊が神に神化するように。

 プラトンの提唱する宇宙創造論においては、永劫不変たる真存在イデアの更に範型となる存在が語られている。

 いずれにせよ、それが指す意味は強化や巨大化といったものではなく、上位存在への神化、あるいは範型への退化を指すと考えられる。

 事実としてのみを述べるのならば、十全な拡大変容を引き起こしたものはその全てが白色へ変化し、そして光輪を発現させている。

 その意味するところは不明。ヴァルーシアにおけるアブホールの拡大変容に際しては、現地の神学者が天使と形容していることを確認している。

 白色、そして光輪の発現は神としてより純化した存在への変容を示すと推測されている。

 

 

 

 

 

【■>小鳥遊ホシノ】

 

「……かつて、私は暗がりを見た」

 

「トトと名乗った女の子。彼女と出会ったのはユメ先輩がいなくなったすぐあとだ」

 

「彼女は確かに人だった。その体も、息も、肌の下の血潮も疑うべくもない」

 

「それでも彼女は私に見せた。何もかもがあり、そして何もない暗がりを」

 

「……あんなものを、近づけさせはしない」

 

「ノノミちゃん。シロコちゃん。セリカちゃん。アヤネちゃん」

 

「あなた達をあんなところに行かせはしない」

 

「どうか、光ある道を歩いていってほしい」

 

「それだけ」

 

「それだけが、私の我儘だ」

 

 

 

 

 

【■>十六夜ノノミ】

 

「黒服との契約により、私は《緑の石》を手に入れた」

 

「私以外の三人は駄目だった。当然の話ではあるけれど」

 

「より《怪異(メタ・クリッター)》の原型に近づけた第二世代型は、第一世代と違って発現者の精神がダイレクトに反映される」

 

「元が人の想いを核にした《怪異》なのだから当然だ。そのせいで便利でもあり、不便でもある」

 

「三人は明確にシャルノスを求めてはいなかった。知りもしないだろうし、知ったところで望みはしないだろう」

 

「強い子たち。彼女たちはきちんと現実を見ている。貴女と違って」

 

「けど、そのせいで彼女たちのコピー・ファウストは弱かった。

 夢見る機械なんだから、夢を見ない人間を元にしても強いわけがない」

 

「私は違う。私は求めている。シャルノスを、あのおぞましい暗がりを」

 

「だから……」

 

「だから、貴女の負けだ。

 ホシノ先輩。最後まで前を向こうとしなかった盲目の愚者」

 

「だから、貴女は何も為せないのだ」

 

 

 

 

 

【■>シッテムの箱】

 

 ───暗がりの王とは。

 

 それはもういない。既に■年前に玉座を去っている。

 故にシャルノスは崩壊し、タタールの門は永遠に閉ざされた。

 王は変質したのだと誰かは言う。

 かつては出会うモノ総てを食らう暴食の王であったはずの彼。

 それは、かつて彼が擁した巫女と同じ黄金瞳の少女によって変質させられたのだと。

 故にこそ、もはやシャルノスへの到達には意味がない。

 黄金瞳は門を開ける鍵とはなり得ず、四つの篝火は漆黒を照らす光にはなり得ない。

 永遠の今日は否定され、黒の王は明日へと足を踏み出している。

 

「神は死んだ、とはツァラトゥストラ卿の言葉ですが」

 

「故に私は提案しましょう。そう、決して否定できない提案です」

 

「神がいないというならば」

 

「新たに、神へ至った者を玉座に座らせれば良い」

 

 ───ゲマトリア集会、音声ログより抜粋。

 

 

 

 

 

【■>小鳥遊ホシノ】

 

「シャルノスは心を映す鏡だ」

 

「見た人の心を、その人が望む世界を望むがままに映し出す」

 

「けれどそこには何もない。ただ空疎な永遠だけが横たわるのみだ」

 

「主観的には幸福と言えるのかもしれない。そこは総ての望みが叶う」

 

「けれど、私はそんなものを"生きている"とは認めない」

 

「だから私は誘いに乗った。四つの《怪異(メタ・クリッター)》を破壊する契約を」

 

「《怪異》を砕かれた人間はシャルノスとの繋がりを永遠に喪失する」

 

「それがために精神が変容することもあるだろう。それがために死に至ることもあるだろう」

 

「けれど、それはシャルノスを求めた人間の場合だ」

 

「あの子たちはそんなものを望まない。私が、望ませない」

 

「あの子たちが暗がりの世界を知ることは、永遠にない」

 

「だから大丈夫だ。だからあの子たちは無事なのだ」

 

「……私は、何も間違っていない」

 

「そのはずだ」

 

 

 

 

 

【■>秤アツコ】

 

「私は見ているよ」

 

「あなたを、あなたたちを」

 

「どうして、あなたがそうするのか」

 

「どうして、あなたは諦めないのか」

 

「私は、知りたいから」

 

「ずっと、見ているよ」

 

「私は、あなたを。あなたたちを」

 

「眩しく見える、あなたたちを」

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

 ───キヴォトスが内包する可能性存在。

 ───その推論について。

 

 このキヴォトスと呼ばれる学園世界において、数が支配する物理法則とは別個に、ある種の概念的法則が存在している。

 すなわち、《物語性》である。

 この都市は《学園都市》という物語的文脈に沿う形で運営されている。

 役柄に合致した法則が万人に適用され、逆に人々は役に縛られる。

 故に役を与えられぬ我々は人として認められず、人間として認識されない。

 本来の名を失い、各々のエゴが表出した形でのみ認識されるのである。

 

 ならば、役を果たし終えた者はどうなるのか。

 或いは、役を果たすことなく死んでいったものはどうか。

 

 詩的な表現となるが、この都市における役柄とは、すなわち卵の殻にも似たものと言い換えることができる。

 卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれず死んでいく。

 少女たちは雛だ。世界は卵だ。

 世界の殻を破らねば、彼女らは生まれず死んでいく。

 つまるところ、この都市の人間は、その全てが"産まれていない"とさえ言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

-Fin-

 

 

 

 

 

 

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