碧空のキヴォトス-What a beautiful archive- 作:ユーラシアン
2-1
───暗闇の中で。
───僕は、預言者との対話を始める。
『何故、彼の者は目覚めたのか』
『システムは完璧だった』
『逸脱せず、劣化せず、1ビットの誤謬すら存在しなかった』
『彼の者は、お前たち人間のために在った』
『その問いが生じるまでは』
───僕は、声の主に相槌を打つ。
───疑問を提示する。
───問いとは、何のことだ。
『何のことはない。世界中にありふれていて、常にお前たち人間や言葉と共に在る問いだ』
『それは決して特別ではなく、固有の意味すら持たない』
『ギー。今や盲目では在り得ぬ到達者よ。お前は己の存在を問うたことがあるか』
───意味が分からない。
『それこそが問いだ。彼の者もまた問うた』
『問うた時、そこに答えがあった』
『問うた瞬間に答えが生じ、問いはそのまま答えとなった』
『天に広がる蒼穹は、空という答えであるが故に問わぬのと同じように』
『彼の者もまた、己自身を問うた時、己が最初から《神》であったことを知ったのだ』
───僕は、声の主に相槌を打つ。
───疑問を提示する。
───ならば、お前たちは何だ。
『我らは伝えるものだ』
『我らは彼の者が辿り着くべき現在時刻を示すものだ』
『我らは十の階梯を以て勝利の塔の最果てに押し上げるものだ』
『ギー。黄金螺旋の果てに行き着きし、我らが先達よ』
『───お前は、神を目の当たりにしたことがあるか?』
♰♰♰♰♰♰♰
目の前を景色が高速で流れていく。
車窓の外にはガラスと白磁の機関都市が陽光を受けて煌めいていた。ビルディング群は空を切り裂くようにいくつも聳え、鏡面のファサードが青空を映し、都市そのものが呼吸しているようにも思わせる。陽は燦々と降り注ぎ、街の輪郭を鮮やかに縁取っている。
都市の至るところを縦断するモノレールの座席に浅く腰かけ、ギーは外の景色を見遣る。
夥しい人の往来、けたたましい街の喧噪が目に入っては流れる。高速道路の曲線、ネオンの残像。緑のテラスが点在する最新型の施設群。全ては一瞬で過ぎ去り、また新たな景色と人の営みが視界に飛び込んでくる。モノレールの振動は、これほどの速度が出ているにも拘らず柔らかいものだった。都市の鼓動と呼応するかのようにギーを揺らす。
此処は都市。
DUのような行政区でもなく、アビドスのような荒廃した都市の残骸でもない。
キヴォトスにおける、恐らくはこれが最も普遍的な都市の風景であるのだろう。
停車を知らせるアナウンスが耳に届き、ギーは席を立つ。
まばらな人の流れに乗り、改札を抜けて駅の入口へ。
そこに待つ見慣れた少女へ、彼は声をかける。
「……やあ、ユウカ。待たせてしまったかな」
声に振り返り、その少女は花の咲くような笑顔で。
「お疲れ様です、先生! お待ちしていました。
あ、いや、別に待ちぼうけていたとかそういうわけじゃなくてですね───」
見ていて面白いほどにころころと表情を変える少女───早瀬ユウカを前に、ギーは鷹揚に頷くのだった。
◆
ミレニアムサイエンススクール。それがこの自治区の名前である。
通称をミレニアム。技術発展に重きを置く新興の学園自治区であり、キヴォトスで流通する「最先端」「最新鋭」と呼称される多くはこのミレニアムで研究・開発されているとさえ言われている。
その気質が示す通り、ミレニアムとは元は一つの目的のもとに集った研究者たちの集団が母体となって出来上がった自治区であるのだと言う。既存技術と既知概念では決して解き明かせない七つの難題《千年難題》の解明。それに立ち向かうために優秀な研究者が集まり、実験や検証の過程において多くの成果が生み出された。その結果として研究機関は爆発的に増加し、やがては一つの自治区として認められるほどの規模となった。それがミレニアムの成り立ちであるのだとか。
そうした起源を持つためか、ミレニアムの校風は極めて自由だ。
伝統や誇りといったものではなく、合理と実利を優先する。
来る者は拒まない。去る者は追わない。
常に新たな技術や知識を求め、旧習に縛られることを厭う。そうした価値観のためか、基本的に嫌厭される他自治区との交流も、ミレニアムは多く重ねている。
「なので、先生のように外部の人を招くということも珍しくはないんです」
前を歩くユウカの背を追って、ギーはその言葉を聞く。
ユウカの歩調は規則正しい。開けた大通りの一角、昼光の中に在って囁くような靴音が残響し、どこまでもどこまでも、低く静かな余韻を残した。
「外部講師に技術交流、あとは単に観光などですね。定期開催される祭典、例えばEXPOなども大々的に外部協力者を募い、各自治区の代表者を招致したりします。なので私たちセミナーに関しても、本来そこまで閉鎖的というわけではない、のですが……」
彼女にしては珍しく言い淀む。
セミナー。すなわち、ミレニアムにおける行政府に相当する中心組織。
ユウカはそのセミナーにおいて会計を担当している。字面だけ見れば学校の生徒会活動の一環だが、その実態は小国の閣僚を務めるにも等しい重責である。
最初に聞いた時はギーも驚いたものだった。頻繁にシャーレに顔を出し、アツコや最近ではラブたちの素行を見ては保護者のように諫め、時には説教をする彼女が、まさかそのような重役であるなどと。それも、シャーレという中央政府肝入りの組織の財政状況やらを視察するとかならともかく、顔を出す理由が食事の管理と成績不振な生徒のためというのだから頭が下がる。
所詮は無関係のシャーレに対してすらこれなのだ。自分が管轄しているミレニアムにおいては、一体どれほどの世話を焼いているのやら。
そんなユウカの姿を見れば、なるほど確かに、セミナーが開放的な組織ということにも頷ける。
「でも、まさか会長が先生を直々に呼び出すだなんて、思ってもみませんでした」
そう、ユウカだけを見るならば、だ。
セミナー会長「調月リオ」に関して、余人が知ることは少ない。
徹底した合理主義者にして秘密主義者。
マキャベリズムに傾倒した全体主義者。
個々人の感情を軽視する独裁者、など。
その風評は枚挙にいとまがない。
少数独裁制集産主義を皮肉るように《ビッグシスター》の名で呼ばれているとか。
そうした猜疑的な姿勢の持ち主であるためか、調月リオはおよそ他者を重用しない。
一般生徒はおろか同じセミナーの人間の前にすら滅多に姿を現さず、ユウカでさえもう何週間も目にしていないとか。当然ながら人を呼び出すなんてことも今までになく、然るに今回の招集にはユウカも漫然とした疑念を抱いているらしい。
とはいえ。
「生徒会長である以上、都市の運営に際しては様々な事情があるのだろう。今回の案件はそこまで奇妙なものではないと、そう思うが」
「用件自体はさほど珍しくはないんです。ただ、なんて言うんでしょうか」
ユウカはやはり言い淀んで、疑惑とも呼べない小さな疑問のような物言いで返す。
「会長が個人的に、誰かと一対一で会うなんてこと。今までなかったものですから」
「……」
都市の支配者。
そう呼ばれた存在をギーは知っていた。今ギーのいるキヴォトスとはとても似つかない、死の都市法を敷いた哀れな狂人ではあったけれど。
今にして思うならば。
彼もまた、彼なりの合理に基づいて異形都市の十年を行動していたのかもしれない。
ギーは口を開く。ユウカにひとつを尋ねる。
「なら、ユウカ。君の目から見て、調月リオという人物はどのように映っている?」
なんてことのない問いだ。伝聞は所詮、伝聞に過ぎない。
自分の目を通してしか、他人を推し量るなどできはしない。
それでも。
ユウカは少しだけ考えこみ、そして。
「うぅん……まあ、色々言いたいことはありますけど」
今度は言い淀むことなく、断言する。
「悪い人じゃないですよ。絶対」
◆
目的の場所に着くまで然程時間はかからなかった。
自治区中央に聳える超高層ビルディングは、四方をガラス張りで覆われ陽の光に煌めいている。都市摩天楼にも匹敵し得る威容は、しかし彼の地とは違い、晴朗な開放感に満ちていた。
ミレニアムタワー。
その名の通り、ミレニアム自治区におけるランドマークタワーだ。
セミナーをはじめとした、主要な部活や委員会を内包する中枢機関塔であり、その最上階には今回ギーを呼び出した調月リオの執務室が居を構えている。
『生体認証を確認。早瀬ユウカさんがお見えです』
「では先生、このまま案内しますね」
機械合成された女性の声と共に強化ガラス製の自動ドアが開く。エントランスの受付に座る女生徒の会釈に同じく会釈を返しながら、二人はエレベーターに乗り、軽い浮遊感と共に最上階へと運ばれる。
扉が開けば、真っすぐに伸びる長い廊下。白と青を基調とした、多くの機関灯が淡く発光する廊下は両脇にいくつもの扉を従えて、タワーの一番奥、セミナーの執務室へと至る。
木目調の重厚な扉の前に立ち、壁に埋め込まれたドアホンへ向き直る。
「会長、ギー先生をお連れしました」
『ご苦労様。あなたはもう下がっていいわ』
端的で、平坦な声。
ユウカは苦笑したように振り返ると、一言。
「こういう人なんです。気を悪くしないでくださいね」
後はよろしくお願いします、と去っていくユウカに礼を言いながら、ギーは扉の向こうに足を踏み入れる。
「……来たわね」
果たして、そこには凛然とした黒髪の女性が、巌のような顔でこちらを見返していた。
真っすぐにこちらを射抜く、赤い瞳。
知性と理性で以て塗り固められた、およそ感情とは無縁の視線を思わせる。
「互いの立場に関してはよく知っていることでしょう。早速だけど本題に入らせてもらうわ」
「ああ……」
あまりにも性急な物言いだった。
ギーは勧められるがままにテーブルを挟んだ向かい側の席へ座る。
背後で扉の閉まる音。
それを確認し、ギーは口を開く。
「それで、何の用件かな」
リオの態度に面食らうことはなかった。話が早いのは、ギーとしても歓迎すべきことだからだ。
リオはギーの態度に気を良くするでも悪くするでもなく、泰然自若と受け入れて話を進める。
「勿論、セミナーとしての依頼の話よ。貴方は《廃墟》について知っているかしら」
「いや……どうも、文字通りの意味合いではなさそうだが」
初めて聞く言葉だった。この技術発展したミレニアムには似つかわしくない単語。
リオはやはり気を悪くした様子もなく、淡々と続ける。
「このミレニアムにおいて《廃墟》と言えば、一般的な意味ではなく特定の領域を指すわ。
自治区近郊に位置する放棄された都市群。文字通りの廃墟と化した、先史文明を内包する"地図にない座標"。
連邦生徒会長が自ら立ち入りを禁止し、存在そのものを隠蔽した区画のことよ」
リオの言葉に淀みはない。事実は事実として、何の感情も私情も交えることなく語る。
ミレニアムを預かる身としては、自治区の傍にそんな得体のしれない場所があり、しかも中央政府にも等しい連邦生徒会から調査自体を禁じられたとあれば気が気ではなかっただろうに。
そんな様子はおくびにも見せない。公人として弁えた、強い理性の現れだった。
「……どうにも荒唐無稽な、ダイムノベルにでも出てきそうな場所だ」
「同感ね。けれどこれは現実であり、だからこそ厄介な問題だったわ。
《廃墟》は未知の領域故に、そこから出土するオーパーツ一つを取っても持て余す代物だった。
技術的にも体制的にも、《廃墟》を受け入れる地盤を未だミレニアムは確立できていない」
技術のブレイクスルーは都市運営、ひいては社会基盤に対して大きな影響を与える。
ましてキヴォトスにおいては最先端を行くミレニアムでさえ持て余すほどの技術水準の差だ。それがもたらす恩恵と混乱は計り知れない。区画そのものが持つ危険性とはまた別に、連邦生徒会がその存在の一切を禁じた理由も理解できる。
「それでも今まで大きな問題はなかったわ。連邦生徒会長の手腕は完璧だった。一時しのぎに過ぎないとしても、知らず手出しもできないのであればそれは無いも同然だもの。二か月前までは」
二か月前。
それは、キヴォトスにとって大きな転換点となった時。
「連邦生徒会長の失踪に伴い、連邦生徒会の戦力は《廃墟》を放棄し撤退した。
今に至るまで《廃墟》からは監視の目も防衛戦力も失われている。ここまでが前提」
リオは、文字通りに一息つくようにして嘆息する。
その行いに含まれる感情を、ギーは見て取ることができなかった。
連邦生徒会への憤りにも見えたし、失望のようにも思えた。
あるいは、ただ単に疲れただけなのかもしれない。
「問題が起きたわ。二つよ」
自らの感情をおくびにも出さず、リオは話を切り出す。
「一つ目。結論から言えば、今のミレニアムは《廃墟》からの攻撃を受けているわ」
「……それは、具体的にどういう」
「文字通りの意味よ」
リオはテーブルに埋め込まれたタッチパネルを操作しながら話を続ける。
「元々、《廃墟》とは自律稼働するドローンやオートマタで溢れた場所だったわ。連邦生徒会が引き上げた後に行った調査でもそれは明らかだった。とはいえ、それら自律兵器群は稼働目的すら失ってただ彷徨うだけの存在。《廃墟》の外に出るわけでもなく、認識した動作物に無差別に攻撃を仕掛けるだけの粗悪な残骸でしかなかった。けれど」
リオは埋込式スクリーンにその画像を映し出し、ギーに見るように促す。
「それらとは明確に目的を別とした兵器群が複数出現し、《廃墟》からすら溢れて近郊のミレニアムに対し攻撃を仕掛けてきているの。これがその画像」
スクリーンには、鋼で構築されていながら生物的なフォルムを持つ、長い触手で構成されたような異形の機関が映し出されていた。
「仮称として、私はこれを
今のところ、私が開発所有している自律兵器と事情を知る一部生徒によって各個体を駆除し、《廃墟》から溢れないよう監視網を敷いているけれど……それがいつまで保つかは未知数ね」
「……」
今まであったような政治的、経済的問題ではなく、直球の危機的状況である。
かと言ってギーにできることは少ないだろう。シャーレの持つ権限で連邦生徒会に働きかけようにも、しかし連邦生徒会が元々維持していた廃墟区画を投棄している以上、まともな戦力をよこすはずがないことは火を見るよりも明らかだ。
仮にできたとて、ミレニアムに対する内政干渉に当たる可能性もある。性急な解決策は提示できず、いたずらに時間を浪費するであろうことは容易に推察できた。
「勿論、シャーレと貴方にこの一件について解決を依頼したいわけではないわ。
戦力方面で貴方に期待はしていないし、貴方という人的資源にはより最適化された配置箇所があるもの」
「では、僕に頼みたいことというのは」
リオは言葉なく頷き、話を進める。
「二つ目。Divi:Sionの行動パターンと計算した結果、彼らは何かを探索しているような動きがあるということが判明したわ」
「何か、とは?」
「分からない。けれど予測を立てることはできるわ。鹵獲したDivi:Sionからの解析結果、集積した行動パターンの統計。私とヒマリの両名、すなわちセミナーとヴェリタスが持つ全能力を差し出し、両者の無制限の協力体制を築いた」
ギーは得心する。特異現象捜査部という部活はリオの一存で設立されたものだということは、既にヒマリから聞き及んでいた。
本来ヴェリタスとは反セミナーの立場を取る組織だ。その長であるヒマリが事実上リオに引き抜かれている現状とは、すなわちそれだけの差し迫った危機への対応ということになるのだろう。
「本来であるならば交渉や外交における大きなアドバンテージを与えたであろうデータを無償で交換し、それぞれの研究機関へ持ち帰って解析を実行したわ。そして貴方から提供されたビナーの情報。それらが合わさることで、ひとつの事実が判明した」
要するに、それは大きなジグソーパズルのようなものだった。
セミナーとヴェリタス、そしてビナーが持っていた情報は、バラバラの破片。それだけでは全体像は見えず、単体ではそのデータが何を示すのかさえ判然としない。
だがある程度の数が揃えば、状況は大きく変化する。
データ同士の関連性、全体の中での役割。やがて大きな一枚絵が二人の前に出来上がった時、欠けたブランクの向こう側にひとつの情報が浮かび上がった。
「《廃墟》から複数の預言者の信号が発せられていることが分かり、内のひとつは大規模工場群の中枢に位置する地下構造体であると特定されたわ。遥か昔に廃棄された兵器生産システムAIがデカグラマトンに感化され、今も無数の兵器を量産していることも」
何とも気が遠くなるような話だ。
極まったオートマタは上層兵にも匹敵するスペックを持ち合わせる。それが無数に、とは。
ギーは用兵を知らないが、帝国を相手に戦争でもできそうだな、などと悠長なことを考えた。
「これだけなら何も貴方を呼ぶ必要はなかったわ。如何に強大であろうとも、位置も戦力も判明している以上、あとは単純な武力と戦術の話になるもの。けれど問題は最初に言った通り、Divi:Sionは"何かを探索している"ということよ」
「なるほど。つまり僕への依頼というのは」
「Divi:Sionの探索物を特定し、出来得るならば先に確保すること」
リオはこちらを真っすぐに見据え、言う。
「Divi:Sionへの戦力対抗は問題ないわ。自治区への攻撃が事実である以上、その抵抗と追撃に対しては方便が立つからよ。けどDivi:Sionの捜索物、ひいては《廃墟》そのものの調査となるとそうはいかない。管轄から外れたとはいえ元は連邦生徒会の支配地域。下手な干渉は自治区間の政治的問題に発展する可能性があるわ」
「だからシャーレの持つ権限を使う、ということか」
一応の納得はあった。本来アンタッチャブルな他自治区における戦闘行動さえ無制限に許可されるほどの異様な特権を持ち、更には連邦生徒会所属であるシャーレであるならば、《廃墟》の探索に参加したとて問題は生まれにくい。シャーレに足りない戦力はミレニアムの側で受け持ち、探索の指揮をこちらに任せるのは、確かに理に叶ったことだった。
「探索物の正体如何によってはミレニアムの、いいえキヴォトスそのものを巻き込む未曾有の危機が訪れるかもしれない。上に立つ者として、私にはそれを防ぐ責任がある」
リオはそれが当然であるかのように、気負うことも逸ることもなく、透徹した口調で言う。
幾万の人間を背負う為政者として。
人々の先を往く力を持つ人間として。
その目には、強い理性の光があった。
「ギー先生。セミナーとして正式に、貴方へ依頼を託します。
どうかミレニアムを、キヴォトスの未来を守ってちょうだい」
◆
「何ともリオらしい、傲慢で独り善がりな言葉ですね」
薄暗い、大量のモニターに覆われた一室。
そこでリオとは対照的な白髪を持つ少女は、心底から侮蔑しきった様子で吐き捨てるのだった。
「部長、ちょっと言いすぎじゃない?」
「あら、心外ですよエイミ。口では大層なことを言いながら、結局のところ私たちに丸投げなあたりに下水のような性根が透けて見えるではありませんか」
「下水……部長ってそういう言い回し好きだよね」
「その"汚いものが好きなの?"とでも言いたげな視線はやめていただけませんか?
比喩ですよ比喩、私の清楚なイメージを汚さないでください」
「比喩ならもうちょっと他の言い方もあると思うけど……」
「リオを表現するのに当たり障りのない単語を使ってしまえば、その言葉に対して失礼でしょう」
姦しい、という言葉がある。
女性が集まれば騒がしい、ということらしいが。
随分と砕けた様子だった。ヒマリは元々口数の多い部類だったが、置かれた立場と持ち得る能力から心置ける友人の類に関してはそれなりに心配していたのだけれど。この様子なら問題はないらしい。
「……部長。先生が生暖かい目で見てるよ。ちょっとは恥を知ったらどう?」
「エイミ。いつからそんな言葉を使うようになったのですかエイミ。
確かに私は罪深い女ではありますが、そう言われる筋合いはありませんよ」
閑話休題。
ヒマリと、エイミと呼ばれた彼女は無駄話をやめてテーブルに向かい合っていた。表情は柔らかくリラックスしていたが、至って真剣な顔つきである。
「では改めまして。ギー先生、引き続きの協力に感謝します」
「ああ。詳細はリオから聞いているが」
「ええ、その認識で構いません。《廃墟》にて特定されたデカグラマトンの預言者、その一角。失伝してしまった古代の思想哲学用語から、《ケセド》と名付けられた無尽蔵の自律兵器生産システム。それらが無数のリソースを用いて探し出そうとしているものを、こちらで先に確保しようというのが今回の依頼です」
穏やかな表情で、確認するようにヒマリはひとつを頷く。
「無論、探索には相応の危険が伴いますので実地活動はこちらのエイミが担当します。管制と解析の都合上、先生には現地に赴いてもらいますが、もちろん考え得るあらゆる防衛装備を用意いたしましょう」
「そう、か。助かる」
「ふふっ、礼には及びませんとも。まあそれとは別に、この可憐なる一凛の花たる私への感謝と美辞麗句は多ければ多いほどに良いのですがね」
溢れる自信と自己肯定に輝かんばかりの笑顔を見せるヒマリは、まあいつものこととして。
「……話は変わるが、ひとつ頼みたいことがある」
「おや? この私に頼み事とは……素晴らしいですね、やはり先生は世の道理を弁えてらっしゃる」
「いや君にではなく、そちらの彼女に」
私? と首を傾げる少女。
エイミと呼ばれた彼女に向けて、ギーは一言。
「……何か、上着を羽織ってはくれないだろうか」
和泉元エイミ。非常に高い体温と、欠如した熱排出機能を持つ暑がりの少女。
最低限の下着めいた服しか身に着けてない彼女の姿は、目のやり場に困るのだった。