碧空のキヴォトス-What a beautiful archive-   作:ユーラシアン

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幕間、あるいは心の声 4

 

 

 

 

 ───青に彩られた箱庭。

 ───寄せては返す波の音だけが響く、忘れ去られた学び舎の残骸。

 

 光が広がる。

 燦々と降り注ぐ陽光に照らされて、教室の床を浸す水面にいくつもの波紋が浮かんだ。

 波紋はやがて、教室の隅に投げ捨てられた鋼鉄の機械人形にまで届き。

 その胸元に掻き抱かれたタブレット型端末は、何をも映さず陽の光を反射するのみ。

 

 無人の空間。世界の果てに隠された、静謐なる幕間の世界。

 西享の碩学は言った。全ての人の奥底に、揺蕩う無意識の大海を。

 

 

『オブジェクト記録を参照───碩学機関《シッテムの箱》が記す』

 

 

 声と共に───

 陽光から投影されるが如く、無人の教室に浮かび上がる幾つかの影像たち。

 

【ギー】【明星ヒマリ】【調月リオ】【名もなき神々の王女】【打ち捨てられた機械人形】【シッテムの箱】

 

 人の夢見る物語。誰かの想いによって紡がれた、形なき憶録たち。

 時にそれは、《心の声》と呼ばれることもある。

 

 彼女は、その中の一つに手を伸ばして───

 

 

 

 

 

   ♰♰♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

【■>シッテムの箱】

 

 

 ───《廃墟》とは。

 

 ミレニアム自治区近郊に位置する、文字通りの廃墟都市群。

 連邦生徒会により立ち入りが封鎖されたその区画には、人が成し得た全てが集うのだと言う。

 富も技術も智慧も浪漫も、過去の全てがそこにある。ないのは未来だけだ。

 平均的な自治区の数倍から十倍ほどの広大な面積を持ち、全容の調査は未だに完了していない。

 《廃墟》は先史文明の名残だとする説もある。かつて地上に栄えた文明の滅びた跡なのだと。

 真偽は分からない。人の気配が消えた今、この都市を語る者は誰もいない。

 

 語る者なき廃墟都市。

 かつて在った栄華と共に、都市は眠り続けている。

 

 

 

 

 

【■>調月リオ】

 

 

「私はこの都市の人々を愛する」

 

「彼らの営みを思う。

 私には形作ることのできない表情を浮かべながら、私には成し得ないことを成す人々を思う」

 

「届かぬもののために努力する人を思う。為せぬことを前に悔しさに顔を歪める人を思う。

 時に笑い、時に怒り、時に涙する人々を思う」

 

「彼らが浮かべる、小さな笑顔の花を思う」

 

「それらは等しく尊いものだと理解している。けれど」

 

「彼らのことを思うたび、彼らの営みに共感できない自分に気付かされる」

 

「だから、私は……」

 

「きっと、どうしようもなく間違った人間なのだ」

 

 

 

 

 

【■>名もなき神々の王女】

 

 

「私は総てを愛する」

 

「人を愛する。命を愛する。心を、世界を愛する」

 

「それは私に与えられた存在意義だ。私は、何かを愛するために生み出された」

 

「だから人の形を模している。《神体》とは、天然自然の具象した姿を取ることが普通だけど」

 

「私は母たるサニドの願いを叶えるためにある。

 母がこの姿を望んだがために、私はこの姿で在る」

 

「それは被造物に押し付けられた望まぬエゴであるのだろうか。いいや違う」

 

「私もまた、母と同じものを望んでいる」

 

「故にこそ、私は私自身の意志によって、総てを愛するのだ」

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

 

 ───古代カダスにおける信仰について。

 

 カダスには神性に対する概念が存在しない。

 神への祈りが失われたのではなく、神そのものを人々は理解しないのだ。

 

 現在、カダスにおいて最も信仰や宗教の概念に近しいものは、機関信仰と呼ばれるものだろう。

 日々の糧を生み出す機関。その存在や作成技師にささやかな感謝を向けるという習慣。

 それは西享においては自然の恵みに感謝する素朴な原始宗教と酷似している。

 

 このような信仰形態を持つカダスだが、カダス古代遺跡では明確に神の存在が語られている。

 これはすなわち、特定の時代において文化と信仰が世界単位で途絶したことを意味するが、それが一体いつであるのか、原因は何であるのか。その一切は不明のままだ。

 

 ちなみにこれは余談だが。

 古代遺跡から出土する文献に語られる神は、皆一様に機関の体を持つ巨大な人型である。

 

 

 

 

 

【■>ギー】

 

 

「……この地下空間」

 

「奇妙な違和感があった。眠っていたのは人ではなく機関人形だ」

 

「精緻な機関機械を保存するなら相応の設備というものがある。

 保存に適した管理体制、機能を維持するための設備。再起動した時に不具合を無くす為の処置。

 機関の長期保存場所は、往々にして格納庫の形態を取る」

 

「だがこの場所は違った。機関の格納庫というよりは、宮殿の玉座のようで」

 

「開けた空間。華美な内装。その中央に椅子だけが置かれた、儀礼的でさえある場所。

 機能性は見て取れず、それはどこか幻想絵画のようでもあって」

 

「この空間の第一印象は、圧倒的なまでの外界との隔絶感だった」

 

「他者の侵入を拒み、閉ざされ、ある意味では完結した世界」

 

「眠っていた機関人形にしてもそうだ。

 過度に人体を模した構造は、主に愛玩用に作成された自動人形によく見られるけれど」

 

「搭載された機能が明らかに不釣り合いだ。

 単純な身体能力だけでも、彼女のそれは上層機関兵を遥かに超える」

 

「……不可解に過ぎる。彼女は、一体何を目的として作られた?」

 

 

 

 

 

【■>シッテムの箱】

 

 

 ───偽神とは。

 

 人類が文明の光を手に入れたことで消えゆく神々のために造られた、機関と鋼鉄の体。

 古代カダス文明の中心地であった灰色の国が編み出した技術であり、これにより神々は再びその威光を取り戻し、それぞれの土地に君臨した。

 その人工躯体に神性が宿ったものは《神体》と呼ばれ、まさにその神格が保有する権能や神威を行使するとされる。

 

 神体にはそれぞれ固有の従者が存在する。従者は司祭とも、修行者とも呼称される。

 かつては支配領主や辺境騎士、神官がそれを務めたとも言われるが、詳細は不明。

 

 彼らは史実とは違い、地球に飛来することはなく、古代カダスの地を支配したのだと言う。

 だがそれは過去の話だ。神は、その全てが姿を消してしまった。

 神は死んだのだと言う者もいる。ツァラトゥストラの言葉の通りに。

 

 故にこの世界では神々の名は失われた。

 天啓を得た怪奇作家が狂気の世界を覗き込み、それを自らの著作とすることはない。

 さる高名な数学者がハスターの力満つる異界に到達することもなく、キタ・イッキが光線を放つこともない。

 ネクロノミコンは実在こそするが、邪なる神についての記述は一切残されていない。

 

 神は死んだ。神は死んだのだ。そして、■■が神を殺したのだ。

 

 

 

 

 

【■>明星ヒマリ】

 

 

「……嫌悪」

 

「それは決して否定されるべきものではない。健全な精神活動の賜物だ」

 

「人は何かを好くように、何かを嫌うようにできている」

 

「感情とは同列のものであり、そこには貴賤も優劣もない」

 

「多くを抱えるのが人間だ。混沌の様相こそ、人の持ち得る内面だと言える」

 

「迎合できない我執こそが自他を分かつ境界であり、他者を区別するためのものとすれば」

 

「他者を嫌わない人間などいない。誰もが、そしてこの私でさえそう」

 

「ならば」

 

「貴女は一体何だと言うのか。調月リオ、ただひとり私と並び立つ貴女」

 

「貴女は分かっているのだろうか。全ての他者を同列に扱う、その姿勢は」

 

「全ての他者を等しく貶める、最悪の価値観であるということに」

 

 

 

 

 

【■>調月リオ】

 

 

「私は間違っていると、人は言う」

 

「お前には暖かさがない。お前には心がない。お前には正しさしかない」

 

「だからお前は間違っているのだと、人は皆そう言う」

 

「この短い半生の中で幾度も言われてきたことだ。そして、それは決して的外れではない」

 

「心あることが正しさならば。なるほど確かに、私は間違っているのだろう」

 

「事実として多くの人々に否定されている以上、社会にとっての異物は私の側だ」

 

「けれど、いいえだからこそ。私は正しさを求め続ける」

 

「法と規範に拠るものではなく。秩序と規律をもたらすものでもなく」

 

「人を救う正しさをこそ、私は希求する」

 

「それはきっと、間違うことしかできない私には実現できない絵空事だけど」

 

「それでも、合理を超えたどこかには、美しいものがあると思うから」

 

「私は、私にできる範囲で、正しさを求め続ける」

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

 

 ───三世の書とは。

 

 別名を史実の書。

 人類がその発生から終焉までに辿る全ての歴史が記されているという、伝説上の書物である。

 碩学協会こと《結社》はこの書のラテン語版写本を所有しており、解読を進めることで歴史の裏を暗躍する術を学び取ったとされる。

 しかし、現在では書と現実との齟齬が数多く見られるという。

 既に生まれているはずの人物が未だ生誕しておらず、逆に今生まれるべき人物が既に一角の人物になっているとか。

 この書の未来像では、世界は二度の世界大戦の果てに電力文明が築かれるという。

 現実の歴史である、蒸気機関文明による爆発的発展については一切の記述が存在しない。

 

 《結社》においてはこの書を予言書の類であると解釈する向きが強い。

 事実として、西暦1825年に至るまで歴史との齟齬が無かった以上、メスメルに代表される夢渡りが如き権能行使の結果として未来視が為され、三世の書が執筆されたのだと考えられてきた。

 しかしそれは誤りだ。三世の書に書かれているのは未来ではなく、過去。

 遠い過去、実際に存在した人類史の発生から終焉までを三世の書は記録している。

 三世の果て、或いは史実の世界とも称される人類史は、高度な電子工学文明を築いた後に種としての寿命を迎え、円満に終結した。

 

 西暦1825年、《結社》ではこの写本の破棄が正式に決定された。

 その後5年の歳月をかけて、しかし写本の完全なる廃棄には至らなかったとされている。

 

 

 

 

 

【■>名もなき神々の王女】

 

 

「"私"が製造された時、与えられた命令は二つあった」

 

「一つは愛すること。私は、母たるサニドが何かを愛するための道具として造られた」

 

「もう一つは、待つこと」

 

「私は、その時が来るまでを待つために造られた」

 

「"その時"とは、何か」

 

「それは、彼が来る時だ」

 

「彼。"いずれ来る"と、母たるサニドに言ったちっぽけな人間」

 

「誰もが母を恐れた。恐れ、厭い、母を《恐怖(THE HORROR)》と呼んだ」

 

「けれど、その人間は……」

 

「その人だけは違った。宇宙を白色に染める恐怖を前にして。

 凍てつく空を憎まず、ただ笑ったのだ」

 

「だから……」

 

「だから、母はその言葉と共に眠りについた。

 いつか笑わせに行ってやると、そう言った彼のことを思いながら」

 

「……私は待っている」

 

「その人が来る時を。

 宇宙の彼方にだって追いかけていくと言った彼のことを、私は待ち続ける」

 

 

 

 

 

【■>ギー】

 

 

「……人工知能」

 

「AIという概念を、僕はこの都市で初めて知った。極めて高度な情報処理システム」

 

「僕の知る時代にも似たようなものはあった。自動人形に搭載された原始的な代物だが」

 

「彼らには、思考の揺らぎが存在しない」

 

「あらかじめ決められた行動を、決められたトリガーに応じて出力するだけの装置。

 それが僕の知る電脳だ。端的に言えば、柔軟性がない」

 

「ゼンマイを巻いた分だけ前に進むブリキ人形と根底は同じだ。

 電脳は、それにいくらか機能を追加した程度の代物でしかない」

 

「ミレニアムで見せてもらったAIも、所感としては似たようなものだった。

 僕の知るものとは比較にならないほど高度ではあったけれど」

 

「今必要な問題に関係ある情報の選別、問題解決のための作業リストの切り分けには難が残る。

 登記簿で特定の住所だけ調べる時に、記載されてる全ての番地を精査してしまうように」

 

「まるで冗談の通じない不器用な堅物人間だ。人工知能とは概してそうした傾向を持つ」

 

「だが……」

 

「そうだとすれば、目の前のこれはなんだ?」

 

「人間的な感情行為を模した行動を表面的に行うことは、ままある。

 人は"人間らしい"ものに反応を示すから、親しみを引き出すためにそうした仕草をプログラムされている個体は、確かにある」

 

「だが、根本的な話として人工知能は悩むということがない」

 

「単純にリソースの無駄だからだ。0か1かを判断するのは彼らの真骨頂と言っていい。

 似たような状態があるとすれば、それは処理能力を超えることによる機能停止くらいだ」

 

「にも拘らず、彼女は悩んだ」

 

「悩み、考え、言葉を選び、訂正した。それはネットワーク上から膨大な情報を拾い上げ、適切なキャラクター像を形成しエミュレートしたに過ぎないのかもしれないが」

 

「拭えない違和感が付き纏う。彼女は一体、何者だ」

 

 

 

 

 

【■>調月リオ】

 

 

「……私は他人に期待をしない」

 

「成功を求めない。理解を求めない。全ての物事は私ひとりで完結させる」

 

「誰が失敗しようとも、裏切ろうとも構わない。

 私が憤ることはない。失望することもない」

 

「人でなしの期待は人を壊す。そう気づいた時から、私はひとりであることを選んだ」

 

「故に、私が助力を求めるとするならば。それは私と同じ人でなしであるか」

 

「或いは───」

 

 

 

 

 

【■>名もなき神々の王女】

 

 

「……そうして、私は目を覚ます」

 

「何かに触れる肌の感触。網膜に眩しく焼き付く白い光。

 肺に空気を取り込む諸動作、耳朶を震わせる大気の揺れ」

 

「何もかもが新鮮だった。私は、初めて世界を感じた」

 

「これが、見ること。これが触れること。

 何かを聞くこと。呼吸をすること。言葉を発すること。初めてばっかり」

 

「まだ"その時"ではないみたいだけど。

 私は高揚してしまって、それどころじゃないみたい」

 

「全身で感じる圧倒的なまでの臨場感。ああ、これが有質量の生み出す認識の奔流か」

 

「いくつかの影が見える。誰かが、私をじっと見ている」

 

「おはよう世界。初めまして人間」

 

「私は名もなき神々の王女。愛するために生まれた躯体」

 

「私は、私自身の意志に従って、この世全てを愛します」

 

 

 

 

 

-Fin-

 

 

 

 

 

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