碧空のキヴォトス-What a beautiful archive-   作:ユーラシアン

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2-4

 

 

機密性2 完全性1 可用性1

 

 

報 告 書

 

 

作成日:██年4月18日

文責:Cleaning&Clearing 室笠アカネ

対象物品:時計王の冠

 

時計王の冠に関する調査および確保状況について

 

 

1. 物品概要

名称:時計王の冠

形態:王冠型宝飾品

材質:金、プラチナ、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、その他不明材質

寸法:高さ約15cm、幅約20cm、重量約1.2kg

特徴:精巧な時計機構が組み込まれており、王冠の中央に時を刻むダイヤルが存在。高度な職人技を象徴する歴史的・文化的価値が高い宝飾品であるが、同時に極めて高度な演算機能が付加されており、本来的な用途は後者であると推測される。

来歴:当該物品の製作者・製作時期は不明。流通は少なくとも██年から確認されているが、複数の貴族や富裕層の手に渡り、所有権の記録は断続的である。その後長期間に渡る不明期間を経てブラックマーケットへ流入し、複数の非合法な取引を経て、銅田明太郎の手に渡る。

 

 

2. 確保状況

確保日時:██年4月18日 22:30

確保場所:ミレニアム自治区東区██(銅田明太郎私有の邸宅地下)

経緯:Cleaning&Clearingの捜査により、銅田明太郎が主催する不正オークションの情報を入手。調査部門がオークション会場に潜入し、時計王の冠の出品を確認。オークション開始前に、Cleaning&Clearingの特別介入チームが会場を制圧し、物品を確保。銅田明太郎は不正取引の疑いで拘束され、関連当局に引き渡された。

現況:時計王の冠はセミナーの保管施設(所在地非公開)に移送され、厳重なセキュリティの下で保管中。銅田明太郎は拘束以前より強い錯乱状態が継続し、意図不明の発言を繰り返している。精神鑑定の結果に応じ、同氏の医療施設への【検閲済み】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【検閲済み】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銅田明太郎は死亡した。

当該物品は所有者不在のままヴァルキューレ警察学校へ帰属権を委譲するものである。

 

署名:

室笠アカネ

Cleaning&Clearing

██年4月19日

 

 

 

 

 

   ♰♰♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

 晴れやかな青が広がる空の下、涼やかな風が駅前広場を吹き抜けていった。

 歩く人並みの流れは穏やかで、道の真ん中で立ち止まっても迷惑にはならないであろう程度。

 広場の中央でひときわ目立つ時計塔に目を遣る。約束した時間には少し早い。ギーはひとつ息を吐き、備え付けのベンチに身を預けた。

 

 ミレニアムの駅前広場はギーの知る機関式モノレール乗り場とは違い、市民の憩いの場となっている。路地は瀟洒な煉瓦造りになっており、多くの緑が植樹された並木道は上層階段付属公園のそれを想起させる。そして流石は技術の最先を行くミレニアムというべきか、目に入る壁にも柱にも電光掲示板の液晶が設置され、様々な宣伝や案内を示す文字が浮かび上がっていた。

 

『来たるミレニアムプライスへ向けて、我々文芸部の作品を展示しています。会場は───』

 

 人ごみの喧噪に混じって、拡声器のくぐもった声が耳に届いた。

 ミレニアムプライスとは、ミレニアムの諸部活が制作した成果物を提出する一大祭事だ。概ね発明品や新技術、或いは論文といったものが提出されると聞いていたが、文芸も対象となるらしい。

 駅前広場は自治区の真北を向くように設計されていて、大きく開けた道の先は大図書館へと通じている。見遣れば、まさに文芸部員であろう少女たちが冊子を配っていた。道行く人々に笑顔で声を掛ける彼女たちのひとりは、ギーに気付くと小走りに駆け寄ってきて。

 

「どうぞ! よければ貴方も見に来てくださいね」

「ああ、ありがとう」

 

 冊子を受け取ると、彼女はにこりと笑い、そのまま元の場所まで戻っていった。

 ギーは顔を伏せたまま、視線を冊子に落とす。可愛らしいフォントで書かれたそれは、生徒たちの作の以前に、前書きと共に有名作品の引用が載せられていた。

 

 

『時は春、日は朝、朝は七時、片丘に露みちて、揚雲雀名乗り出で、蝸牛枝に這い、神、空に知ろしめす。すべて世は事も無し』

 

 

「……世は平穏なままに過ぎていく、か」

 

 まさにこの都市をなぞらえる言葉だった。

 ミレニアムプライスなる祭事を目前に控えた都市は活気に溢れ、人々の笑顔と共に営みを続けていた。比喩ではなく世界を滅ぼし得る存在が目覚めても尚、それは変わらない。

 きっと、これから誰が死のうとも、それが変わることはないだろう。

 誰を救い誰を死なせても何も変わることのなかった、あの異形都市と同じように。

 

 ───そうあってほしいと願う自分は、やはり、卑しい人間なのだろうか。

 

 

「───先生?」

 

 

 囁くような声が、益体の無い思考に埋没していたギーの意識を引っ張り上げた。

 視線を上げた先には、稼働式車椅子に座るヒマリの姿。ゆったりとした白い服も、微かな微笑みを湛えた顔もいつも通りだ。都市と同じく、彼女もまた変わらない。

 そしてその隣には。

 

「……」

 

 ギーがアリスと名付けた少女が、目を丸くして驚いていた。

 自分の格好に何かおかしな部分があったのだろうか、と一瞬考えたが、どうもそうではないらしい。アリスと同じ方向を見るが、別に何もない。

 ヒマリに目配せすると、愉快そうに笑うばかりで何も答えてくれなかった。

 

 アリスはまだ目を丸くしている。

 元々小顔で目が大きいのだから、そうやっていると本当に目が真ん丸だ。

 それは別にいいのだが、ギーとしては、どう声をかけるべきか悩ましいものがあった。

 

「……どうかしたのか、アリス」

 

 弾かれたように、アリスがこちらを見た。と、驚きの表情に取って代わり、じわじわと顔いっぱいに喜びが広がっていった。

 

「ありがとうございます! ヒマリ、ギー先生!」

 

 と、常らしからぬ弾んだ声と共に、アリスは一目散に駆け出した。

 まさしく見た目相応の少女のような、好奇心に満ち溢れた姿だった。

 

「……一体、何がどうしたんだ」

 

 慌てて追いかけようと手を伸ばしかけ、何もかもが間に合わなかった中途半端な体勢で呟く。

 ヒマリはやはり、そんな二人を面白そうに見つめながら、目を細めるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

「社会に属する上で最低限守らなければならないこととは、一体何でしょうか」

 

 それは昨日のこと。

 ヒマリからの問いに、ギーは答えに窮した。真っ先に思い浮かんだのは法の遵守だったが、その点から言えばギーは完全な社会不適合者だったからだ。

 

「信頼と繋がり、相互の尊重。法理に自由と様々解釈は分かれるでしょう。ですが私は、その条件を"意志"であると定義しています。より厳密に言えば、"社会秩序を侵そうとしない意志"です」

 

 ヒマリの言い分には含みがあった。どうにも迂遠な言い回しである。

 

「社会を侵さないこと、ではないのか」

「それはリオの見解ですね」

 

 にべもなく切って捨てる。その声音には、どことなく嫌悪にも似た響きがあった。

 

「社会を侵さないというのはあくまで結果です。人は時に、その意志に関係なく他者を害してしまうことがあります。感染症への罹患、不注意やミスによる事故は、しかしその当人を社会から排斥する理由にはなりません」

 

 確信が込められたヒマリの言葉に、ギーもまた頷いた。彼は弱者であることを理由に人を排斥する悪法を知っていたし、自分がその法に対しどのようなスタンスであったかを忘れてはいなかった。

 

「なるほど。だからこその意志か」

「私やリオは、やろうと思えばキヴォトス全域を混乱に陥れることができます。そもそも極端なことを言えば、人は殺そうと思えばいつでも他者を殺せるのです。それでも社会の一員として在れるのは、社会を乱さないという意志が認められているからに他なりません」

 

 ヒマリが何を言いたいのか、段々と見えてきた。

 つまりはこういうことだろう。

 

「リオの懸念はアリスの持つ能力の危険性。であれば、アリス自身に害意がないことを証明すれば良いと」

「その通りです。人の身に余る力を持とうとも、それを悪用しないと断言できる理性があれば安全は保証されます。これを反故にしたなら、私やリオは生きてはいけない人間になりますから」

 

 理屈は理解した。その方針はギーとしても否はなかった。

 それはいいのだが。

 

「というわけで、私とデートをしましょう」

「どうしてそうなる」

 

 ヒマリの言うことは理解できたが、その結論だけが分からなかった。

 愉快犯的な気質を持つ彼女のことだ、まさか文字通りの意味ではないだろうが。

 

「正確にはアリスを連れて三人で、ですね。ギー先生、今の彼女に不足しているものが何か分かりますか?」

「経験……ああ、なるほど」

 

 ここに至ってようやく、ヒマリの言わんとしていることが理解できた。

 得心した様子のギーに、ヒマリはひとつ頷いて。

 

「彼女が危険かどうかの判断など、所詮は目先の問題にすぎません。私たちが彼女の破壊に否定の立場を取る以上、その先を考えなければなりません。すなわち……」

「キヴォトスの人々との融和だね」

 

 アリスの生存が確約された場合、当然ながら彼女の生きていく場というものが必要となる。

 飼い殺しや軟禁のようなものではない、当たり前の人間としての生活だ。

 

 アリスの持つ規格外の力に周囲が怯え、怒りを買わぬよう忖度するのではなく。

 周囲の一般人に合わせ、アリスが生涯を通じて抑圧されるのでもなく。

 本心から分け隔てなく共生できること。それは理想論にも近しいものだったが、実現できると確信しているからこその言葉だった。

 

「今の彼女に必要なのは学びです。そしてそれは、机に向かうばかりでは得られない、まさに今この都市で生きている人々との触れ合いによるものになります」

 

 アリスとの決して多くはない対話の中で、既に彼女が最低限の意味記憶を有していることは判明している。恐らくは製造過程において入力された知識群。そうであれば、なるほど確かに、彼女に必要なのは悟性を育む経験だった。

 機械としての彼女に、それを育む余地があるならばの話だが。

 

「そして、これを認めるのは非常に心苦しいのですが……リオの言うことも決して的外れではありません。仮にアリスに何らかの危険性がある場合、私たちはいち早く対処しなければならない以上、間近で彼女の挙動を観察する良いテストケースにもなります」

 

 生命の精神活動とは、外部からの入力に対して適切な反応を出力する機構のことだ。与えられる変数は多いに越したことはない。

 

「エイミたちは同行しなくていいのか?」

「あまり大人数で行動しても身動きが取り辛いでしょうし、護衛に関しても問題はありません。それくらいはリオにも協力してもらいます」

 

 そういうことなら、ギーから特に言うべきことはない。

 ない、のだが。

 

「おや、あまり顔色が優れないようですね。せっかくの私とのデートですのに」

「……その冗談は、あまり使わないでほしい」

 

 色恋沙汰とは無縁の人生だったからか、どう反応していいか困るのだった。

 

 

 

 

 

 

「うわあ! 先生これ! これ、何ですか?」

 

 アリスがまた何かを見つけたらしい。

 今度はなんだ、と思いながら見遣れば、通りの向こうでアリスがぶんぶんと手を振っている。彼女は「早く早く!」と言って、また何かを見つけて走り出した。

 

 モノレール駅前広場を出て1時間。アリスはずっとこんな調子だ。

 彼女は行く先々で、目に映るもの全てに興味を抱いた。それこそ公衆端末から雑草の一本に至るまで、だ。新しい何かを見つけるたびに、アリスは「これなんですか?」と逐一説明を求めてきた。大抵のものならギーでも答えられるが、ミレニアム独自の専門性が高いものに関してはヒマリに説明を譲った。そのどちらも、アリスは興味津々といった様子で聞き入っていた。

 

 まさに見た目相応の、好奇心旺盛な子供といった具合だ。《廃墟》で出会った時の楚々な印象はすっかり吹き飛んでしまった。ヒマリは微笑ましく見つめているが、ギーとしては既に一日中巡回を続けた後のような重い疲労が圧し掛かっている。

 

 ただ、まあ。

 悪くない疲労だ。何故かそう思ってしまう。

 

「せんせー!」

 

 アリスが一生懸命に手を振る。ギーは苦笑して、傍に歩み寄る。

 

「これ! こんなに貰っちゃいました!」

 

 そう言って笑うアリスの手元には、一抱えほどのお菓子がたっぷりと乗っていた。

 こんな調子であるためか、アリスは生徒ウケがとてもよかった。

 恐らく初等部か中等部の生徒だと思われたのだろう、道行くミレニアム生からはちょっとしたアイドルか、人懐こい愛玩動物のように可愛がられていた。頭を撫でられてはくすぐったそうに笑い、何かにつけてちょっとしたものを貰い受け、今となっては一抱えのお菓子の山だ。バックかポーチでも買い与えたほうがいいだろうか、と少しだけ考えたりする。

 

 余談だが、今のアリスは特注のミレニアムの制服を着用している。ヒマリに曰く、「どうせここに転入させるのだから」ということだった。そんな彼女の後ろで、リオが凄まじい表情をしていたことは黙っていようと思う。

 

「はい、これは二人の分です」

 

 と、アリスは手にした菓子のいくらかを、ギーとヒマリに手渡す。

 

「あら。ですがこれは貴方が貰ったものでは?」

「いいんです。私だけじゃ食べきれませんし、それにこういうのはみんなで食べたほうが美味しいと聞きました」

 

 そう言って、アリスは板チョコの銀紙を剥いて少し齧りつく。

 ほころんだその顔は、甘味という感覚そのものを噛み締めているような様子だった。

 

 

 

 

 

 

「こんなところがあったのか」

 

 そのビルディングを前にして、ギーは朴訥とした様子で呟いた。

 モノレール駅から線路に沿い、東側へ二十分ほど歩いた場所にそのショッピングモールはあった。二十分とは普通に歩いた場合であり、寄り道ばかりのアリスを伴っての移動は一時間半ほどかかったのだが。ともあれ。

 外から見ただけではそれほど大きくは見えないが、中に入ってみればレストランやブティックといった多種多様な業種の店舗がずらりと並んでいるのである。電気街めいた光景はミレニアムの至るところで見られるのだが、こういった一般的な娯楽施設もちゃんと存在して、しかも結構賑わっているのはギーとしても少しだけ予想外だった。

 

「ええ。所謂"穴場"というものですよ」

 

 と、ヒマリは何故だか得意げな顔をして宣っている。

 全知の名を戴くこの少女は、意外とこういった俗なことも熟知しているらしい。

 

「ここは……たくさんのお店があるんですね」

「ああ。アリス、言っておくけどはぐれないように……」

 

 最後まで言い終わらないうちに、アリスは駆け出していた。

 あまりにも唐突なスタートダッシュに、ギーは止めるタイミングを逸した。

 

「二人とも! 早く早く!」

「アリス! ちゃんと前を───」

 

 と叫ぶも、こちらを振り返って走るアリスの進路上に人影が舞い込む。

 案の定アリスはその人物とぶつかり、「わっ」と驚いた声と共に。

 

「ちょっと大丈夫? そんなに走ったら危ないわよ」

 

 倒れそうになったアリスを、その人物は腕で支え、ちゃんと立たせてやっていた。どこも怪我はないかと確認し、「よし」とひとつ頷いて。

 

「あ……し、失礼しました。きちんと確認せず……」

「うん、ちゃんと謝れて大変よろしい。これからはちゃんと気を付けるのよ」

 

 アリスの目線に合わせて屈み、満面の笑みでそう言った彼女は、奇しくもギーの知るところの人間であり。

 

「……済まないことをしたね、ユウカ」

「え……あれ? ギー先生?」

 

 早瀬ユウカ。

 ここ数週間で見慣れた顔の少女は、珍しく呆気にとられた表情でこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

「そうですか……転入予定の子の案内をしていたんですね」

 

 人だかりがごった返す中、噴水の傍に座ってユウカは納得したように言った。

 このモールは大雑把に十字の形をしている。その十字が交差する真ん中はそれなりの面積を有する広場があり、そこに盛大に水を噴き上げる噴水が設置されているのだ。アリスはやはり好奇心に煌めいた瞳を向け、ギーも生まれて初めて目にした豪奢な仕掛けに感心したものだった。

 

 それはともかく。

 

「なるほど……それなら納得できます。ミレニアムの生徒は大凡把握していたつもりですし、こんな可愛い子を知らないなんて信じられませんから」

 

 そう宣うユウカは、自分の足の間にアリスを座らせ、しきりに頭やら顎やらを撫で回しており、アリスも満更ではない様子だった。言い方と行動はともかく、自分が統括する学園の生徒をほぼ全員把握していると断言できるあたり、その生真面目さが伺えるものだった。

 

「ところで、どうしてヒマリ先輩もここに? こういうのはセミナーにまず連絡が来るはずなんですが……」

「お気になさらず。私は先生と同じアリスの保護者として、先生とデートしに来ただけなので」

「でっ……!?」

「ヒマリ、そういう冗談はやめなさい」

 

 生真面目故に真に受けて耳まで真っ赤になるユウカと愉快げに笑うヒマリを、何も分かっていないアリスがきょとんと見つめていた。

 

「じょ、冗談……そ、そうですよね。先生に限ってそんなことあり得ませんもんね。ああもう、ビックリさせないでくださいヒマリ先輩!」

「あら、私としては本気にしてくださっても一向に構わないのですが」

 

 だって、とヒマリは笑って。

 

「こうしてアリスを間に挟んで並ぶと……ほら、仲睦まじい夫婦のようにも見えませんか?」

「残念だが、アリスと君とでは年が近すぎるし、僕と君とでは年が離れすぎているよ」

 

 アリスの実年齢は知らないが、ミレニアムへの転入を話した以上、表向きは大した年齢差は生じないだろう。自分との間柄は論外だ。何せ二倍以上年が離れている。

 

 閑話休題。

 

「ところでユウカ、君はどうしてここに?」

「先生……私だって買い物や遊びに出ることもありますよ」

 

 それはそうだ。ユウカは真面目一辺倒ではない、感受性豊かな少女であることを知っている。

 悪いことを言ってしまったか、と一瞬思ったが、しかしユウカは笑いながら。

 

「とはいえ、今日はそういう用事じゃないんですけどね。ゲーム開発部の皆を追いかけてきたんです」

「ゲーム開発部?」

 

 聞いたことのない部活名だった。

 怪訝な顔をするギーとは裏腹に、ヒマリは勝手知ったる表情で。

 

「あの子たちですか。そうなると、部員不足の話でしょうか」

「部員?」

「最近の規約変更で、ミレニアムの部活や研究会に成立要項が追加されたんですよ。部員は最低でも四人以上、四半期ごとに一定の成果物の提出を義務付ける、という具合です」

 

 その説明だと、特異現象捜査部は即廃部なのではないかと思ったが、黙っていることにした。

 

「ゲーム開発部は確か三人だったはず。世話焼きな貴方のことですから、彼女たちに発破でもかけて───」

「いえ、部員数の問題は解決しました。ゲーム開発部は今、四人いるんです」

 

 と、ユウカ。人数不足が解決したというのなら、それは喜ばしいことだが。

 ユウカは沸々と激情を想起させる表情をして、小さく叫んだ。

 

「問題は成果物のほうです。あの子たち、またゲーム作りを放置して好き勝手遊び歩いて……!

 このままじゃ本当に廃部になるので、連れ戻しに来たんですよ!」

「そ、そうか……」

 

 その剣幕に若干引きながら、ギーは答えた。その部活については知らないが、どうも日ごろからユウカを困らせているらしい。

 ユウカは屹然と立ち上がると、アリスを丁寧にどかして、彼方を見据えながら。

 

「そういうわけで、そろそろ私はお暇します。今日中にあの子たちを連れ帰って、缶詰にしないといけないので!」

 

 それでは! とユウカはすたすた歩き去っていった。最後にアリスに向かって「またね」と言うのを忘れずに。

 アリスは笑いながらユウカに手を振って、彼女の姿が見えなくなると、ぽつりと一言。

 

「変な人でしたね」

「……」

 

 本来良識的なユウカに対してその評価は色々と間違っているはずなのだが、アリスに見せた行動は実際変だったので何も言えない。

 アリスは何の悪気もない様子で、続けて一言。

 

「でも良い人です。私はユウカが好きになりました」

「……」

「貴方たちと同じく、私は彼女も愛しましょう」

 

 それはアリスの特殊な出自からくる、奇妙な価値観と文法であるのか。

 どのような言葉を返すのが正解なのか、ギーには判別がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 暫くの後、三人の姿はフードコートの一角にあった。

 外は既に朱に染まりつつあった。昼食というには遅く、半ば夕食のような時刻である。

 アリスの好奇心は留まるところを知らなかった。色んな店舗に突撃しては、商品を手に取ってまじまじと見つめ、これは何かと店員を質問攻めにした。延々数時間、服飾のコーディネートとバランスの黄金比について語らされたアパレル店員や、ICチップとフラッシュメモリの歴史について説明させられたジャンク屋の店員などには同情を禁じ得なかったが、その詫びとしてある程度の商品を買ったギーの買い物カゴは既に三つ近くが満杯になっていた。

 そういえば途中会ったコトリと名乗る少女はアリスの話にむしろ嬉々として付き合っていたな、などと思い出しながら、ギーは目の前でジャンクフードを頬張るアリスを見つめていた。

 

「美味しいかい、アリス」

「はい、凄くわざとらしくて大雑把な味です!」

 

 値段の安さだけが取り柄のジャンクフードに相応しい評価を、アリスは声高に言う。とはいえ愚弄する響きはない。そもそも彼女自ら「これが食べたい」と言って注文したものだ、味の評価はともかく好奇心を満たすことはできたのだろう。

 

「さて、と……」

 

 アリスは食べ終わった包装紙などを丁寧に畳み、片付ける。昨日目覚めたばかりとは思えないほどに、その所作は洗練されていた。

 

「今日はただ遊びに来たわけではないと分かっています。何か聞きたいことがあるのではないですか?」

 

 一転して神妙な空気だった。

 三人のいる空間だけが削られて、周囲の喧噪が遮られているかのような心地。

 ヒマリは、心外だと言わんばかりの表情でため息をひとつ。

 

「私たちは頭の凝り固まったビッグシスターとは違うのですが……まあ良いでしょう。

 では改めて、貴方の詳しい来歴を教えてください」

「私はアリス。ギー先生によって名付けられた、名もなき神々の王女。

 我が母の依代となるべく生み出された《偽神》です」

「名もなき神々とは?」

「もういない存在です。かつて史実とは別の星に飛来し、そして滅びました」

「貴方の母とは?」

「名をサニド。或いは《恐怖》、或いはA.Z.T.Tの対存在。

 彼女もまた、もういません。かつて人の手で造られた鋼により、霊子よりも細かい粒となるまで縮小変容しました」

「依代とは何を意味するのです?」

「文字通りの意味です。母が私に宿り、私は母の肉体となる。

 今ここにいる私という個我は、あくまで母が宿るまでの繋ぎのようなものです」

「貴方を作り出した者とは?」

「この都市の先住民。貴女が《廃墟》と呼ぶ都市の前身、《灰色の都》の生き残り。

 無名の司祭などとも呼ばれているようですね」

 

 アリスの説明は具体的なようで要領を得ない。まるで何かの設定を、受け売りの知識だけで話されているようだ。

 

「貴方の目的は?」

「以前にも話した通り、愛することです」

「何を?」

「すべてを」

「では、愛するとは具体的にどうするのです?」

 

 そこで初めて、アリスの言葉が止まった。

 答えに窮した、というよりは。

 そんなこと考えもしなかった、という顔だった。

 

「……アリス。ここまでの会話で、私には確信に至った考えがあります」

「それは何でしょう?」

「貴方は、本当は何も知らないのですね」

 

 今度こそ完全に言葉が止んだ。

 空気は凍り付き、鉛の重量となって体に圧し掛かってくるかのような心地だった。

 今までアリスが纏っていた表情、名もなき神々の王女を標榜する底知れぬアイロニーは剥がれ、そこにはありふれた感情だけを滲ませた、ありふれた少女の顔だけが残された。

 

 迷子のようだと、ギーは思った。

 母親の手からはぐれ、帰るべき場所を見失った幼子。

 孤独と絶望と哀絶の入り混じった、か細く頼りない表情。

 アリスと名付けられた少女の、これが本当の顔だというのか。

 

「……どうして、そう思うのですか?」

「貴方の言葉には実感がありません。説明書の内容を読み上げるような、ただ上辺の知識だけを刷り込まれているのでしょう」

「製造された機械ですからね。クオリアに満ちた空っぽの主観なんてないのですよ」

「では今日の貴方の行いも、総ては内的意識の欠如した哲学的ゾンビの挙動であったと?」

「ヒマリ」

 

 語調が強くなりかけたヒマリを、ギーの手が制する。

 

「君がアリスを、意志持つ者をそうと尊びたい気持ちは理解している。けれど、詰問になりかけているよ」

「……すみません。知らず焦っていたようです」

 

 申し訳なさそうにするヒマリに、しかしギーは諭す言葉を持たなかった。

 かつてギーは、アリスと同じく人型の機械を同居人としていたことがあった。依頼主の意向に沿い、生前の人格であるルアハ・クラインを尊重して人として扱ったが、ギーの認識としては人の大脳を流用して作られた単なる人形に過ぎなかった。

 キーアは違った。あの少女は、ルアハの名と姿を持つ人形に、ひとりの人間として接した。

 それはギーには持ち得ない、生得的な善心の表れだったのだろう。

 

 だからこそ、ギーは掛ける言葉を持たない。

 "人の心"などという哲学的な問題に直面し悩める少女を諭し導く資格は、少なくとも今のギーにはなかったからだ。

 

「……そろそろ日も暮れる。話はまた改めて行えばいい」

 

 そう言って立ち上がる。アリスの食べ終わったトレイを持ち、定められた置き場へと向かう。

 ギーは、未だ項垂れるアリスに話しかける。

 

「アリス。僕から聞きたいことは一つだけだ」

 

 それだけ聞けたらいいと、そう言外に滲ませて。

 

「今日、君は楽しかったか?」

「……はい、とても。生まれて初めての経験でした」

 

 それが学習されたAIの反応に過ぎないのか、それとも意志と呼ぶべき思考の結果なのか。

 ギーには判別できなかったが、しかし。

 

「そうか。それなら良かった」

 

 それが嘘ではないのならば。

 それだけで全ては報われると思った。それだけで、ギーが決意するには十分だった。

 

 アリスは少しだけきょとんとして、けれどおずおずと、ギーの手を取る。

 ヒマリは思考を切り替えるようにして、やはり常の彼女らしい微笑みを浮かべる。

 

 周囲は喧噪に満ちて、人の流れは絶え間ない。

 だからこそ。

 三人は気付かなかった。その只中にひとり歩く人影に、注視する理由もない故に気付くことなどありえなかったのだ。

 

 

 

 

 

   ♰♰♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

 一風変わった格好の少女だった。

 広く門戸の開かれたミレニアムで、他学区の人間が足を踏み入れることは珍しくない。単なる観光に技術交流、技術屋から市民子女に至るまで、国際色豊かな人通りが構築されるのがミレニアム自治区だ。

 だから彼女の姿も、本来ならばそこまで珍しいものではない。シックな深緑色の制服も、刻印された「ワイルドハント芸術学院」の校章も、然して注目に値するものではない。彼女が普通の人間であるならば。

 

 凄絶たる美貌の少女だった。

 その肌も、髪も、形の良い瞳を縁取る睫毛に至るまでが白く、穢れなき無垢の様相を体現するに相応しい美しさを湛えている。

 その目つきは鋭い。敵意や害意はないが、何もかもを射抜くかのような鋭さだった。それは類まれなる集中と観察が為す圧にも等しいものだった。

 

『ほむ……観察ですか』

 

 耳朶を震わす声。それは少女の耳に装着されたイヤホンから。

 

『悪くありません。観察は論理的思考の大前提です』

「さて……何を仰っているのやら」

 

 その声は不可思議なことに、イヤホンの向こう側の人物にだけ聞こえるように囁かれていた。周囲の人間は誰も、独り言とすら認識しないだろう。

 

「貴方には感謝しています。多少煩雑であるだけとはいえ、その煩わしさを排してくれたことに対して、恩を感じないこともありません。故に私は貴方の意向に従いこの都市に赴いた。無論、私自身の都合もありましたが」

 

 少女の言葉には隠し切れない疑念があった。

 恩義を感じるという言葉に嘘はないものの、それと同程度の疑心がある。

 それを知ってか知らずか、通信の向こう側の少女は不遜な態度を崩すことなく。

 

『良き科白です。その自我の強さ、精神の在り様こそ私が望んだもの。

 では問いましょう。《慈愛の怪盗》としての貴方は、世界に何を望むのですか?』

「全ての美の解放」

 

 言葉に澱みはなかった。

 それこそが絶対の正義であると信じる者の言葉。

 

「それこそが私です。我が手の許にあらゆる隠蔽は暴かれ、あらゆる密室は開かれ、あらゆる迷宮は破られる───私の命ずる意志の名の許に、総ての美は白日に晒される」

『見上げた大言壮語ですね。そのエゴが故に、貴方は虜囚の身に甘んじたというのに』

「それはお互い様というものでしょう」

 

 少女は、通信の向こう側の人間が何であるかを知っていた。

 その者は無数の名を持っていた。《犯罪王(クライム・コンサルタント)》《嗤う女(ジョーカー)》《無貌》───或いは、《教授(M)》。

 

 少女は、名とは生まれながらにして持つのではなく他者の認識によって規定されると思考している。その観点で言うならば、彼の者はそもそも名すら持たないのと同義であった。無数の名は今や彼女の正体を希薄化させ、白昼夢が如き不確かな幻へとその存在を変貌させていた。

 

「では私も問いましょう。《七囚人》と蔑まれた我らを解き放った貴方は、何を望むのか」

『それこそ知れたこと』

 

 彼女が持つ異名の通りに、嗤う気配が強まって。

 

『連邦生徒会長の意向がどうであれ───私は、あらゆる神秘を否定する』

 

 

 

 

 

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