碧空のキヴォトス-What a beautiful archive-   作:ユーラシアン

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幕間、あるいは心の声 2

 

 

 

 

 ───青に彩られた箱庭。

 ───寄せては返す波の音だけが響く、忘れ去られた学び舎の残骸。

 

 光が広がる。

 燦々と降り注ぐ陽光に照らされて、教室の床を浸す水面にいくつもの波紋が浮かんだ。

 波紋はやがて、教室の隅に投げ捨てられた鋼鉄の機械人形にまで届き。

 その胸元に掻き抱かれたタブレット型端末は、何をも映さず陽の光を反射するのみ。

 

 無人の空間。世界の果てに隠された、静謐なる幕間の世界。

 西享の碩学は言った。全ての人の奥底に、揺蕩う無意識の大海を。

 

 

『オブジェクト記録を参照───碩学機関《シッテムの箱》が記す』

 

 

 声と共に───

 陽光から投影されるが如く、無人の教室に浮かび上がる幾つかの影像たち。

 

【ギー】【秤アツコ】【小鳥遊ホシノ】【打ち捨てられた機械人形】【シッテムの箱】

 

 人の夢見る物語。誰かの想いによって紡がれた、形なき憶録たち。

 時にそれは、《心の声》と呼ばれることもある。

 

 彼女は、その中の一つに手を伸ばして───

 

 

 

 

 

   ♰♰♰♰♰♰♰

 

 

 

 

 

【■>シッテムの箱】

 

 ───《ビナー》とは。

 デカグラマトン三番目の預言者。小径(パス)は「違いを痛感する静観の理解者」。

 一説には鯨と蛇を掛け合わせた姿をした巨大構造体であるとされている。その頭部には光輪を携えるとも。

 この存在に関する情報は異様なほどに少ない。

 現代の技術体系では解明不可能であることもそうだが、目撃例が極端に少ないのだ。

 地中を移動しその所在が不定であること、キヴォトスの既存技術では探知が難しいことが理由として挙げられる。

 この構造体に関して複数の目撃例があり、大規模な調査に乗り出したのが、かつて隆盛を誇ったアビドス自治区である。

 かつてのアビドス生徒会長は調査結果を通じ、この存在、ひいては彼の者が示すパスとセフィラの何たるかを理解したとさえ言われているが、自治区そのものの衰退による混迷期により各種資料は散逸してしまっている。

 現在、ビナーの存在はアビドス砂漠に現れる正体不明の巨影としてのみ伝わっている。

 

 

 

 

 

【■>秤アツコ】

 

「……ギー先生。不思議なあなた」

 

「少しの間だけど。一緒に過ごして気付いたことがある」

 

「先生は、自分が自分のために行うことに興味がない」

 

「話しててびっくりした。先生は、何も聞かされずにシャーレを押し付けられたらしい」

 

「いきなり、突然」

 

「見ず知らずの大勢の人のために働く大変なお仕事。

 ふつう、そういうことは前もって相談するべきだと思うの」

 

「でも先生は、ちゃんと先生をしている。文句も言わずに」

 

「……変わってる」

 

「しかも、私と出会ったその日の出来事だったみたい」

 

「押し付けられて、私に銃を突きつけられて。

 それでも先生は、私の先生をしている」

 

「やっぱり変わってる。見た目じゃなくて、中身が」

 

「変わり者、ギー先生」

 

「でも、私は嫌いじゃない」

 

「……多分」

 

 

 

 

 

【■>ギー】

 

「……不思議な子」

 

「アツコを見るたびにそう思う。黒い仮面の子」

 

「セントラルネットワークやヒマリですら音を上げてしまった。

 あの子は、いったい、何者なのだろう」

 

「身元不明の他人。それは本来、危険であることを示す」

 

「たとえ少女であったとしても。他者は警戒の対象となり得るのがこの都市だ」

 

「相手に悪意がなくとも、それは変わらない」

 

「僕と彼女たちとでは。単純に、生物としてのステージが違う」

 

「筋力も頑強さも、それらを基準にした危険の度合いも。

 何もかもが違う」

 

「数式の目を通して見た彼女たちは通常の人間と何も変わらないけれど。

 事実として、その身体能力には人と猛獣ほどの差が存在してしまっている」

 

「警戒して然るべきだ。そのはず、だけれど」

 

「僕は彼女を警戒しているだろうか。何かを疑っている?」

 

「……いいや、そうしてはいない」

 

「何故、僕はそうしないのか。彼女を信頼している?」

 

「どうだろう。そうと言えるほど、僕は彼女を知らない」

 

「にも拘らず、僕は彼女を警戒していない。自然と」

 

「……本当に、不思議な子だ」

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

 ───黄金瞳とは。

 文字通り黄金色の特異な瞳。多くは北央帝国の皇帝血族に見られる身体的特徴である。

 碩学協会並びに北央帝国はこの瞳を重要視しており、発見次第例外なく監視または保護の対象となる。

 多くは皇帝筋の遺伝により発現するが、時に何らかの条件によって後天的に変化する場合もある。両者の差異については不明であるが、協会も帝国も後者を極めて重視する。

 この瞳は数多の伝説を残している。真実を暴くであるとか、人の想いを受け止めるであるとか。

 事実としてのみを述べるならば、所有者の多くは都市運営級の《大計算機》にも匹敵する超人的な情報処理能力を獲得する。

 過去にも数度、黄金瞳の持ち主が大機関級の機関機械に接続し、起動に幾百年を要するとされた超大な碩学機械を起動させることに成功している。

 

 ・追記

 1904年12月25日に端を発し、後天性黄金瞳の発現者が世界各地で発生している。

 理由は不明。一説には西享・カダスにて七か所出現した《雲の隙間》に由来するとも。

 フランスはパリの若き詩人、ルネ・シャールは語る。「青空の意味するところを失ったがために、誰も隙間の向こうの青空を目にすることができないのだ」

 神聖都市ローマのトート師は語る。「《月》はすべてを見ている」

 

 

 

 

 

【■>小鳥遊ホシノ】

 

「私は、誰をも信じはしない」

 

「そう決めたのは私だ。他人は、誰も信じない」

 

「向けられる悪意と無関心に"どうして"と問いかけることもない。

 それはもう、一年前に嫌というほどやったから」

 

「世界は冷たくて残酷だ。

 人は、決して他人を救わない」

 

「優しくすれば見下される。手を差し伸べれば付け込まれる。信じてみれば裏切られる」

 

「あの人が愛していた世界は、そんな救いようのない掃き溜めで」

 

「"美しいもの"なんて、どんな砂礫を掘り返しても見つかりはしなかった」

 

「……私は、誰も信じない」

 

「泣いて縋る弱者を踏みつけにするのが賢さだと得意がる大人も。

 あの人を見捨てて嘲笑いながらアビドスを去っていった子供も」

 

「あの、ギーという男も」

 

「信じることは、ない」

 

 

 

 

 

【■>シッテムの箱】

 

 ───怪物の噂について。

 それはキヴォトスの一部に広がる都市伝説のひとつ。夜な夜な人を襲う鋼鉄(クローム)の噂。

 伝聞、或いは実際の目撃例から類推した場合、その大きさは6~10フィートほど。

 姿は人型とも、四足獣に近いとも、生物ではないドローンに酷似していたという者もいる。

 人を襲う理由は不明。捕食目的、警戒、縄張り意識、人為的な目的による機械的行動、様々な可能性が思慮されるが推測の域を出ることはない。

 また噂の変型に「鋼鉄(クローム)は怪物ではなく、願いを叶えてくれる」なるものも確認された。

 曰く、心からの願いを持つ人の下に現れる。その人に願いの成就をもたらす、と。

 いわゆる願望成就型の都市伝説、またはオカルティズムの卜占に近い類型であろう。

 人の想いにより生まれる、或いは引き寄せられる存在。

 仮にそれが真実だとして、噂の怪物の本質はあくまで怪異であることを忘れてはならない。

 

 ───百鬼夜行連合学園陰陽部付・思弁的探偵部の調査記録より抜粋。

 

 

 

 

 

【■>秤アツコ】

 

「セリカの言葉は少しトゲトゲ。乱暴で、けれど優しい。

 言葉がどうしても強くなってしまうのは、人より先に自分に向けて話しているから」

 

「シロコの言葉は涼やか。何も飾らないむき出しの感情。

 それでも嫌味にならずなめらかなのは、きっと自分ではなく誰かのための言葉だから」

 

「アヤネの言葉はあたたか。優しくてちょっぴりビターで、一歩引いたところにいる困り顔。

 言いたいことはたくさんあるけど、それより大事なことが何かを分かってる。そんな言葉」

 

「ホシノの言葉は、無意味。毒にも薬にもならない。きっと何にもならない、音だけの言葉。

 それでも彼女は、みんなに何かを伝えようとしている。そんな気がする」

 

「みんなは確かに、ここにいる」

 

「自分というものをしっかり持って、自分の言葉で誰かと向き合っている」

 

「ああ、でも」

 

「それなら、どうして」

 

「どうして、あなたは───」

 

 

 

 

 

【■>小鳥遊ホシノ】

 

「忘れもしない。あれは、そう。一年前のこと」

 

「12月25日。私の右目が、突然別のものに変わった」

 

「左目と同じく青色だったはずの、私の右目。それは激痛と共に、黄金色になって」

 

「明らかな異常事態だったけど、その時の私はそんなことに構っていられなかった」

 

「何も言わずに姿を消した先輩。連絡も取れなくなってしまったあの人を、必死に探して」

 

「次の日に見つかった。理屈ではない直感のようなもの。右目が変わってしまってから何となしに感じたものを頼りにして、向かった先で」

 

「私は、先輩だったものを見つけた」

 

「そして現れたのだ」

 

「私の背後に」

 

「あの、鋼鉄(クローム)の化け物が」

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

 ───ヘイローとは。

 それはキヴォトスにおいて生徒と呼ばれる者たちが共通して有する光輪である。

 元は西享の古代グリースに由来し、その存在が有する神聖そのものの表現であるとされる。

 エンジェル・ハイロゥ───天使の輪というイメージが最も一般的であるか。

 そうした来歴故に、神性に対する概念がないカダス文明圏とは馴染みが薄い存在と言える。

 前述の通り、これらは生徒なる存在しか持ちえないものと確認が取れている。

 彼女たちが無名の司祭により「忘れられた■■」と呼称されている事実との相関性は不明。

 ただし、キヴォトスが内包する特異要素「神秘」の具象化であるという見解がゲマトリアより提示されている。

 事実としてこの光輪は生徒たちの生命活動の多くを司っており、超人的な身体能力や一部生徒の持つ異能とも言うべき特殊技能を担保する外的器官と理解しても良いだろう。

 

 

 

 

 

【■>秤アツコ】

 

「───どうして」

 

「どうして、あなたは笑わないの」

 

「小鳥遊ホシノ。全てを諦めないと言ったあなたは」

 

「対策委員会の日々が楽しいから続けてこれたとあなたは言った。

 けど、私はあなたが笑っているところを一度も見たことがない」

 

「みんなと一緒にいる時も、日向で寝そべっている時も」

 

「柴関ラーメンで食事をした時も、ブラックマーケットでヒフミを誘った時も」

 

「銀行を襲ってみんなで逃げた時も。あなたはずっと」

 

「ずっと……」

 

 

 

 

 

【■>ギー】

 

「……アビドスに関わる問題」

 

「大別すれば二つに分けられる。人的・社会的なものと、自然災害への対処だ」

 

「後者はどうすることもできない。

 人もまた天然自然の生物である以上、地に足つけずには生きられない」

 

「尚もこの砂漠と共生したいと考えるなら。何十年、何百年もの地道な努力が必要になるだろう」

 

「そして前者は、既に解決の糸口は見えている」

 

「借金については用立てた。多くをヒマリの個人資産に依存した、真っ当なシリングではないにしろ」

 

「……これだけの大金をはした金と言い切れる彼女との格差には、唖然としてしまったけれど」

 

「借金と利子返済に追われることがなくなり、名目上の生徒会も存続するならば、カイザーのこれ以上の自治区介入は防ぐことができる」

 

「これまでの期間、法外な利子の弁済を完遂できた彼女たちならば、いずれ元の土地を買い戻すことも夢ではないだろう」

 

「だから思う。彼女たちは、いったいどこまでを望んでいるのか」

 

「借金問題の解決まで? それとも自治区の拡張まで?」

 

「人口の回復、地域経済の発展、都市再開発の実現」

 

「或いは、砂嵐と砂漠化の完璧な解決まで?」

 

「彼女たちは一体、どこまでこの土地に縛り付けられるのか」

 

「どこまで、その手を伸ばし続けるのか」

 

 

 

 

 

【■>小鳥遊ホシノ】

 

「ノノミちゃん。シロコちゃん。セリカちゃん。アヤネちゃん」

 

「可愛らしい子。私の、大切な後輩たち」

 

「あなた達だけは、きっと。私が守ってみせるから」

 

「人の悪意からも、世界の無常さからも」

 

「たとえ私がいなくなろうとも」

 

「たとえアビドスを亡くすことになろうとも」

 

「たとえ」

 

「背後の化け物を、使うことになろうとも」

 

 

 

 

 

【■>打ち捨てられた機械人形】

 

「……私は、あなただと決めた」

 

「ホシノちゃん」

 

「私は、決めたよ」

 

「たとえ一つだけの目になったとしても、私は」

 

「あなたを見ていよう」

 

「あなたの隣にいよう」

 

「あなたと同じように。

 私も、大切な後輩であるあなたを守ろう」

 

「いつか、また」

 

「あなたが心から笑えるようになる、その時まで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -Fin-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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