ヒナのメイド   作:新梁

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ヒナとメイド

 

 

 

 

 此処はキヴォトス、自治立高校ゲヘナ学園風紀委員会本部風紀委員長執務室。

 

「疲れた……」

 

 現在午前一時過ぎ、風紀委員長はパキポキと背中を鳴らし、大きく背伸びをした。

 

 ふあ、と大きな欠伸をし、目を擦る。少し手に付いた目やにをゴミ箱に落とし、机の上を眺める。

 

「……残りの仕事は、明日で良いわね」

 

 ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナ。

 

 本日……否、前日は定刻より二時間早い午前六時より出勤し、只管に仕事を熟し現在やっと本日分……否、前日分を終わらせた所である。

 合計勤務時間は約二十時間。ゲヘナの狂乱を真面目に正面から受け止めてしまえばこうもなろうというものである。

 

 部屋の電気を消し、目頭を揉みながら暗い廊下を歩き本部の外へ出る。

 

「ヒナお嬢様。本日の業務、お疲れ様です」

「ええ」

 

 いかに騒がしいゲヘナと言えど流石に静かな午前二時近くの街路。

 そこには、このゲヘナにはとても似つかわしくない黒黒としたリムジンが止まっており、そのドアの前にはこれまた黒黒とした長髪と黒から先端にかけてほんの少し赤みがかった大きな角を頭に生やした……クラシカルなメイドが頭を下げていた。

 

 まるで違和感の無い動作でコートを脱がされ、スゥッとエアー音と共に開かれたリムジンのドアの中にふらふらと吸い込まれたヒナは、中の怖いくらいにフカフカな座席にドッカリと座り込み、天を仰いだ。

 

「出して」

「畏まりました」

 

 静かなエアー音と共に閉められたドア。それから数秒後、ゆったりとした加速感を身体に感じた後、後部座席全ての窓に電動のブラインドが降り、上についていた電気が暗くなる。

 

 眠るほどの暗さではないが、蛍光灯の光に痛めつけられたヒナの目に優しい暖色の薄暗い光。

 

 車内にあったポットからカップに中身を注げば、それは少し湯気を立てる温かいレモネードであった。

 

 熱すぎず冷めすぎていない絶妙な温度のそれを一気に飲んで、やっと人心地ついたとばかりにヒナは大きな溜息を吐いた。

 

「今日のドリンクも美味しいわ」

『今日は特にお疲れのことと思い、蜂蜜多めのホットレモネードを。隠し味にほんの少量のシナモンと摩り下ろしたジンジャーを入れてあります』

「道理で。温まると思ったわ」

 

 褒めの言葉をポツリと呟いてやれば、運転席に繋がっているスピーカーから落ち着いた声で端的な情報だけが帰ってくる。

 

 それは、深夜に何時間も一人で勤務した身として少しだけ人と話したい、しかし雑談するほどの気力も無いヒナにとって絶妙な会話であった。

 

 朝の送迎はどうしても周囲の騒がしさが聞こえるが、此処までの夜中であればそれも無い。

 

(出来たメイドだわ……)

 

 そんな事を思いながら、ヒナの意識は暫しの間微睡む。

 

 

 

 フワッ、と身体にかかる減速力を感じ、背凭れから身体を起こすヒナ。

 

 あの一杯で満足だが、折角淹れてくれたものを粗末にするわけにもいかないからと思い傾けたポットからはレモネードの雫だけが落ちてきた。

 

「一杯分だけ入れてきたの?」

『本日のお嬢様は一杯で満足なされるかと愚考した次第です』

「完璧過ぎて怖いわよ」

『申し訳ありません、幾らお嬢様のおねだりであっても不完全なサービスだけは致しかねます』

「ふふ。意外ね、貴女にも出来ない事があるなんて」

 

 凄い発見だわ、と言うと同時に開くドア。

 

 リムジンを降りれば、この車には似つかわしくない学生用の安アパートがある。

 

「ありがと」

「勿体ない御言葉です」

 

 メイドに向けてそう言うと、カツンカツンと安い鉄板の階段を登る。

 

 眼下では誰も乗っていない筈のリムジンが自動的に駐車場に入っていくのが見えた。自動車庫入れ機能が付いているらしいと聞いたのは何時だったか。

 

 ヒナの気付かぬ内にいつの間にやら目的階に上がっていたメイドが、スッと部屋のドアを開けて頭を下げていた。

 

「お帰りなさいませ、ヒナお嬢様」

「ただいま」

 

 メイドの言葉に一言で返すと、暖房の効いたチリ一つさえ存在しない部屋に入る。

 

「じゃ、用意してくれる?」

「畏まりました」

 

 ヒナは家に帰った時の気分によって食事を先にするか風呂を先にするかを変えるタイプだ。

 そして、どうやってかこのメイドはヒナが何も言わずともその時どちらの気分であるかを確実に察するのだった。

 故に最早ヒナはあれしてこれしてと指示する事すら無い。

 現に、ヒナが進む方向とメイドが進む方向は全く同じであった。

 

 即ち、脱衣室。

 

「本日は随分とお疲れのご様子ですので、温度はぬるめにし、お嬢様お気に入りのラベンダーの香油を使っております」

「ありがと」

 

 浴室の扉を開ければ、追い焚き機能など無い筈なのにピッタリ適温の湯。ヒナが仕事を終わらせる時間を計算して入れたのだろうか。そんな事が可能なのか。

 

 手桶に湯を汲み、肩から掛けてみれば疲労の取れる温かさの中にラベンダーの微かな香りがする。

 

 ラベンダーの匂いは好みだが、あまり強すぎると鼻につくような感じがしてよろしくない。その点をヒナのメイドはよく把握しており、今まで不満に感じたことは一度として無い……が、そもそもの話彼女は今まで自分のメイドに匂いの好みなど話したことがあったろうか。最初の最初から自分の好みにピッタリの匂いだった気がするのは気のせいか。一度そう思えば彼女の心に疑問は尽きない。

 

 そんな事を考えながら身体を洗い、湯船に浸かって疲労を湯に溶かす事数分。メイドの声がドア越しに聞こえる。

 

「失礼します、お嬢様。お身体をほぐします」

「ええ、お願い」

 

 主人の返答に腕まくりをして風呂場に入ってきたメイドが、湯船のへりに乗せていたヒナの生白くホッソリとした腕を持ち、グッ、グッ、と按摩を始める。

 

 全身が尽く解され、ゆるゆるになっていく感覚を楽しみながら、ヒナは「ねぇ」とメイドに声を掛けた。

 

「どうされましたか?」

「今思ったのだけれど、私達ってそれなりに長い雇用関係(つきあい)でしょう?」

「ええ、ヒナお嬢様が副委員長に着任してからの付き合いでございます」

 

 湯船に波が立たないように慎重に、くすぐったくも、痛くもない、絶妙に気持ちの良い塩梅でヒナの足を揉み解すメイドはそう言い微笑む。

 

「私がお嬢様に自分を売り込んだのが始まりでしたね」

「そうね……」

 

 そう。このメイドはヒナが風紀()委員長になった時、『私の主をできるのはある程度地位のある方のみなのです』と不遜極まる態度で自分を売り込んできたのだ。

 

 まぁ結局のところそれはこのメイドが設定する強気過ぎる雇用金額を毎月継続して払える程に安定した収入を持っているのが宵越しの金を持たない主義なゲヘナ生徒達の中では彼女たちしか居ないという話だったのだが、まあその売り文句に興味を惹かれて一週間無料お試しコースを経由し今ではスッカリと私生活の全てを握られているヒナ自身としては、その値段に文句を付けられよう筈もない。

 

「それでね、私……貴女に不満を持った事が一度として無い事に気がついたのよ」

「勿体無い御言葉です」

「褒めてないわよ? 褒めてるけど」

 

 少し背中を起こして肩から背中にかけての按摩が始まる中、ヒナはメイドを問い詰める。

 

「ご飯の味の好みも、お風呂の温度も、休憩中に飲みたいお茶の種類に量、マッサージの強さだって、私のして欲しいピッタリを貴女は当ててくる。それも記憶が確かなら雇用初日から一度の狂いも無く……此処まで来るともう超能力みたい」

「仕方が無い事です。完璧(PERFECT)なメイドとはそういうものですので」

「ふぅん……凄いのね、メイドって」

「ええ、凄いのです」

 

 全身の按摩が終わり、全身ゆるゆるになったヒナの目元を覆うように冷水に漬けて固めに絞った手拭いを置き、メイドは風呂場を出て行く。

 

「はぁあ……」

 

 全ての疲労が完全に溶け出した感覚を味わいながら、彼女はもう十分ほど湯船に浸かっていた。

 

 

 

 ほこほこになったヒナが浴室を出て新品のようにふわふわのタオルで身体を拭き、当然のように完璧なタイミングで脱衣所に入ってきたメイドに化粧水と乳液パックで入念なスキンケアを施されながら髪を丁寧に乾かされた後、食卓についた彼女の前には深めのスープ皿が置かれた。

 

「今夜の夜食は滋養に良いコーンスープを作りました。熱いのでゆっくりとお召し上がり下さい」

「頂きます」

 

 普段ならもっと軽食感のあるものも出るのだが、今日は一段と業務が長引いた為かスープだけのようだ。

 

 夕食もほとんどきちんと食べられなかったから、折角ならしっかり食べたかったな……等というのは素人の発想だ。少なくとも彼女はこのメイドのする事に関してそのような意見を差し挟む事はしない。

 

 このメイドのやる事なす事に文句があるならそれを一度試してから言えば良い。試してみればどうせ文句など出よう筈も無いのだから。

 

 スープを一匙すくい、口元に運ぶ。

 

「……濃厚」

 

 つい溢れた私の一言に、メイドが笑顔で頷く。

 

 そう、コレはただのコーンスープではない。裏ごしされたスープの中に、コーンの甘さ、ようく炒められたタマネギのコク、かすかに香るニンニクの風味、そしてカリカリに焼かれたベーコンの香ばしさと沢山の旨味が凝縮されている。

 

 ただの消化にいいスープと思ったら大間違い。コレは本人の言う通り滋養に良いガッツリ系コーンスープだ。そして裏ごしが丁寧で飲み込むのに苦を感じない。いくらでも飲めてしまいそうだ。

 

(今日も私の負けね……ぐうの音も出ないわ。だけど、強いて言うならここにバケットの一つでもあれば……)

 

 と、思った瞬間台所でチン! と軽いベルの音が鳴る。

 

「どうぞ、お嬢様……つい先日近所でオープンした、新しいパン屋の窯焼きパンでございます」

「……隠してるなんて、意地が悪いんじゃない?」

「申し訳ございません」

 

 何も申し訳ないと思っていなさそうな顔で頭を下げるメイドに鼻を鳴らし、モッチリとしたパンを千切って、まずはそのまま一口。

 

 焼けた小麦の匂いが口を満たし、鼻に抜ける。

 

 もくもくとサクサクモチモチの生地を咀嚼し、次はスープに浸して食べてみる。

 

 あくまでも小麦の美味しさで勝負していたパンに味の濃いコーンスープが加わり、強い小麦の香りとコーンの味わいが複雑に絡み合って──

 

「美味しいわ……にしても、パンを自分で焼かないなんて珍しいわね」

「お嬢様は御職柄昼から夕方の営業時間が多いパン屋には行く機会も少ないかと愚考し、偶には本格的な窯焼きパンを、と考えた次第です」

「ありがと。偶にはこういうのも良いわね」

 

 スープとパンを一つ食べ終え暫くメイドと雑談を交わし、いい具合に腹がこなれたので歯を磨き、シワ一つ無いようメイクされた布団に飛び込む。

 

「おやすみ」

「お休みなさいませ、ヒナお嬢様」

 

 満ち足りた気分で目を閉じた私の肩にかかるまで布団乾燥機に掛けられた雲のように軽い羽毛布団を上げたメイドは、部屋の電気を消して私の胸のあたりをポンポンと叩きながら静かに子守唄を歌い始める。

 

「ねんねんころりよおころりよ〜♪ 、不良(ゲヘナ)は良い子だ寝ていれば〜♪」

 

 なんだその歌、と突っ込みたかったが、子守唄を聴くと眠ると条件付けされている身体は一瞬で眠りに落ちてしまったのだった。

 

 

 

 翌日、早朝にふとヒナの目が覚めた。

 

 その瞬間見えたのは、彼女の肩に手を置こうとしているメイドの姿。

 

 ヒナの肩に手が触れる寸前で固まった彼女に、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてやる。

 

「今週は三勝一敗。あと一勝で勝ち越しね」

「……完璧(PERFECT)なメイドの隠遁術を見破るとは、やはりお嬢様は只者ではありませんね」

「そうね、私は只者じゃないわね」

 

 ベッドから背を起こすと、冷気が身体を巻く前にメイドが毛糸で編まれた羽織を肩にかける。

 ベッドから降りると温かいモコモコのスリッパが置かれており、部屋のエアコンも既に起動している。

 

「……部屋の中に侵入されても起きられない時点で、私の負けみたいな所はあるけれどね」

「いいえ、業務を執行できていない時点でメイドとしては敗北でございます」

「真面目ね」

 

 ヒナが窓の外を見れば、爆発やら銃弾やらで全体的にボロい住宅街の向こうの空が白み始めている所だった。

 

「今は──」

「五時四三分でございます。睡眠時間は平均的ですね」

 

「今日の──」

「晴れのち曇りとなっております。最低気温はマイナス一度、最高気温は六度、降水確率はゼロです」

 

「今日は──」

「昨日の夜食のコーンスープ、それに蒸し鶏と温キャベツのピタサンドでございます」

 

「何か──」

「実はお嬢様用に新しいコロンを調合しました。是非本日使用して頂きたく」

 

「どんなの?」

「トップノートはラベンダー、ミドルノートはシトラス、ラストノートはローズウッドとなっております。甘過ぎる匂いが苦手なお嬢様でも気軽にお使い頂けるような、主張しすぎない穏やかな香りになったと自負しております」

 

「今の香水も気に入ってるけど……まあ、分かったわ。コートに入れておいて」

「既に入れてあります」

「そう」

 

 メイドから話を聞きながら、脱衣所に入る。

 

 本来水場であるここは朝には凍える冷たさになる筈が、スポットヒーターによってふわりと温かい気温にされている。

 肩からかけていた毛糸の羽織をメイドが回収し、一礼してから脱衣所の戸を閉める。

 

 ほんの数時間前に使ったばかりとは思えない水気が全く無い浴室で軽くシャワーを浴び、全身に軽くカミソリを滑らせる。

 

 朝一番のシャワーで脳を叩き起こした彼女がスッキリとした気分で浴室から出ると、完璧なタイミングで脱衣所のドアを開けたメイドにより数時間ぶりの入念なスキンケアとドライヤーを行なわれ、ちょっと抵抗しつつ体重計に乗せられる。

 

「マイナス百グラム」

「毎日聞いてる気がするけど、これ毎日やらなきゃ駄目?」

「毎日答えている気がしますが、体調管理もメイドの仕事ですので」

「別にいらないわよ」

完璧(PERFECT)メイドオールインワンパッケージで契約して頂いておりますので、契約上確実に遂行します」

「それだけ除けないの?」

「どうしても除きたいというのであれば一日八時間勤務残業不可の基本(BASIC)メイドパッケージまで内容を落とす事になりますが?」

「……これからもパーフェクトでお願いするわ」

「ご愛顧ありがとうございます」

 

 彼女は無駄に恭しく頭を下げてきたメイドの頬をキュッと軽くつねった。

 

「気分を害したわ」

「あらまあ、コレは一大事です。では気分を持ち直して頂くためにもお食事をしてはどうですか?」

「偶には貴女も一緒に食べなさい。御主人様の命令よ」

「御主人様に言われては従うしかありませんね」

 

 とか言いつつ既に食卓には二人分の食事が揃っている辺りがこのメイドの意味不明な部分だな、等と思いつつヒナはピシッとアイロンのかけられた一切の黄ばみが無いシャツに袖を通した。

 

 燻塩と胡椒、そしてハーブによる淡白な味付けのピタサンドはコーンスープによく合って美味しかった。

 

 

 

 メイドの手で軽く目の隈を消し、頬と唇にほんの少し赤みを差す程度のメイクを施されたヒナは、昨日と同じリムジンに乗って朝のゲヘナを眺めていた。

 

 今日のポットは昨日よりも重い。今日は二杯分入ってるなと思い、同時にこれに気づかなかったとは昨日の私は相当疲れてたなと判断する。

 

 中身は湯気の立つ火傷しそうなくらい熱い中煎りのコーヒーだった。

 

『お嬢様、本日も来ました。『定期便』でございます』

「突き放しなさい。コーヒーが零れないようにね」

『全く、無茶を仰る御主人様です』

「パーフェクト、なんでしょう?」

『ええ、完璧(PERFECT)でございます』

 

 そう言うと同時にスピードを増したリムジンの中で、ふと思い出してコートのポケットを探る。

 

 ポケットの中から出てきたデザインもへったくれも無いスプレーを自分のコートの裾に噴霧する。

 

 まず掌で軽く煽って匂いを嗅ぎ、それからコートの裾を自分の足元でひらひらと揺らめかせる。

 

 足元から立ち上ってくるその香りに、一つ頷いてから運転席に声を掛けた。

 

「このコロン、中々良いわね」

『自信作でございます』

 

 香水作りが趣味のメイドは、香水を褒められた時だけは絶対に『勿体無い』等と言って謙遜しないのだ。

 

 香水とコーヒーを楽しむ私の対面の窓ガラスの向こうで、高級リムジンを乗っ取ろうとバイクで迫ってきたヘルメット団のライダーがメイドのハンドルさばきについて行けずにクラッシュしていた。

 

 

 

 時刻は朝の七時丁度。学園の門前にリムジンが先程までのカーチェイスを全く感じさせない程にゆったりと止まり、静かなエアー音を響かせてドアが開く。

 

 毎日の事ながら校門前に居た真面目で早起きで絶滅危惧種な生徒達の視線を一手に集める登場だ。

 そこから出てきたヒナに、絶滅危惧種に近い真面目な生徒達は一斉に挨拶をしていく。

 

「おはよう」

「おはようございます、委員長!」

「おはようございます!」

「おはようございます!」

 

 一通りの挨拶を受けたヒナは、最後にチラリとメイドを振り返る。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃいませ、ヒナお嬢様。良い一日をお過ごし下さい」

 

 深々とお辞儀をしたメイドに「ええ」と返し、ヒナは一歩前へ進む。

 

 と、近くから悲鳴と怒号。そして強い敵意と殺意。

 

「空崎ィィィィ!!!!!」

()ねやぁぁぁぁ!!!」

 

 両脇からマシンガンを撃ちながらグレネードを持って特攻を仕掛けてくる不良を一瞥し、ヒナは溜息を吐いた。

 

「ヤレヤレね」

 

 戦闘が始まった。

 

 戦闘が終わった。

 

 結局合計十人近くに膨れ上がった不良達を全員雑草しか生えていない存在自体が不毛な花壇に奇怪なオブジェ*1として一人残らず突き刺したヒナは、執務室に行く前にトイレに入って僅かに乱れた髪を整えた後シャツをめくり、臍の下あたりにコロンを振り撒いた。

 

 パッとシャツを下ろせば、それほど風の巡りがないためあまり匂わず、しかしふとした時にその存在を思い出すようにふわりと香る。この部位に香水をつけるのは、ヒナのお気に入りであった。

 

 朝からこんな調子では、ちょっといいことでも無いとやってられない。

 

 トイレを出た時に(ヒナを見た瞬間咄嗟の直立不動体勢で)丁度入れ違った二人の女生徒が「風紀委員長香水変わってるじゃん」と小声で囁いているのを優れた聴覚で拾い上げ、心の中でフフンと鼻を鳴らす。

 

 その直後、「不良避けの風紀委員長匂い袋(ポプリ)、配合変えなきゃだわ」「朝イチで嗅げたのはラッキー、これで他バイヤーの一歩先を行ける」とカスの会話まで拾ってしまい、今度は小さく溜息を吐いた。私はチョコボか。

 

「……いっその事、今度アニマリック*2でも作らせようかしら」

 

 半ば本気でそんな事を考えながら、数時間前に出たばかりの委員長執務室の戸を開く。

 

「おはよう」

「あ、おはようございます委員長!」

「おはよ、委員長」

 

 丁度中で昨日書き上げた書類を整理してくれていたアコとイオリの脇を通って自分の執務机に腰掛ける。

 

 すると、二人がこちらを見ていることに気が付いた。

 

「……どうしたの?」

「いや、どうしたっていうか……委員長、香水変えた? 前はもっとこう……なんてーかほら……な? アコ」

「ええ、以前はサンダルウッド強い感じのちょっとスパイシーでクラッとくる大人な香りでしたけど、今回はかなり爽やかでフルーティな感じですね、とっても素敵です!」

「ウチのメイドが新しいのを作ったから付けてきたの。アコも付けてみる?」

「わ、良いんですか? ……あ、思ったよりラベンダー!」

「ああ、さっきはコートの裾に付けた奴が香ったのね。コッチは何十分か前に着けた奴だからミドルになってる」

「委員長のそのコートの裾に着けるやり方、結構香り広がりますよね!」

「室内で香りすぎると鬱陶しいからこうしてるの。ちなみにラストはローズウッドらしいわ。私も好きだけど、それ以上にアコ好みかもしれないわね、このコロン」

 

 どうにも香水だとかその辺りの事情に疎いイオリから見て親しい同僚が突然異世界言語で話し出した事に腰が引けていたが、放りっぱなしにされるのも癪だったので香水を付けた手首を嗅ぎながらはしゃいでいる二人の会話に割って入る。

 

「しかし、凄いよなぁ委員長は。そのメイドって雇うのにかなり金掛けてんだろ?」

「別に法外に高い……のは間違いなく高いけど、渡してるお金でサービスを充実させてくれているから。食費とかガソリン代とかの雑費全部込みでその値段」

「にしてもなぁ……七割くらい給料吸われてんだろ?」

「貴女も私の立場になれば分かるわ。自分自身の手入れを全て他人が自分でやる以上に完璧にやってくれることの素晴らしさが、ね」

 

 さ、仕事を始めましょう。

 

 そう言う寸前、窓の向こう、遠くが閃き、地面が揺れる。

 

 そして、数秒後に聞こえるドン、という低い爆発音。

 

「……出動ね」

「だね」

「もう! 連邦生徒会長が失踪してからこんなのばっかりです! ストレスでお肌荒れ……荒れ……!? 委員長何でお肌荒れてないんですか!? 委員長程働いてない私でさえ荒れてるのに!」

「お金かけてるもの……メイドが」

「うおすっげ……もちすべぷに……」

「ちょっとォ!? なにどさくさに紛れて委員長のほっぺ触ってるんですかしばきますよ!」

 

 そんな事を言いながら状況確認の為に部屋を出ていく三人。

 

 それから暫くして、チンピラに手出しされない安全な場所に車を停めたメイドが部屋に入り、残像が見える程の素早さで部屋の掃除とお茶の用意を進めていく。

 

「委員長のやつ、規模がでかいからって自分一人で行っちゃうんだからさぁ……あ、委員長のメイドさん、おはよ」

「おはようございます、イオリ様。モーニングティーをどうぞ。淹れたてでございます」

「お、ありがと……あのさ、メイドさん……香水って難しい?」

「作る人間としては難しいと言わざるを得ませんが、使う側の視点からすれば香水など、自分の好きな匂いを付ければ良いのです。私のオリジナルで良ければテストしてみますか?」

「あー、うん。お願いしていいかな?」

「お願いされました」

 

 ニコリと笑みを浮かべたメイドは、懐から数本のスプレーを取り出し、コピー用紙に次々吹き掛ける。

 

「まずはこちらが────」

 

「へー……あ、これめっちゃいつもの委員長の匂いって感じ」

 

「次にこちらが────」

 

「……あ! これ好き」

 

「あ! おはようございます委員長のメイドさん!」

 

「ええ、おはようございますアコ様。モーニングティーをどうぞ」

 

 

 

 ……ゲヘナ学園風紀委員長空崎ヒナは、メイドを一人雇っている。

*1
パンツ丸出しスケキヨポーズ

*2
動物性の香料を使った野生味のある匂い




ヒナのメイド

有能過ぎるメイド。契約金はべらぼうに高いが非の打ち所の無いサービスをする。ブルアカ本編に登場する際も『ヒナのメイド』表記。もしプレイアブル化しても『ヒナのメイド』表記。イベントによっては一時ヒナとの雇用関係を停止し『68のメイド』になったり『先生のメイド』になったり『万魔殿のメイド』になったりもする。いくら名前を知ろうとしても何故か絶妙に邪魔が入る。

キャラのモチーフは『北斗の子分』。
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