AimaYさん、観測者 樹さん、誤字報告ありがとうございます。
「連邦捜査部
「ええ、チナツの報告によればそんなものが出来るらしいわ。マカダミア」
「……で、その顧問になる『先生』がキヴォトスのライフラインを復旧させたと?」
「らしいわね。レッドベリー」
両手にペンを持ち、二枚の書類にチラチラ交互に視線を送りながら凄まじい勢いで必要事項を書き記す。
記入の終わった書類を脇に寄せ、次の書類を手に取るヒナ。彼女が少し口を開けた所に素早い手つきでメイドが茶菓子の赤いマカロンを投入。
爽やかなベリーの味がするそれをもきゅもきゅと食べつつ左手で
142センチという小柄中の小柄であるヒナに比べ、ヒナのメイドの身長は169センチと高めでありその所作も落ち着いた大人らしい振る舞いが多い。
そんなメイドがヒナに給餌する姿はあるいは子供の面倒を見る親のように見えそうだが……そんな印象などこの手際の前には浮かぼう筈も無い。
がっちり噛み合った絡繰歯車が如き一切の淀みやもたつき、ついでに言うと照れも無い最早芸術性すら感じる一連の「あーん」の流れを呆れたように見ながら、こちらもマカロンを自分でつまみながら作業の手を止めないアコはキーボードを叩きつつ情報を整理する。
「……つまり、もう連邦生徒会長の捜索は諦める、と?」
「と言うよりも、自分が失踪してからシャーレ発足までが生徒会長の描いたシナリオに思えるわね。一連の流れに無駄が無さすぎるもの。次は…………」
「お嬢様、差し出がましい事を言うようですが次をお迷いであればレモンなど如何でしょうか?」
「今日は自分で選びたい気分なのよ」
「それは*1承知しておりますが……ですがそろそろ面倒に感じてきておりますよね?」
「相変わらず気味の悪い察しの良さね……じゃあここからはお任せで」
「
そんな主従の会話とドシュウ、ビシャン、ズバババ、バッシュウッと書類の上をペンが走る格ゲーの斬撃SEみたいな音を聞きながら、アコは形良い眉根を寄せる。
「……エデン条約、大丈夫でしょうか」
「大丈夫にする為に私は出張してくるのよ」
本日終業後よりヒナはトリニティ自治区へと出張する。到着は明日になる予定だ。終業時点で既に明日だろとかは言ってはいけない。
「今回の出張で連邦生徒会が仲立ちせずとも両校の意思が一方向に定まってることを内外にアピールする……私がゲヘナを離れなきゃいけないのは少し不安だけれど」
「そもそも委員長が呼び出される側なのがおかしいですよ! こんなのって本来中立地帯にお互いが出向くものじゃないんですか!? あいつらゲヘナを舐めてるんですよ!」
「アコ、滅多な事を言わないで」
「いいえ言わせて頂きます! そもそも……っ」
ヒートアップしかけたアコの眼前に濃い赤色の水柱が立つ。
少なくなった彼女のカップを持ち上げ、見せつけるように頭よりも高い場所からポットを傾けて注ぐメイドに、アコの気勢は大きく削がれた。
「……冷めない内に、もう一杯どうぞ。ルイボスティーはカフェインが少ないですので、どうぞご遠慮なさらず」
「……ありがとう、ございます」
「話によれば、血圧上昇を抑える効果もあるのだとか。あるいは血の昇りやすい行政官様にはピッタリのお茶かもしれませんね」
「よっ、余計なお世話ですっ!!」
「アコ……これからストレス溜まるんだから今ぐらい静かに過ごさせて」
どうせこれから数日間、トリニティで針の筵に座ることが確定しているのだ。ならば今のうちだけでもゆっくりしておきたいと言うのが人情だろう。
それを理解するが故に、アコは渋々とその矛を収めた。
「……分かりました。もう言いません」
「たっ、大変です委員長!!」
二人が紅茶を飲むと同時に、バンッと力強くドアが開かれる。
そこに居た一般風紀委員は早送り(八倍速)みたいな動きで左右別々の書類を同時処理しながらメイドに茶を飲ませてもらっているヒナに一瞬たじろいだが、カップから口を離したヒナが「何かあった?」と呟いた事で我に返り『それ』を見せてくる。
「ぱ……
ヒナの怒りに抜け落ちていく表情を見ながら伝えるべき事柄を全て伝えた風紀委員は称賛されてしかるべきだろう。
ヒナから放たれる怒気に当てられ段ボールを置いて逃げていってしまった委員の代わりにアコがずっしり重い四箱を部屋の中に運び込む。
こんな尋常ではない量、一日で捌くには他の仕事を犠牲にしなければならない。
更にいやらしい事に、ヒナであればこの量ならば他の仕事を全て放り出せば普通に出来てしまう分量なのだ。だがそんな事をできないのは彼女が一番良く分かっている。ヒナが不在のゲヘナに一番不安を覚えているのは他ならぬ彼女なのだから。
言われた以上はこの書類を全て書き上げなければならないのは前提として、いくつかの……本当ならば出張期間中を見越してなるべく仕上げておきたかった……書類を頭の中で要不要に振り分ける。
このやたらとセコくみみっちい嫌がらせのやり方こそが、明らかにエデン条約に否定的な……そして、ヒナという存在に否定的な……ゲヘナ学園生徒会長の嫌がらせのパターンである。
机から立ち上がって段ボールを開き、中の書類を数枚取り出したところでメイドはヒナに耳打ちをする。
「如何様に?」
「私は今、とっても笑いたい気分」
「お嬢様の仰せの儘に」
無表情で段ボールから書類を取り出すヒナに一礼して部屋を辞したメイド。
ヒナのあまりの怒りように表情の引きつっていたアコは何度もヒナとドアを見比べた後、恐る恐る聞いた。
「……あの、委員長? メイドさんは、一体何を……?」
「決まってるでしょ……
最後の一つになったマカロンを自分で口に運び、ヒナは手に取った書類にサインをする。
ズシャァンッ!! と今日一番の速度と力強さで完璧なサインを叩き付けたヒナは、段ボールを全て己の机の上でひっくり返した。
「アコ、通常業務を続けなさい」
「は、はいっ!!」
「……滞り無く、ね」
「お任せくださいっ!!」
「……はぁ」
アコも、チナツもイオリも。勿論他の風紀委員の子達も、十分以上に頑張ってくれているのは理解している。
それでも、自分が、あるいは自分のメイドが、もう二、三人も居れば色んな意味でゲヘナは今よりグッと平和になるのにとヒナはつい考えてしまうのであった。
尚、数時間後の夕方頃。
メイドが私物の高画質ビデオカメラで撮影してきた『トイレでスカートを上げようとした瞬間壁の中の水道管が破裂し高圧水流が背中に直撃、中腰でめくり上げたスカートを腰辺りで押さえた体勢のまま顔面でトイレのドアを突き破る羽沼マコト議長』の動画を見たヒナのリアクションは、画面を横目で一瞥した後無言で一度鼻を鳴らすだけというしょっぱ過ぎるものであったという。
「……メイドさんってこんな事も出来るんですね?」
「これでもヒナお嬢様の筆頭使用人でございますので」
「雇用人数一名ですよね!?」
「ある試験の受験者が一人しか居ないのであれば何点を取ろうとその方がトップですし、今後何人の受験者が現れようとも私がトップには変わりありませんので何も問題はありません」
「純粋に自信が凄い!」
「ねぇ、お茶淹れてくれる?」
「既にこちらに。お茶請けはマドレーヌでございます、お嬢様」
「ありがと」
「勿体無い御言葉です」
お茶、とヒナは言ったがその実淹れられていたのはコーヒーで、ヒナはそのコーヒーを満足気にメイドの手から飲んで香りを楽しんでいる。
彼女的には今は紅茶よりコーヒーの気分であったのだろう。そして
「ねえ」
「御任せを」
一言で伝え、一言で応える。
ブラックコーヒーをすぐに飲み干したヒナのマグカップには、今度はミルクと二つの角砂糖が入ったカフェオレが淹れられた。
しかも、いつの間にかお茶請けも甘めのマドレーヌから素朴な味わいのする堅焼きのビスケットに変化している。
いつも通りと言えばいつも通りな効率化されすぎているやり取りに呆れたアコは、その手元にいつの間にか用意されていたコーヒーを一口飲む。
いつの間にか用意されていたそれは、砂糖控えめにミルク多めで当然のようにアコの好みに一致していた。
「メイドさん、とっても美味しいです」
「それは良うございました」
書類を捌く手も止めず目線すらも動かさないヒナの口にビスケットを運びながら器用に綺麗に一礼をするメイド。
マコト議長から送りつけられた嫌がらせは、既に一箱分が処理されていた。
それから暫く。印刷機並みのスピードで只管に書類を捌き続けるヒナを横目に、応接用のテーブルにメイドがコポポ……と茶の用意をし始めた。
ヒナのメイドは無駄をしない。そして今ヒナはお茶を飲みたい気分ではない。
つまり、彼女がそんな事を始める理由は一つ。
「来客かしら?」
「御慧眼でございます」
「誰も招いていないけど、本当に『客』なの?」
「私の知見ですが、『招いていない客』と『招かれざる客』の差は百万光年はあると考えます。それとも、追い返しましょうか?」
「会うわ、貴女のパーフェクトに免じてね」
「ありがとうございます、お嬢様。ご安心下さい、私のメイド
言い終わると同時に湯呑みに茶を入れ終わったメイドが風紀委員長室のドアを開ける。
「うわっ!」
「寒い中よくお越しくださいました、棗様。どうぞ中へ、ヒナお嬢様がお待ちでございます」
「……はは、相変わらずですね、委員長のメイドさん」
「
「あ〜〜っはは、考えときまーす」
「是非御一考下さいませ」
メイドの要望をサラリと流した
「温めておきました、どうぞこちらへお座り下さい」
客用の革張りソファの上にいつの間にか置かれていた湯たんぽを取り手で指し示す。
ポカポカに温められたソファに座って一息ついたイロハは、目の前に出された……というか用意されていた湯気の立つ湯呑みとお茶菓子の落雁を堪能し始める。
「あ、これなんですか? なんかスープみたいで美味しい」
「おや、棗様は昆布茶をご存じありませんでしたか」
「こぶちゃ? ……あ、昆布茶って事か。へー、昆布ってお茶にできるんだ……」
「ええ。まあそちらは梅の果肉を叩いたものが入っていますので正確には梅昆布茶ですね」
「いや何しに来たんですかっ!!?」
呑気な会話を楽しむ二人を遮り、アコがバンバンッと机を叩いて抗議する。
「わざわざ定時後にウチまで来てこの状況笑いに来たってんですか!? えぇ!? 今アナタたちのせいでコッチがどんだけ迷惑被ってるかわからないとは言わせませんよ!」
「あ、このお茶菓子も美味しい」
「
「話を!! 聞きなさい!!」
イライラし過ぎて銃まで取り出したアコに「部屋の中で発砲しないでよ」とだけ言いつけ、ヒナはイロハを睨む。
「だけど、そろそろ教えてほしいわね。まさかお茶しに来たわけじゃないでしょう? 貴女何をしに来たのよ」
「あ〜、はいはい。何をしに来たってそりゃあ……」
ギッ、とソファのスプリングを軋ませて立ち上がったイロハは、ヒナの机の上に山積みになっていたまだ何も書いていない書類をガッシと一掴み持ち上げパラパラと内容を一通り改めてから。
「えいっ」
部屋に設置されていた電気式のシュレッダーに投下した。
センサーにより紙類を認識した数百枚を一気に裁断できる業務用のシュレッダーがバリバリと紙を食う音をさせる中、イロハはその作業を何度か繰り返し、やがてヒナの手元の書類を出来上がったもの以外すべてさっぱり消し去ってしまった。
「メイドさーん、らくがんってやつもう一つあります? あと昆布茶のおかわりも」
「既にご用意しております」
「いや何してんですかァ!?」
「何って……処理の必要がないクソ書類を廃棄しただけですよ」
「アナタ達が寄越した書類でしょうが!!」
「言い訳にしかならないのはわかってますけど、私達じゃなくて議長が寄越した書類ですよ」
既にヒナが処理していた書類を取り、元の段ボールに戻す。
その分量は段ボール箱一箱と七割といった所。
「明日の朝に一箱見せて『コレが四箱玄関前に置かれてた』って言えば議長は満足しますし、今処分した書類の中の必要なデータはコッチでテキトーにやっときますんで」
「何のつもり?」
「いや、フツーに単純ですって……
ガルルル……と威嚇をやめないアコを尻目にお茶を楽しむイロハ。
そんなイロハの目に嘘がない事を察したヒナは、はぁ……と大きく溜息を吐いて肩を回した。
「私も昆布茶頂戴」
「既にこちらに」
「ありがと」
「あ、私も……」
「アコには午前中に出したお茶でも飲ませなさい」
「既にこちらに」
自分も昆布茶の相判に預かろうとしたアコの前にコトリとカップが置かれる。
そのカップは午前中に使っていたものであり、『血圧を下げる』とかいうルイボスティーが入っているであろうポットを持ったメイドがニコリと穏やかに微笑んでいた。
それを突きつけられたアコが捨てられた犬のような顔をしてメイドの顔を見上げると、彼女はニッコリと笑顔を浮かべるのみ。
ヒナを見れば、両手で湯呑みを包みこんで温かさを感じるようにしながら昆布茶を飲んでいた。
笑顔のメイドを見て、ヒナを見て、自分で急須を取ろうとしたらいつの間にか横に来ていたメイドに既におかわりを注がれていて度肝を抜かれているイロハを見て、アコはキレた。
「ええ!? キレたからですか!? キレたからですよね! 私そういうの良くないと思います! メイドさんも用意が早すぎます! 私の為に急須の他にわざわざティーポットまで用意して! 私も昆布茶で良いですよ!」
バンバンッと机を叩いて*2抗議すると、ヒナは溜息を吐いてメイドに視線を向けた。
「昆布茶淹れてあげなさい」
「既にこちらに。それと、実はポットは空でございます」
カポ、とポットの蓋を外せばそこには乳白色の乾いた中身があった。
主従に揶揄われた事を悟ったアコは震えるが、爆発前にヒナに釘を刺される。
「こっ……この……ッ」
「次銃抜いたら今度こそ別のもの飲ませるわよ」
「ふぐっ」
「それと、さっきの映像見せてあげなさい」
「宜しいのですか?」
「良いでしょ別に」
ヒナの許可を得たメイドがどこからとも無く取り出したビデオカメラを取り出す。
何かと覗き込んだイロハを確認して、メイドは先ほどの映像を再生する。
「棗様、お茶請けにこちらの映像をどうぞ」
「えっ……あれ? コレうちのトイレブオッッッッヒュオッ!!! *3」
「ちょっとぉ何吹いてるんですか!! 掃除するの私達ですよ!!」
「アコ様、掃除は私の仕事ですが」
「アコに紅茶出してあげなさい」
「いや、今のは違うんです! その……今のはアレです! 正当な抗議です!」
「アコ様、こちらをどうぞ」
「ああああ今度は中身入ってるぅ!」
「あ、あの……この映像コピー貰えます?」
「お嬢様?」
「……マコトにバラしたらその映像クロノスに送るわよ」
「バラしませんって」
「棗様、こちら
そこからまた数時間後、丁度日の変わる頃。スッカリと書類の少なくなった書類をさっさと終わらせたヒナはトイレにてメイドに肌のメンテナンスをされていた。
メイク落としで薄く施されていたナチュラルメイクを落としながら二人は会話をする。
「トリニティまではおよそ六時間となりますので、いつもより長めの睡眠が取れますよ」
「貴女もちゃんと寝なさいよ」
「仮眠時間を一時間入れた上での六時間でございます」
「そうなの」
「出発の前にシャワー等浴びられますか?」
「そうね、ちょっと浴びてくるわ……それと、トリニティの領土に入る前にも一応浴びておきたいのだけど」
「既に道中にモーテルを手配しております」
メイクを落としシャワー前に簡単な顔のマッサージを施されたヒナが執務室内に戻ると、ヒナがやりきれなかった作業を継続してくれているアコがこちらを見てか細く「委員長のすっぴん……」と呟いたので、ヒナは若干顔を隠しつつそそくさと部屋に常備してある着替えを手に取った。
「あんまり見ないでよ……」
「えっあっ……ごめんなさい! 新鮮でつい」
「普段とあんまり変わらないでしょ? 目の隈消すくらいしかしてない筈よ」
「等とお嬢様は言っておりますが、私の意見としましてはお嬢様の顔の生気の七割は私の手によって作られていると言っても過言ではないでしょう」
ヒナ的には割と聞き捨てならない言葉を聞いたので、シャワールームに向かいかけていた足を止めてメイドの方を向く。
「……そうなの?」
「ええ。ただ、私がしているのは顔に生気を足す事だけです。お嬢様は素顔がとても整っていらっしゃるのでそれだけで十分かと」
「……ふーん」
ほんのちょっと不満げにそう言ってシャワーを浴びに行ったヒナは、身体の汗を流した後、シャワールームにある鏡を見てムニィと頬を揉んだ。
「……そんなに生気無いかしら」
それを確認するには、ヒナの肌は流れる湯によって紅潮し過ぎていた。
「……そういえば私、暫く自分のすっぴんとか寝起きの顔を自分で見てないわね」
なんかコレはマズイ兆候なのでは? そのうち自分の世話を自分で出来なくなるのでは? そう思っても今更あのメイドを手放すなど出来るわけもなく。
「……風紀委員長を辞めた後、社会性のリハビリが必要かもね……」
憂鬱、と一言呟いてから、その気分を押し流すようにヒナはもう一度顔面から熱いシャワーを浴びた。
ヒナがシャワーを浴びている間も仕事を続けるアコの机に湯呑みと茶碗が置かれる。
「どうぞ、アコ様。緑茶と夜食のおにぎりでございます。右から鶏そぼろ、おかか、昆布の佃煮です」
「ありがとうございます、メイドさん」
少し笑んでありがたく夜食を受け取ったアコは、それを一つ手に取り一口食べる。
「……とっても美味しいです」
「それは良うございました」
握りたてで温かい、具の邪魔をしない程度にほんのりと塩気のある白米に磯の香りが鼻に抜けるパリッとした海苔、甘辛く炒めた鶏そぼろの味がうまく混ざり合い、ついつい顔がほころんでしまう。
種類多め、大きさ控えめのおにぎりをパクパクと食べ終わったアコは、ウェットティッシュで口元を軽く拭いながらメイドに対し少し沈んだ声を出す。
「……委員長がトリニティに行って、何が変わるんでしょうか」
「何も変わりはしないでしょうね。万魔殿が風紀委員に政治活動をさせない事は周知の通りですし、それはトリニティ側の情報網でも収集しているでしょうね。これは羽沼議長の『連邦生徒会長が居なくなった現在、エデン条約に本腰を入れる気は無い』という無言のアピールに近い……ですが、今この時点で条約を放り投げる事をしないのは……」
「……連邦捜査部シャーレ、ですか」
「ええ。生徒会長が自身の失踪を見越して作ったと思われるシャーレがどれほどの活躍をするのか。連邦生徒会長無き現在の連邦生徒会のように衆愚政治に埋もれるならばそれで良し、あるいはキヴォトスにおいて存在感を増していくというのであれば……議長もまたエデン条約を通じてかの組織に影響力を持とうとする事でしょう」
「議長にとっては、今エデン条約を進める利益が無い……」
「そうなるでしょうね。本来トリニティに対して良い感情を持っていない議長の事です。連邦生徒会長に代わるシャーレが無能であるというのならばエデン条約などやりたくは無いのが本音でしょう。そして、シャーレが有能であるというのならば今ではなくかの組織をちゃんと巻き込む形で条約を進めた方が利が大きい。ならば今は政治的に何の権限もないヒナお嬢様でも針の筵に放り込んでおいてそこそこの関係を維持しつつ最も有効なタイミングを待つのがかの方の為政者としてのやり方かと」
「そんなの横暴ですっ!!」
「しかし正しい事です……ゲヘナの政治的トップの判断としては。だからこそお嬢様も文句は言えど逆らう事をしないのですから」
憤怒の言葉を流しつつおにぎりの乗っていた皿を回収するメイドを見送り、アコは暫しの間手を止めた。
「……シャーレ……か」
アコのその呟きも、誰も拾う事は無かった。
「憂鬱だわ」
「心中お察しします」
シャワー上がりピッタリに更衣室に入室してきたメイドによって全身のマッサージとスキンケアを施された後にゆったりとしたスウェット姿に着替えたヒナはメイドにぶつくさ文句を垂れながらリムジンに乗り込んだ。
「トリニティの領土に入る前に一度モーテルに入り身嗜みを整える手筈となっております。そこまで凡そ四時間半程はご休息頂ける予定でございます」
「うん、お願いね」
クリスタル製のショットグラスに入れられた尿意を催さない程度の量の白湯を一口で飲み干し口内を潤し、車内後部にある寝袋を取り出したヒナはその中に潜り込む。
芋虫と化したヒナの寝袋をテキパキと車内各部のアタッチメントに固定して走行中に転がらないようにしたメイドは、最後にヒナの目元にホットアイマスクを取り付けてから主人に見えない礼をする。
「おやすみ」
「お休みなさいませ、お嬢様」
良い子も悪い子も眠るゲヘナの夜。その闇に紛れるような黒黒とした車のヘッドライトが灯る。
「燃料満載よし、空気圧適性よし、ルート暗記よし」
メイドは大きな木製のハンドルを緩く握りながら鼻を鳴らす。
「内蔵銃器点検よし、飛行用エンジン点検よし、体調よし」
「……さてと。
ドアのポケットに入っていたCDケースから一枚抜き取ったメイドはカーオーディオにそれをスルリと飲ませる。
ヒナには届かないように完全な防音を施された運転室内には、彼女の趣味であるパンクロックの力強い歌声が響き始める。
座席の真下に取り付けたウーファーからビリビリと迸る、身体の表面を震わせるような重厚な低音に乗ってトントンとハンドルを人差し指で叩きつつメイドはアクセルペダルを踏み込み、彼女自身が整備した八リッターV型十気筒エンジンは寸分の狂いなく燃料を燃やし始める。
そうして誰にもその姿を見せぬままに、ゆっくり静かにヒナを載せた車は走り始めた。
メイドの銃は外装に黒の本革を張り金糸をあしらったFMG-9であるものとする。
本編のヒナってどこに出張してたんだろうね。