着地の衝撃で舞い上がった砂塵が月光に照らされ、辺りを覆う幻想的な幕となった。鈍色の装甲でそれを引き裂き、機械仕掛けの巨人は現れる。
どこか猛禽を思わせる人型機動兵器ことアサルトフレーム〈ウルラ〉は、ブースターから噴き出す蒼炎に背中を押されながら標的に肉薄、取り付けた装置から青白い光の奔流が迸る右腕を振るった。
それは、電磁場で成形した刀身に超高温のプラズマを満たしたプラズマブレードだ。
細身の〈ウルラ〉とは対照的に重厚な装甲を纏う〈スペリオル〉は、横薙ぎに振るわれた青白い光に触れたそばから溶融していく。フレームごと断ち切られた胴体がずるりと落ちた。
砂が舞い、赤熱した断面でジュッ、と音を立てる。
『なんだ……襲撃か!?』
警備の小隊が応戦するより早く〈ウルラ〉は発射機から発煙弾を放った。
空中で炸裂した数発の大口径カートリッジは赤外線まで遮蔽する白煙を生じ、混ぜ込まれたチャフの存在もあって、機械の眼から鈍色の猛禽を隠す。
搭載されたシステムが画像認識に切り替えて再び捕捉するまでの一瞬。それは十分すぎる時間だった。
白煙の中で光が瞬いた。
次いで、〈ウルラ〉が煙幕の中から姿を現す。左手に握られたそれはショットガンだ。
右手ごとライフルを破壊された〈スペリオル〉は頭部の機関砲で回り込む機影を追った。曳光弾混じりの銃弾の嵐は、蒼炎を貫くばかり。
再び砲口で光が瞬くと、タングステンのペレットが頭部のメインセンサーを壊滅させる。
『援護!』
『射線と被ってるんだよ! どけろ!』
『クソが──』
巨大な杭が胸部装甲に突き刺さってコックピットを潰した。運動エネルギーミサイルと呼ばれるそれは、高速で射出された大質量による破壊という至極単純な原理の、安価な兵装の一つだ。
実体兵装に高い耐性がある〈スペリオル〉の装甲とて、音より速い大質量を防ぐことはできない。
『この動き……コイツ、強化人間だぞ!』
『嘘だろ、なんでこんなところに!?』
プログラムとAIではできない生物的な動き。
神経系に相互的に作用するナノマシンを定着させるマン・マシン・インターフェース、ネクサスと呼ばれるそれを用いて人間の脳と機体の処理装置を直結した強化人間であることは、一目瞭然だった。
ギャンブルじみた手術と引き換えの戦闘能力は、そのリスクに相応しい圧倒的なものである。
青い軌跡を残して砂塵を巻き上げる鈍色の塊。その左肩の発射機から杭が打ち出され、応戦する〈スペリオル〉の左肩を抉った。
出血するようにオイルが漏れ出す。損傷はインナーフレームにまで及んでいた。
嫌な軋みを上げて循環が絶たれると、爆砕ボルトに点火、機能を喪失した左腕を吹き飛ばした。メインシステムが自動的に重量バランスを再計算、動的姿勢制御システムを補正する。
小刻みに機体を左右に揺らしながら肉薄する〈ウルラ〉はライフルを構えた隻腕の〈スペリオル〉を前にして急停止、その場でぐるりと回転し、足で砂を巻き上げた。
同時に煙幕が展開され、〈スペリオル〉のシステムは標的を見失う。
その中から砲弾が飛来し、装甲を殴りつけた。牽制の意図が見えていても、やはり撃たれる恐怖というのはどうしようもない。
鈍色の猛禽は砂の幕を切り裂いて姿を現した。腕のない左側へと。右手のサブマシンガンを背部ウェポンハンガーに戻し、僅かな距離を詰める。不気味に輝くセンサーが赤い光を残す。至近距離から放たれた散弾が胸部装甲を殴り、貫通には届かずとも、醜い陥没を穿った。
衝突、青白い閃光が反対側まで機体を貫く。
右足を軸に後ろに半回転、左足を軸にもう半回転。くるりと一回転してずれると、背中の装甲が割れて放熱板がせり出した。
蒼炎が背部ブースターから噴き出した。反作用が機械仕掛けの巨体を吹き飛ばし、最後の敵に突撃。
『クソ、来るな、来るなぁ!』
弾雨をすり抜ける〈ウルラ〉の背部コンテナから何かが射出された。六つの輝きは独立して飛んでいく。後退する〈スペリオル〉はライフルと頭部機関砲の両方をやたらめったら撃ちまくり、実にその半分が空中で爆散、即ち撃墜された。
裏を返せば、半分が到達した。〈スペリオル〉の周囲で静止。そして、一層強く輝いた。
溶断されたライフルの弾倉が誘爆、巻き込まれた〈スペリオル〉の右前腕が吹き飛ぶ。頭部機関砲も焼かれて誘爆、センサーに深刻な障害を生じた。関節が溶け落ちてアクチュエータが機能を喪失。
『何がっ……!?』
視界を失った〈スペリオル〉にはもはや知る由もないが、それらはビット兵器と呼ばれる小型の支援端末だった。
使い捨てのレーザー・ビット。
プロペラと化学スラスターの複合型推進方式、ネクサスを介した思考制御とAIによる補正で動くそれは、いわゆるオールレンジ攻撃が可能だ。センサーや武装、関節を狙うといった運用が主である。
残り僅かな燃料を使い切ってビットが〈スペリオル〉に特攻。バッテリーが爆発を起こした。
サブセンサーへの移行が完了し、ひどく粗いモニター映像で視界が回復したときには、既に〈ウルラ〉は目の前まで肉薄していた。
青白い光の奔流が振り抜かれた。
重厚な装甲がバターのように切り裂かれ、赤熱した金属を撒き散らしながら、機械仕掛けの巨人は砂漠へと倒れ込んだ。
◆
ビール瓶とグラスを手に、男はカウンターに突っ伏していた。くたびれた革のジャケットにしわくちゃのジーンズ、刈り込まれた頭には、チタン製の脳殻を貫通して脳まで埋め込まれているソケットが剥き出しのまま。
強化人間、それも旧世代型の生き残り。
一目見て分かる外見だ。誰もが近寄ろうとせず、遠巻きにひそひそと内緒話をするばかり。
ジーンズのポケットの中から、不意にコール音が響いた。男は緩慢な動きでまさぐり、ポケットにやっとの思いで手を突っ込んで、ボタンを押した。
『仕事が入った。至急だ』
「あぁ……そうかよ。んで、迎えは」
『……チッ、また酔い潰れていたのか。まあいい。とっととアルコールを分解して素面に戻れ。足は用意しておく。
「はいよ。……はぁ、これで足りるかい」
「……まいど」
尻ポケットから取り出した札を雑にカウンターに叩きつけ、男は立ち上がった。
戦闘の負荷に耐えるために神経系を除く肉体の大部分を機械化された男にとって、アルコールや毒物というのは人工肝臓でほんの数十秒で分解しきれるものである。二日酔いとはおさらばして久しかった。
モーセが海を割るかのように、人混みは男を避けていく。厄介ごとは関わらないのが一番の対策だ。この捨てられた大地の人間はよく分かっていた。
砂漠の夜は寒い。バーを出た瞬間、乾いた冷たい風が男を迎えた。そして同時に目の前に止まったタクシー。嫌な音を立てるそれは、今やスタンダードと化した電磁ブレーキではなく、物理ブレーキであることを示していた。
「お客さァん……今日は、どちらまで?」
不機嫌そうな運転手は、男を一目見るや否や態度を一八〇度ひっくり返した。
強化人間。生身であれば致死的な加速度を伴う戦闘に耐え、反応速度を向上させるための強化処置が施された肉体は、もはや人間とはかけ離れている。
かつて多発した強化人間による犯罪は、そのいずれもが極めて凄惨なものだった。
恐怖は、未だ社会に深く刻まれていた。
男はただ目的地を告げた。そして思い出したように札を数枚差し出し、一言。
「
◆
いかにも重そうなシャッターを片手で押し上げて、男はジャケットを脱ぎ捨てた。
背中を切り開いて胸椎を黒く染めたような禍々しいそれは、旧式のネクサスを象徴する装置だ。端子を突き刺すことで脊髄に定着したナノマシンとやり取りをするためのコネクタと言っていい。
このグロテスクな見た目も強化人間への抑圧の一因である。そうして社会が拒み、この末に多発した凶悪犯罪。旧世紀の帰還兵問題と同じだ。
キリストの時代を終わらせ、滅びつつあるゆりかごから旅立って尚、人は変わらなかった。
強化人間手術なんて不利な博打、受けたくて受けたわけじゃないし、戦いたくて戦うわけじゃない。
ただ、選べる立場になかった。そうしている内に取り返しがつかなくなった。男も、そういった大勢いる強化人間の一人だった。
戦争のために人を捨てた怪物は戦争のためにしか生きられない。戦争の中にしか生きる場所は無い。
男はハンガーラックに掛けられた機械仕掛けのベストを着込む。
電気信号で繊維が収縮、密着して位置を固定すると、コネクタに端子が突き刺さる。これを機体側のコネクタに接続する事で、脊髄と処理装置が接続される。擬似信号を送り込む事で反射を利用する有機的な姿勢制御システムはネクサスの特徴の一つだ。
転がしてあった戦闘機のそれにも似たヘルメットを被り、顎紐を締めて固定、ボタンを押すと端子がソケットに挿入される。
随意運動、つまり銃を向け、地面を蹴り、そして強化人間にさえ備わっていないブースターによる戦闘機動を司るのは、やはり脳だ。
脊髄と脳、不随意と随意。この二つが機体の処理装置と直結されて初めて、ネクサスは機能する。
ドアを押し開けてガレージに繋がる通路を歩いていく。その奥、開けっぱなしのドアを潜り、入り口近くの壁のスイッチを殴るようにして押す。
バンバンバンと大きな音を立てて電球が点灯し、白い光が鈍色の猛禽を照らした。
それは〈ウルラ〉と呼ばれていた。極端な軽量化による機動性の向上と火力の増強をコンセプトとし、装甲強度は最低限。生存性度外視、ただひたすらに敵を屠るための機体にして、男のために最適化された機械仕掛けの肉体である。
安全柵すら無いリフトに乗り込んで上昇ボタンを押す。モーターが唸り、およそ八メートルの垂直上昇。男を〈ウルラ〉のコックピットへと持ち上げていく。
そして止まるとほぼ同時、開け放たれたままの胸部ハッチからコックピットに飛び込んだ。
多機能ディスプレイを叩いて最低限のシステムを起動。ベストとヘルメットを座席に叩きつけて機体側のコネクタと接続し、鎖骨あたりのソケットへ、薬液注入用のチューブを挿入する。
いくつか種類があるが、生身の部分、すなわち神経系に作用するものばかりだ。まともなものじゃない。
手首ほどもある太いパイプをベストのソケットに接続。機体の人工心肺装置から義体の心臓に人工血液が流れ込む。強制的に循環させることで加速度による様々な障害を防止するのだ。強化人間とて、機能はともかく生身部分の強度は人間と大して変わらない。
ネクサスが起動、一切のモニターを排したコックピットに代わり、脳内に情報を直接送り込んできた。
〈MAIN SYSTEM ACTIVATION〉
その文字と同時、視界が強制的に切り替わる。赤色灯が薄暗く照らす狭いコックピットから、ハンガーの景色へ。ナノマシンが視覚を司る部分を直接刺激しているのだ。
『来たか。ミッションのブリーフィングを始める』
回線越しにコールサイン『ハンドラー』がそう告げて、視界に資料を表示した。
砲身を空に向けた巨大な大砲の写真。確か、対軌道迎撃砲といったか。宇宙から落下してくる物体を迎撃するためのレーザー砲だ。
その横に地形図が現れる。高原が河川の浸食作用で削り取られたらしいここは峡谷や卓状地が多く、迎撃砲とエネルギー施設は、その最も高い場所に配置されていた。
矢印が峡谷内を走り、そして迎撃砲の周辺に広がる平原を突っ切って突入。
言わんとしていることは、すぐに理解した。
「峡谷でレーダーを回避、ギリギリまで近付いてから一気に強襲。そのためのエクステンション・ブースターか」
『ああ。このポイントでサブブースターをパージ、そのまま最高速度で迎撃砲の最小射程距離まで突っ込め。ダミーのドロップポッドで本命だけは引き付けてやる』
「ありがたいことだ」
迎撃砲が単体で配置されているはずもない。その周囲は他の兵器で固められているだろうが、男は言及しなかった。
鏖殺すればいい。自分にはそれができるのだから。
『ブリーフィングは以上だ。突入に合わせて広域ECMで通信とレーダーを妨害する。それ以上の支援は無いと思え』
「了解した。……待て、ウェポンハンガーのこの武器は何だ?」
『そいつは
レーザーガトリング。サブマシンガンの代わりにウェポンハンガーに懸架されていたそれは、どうやら新型の兵装らしい。一体どんな経路で調達しているのか。知る必要はないし、知ろうとも思わなかった。
エクステンション・ブースター接続正常。
全兵装異常なし。
「〈ウルラ〉、出る」
ゆっくりとゲートが開いていく。月はとうに沈み、暗視装置が必要な闇がその向こうにある。
男は手元の操縦桿、そのトリガーを引いた。
電流が迸った。足先にフックを引っ掛けたシャトルを電磁力が発進させ、機体が急加速する。次いでペダルを目一杯踏み込んでエクステンション・ブースターに点火。
その勢いのままに〈ウルラ〉はカタパルトから打ち出される。
束ねられたロケットブースターから噴き出す炎の勢いがより一層強くなり、鈍色の鳥は飛び立った。
◆
一筋の黒煙が引かれていく。
背中に接続されたエクステンション・ブースター、いくつかの大推力のブースターを束ね、空に向ければ重力を振り払えるそれを水平に向けたものは、〈ウルラ〉を推力だけで飛ばしていた。
噴き出す炎が岩壁を焼き、谷底を流れる川の水面で派手な水飛沫を上げる。
《作戦エリアに突入。オペレーション、フェーズ2》
『峡谷を出れば迎撃砲の射程だ。警戒しろ。広域ECMアクティベート』
通信がノイズで埋め尽くされた。妨害電波で機能しない通信回線は切断。
ぐい、と機体を引き上げて高度を上げ、峡谷から出る。左右は岩壁、下は川という状態から一気に世界が広がった。赤茶けた地面と黒い空、流星の如く落下してくる無数の輝き、そして真ん中に鎮座する、作戦目標が見えた。
岩壁に衝突して死ぬことはなくなったが、ここからが本番だ。台地の上は何もない。尤も、隠れたところで意味はないだろうが。
《サブブースター、使用限界。パージ》
燃料を使い切ったサブブースターが切り離された。部品が空中で細かく分裂し、空気抵抗で急減速、瞬く間に〈ウルラ〉から離れていく。
メインブースターに点火。速度が上がる。
ちらりと見れば、レーダースクリーンの一面を反応が覆っていた。これもECMで機能していない。余計な情報として、男は自分の視界から消す。
微かな恐怖と高揚。神経系に定着したナノマシンがそんな感情を検出すると、機体は首元のチューブから薬物を注入した。
複数種類の薬物を混合したコンバット・カクテルと呼ばれるそれは、中枢神経を刺激して所謂ハイにし、かつ過剰な作用は抑制し冷静な行動を可能にするという、夢のような薬物だ。
そんなものに副作用が無いはずもなく、旧世紀の大戦では大勢が廃人となった。今や強化人間専用だ。
遠方で光が迸るのが見えて、次の瞬間、落下してくるドロップポッドのいくつかが花火と化した。
対軌道迎撃砲。極めて高出力のレーザーを放つそれは、宇宙棄民政策の象徴であり、密航者を阻む最後の障壁だった。
特定の波長に特化した防護塗料では迎撃砲のマルチスペクトルレーザーは防げない。そもそも当たれば塗料ごと一瞬で蒸発する出力だ。それが拡散照射されるのだから、どれほどの脅威となるか。
いくつも存在する迎撃砲の一つを破壊することで迎撃網に穴を開けるのが、今回の作戦だ。
迎撃砲はしばらく空に釘付けだろう。あれらが全滅する前に接近する必要があった。最小射程距離に入ってしまえばこっちのものだ。
宇宙棄民政策。人類の大部分が宇宙へと進出──もとい棄てられ、惑星や小惑星のハビタットやスペースコロニーに押し込められ、枯渇した地球内部に代わって、ごく一部の特権階級のために宇宙から資源を獲得するというそれ。
地球に残ったのは一部の特権階級と、貴重な地球外の居住区画を使ってまで棄てる価値すらなかった最底辺の人間だけだ。
そういう連中は適当な再開発地に押し込め、死ぬまで待つ。
目論見は外れ、こうして何世紀と世代を交代しながら生きているわけだが。
男の祖先も棄てられさえしなかった側だったが、中央政府に恨みを抱いたことなどなかった。不干渉を貫く政府など自分の世界に存在しえない。存在しないものをどう恨めばよいのか。
圧政を象徴する迎撃砲さえ破壊するべき目標でしかない。
それは単なる仕事であって、宇宙の連中が何を考えていようと、明日の飯にありつけるのなら何でもよかった。
迎撃砲の根本から接近する白煙が見えた。操縦桿のスイッチを押せば、天使の羽のように展開される大量のフレアとチャフに誘引されたミサイルが空中で炸裂し、対装甲弾頭は見当外れの方向に冷間鍛造された超高速のライナーを射出する。
レーザーガトリングを構え、照準システムを最大望遠に。発射機に狙いを定める。
四つの砲身が回転、不可視の光線が射出された。高出力のパルスレーザーが砲身状の発振器の冷却すら間に合わないペースで吐き出される。
爆炎。発射機のいくつかが破壊されたらしい。
再び天使の羽を広げてミサイルを避ける。レーザーガトリングを構えて白煙の先端へ指向、第三波のいくつかを撃ち落とした。
兵装を切り替える。ECMの影響を受けないINSモードの十二連装ミサイルが二つ、つまり二十四発。
トリガーを引いて一斉射撃。ホットローンチされたそれらは孔雀の羽のように展開され、事前に設定された範囲へと飛んでいく。
無数の白煙は一度高度を上げ、数秒の燃焼で音速を超えるまで加速した後、重力の手も借りて地面へと滑空──着弾。迎撃砲の周辺で二十四発のミサイルが炸裂した。空中に拡散した燃料に点火することで広範囲を焼き払うサーモバリック弾頭だ。
アサルトフレームのような装甲兵器は破壊できずとも、眼となるセンサー類は深刻なダメージを負う。
《ミサイル、残弾なし。パージ》
《目標ラインに到達》
《エクステンション・ブースター、使用限界。パージ》
背中で接続ボルトが内蔵の爆薬で破砕された。制御システムが機体のブースターへと切り替わり、バラバラに分解されたメインブースターを置き去りにして、〈ウルラ〉は迎撃施設の敷地内へと突入した。
砂塵を巻き上げて着地。レーザーガトリングをウェポンハンガーに懸架。
全身が焦げた〈ヒューロン〉に至近距離でショットガンを撃ち込む。比較的薄い胸部装甲は致命的な陥没を穿たれた。
ライフルを構えようとしていた〈スペリオル〉はプラズマブレードで斬り捨て、別の機体には散弾を叩き込みつつ、迎撃砲の弱点を探るべく周囲を旋回する。
──これは、本体をぶっ叩くしかないか。
巨大な戦車といえばいいのだろうか、アサルトフレームを容易く撃破できるであろうサイズのそれの砲身を斬り飛ばし、照準装置をプラズマブレードで焼いて、〈ウルラ〉は一度上昇した。
周辺施設をいくら潰しても、ここに本体が鎮座している限りは本質的には解決しない。
せめてどこかに叩くべき弱点でもないものか。
男は一瞬考えると、砲身の根本にレーザーガトリングを放った。赤熱する部位に散弾、更に運動エネルギーミサイルを二発撃ち込む。
爆発物でも背負ってくるべきだったか。尤も、そんな余裕はなかったが。
レーザー・ビットを二つだけ射出。同じ部位に数発撃ち込んだ後、燃料に余裕があるうちに特攻。辺りに炎をぶち撒ける。
嫌な軋みと共に砲身が傾ぎ始めた。高温で焼かれた基部が、重量を支えるほどの強度を失ったのだ。
地鳴り。巨大な砲身が地に堕ちる。
終わってみれば呆気ない。ゆっくりと着地し、〈ウルラ〉は信号弾を空へと撃った。緑色の閃光は作戦終了の合図だ。
全翼の航空機にも似た、超低軌道の希薄大気でプラズマ推進する監視衛星が見失っていなければ、すぐにでもECMは解除され、ハンドラーとの通信が回復するだろう。
『……EC……解……。作戦は完了だ』
「意外に呆気なかったな」
『いいや、新手が接近中だ。広域レーダーで捕捉している。速いが、ミサイルの機動ではない。アサルトフレームだ。強化人間だろうな』
「冗談じゃねえぞ」
『三機だ。逃げるか殺すかだ』
チッ、と舌打ちをして、男はデータリンクで送られた情報で敵機の位置を確認する。
左右が先行。囲むつもりだ。
このだだっ広い平原で振り切るほどの速度は出せない。逃げれば背中から撃たれるだろう。つまり、戦う以外の選択肢はない。
レーザーガトリングをウェポンハンガーへ。
左右の二機が急上昇、崖下から姿を現した。フットペダルを踏み込んで加速。少し遅れて正面の一機が現れると同時、〈ウルラ〉は新型らしき機体と正面衝突した。
「まず一つ」
抵抗されるより早く脇腹にプラズマブレードの発振器を突きつけ、起動。プラズマが細身のフレームを溶かし、溶けた金属とプラズマが激しく飛び散る。どこか〈ウルラ〉に似た機体は、悶えるかのように手を伸ばし、そしてぐったりと動かなくなった。
機能を停止した残骸を突き飛ばし、〈ウルラ〉は峡谷へと落下していく。レーダー上では残りの二機が反転して追ってきていた。
二対一。強化人間という本来大きなアドバンテージは、ここでは対等に戦うための前提に過ぎない。つまり数で劣るだけ不利だ。ついでに強化人間としての世代も劣っていると考えたほうがいい。各個撃破に持ち込まねばならない。
地面まであと僅かというところで、背中の放熱板がせり出す。ブースターが派手な蒼炎を吐き出し、〈ウルラ〉は砲弾のように加速した。
推力にものを言わせた強引な高速飛行は、旧世代とはいえアサルトフレームの中でもハイエンドモデルである〈ウルラ〉に特有のものだ。
人型という制約の中で突き詰められた空力特性に、重量を極限まで削り、かつ高推力のブースターで高い推力重量比を実現したそれは、コストに見合う、戦域支配とさえ言われるほどの性能を示すも、皮肉にも性能の表れである高いコストのせいで──高すぎるコストのせいで普及しなかった。
狭い峡谷内で機体を左右上下に振り、岩壁で装甲を擦りながらも紙一重で砲弾を躱す。
修理費が嵩むな、と男が鼻で笑う傍ら、レーダー上では敵機がジリジリと距離を詰めてきていた。頃合いだろう。この峡谷は並んで飛べるほどの広さはない。縦列で追っていているはずだ。
迎角を上げて上昇しながら発煙弾を射出し続ける。一筋の白煙。視界を白煙で、レーダーをチャフで遮られながらも、敵機はまだ追っていた。
機体を捻って上に離脱、〈ウルラ〉はショットガンを構える。白煙の先頭を切り裂いて、漆黒の機体が飛び出した。
「もう一つ」
その背部ブースターに狙いを定めて引き金を引く。タングステンのペレットが直撃、空のショットシェルが排出されて宙を舞い、もう一発。
黒煙を吐きながら漆黒の機体は落ちていく。
ビットを二つ射出して各部の関節やブースターを焼けば、ただの金属の塊と化して、まともな抵抗もできないまま重力で速度を増しながら落下していく。姿勢制御用のブースターでは推力は到底足りない。
この高度から落ちればいくら強化人間でも無事では済まない。万が一に死なずとも、あの損傷では戦闘は続けられないだろう。
あと一機。
突然、白煙の中から砲弾が飛び出して、〈ウルラ〉の装甲を掠めた。音だけで位置を特定したのかと感嘆しながら、重力に引かれるままに落下。発煙弾を使って着地の瞬間を誤魔化し、強引に飛び立つ〈ウルラ〉は峡谷を更に進む。
一対一なら得意に持ち込んだ方がいい。機動性を活かした戦闘、つまり広い場所が望ましかった。
広域レーダーによればこの先に開けた場所があるらしい。決戦はそこだ。激しさを増す追撃を巧みに躱しながら、〈ウルラ〉は加速する。
被弾──痛いという感覚だけを遮断された仮想の痛覚を背中に認識する。ブースターが破損したらしく、機体がぐらりと揺らいで嫌な回転を始めた。
考えるより早くブースターを停止し、前部ブースターで減速。
いや、足りない。すぐさまショットガンを手放し、すぐそばの岩壁に左腕を突き立てる。
触れた瞬間にマニピュレータが千切れ飛び、尚も押し込めば肘が逆方向に曲がり、やがて前腕が捥ぎ取られる。薬物で引き伸ばされた体感時間の中、何かの部品が飛び散り、ちぎれたケーブルはさながら筋繊維のように見えた。
《警告:重大な損傷を検出》
《レーザー・ビット、残数なし。パージ》
《KEM、残弾なし。パージ》
左腕を犠牲にしてモーメントを相殺、そのまま半回転し空中でビットを放つ。同時に最後の運動エネルギーミサイルを発射。背中ではレーザー・ビットのコンテナが、左肩では発射機がパージされる。
僅かな隙に破損した方を基準に推力を調整し、失った左腕の分、機体の重量バランスも再計算。
敵機の頭部から曳光弾の輝きがビーム光線のように伸びて、ビットは二つとも撃墜された。しかしそちらは陽動、肝心の運動エネルギーミサイルは、ライフルを持っていた右腕を上腕で抉り取る。
十分だ。牽制に頭部機関砲を撃ちながら、蛇行しつつ後退。
撤退はしてくれない。というのなら、殺すしかない。それが一番手っ取り早いのだから。
左の前腕を覆う仮想痛覚、左肩と背中に違和感。
ダメージレポートでは推力偏向ノズルがやられていた。推力も低下、状況はあまりよろしくない。
峡谷の終わりが近付いて、残った発煙弾の半分をばら撒いて煙幕を展開する。そのまましばらく後退。
機関砲、弾薬僅か。パージは──いや、不要だ。手数は少しでも多い方がいい。
〈ウルラ〉は右腕のプラズマブレードを構える。敵機も、見間違えでなければ左腕にブレードを装備していたはずだ。
その構造上、プラズマブレードで切り結ぶなんてことはできない。封じ込めるための電磁場の刀身が干渉で綻び、高温のプラズマが漏れ、互いの装甲に無数の穴を穿つだけだ。
レーザーガトリングで遠距離戦、というのも難しいだろう。装甲にはレーザー防護が施されているだろうし、それを剝がさない限り、携行できる程度のレーザー兵器は効かない。
なら、リスクを冒してでも短期決戦の方がいい。
決着は一瞬。
峡谷の出口を覆う白煙を切り裂いて、漆黒の猛禽がその姿を現す。
最後に残された発煙弾とチャフを全て発射。〈ウルラ〉の周囲を白煙が覆う。〈ウルラ〉は動かない。
左腕からプラズマが迸り、漆黒の猛禽はそれを横薙ぎに振り抜いた。
爆風が白煙を吹き飛ばした。それは、精々弾薬や推進剤程度しか爆発する部位を持たないアサルトフレームにしては、あまりに不自然な現象だ。
バラバラになった砲身が地面を穿った。
レーザーガトリング。ウェポンハンガーから放り出されたそれは、主に代わってプラズマブレードで溶断され、バッテリーが爆発したのだ。
次の瞬間、黒い猛禽は右からの横合いの衝撃に吹き飛ばされた。大した強度ではない互いの肩の装甲がひしゃげ、フレームが歪み、とうとう機能を失った左肩を〈ウルラ〉はパージする。
仰向けに転がった敵機の左腕を踏み潰す。頭部機関砲の残弾を使い切ってメインセンサーを破壊。
コックピットハッチであろう黒い装甲が歪んでいるのが見えた。腕を踏みつけたまま、膝立ちの姿勢になった〈ウルラ〉はその隙間にマニピュレータを突っ込み、無理矢理にそれをこじ開ける。
「……少年兵か」
そこには少年の姿があった。怯えたように防御姿勢をとっている。
しかし、精密センサーが捉えたその姿は間違いなく強化人間のそれで、この機体は間違いなく今まで殺し合ってきていた相手だ。
どうせろくでもないプログラムの産物だろう。ありふれた話だ。
突き立てられた右腕、地面まで貫いた青白い光の奔流。プラズマがコックピットをぶち抜いた。赤熱する金属が飛び散り、まるで死ぬかのように、漆黒の猛禽はセンサーの輝きを失う。
〈ウルラ〉がマニピュレータに付着した金属を振り払えば、胸にはぽっかりと穴が開いていた。
「〈ウルラ〉よりハンドラーへ、敵機を殲滅した」
『ひどくやられたな。……まあいい、よくやった。帰投しろ』
回線越しに、男はいかにも苦々しそうなハンドラーの声を聞いた。
首元のチューブが動いて、また別の薬剤が注入されると、脳の奥がすっと冷えていく。
地平線の向こうから昇りつつあった太陽に背を向け、万全の状態よりいくらか速度を落としつつも、
部品の調達にしばらく苦労するだろうな、などと思いながら。