プロローグ/彼の者
列車の中には、二人だけがいた。
誰もいない座席に沈黙が広がり、窓の外から差し込む夕日の光が青空と溶け、車内を柔らかく染めている。車輪の振動が足元をわずかに揺らす以外、すべてが静止しているかのようだった。
彼らは何も言わなかった。ただ、お互いの視線がふと交差するたびに薄く笑うのだ。夕日の光が二人の間を静かに揺らめき、列車の振動とともに揺れている。
立ち上がることも、列車を降りることもできたはずだ。少女には無理でも、男には。
だが、彼は降りない。
目の前の少女のために。託された願いのために。
そして、彼は静かに呟く。
「……なにがダメだったんだろう」
伸ばせるはずの手は、届かない。助ける道はあるはずなのに、それは霞のように指の隙間をすり抜けていく。それでも、彼は諦めない。諦められない。……それが、大人の背負うべきものだから。
そう呟いた瞬間、彼の姿はかき消えるように薄れていった。目の前の少女が、血に染まりながらも苦しそうに微笑んだ。白んでいく視界に包まれながら、彼の意識はゆっくりと沈んでいく。
そして彼は、もう一人の乗客の存在に気づくことはなかった。
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「はは……バカみたいだよな……」
少年は、消えた男と斃れた少女を背に、静かに言葉をにじませた。
少年の脳裏に、焼き付いた記憶が蘇る。
四肢を切り落とされ、人を殺し続ける兵器
大人に解剖され捨てられた内蔵物
赤く染まる空と、変わり果てた化け物
「何回やっても、ダメなんだ……。
どこで間違えた? ……何が足りない? ……俺の努力が……足りないのか?」
少年の記憶に、否応なく焼き付く。
助けたくて暗躍した日々を
一人でも無理難題に取り組んだこと日々を
「違うよな……足りないんじゃない……。
俺だけじゃ……無理なんだよ……」
記憶が、想起する。
間違えながらも満ち足りた日々が、否定されるのを
どんなことだって笑えたあの青空が、赤く染まるのを
「……だけど……それでも俺がやらなきゃ、誰も……!」
数々の悲劇が、喉元を焼くように込み上げる。
思い出したくもないのに……。
なんで俺が。何で俺ばかり。何で…アイツ等が。…でも。
「…時間、か」
車体が加速し、窓の外が一瞬、白い光に包まれた。
それと同時に車内も激しく揺れだし、手に足に胴に頭に激しい痛みが走る。痛みが引いた頃に顔を上げれば、見慣れた場所に降り立っていた。
彼は状態の認識を終えると、いつもどおりに呟くのだ。
「─────今回こそは、必ず。」
短くてすみません。