クァラントトーリ   作:ぬらりやん

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2話

 あの全校集会から一週間、失踪者はさらに四人、報道されているだけでも行方不明者は二十を数える。登下校中の警戒態勢はますます強化されていた。

 

「君、ちょっといいかな」

「は、はい?」

「見たところどこかの生徒さんだよね? 今は登校中?」

「はい、三高、いや第三高校の一年です」

 

 巡回中の警察官が声をかけてきた。最近は登下校の際、警察を頻繁見かける。

 俺の家は学校からすぐの距離にある。よって自転車通学になるのだが、一人でいる姿が気にかかったようだ。

 非常事態とはいえ、毎回聞き取りされるのも面倒だ。次からお母さんに送迎をお願いするべきか。

 

 

***

 

 

「一生に一度のおねがいだからぁ!」

 

 放課後、早々に家へ帰ろうとした俺にハッシが縋り付いてきた。

 

「ちゃんと利子付けて返すからぁ! 今までもそうしてたろ!?」

「声がデカいっていってんだろ! 変な目で見られるだろうが! 財布くらいちゃんと持って来いよ!」

「マチカちゃんのグッズ今日までなんだよォ」

「知らねえよ!」

 

 このアイドル狂い、俺を都合のいい財布と勘違いしているのではないか。

 教室中から奇異の視線が集まる。

 奴にも奴の、俺にも俺のほしいものがある。

 俺の手元にある金は残り僅か。ここで許してしまえば、次の小遣いは来月頭。待ちに待ち続けた『魔法少女☆プリティ☆このみ』のグッズ一式は大きく遠ざかる。

 クラスメイトのヒソヒソ話があちこちから耳に届いた。

 

 キモ。

 缶バッチ!

 陰キャ。

 ぬいぐるみ!

 イカレてる。

 Tシャツゥ!

 

 このまま目立ち続けるのも面倒だ。

 最終的に俺の心は折れ、天秤はクラスメイトからの人物評へと大きく傾いた。ごめん、このみちゃん。埋め合わせは必ずする。

 ハッシは今まで借りた金を、きちんと利子付きで返している。今回も大丈夫だろう。金は増えて帰ってくる。そうこれは投資だ。必ず儲かる投資。そう自分に言い聞かせ、泣く泣く了承した。

 

「おぉ、心の友よぉ!」

「わかった! わかったからもう離せ、気持ち悪い!」

 

 ハッシには俺が必死に貯めた小遣いのうち、四千円を与え、返さなければ縁を切ると念を押して伝えた。

 あいつは涙ながらにウンウン頷きながら聞いていたが、心に響いていたかどうかは不明だ。

 あいつ、誘拐されないかな。

 搾り取られ、げっそり瘦せ細った財布を無感動に眺める。

 先の一幕で教室にいたクラスメイトは逃げ帰っていた。

 もの悲しさを覚えながら、母に今から帰る旨をメールしようとしたその時。画面が白く染まった。そして一面が奇天烈な文字で埋まる。原因は十中八九、あのバグアプリだ。

 初めてこのバグを確認してから、アンインストールなど俺にできることは試してみたが、すべて徒労に終わっている。サポートセンターからの返信もまだない。幸いといっていいかわからないが、スマホに異常は見られないため、ずっと放置を決め込んでいた。

 ただそこにあるだけだったアプリ。向こうからのアクションはこれが初めてとなる。

 解読不明な文字群が、使い慣れた日本語へと変化していく。

 

『やまもとはじめ、ちに。おくりものをうけとってください。つくえのなか』

 

 最近のコンピュータウィルスは引き出しの中に詐欺サイトを仕込むのだろうか。

 冗談交じりに机の中をまさぐった。

 筆箱、教科書類、それと。

 

「なにこれ?」

 

 こんなものいつ入れたのだろうか。

 とても小さい透明なガラス製の瓶だ。外側は恐ろしく複雑な装飾が施され、中は赤い液体で満たされている。

 得体の知れないものをマジマジと観察していると、スマホの文章が変化した。

 

『わたしをのんで』

 

 不思議の国のアリスかな?

 ポンッという気持ちのいい音とともにふたを開け、手で仰ぐようにニオイを嗅いでみる。

 

「うぐッ!?」

 

鼻が曲がるほどの刺激臭だ。化学の授業で使用した薬品を想起させ、とても人間が口にできる液体のニオイとは考えられない。

 まさかハッシの仕業だろうか。あいつはついに人の机に劇物を仕込むまでに落ちぶれたか。

 なんにせよとても飲めるようなものではない。

 臭いがこれ以上充満しないように小瓶の蓋をきつく閉め、カバンの中にしまい込み、教室を後にした。

 

『わたしをのんで』

「勘弁してくれよ」

 

 スマホの画面は何をしても消えない、切り替わらない。

 バグアプリに負けて、うちの老兵がついに力尽きたか。長年の戦友がいなくなり非常に残念だが、スマホを買い替えるいい口実ができた。

 一度家に帰って母さんに相談しなければならない。

 足早に階段を降り、一階の正面玄関へと向かう。

 この学校はなぜか、一年の教室が最上階に置かれている。よって、移動教室の際、一年生はヒイヒイ言いながら、学校を縦横無尽に駆ける必要がある。

 階段を足早に下りながら、妙に遠い一階に苛立つ。

 

 やけに遠い、いや遠すぎないだろうか?

 

 もう三階分の階段は下りたはず。それなのに一階にはたどり着かない。この学校には地下などないはずなのに。他にも異常な点はある。

 息を切らしながら、辺りを見回す。

 周りが妙に紅い。今は夕方で橙色となった日に照らされて然るべきだが、それを加味し ても赤が濃い。階段を下りて廊下の窓から外を見ると、そこには変貌した空があった。血の色で染まった空と、今にも落ちてきそうなほど地上に近づいている月。

 

「なんだよ、これ」

 

 常軌を逸した光景に唖然としていると、教室へ入っていく人影が見えた。恐らく巡回中の教師だろう。

 胸をなでおろし、急いでその人影を追う。

 第三高校は県内屈指の進学校ではあるが、公立のため施設自体は年季が入っている。生徒の清掃などで最低限の体裁を保ってはいるものの、校内を歩けば至る所にシミや傷などを見かけるはず。そのはずなのだが。

 驚くほど綺麗だ。いや病的と評してもいい。

 

「す、すみませーん」

 

 暗い教室にいる人影へ声をかける。

 何をしているのだろうか。

 その人物は立ち尽くしたまま、動かない。

 妙に耳が遠い人だな。

 

「すみません!」

 

 先ほどよりも声を張る。

 今度こそその人物は振り返った。ゆっくりとその相貌が明らかになる。

 

 あれ目は?

 

 その人物には目がなかった。次に気づく、鼻も、口も、耳もない。髪も頬も表情も。

 そこで気づく、その人物は人物ではなかった。何かが絡み合って頭という部位を真似ていた。

 

 

 ひた。

 

 

 近づき始めた。

 本能で一歩下がる。

 

 ひた、ひた。

 

 暗がりから抜け、一糸まとわぬ白濁色の全身が赤い月光に暴露になる。

 おぼつかない足取りでまた近づいた。

 

 かぱっ、くちゅ。

 

 絡み合った何かが粘っこくほどけていく。

 頭部は咲き、無数の触手となる。そして、中心にはひときわ大きな触手があった。

 それはどんどん大きくなる。

 眼前を埋め尽くす。いや違う、迫っている。

 喰おうとしている。

 

「うわあああああ!」

 

 そこで俺は我を取り戻した。

 教室を飛び出し、全力で走る。

 走る。走る。走、る。は、し?

 

「なんで! なんで!?」

 

 どこまで行っても景色は変わらない。

 階段と同じだ。俺は囚われていた。

 窓をこじ開け、叩き割ろうとするが、びくともしない。

 

 ひたっ。ひたっ、ひたっ。

 

 体力ももう限界だ。大粒汗を額に浮かべ、息を切らす。

 どこまでも静寂に包まれたこの空間で響くのは、肩で息をする音と死の足音だけ。

 

「だれかっ! だれかぁ!?」

 

 ふり絞った声が空しく響き、返ってくる声はない。

 心身共に限界を迎えようとしたその時だった。

 胸元からだ。震えを感じる。しかし、心臓の音でない。

 すぐに制服の内ポケットを探った。

 

『はやくのんで』

 

 バグはこんな状況でも催促を繰り返していた。

 いや、もしかしたら、この状況を作り出した元凶こそ、こいつなんじゃないか。普段の俺なら鼻で笑うような推測にたどり着く。

 カバンの中から小瓶を引っ張り出した。相変わらずそれは禍々しい雰囲気を纏っていた。

 思い返せば、一連の異常の始まりにあったのはこのアプリだ。

 

『のんで』

 

 もはや猶予はない。

 この悪夢から解放されるならなんでもやってやる。

 意を決し一息で飲み込んだ。

 

「んぐっ!? おぇッ」

 

 想像を絶するマズさにえずいた。いったい中に何を入れていたのか。

 いや、味などどうでもいい。

 スマホへ必死に縋り、次を待った。すでに文字は消えている。代わりに現れたのは黒い点だった。他には何もない。

 やはり俺の思い違いだったのか。心が再度絶望に傾き始めた俺だったが、ふと違和感に気が付いた。

 足音が止んだ。

 恐る恐る怪物のほうへ視線を向けると足を止め、更にはふらつき始めているではないか。

 助かる?

 暗雲に一筋の光が差した。

 ここまでくればもう乗り掛かった舟だ。スマホを凝視し、次の指示を待つ。だが、俺へ与えられたのは、指示でも救いでもなく背中を刺す強烈な痛みだった。

 

「なん、だよっこれ!」

 

 身体を掻き抱き、悶絶する。

 痛みは動く。背中から右肩、右腕へ伝わり、末端へ。身体に穴を穿つように、手の平からすべての指に拡がった。そして痛みは実体となって現れる。手から溢れ出た無数の大小様々な紅い欠片。それは次第に形を成し、先端の尖った棒へ変異した。

 言っているのだ、これを使えと。

 怪物は覚束ないながら着実に襲い掛かってくる。膝を支えに立ち上がり、敵を前に見据えた。内から刺す痛みは留まるところを知らず、意識までも奪う勢いだ。

 もうやる、しか、ない。

 

「うっぐおおオオォオオ!」

 

 半ば狂乱状態となり、杭を怪物の胸に叩き込んだ。

 全身に伝播する生々しい手ごたえと、生温かいもの、甘い匂い。

 それを最後に俺の視界は暗闇に沈んだ。

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