葬送のフリーレン×ワンパンマン   作:コッコリリン

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こんなの冷酷非道な大魔族アウラ様じゃないわ! ただのアホの子よ! と思われた方は申し訳ありません、諦めて読んでください。

ところでアゼリューゼって魔物とか動物とかに効くんスかね? 教えてエ〇い人!


第1話 ヒーロー ②

 

 

 

 

 沈んでいた意識が浮上していくのを感じる。最初に覚醒したのは聴覚で、パチパチと何かが爆ぜる音を捉えた。そうして薄っすらと瞼を開いていくと、ぼやけていた視界が少しずつクリアになっていく。

 

「う……」

 

 目に飛び込んできたのは、オレンジ色の光。真っ暗な天井。それだけで、今どこにいるのか判断できずにいた。だが、次に襲い掛かってきた感覚が、自身の———アウラの記憶を呼び起こす。

 

「っ、ぐ、ぅ……!」

 

 頬を貫く激痛と、身体を蝕む鈍痛。何故こうもボロボロなのか最初こそわからなかったが、アウラの脳裏に浮かぶ、意識を失う直前の光景。

 

 ハゲ頭。一撃で倒れるグロース。服従させる筈の魔法が通じないことによる焦り。そこからの、容赦のない顔面パンチ。

 

(わ、私、生きてる……?)

 

 グロースを一撃で葬ったパンチを食らって、アウラはまだ命があることに驚き、そして安堵する。だがそれも疑問によって不安へと切り替わった。

 

(どうして生きているのかしら……?)

 

 首切り役人たちのみならず、グロースをも倒したヒーローを名乗る男、サイタマ。破壊力だけでなく、人間にあるまじき頑丈さ。その上、まさか服従させる魔法(アゼリューゼ)をも無効化するという異端さ。そんな男に、アウラは確かに殴り飛ばされた。それは頬から感じる痛みが証明している。

 

 なのに、こうして生きているのは何故か……それは、アウラが生かされるように手加減された以外他ならない。

 

 何故、どうして……そんな疑問にアウラが支配されそうになった時、ふと気づく。

 

 何かが、足りない。身体の一部が無くなったというのと似てるようで違う、身体の大事な部分がない……それが何なのか理解するのに、時間はかからなかった。

 

「……え」

 

 身体が気怠い……その原因は一つ。かつて、最初にグラナト伯爵領へ攻め込む前にとある者たちと戦った時の記憶が想起される。

 

 仲間たちと共に人類を守るために剣を振るい、人々の希望の象徴たる存在であった人間、勇者。その勇者と戦いアウラ自身の油断によって切りつけられ、致命傷を負った……その時、血と共に失ったもの。

 

「ま、魔力が……ない!?」

 

 魔族にとって強さの源でもあり、強者の証でもある魔力。それがごっそり、無くなっていた。その衝撃は、飛び起きてしまう程だった。あまりのことで頭がフラついたが、今はそんなことどうでもいい。

 

(何故!? 何故魔力が……っまさか!?)

 

 アウラの中にあった魔力が消えた原因。サイタマに殴られた衝撃でアウラが気を失う直前、口から何かが噴き出していくかのような、そんな感覚があった。まさにかつての勇者に切られた時と同じようなことが、再びアウラに降りかかったということだ。

 

 だが今回は、以前とはまた訳が違った。何故ならば、アウラの中にある魔力はもう、ほとんど空に近いような、それほどの魔力量しか残っていないことを自覚した。

 

(そんな……ようやく魔力が回復したと思ったのに、また失ってしまったというの!?)

 

 勇者に敗北してからも鍛錬を怠らないでいた結果、半世紀以上かけてようやく全盛期を上回る程の力を手にした。だというのに、それを失ってしまったばかりか、まさかかつて失った魔力以上に消えてしまうなど、魔族のアウラにとってはまさしく悪夢そのものだった。

 

(こんな魔力じゃ、人間はおろか、小動物程度……よくて弱い魔物程度しか操れないじゃない……!)

 

 魔力の量によって左右されるアウラの服従させる魔法(アゼリューゼ)にとって、この事態は深刻と言わざるをえない。今のアウラは魔族の中でも最弱、或るいは非戦闘員の村人程度の魔力しか持たない……過去一最悪な状態と言わざるをえなかった。

 

 愕然と、頭を抱えるアウラ。だが、彼女の不幸は終わっていない。

 

 

 

「おーい、そろそろいいかー?」

 

 

 

「っ!?」

 

 横から間延びした声がかかる。その声に聞き覚えのあるアウラは、肩を跳ね上げる程に驚く。

 

 まさかと思い、そちらにゆっくりと振り向いていく……その予想は当たっていた。

 

「あ……あなた……!?」

 

「おう、おはようさん。つって今は夜だけどな」

 

 そこにいたのは、アウラをこんな状況に追い込んだ張本人、ヒーローを名乗る謎の男サイタマ……なのだが。

 

「……何、してるの」

 

「え、晩飯作ってんだけど」

 

 何故か、城の石材を使った即席の竈に火をかけ、その上に鍋を置いてその前に座りながら何かを煮込んでいた。

 

「ば、晩飯?」

 

「そ。お前の手下がせっかくスーパーで安く買えた白菜とかネギとか、他にも色々めちゃくちゃにしてくれたからさぁ。勿体ねぇから無事な奴かき集めて鍋にしてんだよ」

 

 卵はダメだったけどな、と言いつつお玉で鍋の中を掬い上げる。それは野菜やら何やらがごった煮になった代物だった。

 

「あそうそう、今更だけどお前ん家の鍋とかお椀とか借りてるからな。比較的綺麗なやつ。ってか台所汚すぎるし、しかも広いから探すの滅茶苦茶大変だったんだからな。掃除しろよな掃除」

 

「…………」

 

(……何なの、こいつ)

 

 アウラは思う。この男、掴みどころがなさすぎる、と。

 

 城に迷い込んで襲撃を受け、それを退けたばかりか敵の首魁たるアウラを気絶させ、挙句その敵対していた相手の横で夕餉の支度をする……全く理解できないし、誰も予測できないだろう行動。

 

 アウラは人間についてある程度は理解していたつもりだった……だがこの日、アウラの中にある人間という概念がよくわからなくなった。多分、この男が特別おかしいというだけなのかもしれないが。

 

「あぁ、あとさ……お前、頭の角大丈夫か? まぁ原因俺なんだけどさ」

 

「は?」

 

 角と聞いて、そういえば妙にフラつくと思い、そっと頭部に手をやった。そこにはいつものアウラの角がある……筈だったが。

 

「……折れてる……」

 

 愕然と、アウラは呟いた。右側の角が、魔族の証でもある角が、半ばでへし折れていた。殴られた拍子に倒れてその時に折れたのだろう、道理で頭のバランスが若干悪い筈である。痛みこそないが、見た目は完全に不格好でしかない。

 

 魔力もなければ、角までない。他の魔族が今のアウラを見たら、確実に嘲り笑うのは目に見えている。アウラはかつてない程の惨めさに打ちのめされ、力無く項垂れるしかなかった。

 

「……なんか、すまん」

 

 相手が悪人といえど、あまりに凹んでいるアウラを見て、流石のサイタマも居た堪れなかった。思わず謝罪してしまう程に。そんな彼に恨みは抱けど反論する余裕もないアウラは、ただただ暗いオーラを纏っているのだった。

 

 

 

 

 数分後、魔力と角を失ったことによる衝撃からある程度戻ったアウラは改めて周りを見る。今いる場所は、慣れ親しんだ玉座の間の中心。すぐ近くには、グロースがサイタマ目掛けて斧を叩きつけていた陥没した床がある。光源は、サイタマが鍋を熱するのに起こした火だけだった。

 

「……あなた」

 

「あん?」

 

 落ち着いたアウラは、疑問を口にする。もっともその声には以前のような高慢さは欠片もなく、力が全然入っていなかったが。

 

「何故、私を生かしたの?」

 

 敵であるアウラを生かす、その理由。何故配下のように一撃で倒さずに手加減したのか……その狙いを、アウラは探る。と言っても、アウラは何となく察する。

 

 アウラは『七崩賢』として、その名を人類に知らしめている大魔族。そんな存在はすぐに排除するか、或いは賞金目当てに領主に突き出すかだろうと。

 

 まぁ、別に探るも何もなく、サイタマは呆気らかんと答えたのだが。

 

「いや森から出るのに案内役欲しいなーって思ってたし」

 

「……」

 

「……」

 

「……へ? え、それだけ?」

 

「他に何かあんだよ?」

 

「いや、私を領主に突き出すとか……」

 

「え、何? お前突き出したらなんかもらえんの?」

 

「それは……」

 

 と、答えかけたところ口を噤んだ。

 

(いや、自分を不利にするようなことは言うべきじゃないわね……)

 

 領主に突き出されたら確実に処刑される。どうもこの男はアウラのことを知らない様子、ならばこの状況を逆手に取らざるをえない。

 

「べ、別に何も……」

 

「ふぅん。まぁ、お前悪人だし、人殺すのに躊躇い無さそうだから、本来ならぶっ飛ばすべきなんだろうけどな」

 

 お玉を口元に寄せて息を吹き付けてからある程度冷まし、一口。「お、うまい」と喜色にはらんだ声を上げるサイタマ。

 

「でもまぁ、俺森の出口わかんねぇし、ていうか家の帰り道もわかんねぇし、この辺わかってそうな奴がお前くらいしかいねぇし……とりあえず、森出るとこまで案内してくれよ。その後のことはどうするか考えっから」

 

「…………」

 

 何を言っているんだこの男は……そう思ったアウラは、口をあんぐりと開けた。

 

 この男は……魔力が抜けた今、その辺の弱小魔族並の力しか持っていないとは言え、仮にも七崩賢の一人である自分を、よりにもよって森へ出るまでの案内役として使おうとしている。

 

 普通の人間はそんなこと考えない。なんとも奇天烈で、それでいて腹立たしい男であった。プライドが高いアウラにとって、これ以上の屈辱はない。

 

(こ、この男……っ!)

 

 だが、口には出せない。何せこの男には魔法が通じない。使えたとしても、逆にアウラが操られてしまう可能性が高い程に、今のアウラに魔力はない。

 

 第一、使う使わない以前にこの男は強い。パンチ一発でももらったら最後、アウラの身体は一瞬で肉塊へと変わるのは想像に難くない。逆に逃げようとしても呆気なく捕まるだろう。それがわかっているからこそ、敵である筈のアウラに頼んでいることは明白だった。

 

 ならば、今はこの屈辱に耐えるしかない。

 

(まぁ、いいわ……精々調子に乗ってなさい。魔力が回復した暁には……!)

 

 いずれアウラは、魔力を回復させる。前回は半世紀以上かけてようやく魔力を回復させたが、今回はもっと時間がかかるだろう。それこそ100年か、或いはそれ以上……長寿の魔族であるアウラには大した時間ではないが、人間であるこいつは、その時には老衰でもういない。かつての勇者と同じだ。

 

 そうなればもう遮る者は、今度こそ誰もいない。魔力が回復した暁には、死者の軍団をさらに増やし、グラナト伯爵領を今度こそ攻め落とす。

 

「……いいわ。案内役くらいやってあげるわよ」

 

 故に耐える。例え魔族としてのプライドが傷つけられて死ぬほどの屈辱を受けたとしても、魔族としての生存本能が生を選ぶ。

 

 来たる日のために人間相手に下手に出てやろう……そうアウラは決意する。

 

「おう、サンキューな。アフアフ……」

 

(フフ……今の間にその間抜け面を晒しておけばいいわ)

 

 椀によそった鍋の具を頬張る男に、アウラはほくそ笑む。最後に勝つのは、己であると確信しながら。

 

「あ、ところで」

 

「……何?」

 

「お前名前なんだったっけ? ゴリラ?」

 

「ア、ウ、ラ、よ……!」

 

 やっぱ今殺したい。アウラはそう思いながらも耐えると決めた以上なんとか耐えた。

 

 夜は更ける。日中、滝のような雨を降らした雨雲は去り、満天の星が夜空に瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。空気は冷たくとも暖かな陽射しが降り注ぎ、昨日の雨によって濡れた木々の葉についた雨粒が輝く。空を小鳥が舞い、森からは動物の鳴き声が聞こえてくる。

 

 そんな自然溢れる場所を、獣道と呼ばれるような道を、草を踏みしめ歩くのは一風変わった二人組。

 

「……なぁ、その恰好なんか意味あんの?」

 

 一人は黄色い服に白いマントという出で立ちのハゲ男、サイタマ。彼は隣を歩く者に疑問を呈する。

 

「私は魔族よ? おいそれと人間の前に姿を見せるわけないわ」

 

 一人は薄汚れた外套を頭から身に纏った魔族の女、アウラ。サイタマにそう答える彼女だったが、その顔は不満に満ちていた。

 

(く、魔力さえあれば人間相手に怯えずに済むどころか、飛行魔法で空を悠々自適に飛んでる筈なのに……!)

 

 人間に姿を見せないようにするという理由も勿論あるが、本来のアウラはそんなことをする必要はない。アウラと遭遇した人間は、弱ければ捕食、強ければ服従させて傀儡にしているところ。だが、今のアウラは弱小魔族程度か、それ以下の力しかない。人間に見つかれば逆に狩られる可能性もある現状、こうして城の中に放置されていた古い外套を身に纏い、顔を隠してコソコソするしかないのは、アウラにとって何とも歯痒いものだった。

 

 しかも魔力がないということは、魔族が得意とする魔法の一つである飛行魔法すら満足に使えない。それもあってこうして徒歩で移動しているわけなのだが、鬱蒼とした森を歩くというのも、正直気怠い。

 

「そうか。一応怪人だもんなお前」

 

「……気になってたんだけど、怪人って何よ。私は魔族よ」

 

「窓際族って怪人のことじゃねぇの?」

 

「窓際族って何よ、ま・ぞ・く。本当、どういう耳をしているのかしら……」

 

 どこまでも神経を逆なでする人間だと、アウラは苛立ちを覚えた。

 

「まぁいいか別に。とりあえず森まで抜ける道はわかってんだよな?」

 

「当たり前じゃない。この辺りは私のテリトリーなんだから」

 

「へぇ、庭みたいなもんか」

 

 見回し、感心して呟くサイタマ。どこも同じような景色に見え、不慣れな人間は迷い込んだ挙句に行き倒れてしまうかもしれない。

 

「けどホントどこもかしこも似た景色だよなぁ。なぁ、マジで大丈夫なのか?」

 

「誰に物を言ってるのよ。私は500年生きた大魔族よ」

 

「年齢関係ねぇだろ。ってか500年? 見た目の割にすげぇ長生きなのな。婆ちゃんじゃん」

 

「短命な人間と私たち魔族を一緒にしないでちょうだい。あとその減らず口を閉じなさい」

 

 言い合いつつ、ズンズンと先を進むアウラとそれに追従するサイタマ。そうしてしばらく二人は歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 

「……」

 

「……」

 

 パチパチと火が爆ぜる音と、梟の静かな声が空間を支配する。オレンジ色の光に照らされながら、二人は目の前のたき火を挟む形で座り、じっと火を見つめていた。

 

「……なぁ。俺聞いたよな? 道わかってんだよなって」

 

「……」

 

「そんでお前言ったよな? この辺りは私のテリトリーだの、500年生きた大魔族がどーのこーの」

 

「……」

 

「だからお前を前に歩かせてたんだけどな? お前なら森抜ける道知ってると思ってたから」

 

「……」

 

 

 

「で、どーすんだよこれ」

 

「うるさいわね」

 

 

 

 周りは夜で真っ暗闇。現在地はいまだ森。それもそのはず、二人は絶賛迷子になっていた。

 

「なーにが500年生きた大魔族だよ。500年何してたんだよオメーは」

 

「だからうるさいって言ってんでしょうがこのハゲ」

 

「今ハゲ関係ねぇだろ。お前に案内役頼んだ俺が間違ってたわ、あん時ぶっ飛ばしときゃよかったわ」

 

「いやいや待ちなさい。ちょっと道間違っただけだから。明日には出れるから……多分」

 

「おい、今小声で多分っつったろこっち向けバカこのバカ」

 

 いつもの三白眼を細めて睨むサイタマから視線を外すアウラ。アウラとしては道を知ってるつもりではいたが、思い出してみれば城から出て森から移動する際は大体飛行魔法を使っていたのを思い出した。空からなら普通にわかる道でも、森の中を移動する地上とでは勝手が違うことを失念していた。

 

 そんなわけで、こうして仕方なく野営することになった。

 

「くぅ……この私が……七崩賢の一人であるこの私がこんな体たらく……!」

 

「いや今のお前は確実に賢じゃねぇからな。どっちかっつーと角生やしてるただのアホだぞ」

 

「うるさいって何度言えばわかるのよこのハゲ!」

 

「オメーこそ俺に対する罵りのレパートリーがハゲしかねーじゃねぇかいい加減にしろよもう一本角折るぞコラァ!」

 

「やってみなさいよコラァ!」

 

 静かな森に響き渡るバカだのハゲだのという聞くに堪えない罵声。ギャーギャー騒ぐ二人の騒ぎ声と共に、森の夜は更けていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、二人は森を3日かけて彷徨った。

 

 同じ場所をぐるぐる回るように歩いたり、或いは小さな崖があると気付かず先を歩いて頭から落ちたり、そして暇さえあれば罵り合い。

 

 時には森に巣食う狂暴な魔物に遭遇するも、そこはサイタマがワンパンで粉砕。アウラはアウラで少ない魔力を使っての魔法で小動物を狩り、食料とした。

 

 最初は草が生い茂っていて歩くのに苦労する森の中だったが、いつの間にか普通に歩くことに何の支障もなくなる程に歩き慣れてしまった頃になり、ようやく二人にとって待ち望んだ光景を目にすることができた。

 

「お……やっと道に出れた」

 

 草を掻き分けた先、サイタマが見つけたのは、森と森の境目を形作るかのように遥か向こうまで伸びるあぜ道。城を出てから初めての人が手を加えたであろう光景に、サイタマの声も喜色を孕む。

 

「ど、どうよ。私にかかれば森を抜けることくらいどうってことないでしょ?」

 

「ああ、うん。そーだな」

 

 その後ろで疲れ気味でありつつ頭や服に葉っぱを付けたままドヤ顔かますアウラに、サイタマは素っ気なく言い放った。もう言い争うのも面倒だというのを隠そうともしない。

 

「……で、この道真っすぐ行けばいいのか?」

 

「ええ」

 

「そっか。まぁ、とりあえず案内ありがとな。一応助かった」

 

「一応は余計よ」

 

 相変わらず一言多い男だとアウラは憤慨するが、アウラはそれ以上何も言うことはなかった。

 

「じゃあな。もう悪さすんじゃねぇぞ」

 

「ええ、わかってるわ」

 

 アウラに背を向け、サイタマは歩き出す。3日とは言えど、一応苦楽を共にした相手に対してドライに映るかもしれないサイタマの態度。それでもアウラは気にすることなく、寧ろ清々したとばかりに鼻を鳴らす。

 

(フ、甘いわね。私を放り出したことを後悔するがいいわ)

 

 素っ気ないサイタマだが、敵であり魔族でもあるアウラを殺さずに放りだしたところを見るに、やはりある程度の情が湧いたのだろう。真意は定かではないが、アウラにとってそれは好都合以外何者でもなかった。

 

 魔族を生かすこと、それすなわち人類にとっての災いを放置することと同様。アウラは反省などしていない、寧ろ魔力を回復した暁には再び人間を襲うことを企てていた。

 

(まぁ、まずは腹ごしらえね……魔力がなくとも、道具か何かあれば村人程度なら殺すことなんて訳ないわ)

 

 サイタマという抑止力がない今、魔力を少しでも取り戻すべく再び人間に牙を剥ける。アウラはほくそ笑みながら、サイタマとは逆方向の道へと歩き出した。

 

 もう二度と会うことはない。互いに違う道を進んでいくサイタマとアウラ。

 

 強い風が吹く。それはサイタマのマントを靡かせた。

 

「……ん?」

 

 ふと、サイタマは視界に違和感を覚えた。上の方で何かが横切ったような……ふいに見上げてみてみた。

 

「あ」

 

 違和感の正体を見つけ、思わず声を上げる。そして何かに気付いたサイタマは、振り返るつもりはなかったが、後ろの道を歩いていくアウラの背へ向けて叫んだ。

 

「おーい!」

 

(そうねぇ、やっぱり武器といったら短剣かしら? あ、でも手に入れるには人間の住居に忍び込まないと無理か)

 

「おーい、おーいって!」

 

(いや、何も短剣じゃなくてもいいわね。何なら拳大の石があれば不意をついて頭を殴れるし、何より入手も樂ね。うん、これでいきましょう)

 

「おい聞いてんのかー!」

 

「あーもーうっさいわねぇ! 何!?」

 

 何度も大声で呼びかけるサイタマに嫌気がさしたアウラは、思考を中断して勢いよく振り返った。

 

 

 

 振り返った先の視界に映るのは、大きなかぎ爪だった。

 

 

 

「へ?」

 

 間抜けな声が出る。と同時、かぎ爪がアウラの両肩を掴んだ。

 

「は?」

 

 また間抜けな声が出た。今度は身体が宙を浮いた。

 

「ええ……?」

 

 三度目。風を受けて髪が後ろに流れるのも気にならないくらいに驚愕したアウラの表情は、まさしく間抜けそのものだった。

 

「ちょ、え、なにこれ」

 

 自分でも出したことがないことに気が付く程に変な声であることを気にすることなく、アウラは見上げる。焦げ茶色の体毛に鋭い嘴。左右に広げた3mを超える程の翼。アウラを掴んでいるかぎ爪は強靭な足の爪だった。

 

 今アウラを掴んでいるのは鳥型の魔物。それも人を含めた生き物を浚い、巣まで運んで捕食するタイプのもの。

 

 状況把握が完了したアウラ。すなわちこの魔物は、アウラを餌と認識したに違いない。

 

 それでもアウラはすぐに平静を取り戻す。

 

「ふ、やっぱり鳥の魔物だけにバカなのね」

 

 言って、服従の天秤を顕現する。このような魔物、図体がでかいだけで魔力は大魔族のアウラに遠く及びはしない。人間を相手にするように、いつも通り服従させるだけで終わるのだ。

 

「さっさと傀儡になりなさい。『服従させる魔(アゼリュー)』…………あ」

 

 中断。そして思い返す。

 

(忘れてた……そういえば今の私の魔力、雑魚そのものじゃない……!)

 

 己の中の魔力量と、魔物の魔力量を測る。結果、アウラの方が圧倒的に少ない。このまま服従させる魔法(アゼリューゼ)を使えば最後、アウラは逆に傀儡にされてしまう……というか魔物に服従するとかこれまでのアウラの魔力量からは考えたことはないが、絶対禄なことにならないのは確実だ。

 

(な、なら他の魔法でってあ、ダメだわ魔力量的に全然威力足りない)

 

 小動物を狩る程度なら何てことのないアウラの攻撃魔法だが、この魔物相手には分が悪いし、撃とうにも手が動かないから照準も合わせられない。

 

 

 

 結論。アウラ、絶体絶命。

 

 

 

(じょ……冗談じゃないわ! この私が魔物の餌になって死ぬとか……!?)

 

 500年以上生きた大魔族にして、七崩賢の一人である自分が、こんな人間の村人のように呆気なく魔物の餌になるなど、アウラのプライドが許さない。なのに、腕は動かない上、足をバタつかせてもビクともしない。というか、アウラの眼下に広がるのは広大な森を見渡せる程の高度。雲に手が届きそうな程の高さから落ちれば、飛行魔法も満足に使えないアウラの身体は地面に叩きつけられて肉片と化すだろう。

 

 このままでも、逃れても死。まさにどうしようもない状況そのものだった。

 

「ど、どうしたら……」

 

 どうしようもない現実と、吹き付ける冷たい風がアウラを痛めつける。そんな中、ふと脳裏に浮かんだのは、冴えない顔をしたハゲ男。アウラの配下を倒したあの男ならば……と思ったが。

 

(流石にこの高さじゃ無理ね……アハハ)

 

 ガクンと、力無くアウラは項垂れた。いずれ訪れる死を嘆き、光の無い目で眼下を流れる森を追う。

 

 

 

 だから見慣れたハゲ頭が拳を握って自分に迫ってきているのも視認できた。

 

 

 

「は?」

 

 バギャァ。

 

 素っ頓狂な声を上げるアウラ。状況を理解するよりも先に魔物に炸裂するのは、遥か地上から跳躍して追いついたサイタマによるパンチ。まさかここまで来る天敵はいないだろうと高を括っていたであろう魔物は呆気なく四散、その命とついでに肉と羽根をまき散らした。

 

 それに伴い、力の抜けた爪から解放されて落下を始めるアウラの腰を抱えるようにキャッチしたサイタマ。飛び散りながら魔力の塵と化していく肉片降り注ぐ中を、マントを靡かせながら自由落下していく。

 

「よっと」

 

 高高度からというよりも、段差から飛び降りたかのような軽さで着地したサイタマ。場所は、位置こそ違うも先ほどと同じ畦道。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「—————」

 

 サイタマに抱えられているアウラは、白目を向いていた……が、それも一瞬。「はっ」と声を上げて意識を取り戻した。

 

「あ、え?」

 

「……大丈夫っぽいな」

 

 言って、サイタマはアウラを下ろした。そしてパタパタと手を叩く。

 

「いやぁにしても驚いたな。いきなりでけぇ鳥に攫われんだから。ついてなかったな、お前」

 

「…………」

 

 同情するサイタマを、アウラは座り込みながら見上げていた。ギラリと陽光を受けて光る頭を見て、アウラは思考を巡らす。

 

(ついてなかった……確かにそうだったけど……もし、また似たような事が起きたら?)

 

 偶然から起きた不幸と言えばそれまでだが、こんなことが再び起こらないとは思えない。今のアウラは、過去最弱と言える程に貧弱。かつてのアウラならばあんな魔物、片手で捻りつぶせた筈。いや、そもそも大抵の魔物は大魔族のアウラを強者とみなして襲い掛かるなんてことはなかった。

 

 魔物だけではない。七崩賢というネームバリューの影響で、人間の間でもアウラは討伐対象として大きすぎる。人間の執念深さを知っているアウラは、このまま隠れ続けたとしても、いつか見つかるだろうと確信していた。

 

 人間たちに最も恐れられている服従させる魔法(アゼリューゼ)が使えない程のカス同然の魔力量な上、配下の首切り役人どころか不死の軍勢すらいない今のアウラは、人間たちにどう映るか。さながら、肉食獣の前に置かれた高級肉といっても過言ではない。弱肉強食の魔族の世界において、今のアウラは断崖絶壁に立たされていた。

 

(また似たようなことが起きたら、私一人じゃもう逃げられない。魔物だけじゃなく、魔力を回復してる間に人間に見つかっていつか死ぬ……)

 

 そんなのは、嫌だ。死ぬのだけはごめんだ———アウラの中にある生存欲がそう叫ぶ。

 

 ならばどうするか……答えはすぐに見つかった。

 

「……ね、ねぇ? ちょっと提案があるんだけど」

 

「ん?」

 

 どうせすぐ離れることになる……かつてそう考えていたアウラが導き出した答え。それは、

 

(正直、この私がこんな男に媚び諂うなんて、屈辱以外の何物でもない……それでも……!)

 

 

 

 一旦、自分の中にあるプライドを全て投げ捨てて、魔族のことを禄に知らないであろうこのヒーローを名乗るアウラが知る中で最強の男についていくことだった。

 

 

 

「み、道案内の延長で、あなたの旅に付いていってあげてもいいわよ?」

 

「いらん」

 

 即答だった。

 




~オマケ~

(っていうか、森の中でジャンプすりゃ周り見渡せて道探すの簡単だったんじゃねぇか……?)

 そう思ったサイタマだったが黙っておくことにした。
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