俺は転生者だといっても、特に何か特別な力があるわけでは無い。
前世は日本で普通に大学生をしていたが、別に特別な才能は無かったし、普通に高校まで両親と暮らして、大学生になって一人暮らしをしていただけだった。
だがある日突然胸が苦しくなって、視界が真っ暗になったかと思えば、記憶はそのままにこの世界へ転生していた。
転生したからといって、流行りの物語のように神様とやらにあったわけでもなく、特別な力や才能が与えられることもなく、ただ前世の記憶を保持したままこの世界に産み落とされた。
俺が生まれたのは人間の国、デルフォート帝国の辺境のさらに辺境にあった極貧の農村だった。
本当に国から領地として認知されているのかも怪しい程の貧しさに目を疑ったものだ。
三歳になる頃には畑仕事に駆り出され、毎日奴隷のように働いていた。
絶対にいつかこの村から逃げ出してやろうと決心していたのも束の間、早速転機が訪れる。
帝都の城砦都市からやってきた奴隷商に口減らしとして売却されたのだ。貧しい農民が一人、ほんの一月暮らしていけるだけの金額で俺は親に売られてしまった。
まあ、いつかは逃げ出してやるつもりだったので内心ラッキーとは思っていた。
だがこの時の俺が思っていた以上に、俺という奴隷に価値はなかった。
俺を買った奴隷商が集めていた商品はどいつもこいつも顔の良い少年少女ばかり、貴族などの富裕層向けの奴隷商人だった。小綺麗にめかしこまれた俺以外の奴隷たちはあれよあれよと帝国の貴族や大商人達に買われていった。
一方で俺は、超がつくほどの極貧農村出身で、栄養状態も悪く、痩せ細っていたので、誰にも興味を示されることなく、六歳になるまでの三年間、売れ残っていた。
そろそろ在庫処分の時期が来るのでは無いかと思っていた俺に、再び転機が訪れる。
俺を連れた奴隷商が獣人を仕入れたのだ。
エヴァルシア大陸の有史より数百年、人間は永きにわたりエルフ、ドワーフそして獣人の奴隷としての地位しかなく、人間の国は存在しなかった。
しかし約100年前、大陸三国の首領によって開かれた条約会議によって奴隷制度を禁止する条約が締結された。
理由は現在も明らかにされていないが、労働力の大半を人間が担っている現状に危機感を覚えたエルフの発案というのが通説だ。
そんなこんなで解放された人間たちには、大陸三国によってあてがわれた未開拓の平原地帯に人間の国を築き上げ、各国での奴隷時代に培ってきた技術を活用して急速に国を発展させた。
その勢い凄まじく、爆発的な人口増加と科学力で、見る見るうちに何もなかった大陸最大の平原には巨大な城塞都市が築き上げられ、今となってはエルフ、ドワーフ、獣人の国に加えて大陸四国と呼ばれるまでに成長した。
それだけの国に成長してもなお、奴隷時代に植え付けられた他種族への恐怖と怨嗟は癒えることはなく、復讐の炎の薪となった。
奴隷商に連れられて、辺境で新たな商品を仕入れるための旅をしていた時のこと。
人間が支配するデルフォート帝国と獣人の国ルーヴェリス王国は戦争状態にあった。
戦争の火種となったのは、奴隷制度であった。
最初のうちは帝国内だけの問題にとどまっていた。もちろん他の三国としても問題視はしていたが、自分たちが人間を奴隷にしていた過去がある手前、表立って声を上げることはできなかった。
そうして帝国の奴隷制度が発覚して数年、恐れていた事態が起きる。
かつて他種族の奴隷であった人間は愚かにも、他の三国の辺境を攻め、そこから誘拐した民を自国で奴隷として使い始めたのである。
かくいう俺のとこの奴隷商人もその流れに乗って獣人達を仕入れたのだ。
こうなっては黙っていることはできない三国は同盟を組み、デルフォート帝国と戦争に突入。
さすがに三国を同時に相手取るのは無理があったのか、帝国はあっけなく降参。攻め落とした辺境領の返還と帝国領のいくらかを賠償として三国に明け渡し、他種族の奴隷を仕入れた商人たちに彼らの返還を命じた。
俺の新たな後輩となった獣人達は多種多様。
獣人達は俺が前世でよく見ていたアニメのような人間の体に耳や尻尾が生えたような見た目はしておらず、言うなれば、骨格が二足歩行に適応した動物といったような見た目だった。
人間のように二足歩行する前世でも見覚えのある動物達は自分達を奴隷にした人間に敵意剥き出しで、おっかなびっくりだった俺だが、有翼獣人の羽をすいてあげたり、犬歯剥き出しで威嚇をする狼と獅子の獣人達を風呂に入れたり、ブラッシングしたりと、いろいろ世話を焼いているうちにだんだん可愛くて仕方がなくなり、それは甲斐甲斐しく面倒を見ていたと思う。
それぞれ主食の違う獣人達のために、奴隷商人に土下座して食事を肉と野菜で分けるように陳情したら頭を蹴り飛ばされたが、次の日から今まで用意されていなかった肉が出るようになり、野菜も多少はきれいなものが用意されたので意味はあったようだ。
その光景を見ていたのか、獣人達はその日から俺を威嚇することは無くなった。
そんな生活が二月程続いた後、戦争が終結したという知らせが届いた。奴隷商の読んでいた新聞をこっそり拝借した俺が皆にその事実を伝えると、最初こそ歓声をあげて喜んでいた彼らだったが、次第にその声が萎んでいった。
どうかしたのかと首を傾げる俺に、一人の獅子獣人の男がおずおずと言った。
「言いにくいことだが……俺たちが解放されるということは……その、お前は…」
伏し目がちに話す彼に一瞬何の話だと言いそうになったがハッとする。そうだ、忘れかけていたが俺がまだ在庫処分されていないのは俺が彼らの世話係であったからに過ぎないのだった。
内心ではかなり焦っていた俺だったが、喜んでいた彼らに水を差すまいとその場は気にすることはないのだと笑ってやり過ごす。
彼らの俺を見つめる視線が悲しそうでいたたまれなかった。
それから一週間と立たずに獣人たちの返還の日がやってきた。
獣人たちを仕入れてから二カ月ほど経過していたが、辺境地で仕入れたのが幸いしたのか、この奴隷商が城塞都市の富裕層向けだったからか、獣人たちは一人として売られることはなかった。
うちの奴隷は俺以外全員獣人だったこともあり、返還はデルフォート帝国と獣人の国ルーヴェリス王国の国境地帯で行われた。
返還に際して、獣人たちの身元引受人になったのは、雪のようなな白銀の毛並みを持った狼獣人の女性だった。
彼女を見た奴隷になっていた獣人たちが騒がしくしていたのでワケを聞けば、なんでもあの白い狼獣人の女性は、ルーヴェリス王国でも最大規模の貴族、ヴォルフガング公爵家の当主その人であるという。
それだけの人物であれば彼らも安心して帰れるだろう。
教えてくれた獣人にそう言えば、
「お前は自分の心配だけしていろ!」
と怒られてしまった。
その後返還はつつがなく行われ、今回の一件で大赤字を被った奴隷商は、爪を噛みながら、国境線の向こうで笑顔で喜んでいる獣人たちを睨みつけていた。
そんな様子を奴隷商の半歩後ろでほくそえんでいた俺だったが、ついに奴隷商の怒りの矛先は俺に向かう。
やれ、獣人たちに肉を用意しろといったお前のせいでここまでの赤字になったのだとか、お前が獣人たちの手入れに時間をかけすぎたから売る暇がなかっただとか、俺の胸ぐらをつかみ上げて唾を吐きながら怒鳴り散らす奴隷商が面白くなってしまいつい鼻で笑ってしまったのだが、それがよろしくなかったのか
「!っこの……どうせお前は、獣人たちがいなくなったら処分するつもりだったんだ!……帝都への帰りにお前をつれていく価値はない……むしろ俺が損をするばかりだこの疫病神め!今ここで処分してやる!」
そう言って奴隷商は懐にしまい込んでいた短剣に手をかける。
いよいよこれまでかと覚悟を決めた俺と今にも掲げた短剣を俺に突き立てんとする奴隷商に待ったがかかる。
止めたのは獣人たちを迎えに来た白い公爵様だった。
「その少年に我らの同胞が世話になったと聞いた。その子を処分するというのであれば私が買い取ろう……いくらだ?」
公爵様の言葉に一瞬面くらった様子の奴隷商だったが、商品を全部持って行かれた腹いせに吹っ掛けてやろうとしたのか、
「っへへ……こいつはもう売りもんじゃあねえんですが……公爵様がどうしてもとおっしゃるんであれば、ええそうですねえ、今返還した獣人たちにつくはずだった値段……ざっとこのくらいいただきませんと」
バカかよ……とこのとき俺は思ったが呆れて声にも出なかった。
普通に考えて、みすぼらしいヒューマンのガキを貴族の屋敷が2,3軒建つような法外な値段で買う奴なんていないのだ。
まあ、奴隷商としてはどちらでもよかったのかもしれない。
買ってもらえたらラッキー、買われなくてもたまりにたまったうっ憤を俺で晴らすことができる。という魂胆があっての吹っ掛けだったのだろう。
「いいだろう……そら、金はくれてやる。これでその子は私のものだ……わかったらその汚い手を放せ」
「「へ?」」
俺も奴隷商もまさか本当に買われるとは思って居らず、揃って素っ頓狂な声を上げた。奴隷商に大金が入った袋を投げ渡した公爵は俺の胸ぐらをつかんだままの奴隷商の手を払いのけ、俺の手を取って自分の横に立たせた。
「金は払った。文句はあるまいな?」
「へ?っへい!ま、まさか!あるわけねえですよ!毎度ありがとうございやす!」
公爵様に声をかけられるまで間抜け面をさらしていた奴隷商は、ハキハキと礼を言うと帝都へスキップしながら帰っていった。
「全く……自らの同族までもを奴隷にするとは……それもこのような幼子まで」
去っていく奴隷商を一瞥することもなく、公爵様は俺の手を引き、解放された獣人たちのもとへ俺を連れて行った。
聞けば奴隷から解放された彼らが俺を助けてほしいと公爵様に嘆願したらしい。
よかったよかったと、涙を流しながら俺を取り囲んだ獣人たちにもみくちゃにされながら、俺もちょっと泣いた。
まぁ、ゼ●ゼロのあの人たちみたいな感じですよ