白い狼獣人ウルフェンの公爵様に買われた俺が、奴隷から解放された獣人たちに感謝を伝えていると、機を見て件の公爵様が話しかけてきた。
「して、人間よ。
「は、はい……この度は助けていただいて、誠にありがとうございます……あんな大金まで払っていただいて……」
「その件なのだが、一つ問題があってな……」
公爵様に助けてもらったお礼を伝えるも彼女は何やら困った様子で口を開く。
「この国では帝国とは違い、奴隷取引の一切が禁じられているのだ」
「はあ…?」
「うむ…まあつまり、奴隷である其方を買った事実が露呈すれば、私も其方もただではすまんということだな」
「あのぉ…具体的には…?」
「うむ、最悪死罪だな」
「「「ええぇ!?」」」
俺がおずおずと尋ねてみれば、公爵様はあっけらかんとそう言い放ち、その罰の重さに周りの獣人も口を開けて驚いていた。
「公爵様…ここにいる我々が黙っていれば問題がないということでは?」
「人の口に戸は立てられぬ、其方らを信じ切れぬとは言わぬが…確実とは言い難い……この国では人間は目立ちすぎる上に、入国時に身分を詳しく調べられることになる。このまま奴隷として連れ帰っては、我らがいくら口をつぐもうとごまかすことはできん」
「お待ちください、ヴォルフガング卿!此度の一件は私めが言い出したこと!私からラインハルト家に掛け合って双方の連名で陳情すれば……何とか…」
「ふむ、その手もなくはないが、事を大きくしすぎる」
俺を助けるように公爵様に頼み込んでいたらしい
ラインハルト家とかなんとか、かっちょいい家名が聞こえるがガルフはそんないいとこの出だったのだろうかと、考えていると公爵様が案を出す。
「まあそう慌てるでない……私に一つ策がある」
この思慮深そうな公爵様のことだどんな天才的な案だろうかと皆が口をつぐんで公爵様の言葉を待つ。
「この子にヴォルフガングの名を与え、私の養子として連れ帰る」
「「「はあぁ!!??」」」
「其方にレイヴェル・セリオス・ヴォルフガングの名において名前を与える。今より其方はレインと名乗れ。レイン・セリオス・ヴォルフガングだ、よいな?」
衝撃的な案に先ほどよりも大きな驚きの声が上がり皆が固まる中、公爵様は俺の前につかつかと歩いてきて膝をつき、俺の手を取りながら目を合わせてそう言った。
レインと名付けられると同時、首についていた奴隷の首輪がかちゃりと音を立てて外れる音がした。
この世界の奴隷は首輪によって制御されており、主の許しがあって初めて、奴隷の首輪から解放されるのだ。
「よいな?、ではありません!正気でございますか!?レイヴェル様!?」
「……其方が私の決定に異を唱えるとは珍しい……人間が嫌いか?シリウス?」
混乱の中、いち早く復活した公爵様の従者と思われる、シリウスと呼ばれた黒毛の狼獣人の女性が公爵様に食って掛かる。
「いえ、人間に良い印象はありませんが、その者は私の娘の恩人でもあります。断じて差別的な意図をもって申しているのではございません……他の者の家で養子預かりとするのでは駄目なのですか?」
「この子は私が大枚をはたいて買った。自分の行いには最後まで責任を持たずして何が公爵家か……そも、下手な家では人間を擁しているだけで悪目立ちするぞ」
「公爵家が養子にするのも十分悪目立ちしますが!?……いえ、とにかく私が言いたいのはそういうことではなく……」
「ほう、では何が問題だというか?」
「レイヴェル様……貴女様は未だ伴侶も跡継ぎも居られぬ身、今その人間を養子にするということは、その者がヴォルフガング家の正統なる後継者ということになるのですよ!!?せめて、伴侶となる殿方を見つけ、お世継ぎをお産みになってから……」
「……その件は考えるな、私に伴侶は不要だ……ああそうだ不要だとも、公爵家を継いでからというもの、周りの男どもはそろって私に尻尾を振る腑抜けばかり……まともな男は居らぬのかと機をうかがっていれば、気づけばもう——歳……」
異を唱えるシリウスに冷静に反論したかと思えば、徐々に声は尻すぼみになっていき、わなわなと肩を震わせながら声を発する公爵様。
「レ、レイヴェル様……?」
「ええい!もう面倒くさいのだ!!とにかく!!私に!!伴侶は不要だ!!」
「レイヴェル様?!」
「私はこの子を養子に据え、次の王選に備える!!!よいな!!」
「ですが…!」
「よいな!!!」
「は、はい!」
はぁはぁと肩で息をして、矢継ぎ早に詰め寄った公爵様に目を丸くしたシリウスは結局丸め込まれ、了承の言葉を発した。
「ふぅ……皆聞くがよい。私は奴隷となった其方らの命の恩人である、辺境の村に住む孤児であるこの少年に感銘を受け、その境遇を憐れみ、感謝のしるしとしてこの者を私の養子として迎える……なんか文句あるか!?」
「「ありません!!」」
恥ずかし気に顔を赤くした公爵様が、一部始終を見ていた獣人たちに声を荒らげると呆然としていた獣人たちは無理がありすぎるだろう、とは思いつつもそろって姿勢を正しそう叫ぶのであった。
「よし、ではひとまず其方らの身を休めるため、我が領へ向かってもらう。向こうに馬車を用意してあるから皆それに乗ってヴォルフガング領へ向かえ」
そう言って公爵様もとい義母上レイヴェルは獣人たちを何台もの巨大な馬車に詰め込んだ。見たところ一台につき15から20人程度乗れるだろうか。馬車というものは前世のアニメで見たことがあるがぃつ物を見ると案外興奮するものだ。
俺も彼らに倣って意気揚々と馬車に入ろうとしたところでレイヴェルに止められる。
「うん?何をしている、其方はこっちだ」
レイヴェルに連れていかれた先にあったのは綺麗なゴシック調の装飾が施された派手過ぎず、しかし厳かな威厳のあるいかにも貴族用といった様子の馬車だった。
先ほどみんなが乗っていた馬車とは違い、こちらは乗れても4から6人くらいだろうか。
「レイン、其方はこれより私の義理とはいえ家族、貴族の一員となったのだ。向こうの馬車に乗らんとする気持ちは理解するが、民と貴族は対等であっても平等ではない……なに、上に立つものとしての気概も追々教えてやるからそう不安そうな顔をするな」
そう言いながら俺を抱き上げ、例の馬車に乗り込んだレイヴェルは、座席に腰かけると流れるようにその膝の上に抱えていた俺を自らが背もたれになるようにおろし、馬車の窓枠に肘をついてもう片方の手で俺の頭を撫で始めた。
この体制は精神年齢26歳の俺にはだいぶ恥ずかしく、赤面しながらされるがままにしていると頭の上から声が降ってくる。
「ふむ……にしても、イイな……」
「な、何がですか?」
「いやなに、こうして間近で人間を見るのは初めてだが……なかなかどうして、
「へ?ちょっ、うわ!」
そう言ったレイヴェルは俺の脇に手を入れて抱えなおし自分と向き合うように再び膝の上に俺を下した。
レイヴェルは彼女の膝上で向かい合う姿勢の俺の顔を両手で包み込むように手を添えて、顔を覗き込むように近づけてくる。
それと同時にふわっとした甘く良い香りが鼻腔を覆う。
決して香水では表せないその香りに酔いしれ、ぼーっと彼女の瞳を見つめ返せば
「ふぅむ、何だろうな…この、庇護欲を掻き立てるかのような……如何とも形容しがたき感情は……それに……」
彼女はさらに身を寄せ、俺の首筋にその長い鼻筋を埋めてスンスンと匂いを嗅ぐ。
「あぁ……なんとも甘ったるい、甘美な香りだ……」
彼女も俺と同様、不思議な香りに酔っているのか、どこか焦点の合わない眼でつかんだ俺の顔を見つめ続ける。
「……養子にとは言ったが、もう少し成長させていっそのこと……」
「ゴホン!」
レイヴェルが何やら言いかけたところで、わざとらしい咳払いが馬車の入り口から響いた。
ビクリと肩を震わせた俺とは対照的に、ちらと流し目で横を見たレイヴェルの視線を追ってみれば、そこにはじとーっと半目でこちらを見やる先ほどの狼獣人の従者、シリウスがいた。
「レイヴェル様……出発の準備が整いました」
「……であるか…ではこのまま出発せよ」
「承知いたしました……ところで、何をされているのかお聞きしても?」
「……………………何も」
長い沈黙の後にぼそっと呟いたレイヴェルににシリウスがくわっと畳みかける。
「そんなわけあるかぁ!!どう考えてもただならぬ雰囲気でしたが!?何ですかこの甘ったるい匂いは?……ん?甘い香り……っは!?もしや、レイヴェル様、今はつじょ——」
「それ以上口を開くな!!」
シリウスが言葉を続けようとしたところで赤面したレイヴェル様が叫んで止めた。
「……ああもう!後で詳しく話を聞きますからねー!」
結局、根負けしたシリウスはそう叫び残し、他の馬車へ向かっていった。
シリウスが去り、馬車が動き出すと落ち着きを取り戻したレイヴェル様は呟く。
「あ奴はシリウスと言ってな、私とは同い年で幼少より私の執事として仕えているが、身近に同年代の者がおらん私にっとては友人といって差し支えない……実際、人の目のない場所では、あれでいて遠慮のない物言いをするからな」
確かに、先ほどレイヴェル様に詰め寄ったシリウスは敬語こそあったがまるで友達に話しかけるような雰囲気ではあった。
「……シリウスめ、結婚して娘をこしらえてからというもの、事あるごとに私を煽りよってからに……」
歯を食いしばりながら憎々しげに吐き捨てたレイヴェルだったが、改めて俺に向き直り言葉を続ける。
「……ハァ、先ほどシリウスめが言ったことは忘れろ。特に!甘い香りに関しては!」
「は、はあ……」
「あれは事故だ!」
一体何だというのだろうか。
誰に聞かれたわけもなしに、言い訳じみた言動を繰り返すレイヴェルに聞いてみたくなる。
が、レイヴェルの凄まじい剣幕に聞く勇気は湧いてこなかった。
「帰ったら書庫を調べねば……ええい、聞いておらぬぞ………人間の匂いを嗅いだくらいで、この私が————」
レイヴェルがなにか言っていたが聞き取ることはできなかった。