人生とは、時に想像を絶する奇妙な出来事が起こるものだ。
二度あることは三度ある。
一度目。
気づけば、私は赤ん坊になっていた。どうやら、いわゆる転生というやつらしい。
二度目。
転生先は、前世の物語の世界。ウマ耳とウマ尻尾を持つ、信じられないほど美しい種族、ウマ娘が生きる世界だった。
そして、三度目。
「…は?」
気づけば、世界は貞操観念が逆転していた。
スーッ…
異変に気づいたのは、つい先ほど。トレーナー寮の自室で、何気なくニュースをチェックしていた時だった。
『国会、議員秘書男性からのセクハラ告発で紛糾!』
画面に映し出されたのは、モザイク越しでも顔を真っ赤にしていることがわかる男性が、声を震わせながら証言している映像。
「…え?」
どうやら今日、世界全体の貞操観念が逆転してしまったらしい。
「…嘘だろ?いつだ?」
トレセン学園へ来る前は普通であったと思う。
そういえば、今日の初出勤時、案内してくれたたづなさんの様子が、どこか落ち着かなかった。
(まさか、このせいだったのか?)
元の世界観で例えるなら、まるで厳格な男子校に赴任した、新任の女性教師。
(そりゃあ、みんな優しくしてくれるよな…。)
今が昭和の時代だったら、間違いなくセクハラの嵐が吹き荒れていたに違いない。
「…エイプリルフールのドッキリであってくれ」
明日の朝、目が覚めたら、全てが元通りになっていてほしい。切実に、そう願う。
自室で頭を抱えている私は、桐生院
気づけば赤ん坊になっていて、前世の記憶を持ったまま、この世界で生を受けることになった。死んだ時の記憶はない。
オムツ交換という、前世では考えられなかった羞恥プレイも経験した。
せっかくウマ娘の世界に転生したのだ。トレーナーを目指すのは、自然な流れだろう。
幸運なことに、私はトレーナーの名門、桐生院家に生まれた。
両親の期待に応えたいという気持ちもあった。
前世の記憶は、私にとって大きなアドバンテージだった。
【コンセントレーション】【ロケットスタート】【誰よりも前へ!】とかいうレベルではなく、何ハロンも先からスタートしているようなものだ。
この世界のトレーナー試験は、義務教育を終えていれば誰でも受験できる。とはいえ、その難易度は、地獄に垂れる蜘蛛の糸を登りきるようなものだ。
地方のライセンスですら、とんでもなく狭き門。中央のライセンスに至っては、合格者が出ない年もあるほどだ。
幼少の頃から、トレーナー試験のためだけに勉強し、ようやく合格を掴み取った(2敗)。
中学卒業後、すぐに受験を始めたため、中央のトレーナー試験最年少合格者という肩書を引っ提げ、今年から中央トレセン学園のトレーナーとなったのである。
ちなみに、三つ年上の姉、桐生院葵も、昨年からこの学園のトレーナーを務めている。
高校卒業後、トレーナー学校に進み、たった二年で中央のトレーナーライセンスを一発合格した、天才。
しかも、モブウマ娘程度なら、タメを張れるほどの身体能力を持つ。
…我が姉ながら、本当にヒトミミか疑わしい。
姉は、初年度からハッピーミークを担当し、ミークは見事、最優秀ジュニアウマ娘に選ばれた。
どうやらアプリトレーナーはいなかったようだ。
ほんの一握りしかトレーナーになれないにもかかわらず、トレーナー学校が存続していることに、疑問を感じる人もいるかもしれない。
トレーナーになれなくても、ウマ娘レースに関わる仕事は、かなり多い。
URAや、ウマ娘レース関連企業、民間のレーシングスクールなど、多岐にわたる。
まるで、おもちゃバトルで全てが決まるホビーアニメの世界のように、この世界のウマ娘レースの社会的地位は、異常なほど高い。
夢を諦めきれず、働きながら受験を続ける人も多いらしい。
次に、この世界のウマ娘について。
世界が逆転する前、彼女たちはまさに超絶美人なアスリートとして、絶大な人気を誇っていた。
トゥインクルシリーズは、まさにその象徴。
フィジカルの強さが結果を左右するスポーツにおいて、ウマ娘はまさに無敵だった。
ヒトミミの行うスポーツも、興行的に人気のあるものは存在する。
しかし、バレーやテニスなど、パワーありすぎると一撃で勝負が決まってしまうのでつまらないといった理由からである。
そして、何と言っても、彼女たちの容姿。
人間のトップ女優でさえ、モブウマ娘に辛うじて匹敵する程度。
ヒトミミ美人は昔流行った「美人すぎる〇〇」程度である。
美しいのは間違いない。しかし、容姿を売りにする人たちと比べると、どうしても…ね。といったレベル。
「肌の白さは七難隠す」という言葉があるように、彼女たちの圧倒的なビジュアルは、多少の欠点を隠してしまう。
有名ウマ娘の痴情のもつれによるトラブルも、ワイドショーを賑わせることはあっても、ちょっとしたやんちゃ程度で済まされていた。
だが恋愛対象としての人気は、そこまで高くなかった。
容姿の良さはプラス要素だが、決して勝てない身体能力は、マイナス要素だった。
例えるなら、「美しすぎるゴリラ」である。
知性と美貌を兼ね備えていたとしても、相手がブチ切れた瞬間に、ワンパンで病院送りになる生活を望む人は、そう多くはない。
それでも、ヒトミミ男性の若さゆえの性欲や、ウマ娘の【独占力】【仕込みは完璧】からの【一発必中】コンボで、結ばれるのだ。
それが、貞操観念が逆転した世界では、どうなるのか。
やばそう(棒読み)。
性欲を爆発させる側が、圧倒的な身体能力を持つ。
すごくやばそう(震え声)。
思春期のフィジカルエリートウマ娘が集まるトレセン学園。
あっ…(察し)。
男性トレーナーが少ないのも、無理はない。
GⅠウマ娘なら、学生のうちに一般人の生涯年収を稼ぎ出す。
寿退職(穏便な言い方)も多いだろう。
問題は、明日からの立ち回りだ。
幸い、貞操観念だけが逆転し、服装などの嗜好は変わっていないらしい。
スカートや、大胸筋サポーターを着用しなくて済むのは、本当に助かる。
あったよ!救い!
しかし、性格的な傾向は逆転している。
過去がどのような扱いになるのかはわからないが、私は女勝りとか言われていたかもしれない。
ふと、過去の記憶が蘇る。
(…そういえば、姉が中学の頃、一緒にお風呂に入った記憶がある)
元の世界の常識で考えれば、中学生の男子が小学生の女子と一緒にお風呂に入るのは、兄妹であっても事案と言われてもしょうがないのではなかろうか。
精神年齢を考慮すれば、私の方が事案というのは聞かなかったことにする。
ちなみに、その時、姉に尻尾はなかった。
まずは、中央トレセン学園に男性トレーナーがどれだけいるのか、調べる必要がある。
中央・地方問わず、トレーナー情報は一般に公開されている。
調べてみたところ、中央の男性トレーナーは、十人にも満たないようだ。
中央全体のトレーナー数が、約二百人。
比率としては、かなり少ないと言える。
アニメに登場した、通称沖野トレーナー、南坂トレーナー、黒沼トレーナーは、確かに存在した。
黒沼トレーナーは、アニメのような格好をしているのだろうか。
お色気教師のような立ち位置で、生徒から人気を集めている可能性もある。
それなりに若く見えるトレーナーは、彼らくらいか。
といっても三十代半ばぐらい。あとは高齢のトレーナーが多いようだ。
六平トレーナーもいる。
この世界は、様々な要素が混ざり合った、闇鍋のような時空なのかもしれない。
ちなみに、ウマ娘以外の競馬コンテンツからも、この世界に混ざり込んでいることは、ほぼ確定している。
笠松のウマ柱で、ホワイトナルビーではなく、ホワイトノリピーを見つけた時は、衝撃だった。
ノリピー、一体どこから来た?この世界に、ノリピーは存在しません。
オグリキャップの親戚なのだろうか。
いや、川崎でロマンセが走っているのも見つけた。
オグリキャップは、まだ見つかっていないことを考えると、時空も歪んでいるのだろう。
正直、明日からの生活を考えると、眩暈が止まらない。
知り合いのウマ娘を頼ることはできるだろうか。
桐生院家は、トレーナーの名門であるため、ウマ娘の名家とも交流がある。
原作のウマ娘たちとも、何人かとも、知り合いではある。
しかし、それはあくまで、貞操観念が逆転する前の話。
今の彼女たちを、気軽に頼っていいものだろうか。
メジロ家の新築ボロアパートに、招待(暗喩)されかねない。
たづなさんもちょっと怖い。
九割安全だが、一割で14に行け(ぴょい)となりそう。
いざとなったら、姉を頼るしかない。
少々抜けているところはあるが、根は善良だし、ウマ娘の足止めを多少できるフィジカル。
(信じてるぜ、姉ちゃん)
考えれば考えるほど、頭が重くなる。
(…どうか、エイプリルフールの悪夢であってほしい)
明日の朝、目が覚めたら、全てが元通りになっていてくれないだろうか。
少し早いけれど、もう寝てしまおう。