10話到達しました。
今後ともよろしくお願いいたします。
ミラ子と担当契約を結んで最初の頃は、このずぶずぶウマ娘にどうやってやる気を出させようかと頭を悩ませていたのだが、結論から言うと、それは全くの杞憂であった。
トレーニングの開始時にはサボろうとしたり、なんだかんだと抵抗を見せるものの、一度やり始めればメニューは最後までしっかりこなす。
それどころか、かなり高強度のトレーニングであっても、何事もなかったかのようにやり遂げてしまうのだ。
長期的なトレーニングメニューを組むために、段階的に強度を上げていって彼女の限界点を探ろうとした際には、結局最後までついてこられてしまい、逆にこちらが少し困惑したほどだ。
ずぶいだけであって、大概なフィジカルモンスターである。
付きっきりでトレーニングを監督し、夕食は一緒にとったりとらなかったり、その後には夜の勉強会。
それが、最近の私の日常だ。
そんな彼女にも、おそらく本気で嫌がっているものが一つある。
プールトレーニングだ。
他のメニューに対する抵抗は、どこか冗談めかしていて、『あわよくばなくならないかな~』程度のごね方なのだが、プールに関してはそういった軽口を一切たたかない。
ただひたすらに、死んだ魚のような目でこちらをじっ………と見つめてくるのである。
最初は強気に睨んでくるのだが、こちらが視線をそらさずに見つめ返していると、次第に懇願するような目に変わり、最後には全てを諦めたような目になる。
そして、とぼとぼと力なくプールへ向かうのだ。
ちなみに、夜の勉強会が始まったきっかけは、彼女が一度、わざと補習を受けることでプールトレーニングをサボろうとしたことにある。
当初は勘違いしていたのだが、ミラ子は別に全く泳げないわけではない。
ビート板勢であるし、まあちょっと、いやかなり?不細工な泳ぎ方ではあるが。
最初に『まず泳ぎの練習からメニューを組もうか』と提案したら、『泳げるんで練習はいらないです』と本人から申告があった。
『じゃあ最初からがっつりトレーニングできるね』と返すと、途端に顔を真っ青にして『やっぱり泳げません!』と前言撤回してきたが。
その日は元々、一日泳ぎの練習で終わっても構わないと思っていたが…泳げるからといってトレーニングがなくなるわけないだろ、いいかげんにしろ。
近頃は気温も高くなってきたせいか、今日もプールは大盛況!
…と思いきや、賑わっているのは気温のせいだけではなく、大半は実のせいだ。
まあ、トレーナーだって担当ウマ娘が泳ぎを苦手としているなら、万が一に備えて水着に着替える。
しかもここはトレーニング施設。
気の抜けたトランクスタイプではなく、体のラインがはっきり出る競泳水着を着用せざるを得ない。
ジャージを上に羽織ってはいるが、そこから時折見える肌や水着が、ウマ娘たちにとっては『それはそれでアリ』らしい。
彼女たちは、彼女たち視点ではあからさまにならない程度に、ちらちらと視線を送ってきているつもりである。
実は思いっきり見られているのを感じているので、時たまジャージの前をひらひらと開けたり閉じたりしてからかいつつも、『前世で女性が視線に敏感になる気持ちもわかるな…』などと考えている。
でも、彼自身もウマ娘たちの体に思わず目を奪われていることがあるのだから、どっちもどっちである。
ウマ娘たちは、見られることに関しては比較的無頓着な子が多い。
前世の男子学生マインドだからね、しかたないね。
実がいつプールに来るのか。
別にミラ子のトレーニング予定が公開されているわけではないのだが、なぜかプールトレーニングの日だけは、周囲のウマ娘たちにきっちりバレている。
なぜかって?
そりゃあ、朝からミラ子の目が死んでるからだよ。
それを見た周りのウマ娘と、ミラ子本人の温度差で風邪ひきそう。
「ムゴッ…ガガボ…ブヘッ!」
「おーし、もうちょっと頑張ろー。まだまだ行けるよー」
死んだ目をしながらも、必死に水をかくミラ子。
もちろん、ビート板は標準装備である。
「ラスト一往復!」
「グボボ…ブモッ…」
「よーし、よく頑張った!」
プールの壁にビート板をこつんとぶつけ、なんとか泳ぎ切ったミラ子。
脱力してうつぶせのまま、ぷかーっと浮いてきた彼女を、プールサイドに引き上げる。
ミラ子が復活するまで、しばらく休憩だ。
しかし、油断すると寝たふりでサボりだすので要注意である(前科2犯)。
ミラ子を横たわらせ、さて、とプールの方を振り返ろうと立ち上がると、急に視界が柔らかいものに塞がれた。
「ハウディ、トレーナーさん!暑い日のプールは最高デスネ!」
むぎゅっ…♥
不意打ちのハグはやめろ…本当にやめろ…!うまだっちして社会的に死ぬぅ!
【鋼の意思】!!!
サンキュートレーナー白書、サンキューアッネ。
体当たりなコミュニケーションを仕掛けてくる子は他にもいるが、大抵はまだ幼く慎ましい子が多いので、微笑ましく受け流せる…が、キミはダメだろ!
発育の暴力止めろ!
以前、それとなく注意しようとしたのだが、ウマミミをしおれさせて見るからにしょんぼりされてしまい、思わず言葉を引っ込めてしまったことがある。
あの、タイキさん? そろそろ放していただけると…というか、泳いだ後なのか肌がしっとりしていて、アッ、アッ、アッ…!
【鋼の意思】!!!(2回目)
ちなみに、こういうことをしてくる子の中で、タイキシャトルとマーベラスサンデーは終身名誉出禁勢である。
一方で、ゴールドシップあたりは、同じようなことをしてきても、雰囲気の作り方や距離の取り方が異様に上手いためか、別に気にならない不思議。
さすが別世界でお牝馬にモテモテの魂を持つだけのことはある。
もしゴルシが本気で迫ってきたら、その時が年貢の納め時になる可能性は、結構高いかもしれない。
ぶんぶんと尻尾を激しく振る姿を思わず幻視してしまう大型犬のようなタイキをいなしつつ、ミラ子に目を向ける。
ウマミミがくたりと寝ていて動かない。
うーん、そろそろ無理にでも起こすべきか?
「はっ、はわっ!ひぃ~っ!」
この声は…ドットさんのものですね、間違いない。
声の方へ目を向けると、メイショウドトウのぐるぐる目が眼前に迫っていた。
特に足を引っかけるようなものは周りにないはずだが…。
ドトウはこういうシーンにおいて、社会的な死の心配のない、非常に安心できるウマ娘だ。
生粋のドジっ子にして、ラッキースケベの申し子、その名はメイショウドトウ!
何が安心なのかって?
悲しいかな、ここは貞操観念逆転世界。
ラッキースケベは、私がされる側なのである。
結構な勢いでぶつかってくるにもかかわらず、不思議と双方小さなケガすらせず、そしてなぜか、芸術的ともいえるような格好で、私の股座に頭を突っ込んできたり、私の胸に手が添えられていたりするのだ。
実際に体験してみると、意外なほど冷静になるもので、スンッ――っとなる。
最初に遭遇したときは、思わず『そんなところに頭突っ込んで楽しい?』と素で聞いてしまった。
いやだって、普段見えていないものが見えるわけでもなし。
その時のドトウは、顔を青くしたり赤くしたりしながら、必死で謝罪して逃げて行ったが、私の頭の中では『ここで悲鳴の一つでも上げて、頬をひっぱたいたりした方が、それっぽかったかなー』などと、実にアホな考えがめぐっていた。
…どう思います?その辺りに知見のありそうなどぼめじろう先生。
今回は、オーソドックスに私が押し倒され、ドトウがその上に覆いかぶさる形である。
そしてドトウの両手は、しっかりと私の平らな胸を鷲掴み(?)にしております。
「オウッ!トレーナーさん、ドトウ、…アーユーオーケー?」
タイキが心配そうに声をかける。
「あー、ドトウさん、まずは落ち着こうか。プールサイド走ったりすると危ないからね。大丈夫、怒ってないよー」
ドトウの両手をゆっくりと引きはがし、私の胸から離させる。
「あえ?…いっ?ふえぇ…しゅみましぇええぇ~ん!!」
ガバっ!と身を起こしたドトウに、つかんだままの腕ごと勢いよく引っこ抜かれた形となり、瞬間、ふわっとした浮遊感。
「は?」
ウマ娘…すごっ…!
ゆっくりと景色がまわる。
大きな水柱が上がり、私は為すすべなく水中に放り出された。
まあ、私は普通に泳げるし、ここは広さ以外はいたって普通のプールなので、足もつく。
「ぷはっ!」
水面から顔を上げると、すぐ目の前でミラ子が溺れていた。
え、いや、なんで?
とりあえず落ち着け、そこ、足がつくから。
「トレーナーさん!大丈夫ですか!?どっか痛いところとかないですか!?」
プールサイドに上がると、ミラ子がペタペタといろいろなところを触って確認してくる。
んー、これはセクハラですねぇ…という冗談はさておき。
「あー、大丈夫大丈夫。ドトウもね、怪我はないし、これからは気を付けてね」
大きな体を丸めて縮こまり、目に見えてしょんぼりしているドトウにも優しく声をかける。
「ごめんなさい、ごめんなさい…!ドジばかりでごめんなさい…。私はやっぱりダメでグズでぇ~…」
ドトウ、めんどくさ可愛いな。
「あー、じゃあ、お詫びということで、今度一つお願いを聞いてもらうってことでどうかな?」
「わ、わかりましたぁ…!そんなことでいいなら…が、がんばりましゅ…!」
パンパン、と手を叩く。
「よし、これでこの話おしまい!さあ、みんなトレーニングに戻ろう!」
「いやいやいやいや。えっ、もう今日は終わり~って空気じゃないですか?トレーナーさん、自分の体にもっと気を使いましょ?ね?もうトレーナーさんだけの体じゃないんですからね~?」
ミラ子がすかさず待ったをかける。
さすがにそんなヤワじゃないから。
私は桐生院の血族で、トレーナーだぞ?
「じゃあ今日は終わる?そしたら明日、今日予定してたメニューの最初からだけど」
現状、本日のトレーニング進捗は50%です。
ミラ子の瞳から、すうっと光が消える。
「…きょうやります」
「ミラ子、まだトレーニング中デシタ?一緒シマショ!レッツスイム!」
「わ、私も…お手伝いします!」
体格の良い、マル外ウマ娘二人に両脇を固められ、引きずられていくミラ子。
お前はグレイか。
空が茜色に染まるころ、トレーニングを終え、トレーナー室への道を歩く。
「鬼~悪魔~英語の先生~!鬼~悪魔~プールの先生~!鬼~悪魔~トレーナ~!」
後ろをとぼとぼとついてくるミラ子が、延々と呪詛を吐いている。
「ミラ子、だんだんサボりのスキルが上がっていくよね。今日の寝たふりは本気で見抜けなかったよ」
私の言葉に、ミラ子の毛がぶわっと逆立つ。
「な、なんのことだか、さっぱりわかりませんよ~?へへ。」
ミラ子、こっちを見るんだ。
「正直に言えば、ニンジンアイスをごちそうしてあげよう」
「…ごめんなさい」
あっさり白状した。
トレーナー室の冷凍庫から、二つに割るタイプのアイスを取り出し、パキッと割り、片方をミラ子に渡す。
「でも、さっき私がプールに落ちときはありがとね。助けに来てくれようとしたんでしょ?」
「それがわかってたんなら、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないですか~?わたし、トレーナーさんの愛バなんですよ!いいんですか~、こんな扱いしてると、トレーナーさんのこと、き、嫌いになっちゃいますよ~!?」
「いや、だって、思いっきり溺れてたし…完全にミイラ取りがミイラになりかけてたというか…」
「うっ…」
「まあ、そのうちちゃんと泳げるように、一緒に練習しようか」
遠い目をするな。
「でも、今日のところは、助けに飛び込もうとしてくれた心意気だけは買うよ。実はさ、ちょっと良いホットプレートを買って、トレーナー室にしまってあるんだよね」
ピクッ…。
ミラ子のウマミミが反応する。
「お好み焼き」
ピクピクッ…。
「二枚までなら、具に好きなものを、好きなだけ入れてヨシ!」
「わたし、お好み焼きには一家言あるんですよ~!エビイカホタテ、ズワイガニ! さあさあトレーナーさん、門限に間に合うように、早くお買い物に行きますよ~!」
すっかり元気を取り戻したミラ子に急かされ、買い出しへ。
買い物の途中でタップダンスシチー、アグネスデジタル、ツルマルツヨシ、ダンツフレーム、シンボリクリスエス、ネオユニヴァースと次々に遭遇し、大お好み焼き大会になった。
ミラ子は自称セミプロの腕を余すことなく披露し、実の財布は空になった。
後日、ドトウにはお願いを行使し、ミラ子とめちゃくちゃ併走してもらった。