「今日も敵影はなし、か。ここまで静かだとかえって不気味だな。」
風間さんはそう言って凛の顔を見る。
おそらく…というかほぼ確定で、凛のサイドエフェクトを警戒してのことだろう。
敵の最高戦力ともいえるあいつを殺す存在がいる。
それは大きな抑止力となるはずだ。
あれから3日、いまだ目を覚まさない凛を見るたびに、俺はどんどん焦っていった。
手を握ることもできず、目でしかお前を感じられないのは本当につらい。
(触れたら最悪死ぬ…か)
俺にできるのは、じっと耐えてひたすら待つだけ。
いつもの明るい返事をどうしても期待してたまに声をかけるが、
返ってくるのは「ピッ…ピッ…」というベッドサイドモニタの音だけだった。
いたたまれなくなり、俺は机をたたく。
「ドガァン!」身体能力が強化されるトリオン体だからか、すさまじい音が響く。
「…なぁ、凛。起きろよ…なんだってする…
もう一度話せるなら、笑えるなら、なんだってするから…」
気づけば俺は凛の肩をつかんで泣いていた。
言葉の続きは言えなかった。涙が止まらなくて、
口を開く気にもなれなかったんだ。
ひとしきり泣いた後、夜風にあたりたいという言い訳を作ってドアを開ける。
病室を出ようとしたまさにその刹那、ベッドが揺れる音がした。
考える前に振り返る。俺の目は、たしかに凛をとらえ、
凛の目もまた、俺をとらえていた。
しばらく時が流れて、俺はベッドのそばに立つ凛に抱きつく。
「よかった…ほんとに…よかった…」
感動のあまりうまく話せない。
凛は何も言わず、俺を受け入れてくれた。
そして、優しく俺をたたくと、無線で誰かに連絡をする。
俺は壁にもたれかかり、そのままズルズルとしゃがんでしまった。
ずっと張りつめていた心が、少しだけ緩んだみたいだ。
バタバタといくつもの足音が聞こえ、
真木や風間さん…全員が病室に来た。
「ぼんっどうに!よがっだよ~!」
国近はお手本のような号泣をしている。
みんなみんな、お前のことが心配で、感謝したくてずっとずっと待ってたんだ。
その日の夕食は遠征中でいちばんさわがしくて…暖かかった。
結果的に遠征はわりかし成功の部類に治まったようで、
とくに大きかったのはブラックトリガーにやられたデータをもとに
新兵器を開発できる可能性があることだった。
トリオンを吸収する特殊な銃弾を作って、相手のトリオンで爆発する、
対ネイバー戦において、かなり実用的なものになるらしい。
こうして俺たちは、誰一人かけることなく、遠征を終えた。
「これが今回の遠征の成果です、お納めください。城戸指令」
「ご苦労、無事の帰還なによりだ」
風間さんが報告を進める。
遠征部隊と上層部というすごいメンバーの中に、
私も入っているのだといまいち実感がわかないが、
私のサイドエフェクトの暴走について報告しなければならない。
風間さんが下がり、私は意を決して、前に出た。
「ネイバーフッドについてすぐ、
ブラックトリガーと思われる敵の襲撃を受けました。
私への攻撃を太刀川隊員がかばったことを受け、感情が高ぶってしまい、
最終的にサイドエフェクトを使用して殺しました。
その後3日の療養を経て意識が戻った次第です。」
何回かコソ練したかいあって、噛まずに言えた。
「その後、身体やサイドエフェクトに何か異常はないか」
「はい、いろいろ試しましたが、特に問題はありませんでした。」
よろしい、下がって。そう言われてバレないようにほっと息をつく。
「…さて、帰還早々で悪いが、おまえたちには新しい任務がある。
現在玉狛にある、ブラックトリガーの確保だ。」
あんな強力な化け物といえる存在が玉狛支部に?!
いったいどういうことだと突っ込みたくなるのを我慢し、
三輪隊の報告を聞く。どうやらそのブラックトリガーは、
『相手の攻撃を学習して自分のものにする』らしい。
「ネイバーがボーダーに入隊?!なんだそりゃ!」
当真くんが驚くのも無理はない。
私は表向きにはネイバー肯定派玉狛支部に所属してはいる。
それでも相当珍しいことだ。前例もごくわずかしかない。
「玉狛にブラックトリガーが2つとなれば、
ボーダー内のパワーバランスが逆転する」風間さんが当真に教える。
「チャンスは毎日ある、しっかり作戦を練って…」
「いや、今夜にしましょう。今夜」
根付さんの言葉をさえぎり、太刀川先輩が声を上げる。
驚きが部屋に満ちる。
「…太刀川さん、いくらあんたでも相手を舐めないほうがいい」
三輪くんの考えは至極当然のこと。私もそう思っている。
それに反論する形で先輩が話す。
「相手のトリガーは『学習する』トリガーなんだろ?
時間が経つほどこっちは不利になるぞ」
その言葉に大多数が納得し、
遠征部隊と三輪隊で作戦を立てることになった。
ひと段落してトイレに向かうと、後ろから声を掛けられる。
「遠征おつかれ、凛ちゃん」
「迅さん!ありがとうございます。ちょうど今日帰ったところなんです」
「いろいろあったみたいだけど、無事で何より。
それでなんだけどさ、今日、玉狛に襲撃するでしょ?」
「なんでそれを…あぁ、サイドエフェクトですね。」
「そそ、単刀直入にいうけどさ、
玉狛にいるネイバーといい感じに戦ってほしいんだよね」
「え?そりゃ…戦うことにはなるでしょうけど…」
「ちょっとしたハプニングが起きて、襲撃隊の中で凛ちゃんしか動けなくなる。
そうなったらよろしくね。圧倒は無理でも、抑え込めるぐらいで十分だから。」
そう言って迅さんは去っていった。後から質問が山ほど浮かぶが、もう遅い。
ちょっとしたハプニングというのがすごく不安だけど、
まあみんなならきっとどうにかするはず。
でもいろいろ腑に落ちない。
せっかく玉狛に入れたネイバーを私と戦わせようとするなんて…
これから襲撃する私が言えることではないのだけれど。
迅さんとの付き合いは決して長いとは言えないが、
この人の言動には大体裏がある。そしてそれは、
ボーダーのためだったり、誰かを救ったりする、善意だと思う。
太刀川先輩たちを足止めする程のすごいハプニング…ひょっとして…
そこまで考えたところで、インカムから召集を告げる柚宇ちゃんの声が聞こえた。