君のトラウマ旋空弧月   作:ミルクネコ

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第19話

「いやああああああああああ!!!」

私は訓練中なのだが、すさまじい勢いで迫り来るハウンドに追いかけ回されていた。

「すげーだろ!これハウンド2つ合わせたホーネットって言うやつなんだけどさー」

出水くんの言葉なんて耳に入ってこない。

これをよけるだけで手いっぱいなのに、

バイパー、アステロイドもおりまぜてくるからタチが悪いとかいうレベルじゃない。

既に何発も受けており、こちらとしてはもうやめてほしいのだが、

太刀川先輩に言っても笑ってばっかりで聞いちゃいないし、

元凶である出水くんは練習したいというだけの向上心で弾幕を放っているため、

無理矢理止めるのは気が引ける。というかそれ以前に止める隙がない。

やむを得ずATフィールドを展開してその場にへたり込む。

「ギ、ギブ…」出水くんのシューターとしての技量、センスは一級品であり、

私では視認するのが精一杯だ。反撃とか考えていられない。

「ずっと聴きたかったんだけど、なんで私で練習したいなんて言ったの?」

息を整えながら、私は出水くんに疑問を放つ。

対アタッカー対策をしたいなら、

ただ単に回避能力が高い人にお願いすれば、もっと有意義な訓練になるはずなのに。

「あー、同じ隊の仲間だし。俺の弾を知ってりゃ連携も取れるだろ?」

理由には納得したが、さっきから出水くんの目が泳ぎまくっている。

なんとなく太刀川先輩を見ると、

顔に笑顔、右手にサムズアップで壁にもたれていた。

よくわからなかったのでスルーすることにして、会話を続ける。

「俺の弾どんな感じだった?」

「ホーネットに集中させて、

アステロイドとバイパーで撹乱と攻撃…すごく怖かったな…」

「やっぱ弾数でゴリ押すのが正義ってことか?」

たぶんそうなのだがなんとなく肯定しがたい。

そのとき、先輩が声を上げた。

「ひとまずメシ行かね?」

会話を突き破ったその一言は私たちの頭を的確に撃ち抜き、

そうして私たちは食堂に向かった。

先輩は力うどん、出水くんはエビフライ定食、私は唐揚げ丼にした。

2人とも、かなりの頻度で同じものを食べている気がするのだが、

飽きたな とか思わないのだろうか。

雑談を交えつつ各々食べ進めていると、

私は昨日の電話についてききたかったことを思い出した。

「そういえばなんだけどさ、

何で太刀川先輩が出水くんの用事を伝えたの?普通に忙しかったとか?」

それを聞いた途端出水くんは顔を少ししかめ、先輩の腕を肘でこづく。

先輩はうどんの汁を飲み干した後に、私の目をまっすぐみて口を開く。

何を言うつもりなんだろう。ファーストキスを送りあったあの日から、

先輩にまっすぐ見られるとかなり緊張するようになってしまった。

私の緊張などまるで気づかないように、先輩が口を開く。

「凛と話したかったから…出水をダシにして連絡したんだ。

訓練だっていえば、お前は来てくれるだろ?

最近話せなかったしちょうどいいと思って」

若干の申し訳なさを目に宿して先輩はそう言った。顔がほてっていくのを感じる。

「は、話したいのなら別に…

出水くんを巻き込まなくても…できるよ。今日だって任務なんだし。」

落ち着け私。先輩はただ話したいと思ってちょっと強引な手を使っただけ、

それに一応訓練なのだから出水くんの負担になったわけではない。

それならあまり気にしなくてもいいはず。

私は必死に先輩に返す言葉を探したが、どうにも見つからなかった。

その後はお互い気恥ずかしくなってしまい、

あまり言葉を交わさずに気付けば今日も1日が終わってしまった。

その日の夜はなんとなく寝付けず、

玉狛支部の屋上に出て寒空の下で考え事をしていた。

どのぐらい白い息を吐いただろうか。

後ろから聞こえる軽い電子音に気付き、振り返る。

「レプリカ…?」 

「そうだ、和泉凛。君のサイドエフェクトについて情報を提供したい」

予想だにしていない人物?の登場により、

考えていたことはほとんど吹っ飛んで行ってしまった。

ATフィールドについて何か知っていると言うのか。とっさに思考を切り替える。

真偽を確かめるのは後でいい、私はレプリカの情報をもらうことにした。

条件として、遊真が危機に陥ったときに守るよう言われた。

私がそれに承諾したのを確認すると、レプリカは語り始める。

それは、想像もできない遠い国の話であった。

「かつて君たちの言うネイバーフッドの内の一国、

ジオラルクドグマにはATフィールドが組み込まれた特殊なトリオン兵が製造されていた。

厳密には、トリオン兵の中に人が入り、

パイロットのもつATフィールドを、トリオンで強化&具現化されたものだ。

君のサイドエフェクトほど応用は効かないが、

耐久性は通常のトリオン兵より大幅に強化されていた。

しかしそれに一度乗ると、

トリオン兵と融合して出られなくなるという致命的な欠陥がある。

自国の防衛戦争が終わって

降機しようとしたタイミングになって、パイロットたちはそれに気づいた。

彼らはそれを知らされていなかったことに激怒し、反逆を起こすことにしたそうだ。

しかし、ほとんどの機体の内蔵トリオンはごく僅かになっており、

動かせる状態ではなかったのだ。

そこで1人の少尉に反逆者全員のATフィールドを集中させ、

強化された一体が暴走状態となった末ジオラルクドグマを滅ぼした…

ここまでが、ATフィールドに関する記録だ。」

夜風のに吹かれる寒さも忘れ、私はレプリカの話に聞き入っていた。

なんてむごい話だろう。乗組員たちは国のために命をかけて戦ったというのに、

最後には自分を守るカナメであるトリオン兵の中で生き絶え、

反逆者という烙印を押され、憎まれながら死ぬ。

自国を滅ぼすつもりなんてなかっただろうに。

「ATフィールドは思いを色濃く反映する。それは自分と他者の間だけではない。

他者と他者の間にも作ることができる。

例えば修につけて、ネイバーからの攻撃を防ぐことなどもでき、追従させることも可能だ。

大切な人をを脅威から守る時、その時こそATフィールドは真価を発揮する。」

確かに遠征で私が暴走したときは、

風間さんが戦闘不能・太刀川先輩が生身を敵に晒す、

という極めて危機的状況だった。レプリカの説明とも合致する。

「私の持つデータを君の高機能携帯電話端末に送信しておこう。」

長ったらしい漢字の羅列は、どうやらスマホのことみたい。

「いい情報ありがとう、でもどうして教えてくれたの?」

「遊真にこの日々を楽しんでほしいからだ。

ボーダーの強化は遊真の安全に直結する。

君のサイドエフェクトで、非常時には守ってあげてほしい。

私はトリオン兵だが、遊真の幸せを、自由を何より望んでいる。」

不思議と私には、レプリカが微笑んでいるように見えた。

 

それからというもの、私は普段の訓練に変化を加えるようになった。

今までは自分の身を守るために『自分』と『相手』の間に展開しており、

自分自身しか基点に考えられていなかった。

レプリカの話しの通りなら、誰かにATフィールドを預けることができるはず。

私の意思、感情に引っ張られるものなら、

私のイメージ次第でかなり幅がきくのではないだろうか。

ただ、誰かに預けたら、当然自分の使えるフィールドは制限される。

それに私がある程度近くにいるか、意識を割いていないと強度が下がってしまう。

あとは…全部破壊されたらどうなるのかまで

確かめたかったが、先輩から全力で止められた。

「遠征のときでさえ超長い気絶だったろ!これ以上体削るのは認めん」

私が要件を言い終わる前にそう言われてしまったので、強く出れない。

「あと…クッキー作ってきたんだ。食うか?」

私はしばらくまばたきを繰り返す。

信じられん。いつももらってばっかりだった先輩が、

誰かにお菓子を、しかも手作りであげるだなんて。

「…ありがとう。いただきます」

しかしそのクッキーから聞こえたのは、

サクッとした軽い音ではなくゴリッという硬質な音だった。

「どうだ?美味しいだろ」

私はクッキーをもう一つ手に取り、先輩の口にねじ込んだ。

しばらくゴリゴリした末、お互い顔を見合わせる。

「「硬い」」味は良かったのだが、ものすごく硬い。

「先輩…生地ってどれぐらい混ぜたの?」

「すごいいっぱい」…なるほど。簡単に言うと、

混ぜすぎるとグルテンが出過ぎて通常のクッキーより固くなってしまうのだ。

先輩の持つ袋を見るに、まだ相当な量が残っているみたい。

「風間さんたちに配ってくる」頭をかきながらそう言うが、

そんなものをばらまかれるとDANGERをダンガーと読んだみたいな、

また頭がやばいエピソードが増えてしまう。

「これ使ってお菓子作るから、手伝って!」

パティシエ志望の私にとって、

お菓子で誰かを傷つけるなど、とても見逃せない行為である。

幸い食堂のおばちゃんと面識はあったので、キッチンを貸してもらうことにした。

私は早速、チョコレートとバターを溶かして混ぜる。

先輩にはクッキーを砕いてもらうことにした。

力に結構な差がある以上、任せた方が得策だ。

チョコレートバターに粉微塵となったクッキーを加えて再度混ぜる。

かなりの量になってしまったが、食堂で売って貰えば大丈夫だろう。

トリオン製の特別な冷蔵庫で冷やしてもらって完成!チョコクランチである。

四角く切って一つずつ先輩と食べる。

さっきのすさまじい硬さはほどよいザクザク感へと変わり,

結構食べごたえがある。私は3つ、先輩は8つ食べたところでギブアップとなり、

残りはキッチン使用代として食堂で売ってもらうことにした。

以前チョコ餅を提供した際はずいぶん儲かったらしく、

私にも利益を分けてくださった。

「どんぐらいもらったんだ?」

「2000円ぴったり」

「もうそれバイトじゃん」

「食堂利用者なら自己紹介が簡単で助かるんだよね。」

「お菓子作ったの私です!って言うのかそりゃぁいい。」

そう言って先輩は私の顔を見る。

「今度、うまいクッキーの作り方、教えてくれ。お前に食わせてやりたい。」

「リベンジってこと?別にいいけど…」

「ああ、明後日、俺の家でいいか?」

「場所わかんないから、いっしょに行ってくれるならいいよ」

「よし!決まりだな」

うれしそうに笑う先輩を見ていると、つられて笑ってしまう。

ソロランク戦や防衛任務をしているうちにその日はやってきて、

私は先輩と肩を並べて(身長は足りないが)道を進む。

「空閑が緑川をボコしたらしいな」

「え!緑川くんが?!」

ボーダー内最速とも言われるあの子も負かすなんて…

遊真くん…やはりすさまじい戦闘スキルだ。

「お前も抜かされないようにな」先輩…目が笑っていないじゃないか。

一瞬冗談に聞こえたが、当人はそういうつもりじゃないらしい。

正直今でもだいぶキツイが、私にもプライドがある。それは言わないでおこう。

そうして雑談をしているうちに先輩が住むにしては大きい家に着いた。

てっきりマンションとかだと思っていたのだが…いささか舐めていたようだ。

先輩の後についてその家に入る。

「おじゃまします」一応これは言うべきだろう。

するとドタドタと、階段を勢いよく降りる音が聞こえた。

「慶!今日は迎えに行くと言っただろう。」

「あー悪い悪い。連れがいるからさ、後にしてくれ」

突然現れたその人物に私は驚きを隠せない。

「し、忍田本部長?!」なんでこんなところに居るのだろう。

困り顔の私を見て、先輩に向かってため息をついた後、本部長はワケを語り始めた。

それは簡単に言うと、こんなものであった。

大規模侵攻で身寄りのなくなった先輩をボーダーに入れたはいいものの、

寝坊常習犯かつ放浪癖持ちでは寮で暮らすのも無理。

結局師匠兼保護者として本部長と過ごすようになった…ということだった。

寝坊はわかるが、放浪癖なんて知らなかった。いったいどうして…

「慶が迷惑をかけたようだ。すまない」そう言って頭が下げられる。

考え事は頭から追い出され、私は慌てて口を開けた。

「お、お顔をあげてください!」というか迷惑なんてちっともかけられていない。

「なあ忍田さん、もう済んだ?凛との用事があるんだよね」

先輩は私の手首を掴んで有無を言わさず引っ張る。

「これが作りたい」目の前に出されたのは餅クッキーのレシピ。

韓国のお菓子なのだが、よくこんなもの見つけてきたな…

「材料はある。俺が作るから隣にいてくれ」

餅粉、コーンスターチ、砂糖…迷いなく材料が混ぜ合わされる。

一緒にマカロンを作った時にあった不慣れさは消え失せており、何より無駄がない。

うまいクッキーの作り方を教えてほしい?そんな必要まったく感じない。

「慶はここのところずっとこのクッキーを作っていてな」

「忍田さん!それ言わねぇ約束!」

先輩が声を上げるが時すでにおすし。そうだったんだ。

思わず横を向いてしまう。先輩は気恥ずかしそうにクッキー生地を触っている。

何か言おうと思った。ただ言葉が出てこない。そして言葉がだせなくなった。

「食え」

少し…結構強引にクッキーが口に押し込まれる。

チョコレート風味のクッキーを砕くと、中からほどよい弾力の餅が出てきた。

次第にモチモチとザクザクが合わさって独特の食感になっていく。

要するに、すごくおいしい。

「すごくおいしい!先輩ありがと!」

そう言うと先輩の口角が一気に上がる。

「うまくできたのならよかった。そうだな…凛、俺に食わせてくれないか?」

へ?この感じ、前にもあったような…

戸惑っているうちに、目をつむって軽く口を開けた先輩。

こんな時に限って忍田さんはどこかに行ってしまったようで見当たらない。

恥ずかしくてできないとか頭は訴えていたが、

不思議と体はあっさり動いた。

クッキーをつかみ、先輩の眼前までもっていく。

息遣いだけが聞こえるキッチン。誰の声も響かない静寂。

それを、ザクッと音を立ててクッキーが破る。

「…格別だな」

ささやきは耳をなでて溶けていった。

 

正直おどろいた。

てっきり恥ずかしがってできないとか言うと思ったのに。

うれしいはうれしいが、俺は少々混乱していた。

途中途中、これで大丈夫かとか、いろいろ聞きたいことがあったのに。

クッキーを作っている途中、俺の横顔を見つめるあいつにドキドキさせられて、

それどころじゃなかった。忍田さんも余計なこと言いやがるし…

凛と約束をしたおとといから、俺は練習に練習を重ねてレシピなしでも作れるようになった。

忍田さんからはあきれられたし、ランク戦ついでに配って不審がられるのもこたえたが、

凛に最高のクッキーを食わせた&直接食わせてもらったのはすごくうれしかった。

ただ一つ不満があるとすれば、

連日のように自作のクッキーを食べていたせいか、若干体重が増えたことである。

明日から、俺も凛と一緒にランニングしたほうがいいのかもしれない。

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