君のトラウマ旋空弧月   作:ミルクネコ

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第23話

家がなくなった後だったのもあり、荷物はほとんどなかった。

凛もリュックに収まる程度みたいだ。主に玉狛の備品を使っていたかららしい。

「先輩…」

「わかってる、今話すから」

不安げに見つめられると、決心が揺らいでしまう。

本当に話すべきなのか、自らを守る盾ともいえる

ATフィールドが、一番自分を害していたなんて。

おもむろに俺は凛の手を握る。手の震えは消えた。深く息を吸い、前を向く。

「お前のフィールド、壊れるごとに…傷つくごとに…おまえ自身の寿命が削れてくらしい…

出すだけでも少し減るみたいなんだ…だから…もう使わないでくれ…」

声が震え、後半は言葉になっていたかすら怪しい。

「今日の個人戦、そういうことだったんだ」

涙でぼやけた目で凛の顔を見る。その目の奥には驚きと恐怖が薄く広がっていた。

「大規模侵攻のときも…ずっと頼ってばっかだったし、今日だって1枚…」

涙が頬を伝う感覚に驚いて言葉が止まる。俺、泣いてんだ。

へんだ。全然とまんない。ほんとに辛いのは凛の方なのに。どうして俺が。

そのとき、ぼやけた視界が白で満たされる。ティッシュを優しく当てられて、

涙がじんわりと染み込んでいく。凛はそうしている間何も言わなかった。

声の出し方なんて忘れて、しばらく泣いていると俺の中で何かが湧き上がる。

(俺には責任がある、ボーダーに入れ、寿命を削らした責任がそれに向き合うには…)

「凛、もう大丈夫だ。ところで腹減らないか。飯にいこう」

こいつの寿命をこれ以上無駄に消費させないこと。今はそれだけだ。

「…うん!ついでに日用品も買わなきゃ…」

俺たちはショッピングモール内のファミレスに入った。

うるさくない程度の周りの話し声が俺を落ち着かせる。今日ばかりは心地よかった。

「凛はリュックに何いれてきたんだ?」

「置き時計に歯ブラシに…あとは҉し҉た҉ぎ҉とか…」

雑談をしているうちに料理が届く。俺たちはまあまあ食べる方だから、

店員さんとロボットのタッグで運ばれてきた。ご苦労様です。

ミネストローネとパスタとパン。俺の生み出した完成形である。

まだ熱いミネストローネに息を吹きかけていると、

凛がドリンクバーで出来るアレンジを教えてくれた。

オレンジとぶどうを合わせたやつなのだが、想像以上にうまい。

お互いが食べ終わるのを待ってから、俺たちは店を出た。

「あー…俺下着買いたいから、ちょっと待っててくれ」

「わかった」

待たせている以上、なるべく急がなくては。

幸いさほど遠くないところに店を発見した。

黒とネイビーと…あ、これ前使ってたやつ!ボクサーパンツ3つと

インナーシャツ3つをかごに入れてレジに向かおうとしたら、すぐ後ろから声がした。

「先輩…昔はヒーローものばっかだったのに、こんなの買うようになったんだ」

「うわあ?!おい、なんでここにいんだよ!」

振り返るとそこには凛がいた。待っててといったのに。

「そりゃ小学生のころだろ。3年ぐらいまでの話」

「ダウト。6年まで着てたって先輩の友達言ってた!」

あとでどいつか問い詰めてスタ連でもしてやる。なんやかんやありながら、

一応無事に購入できた。シャンプー、トイレットペーパー、掃除用具なども続けて買った。

調理器具がそろうまでは外食やインスタントとかでなんとかすることに決め、

俺たちは帰路についた。荷物は俺が全部持ちたかったが、さすがにきつく、

しぶしぶではあったが凛に持ってもらった。

「ご飯代くらい自分で払えたのに」

「まだ言ってんのか。お詫びの気持ちとして受け入れろ」

ファミレスでもスーパーでも同じことばっか繰り返すこいつに、肩をすくめた。

「お詫びなんて…もう気にしなくていいのに」

そうは言っても、命にかかわる大事なことだ。

たとえ凛が許したとしても、俺は俺自身を許せないだろう。

「先輩がそうしたいならいいんだけど…」

そうして考えているうちにアパートについた。

相変わらずここで同居生活をする実感がまるでわかない。

手分けして買ってきた日用品をセットしてから、俺たちは一つの問題に直面した。

「「お風呂どっちがさき入る?」」

お互いの声が重なり、しばらく膠着状態となる。

「凛が先でいいぞ。俺けっこう長風呂だし…」

「なら…お言葉に甘えて、先入っちゃうね」

俺の考えた最強の理由が見事にはまり、順番が無事に決まった。

それからしばらくたってお湯が張れ、凛は風呂に入っていった。

見届けた後、リビングのソファに座ってスマホをいじる。

画面を見ると、おびただしい量のメッセージと着信が表示されていた、

そのすべてが、忍田さんによるものである。俺はため息をついた後、おとなしく電話を掛ける。

「慶!少しくらい連絡をしてくれたっていいだろう、心配したぞ…」

「こっちは忙しかったんだよ。今やっと一息ついたとこ。あとメッセージ送りすぎ。

俺ももう20歳の大人ー」そこまで言ったところで異音がした。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

その直後に衝撃音。それらはたぶん風呂場から聞こえた。

俺はすぐにスマホを置き、リビングを出る。そこに迷いは一切ない。

「慶!今のは一体なんだ!…」風呂場前までは、忍田さんの声など届かなかった。

勢い良く風呂場のドアを開けると床にあおむけに転んだ凛がいた。

すべって背中を強打したのだろう。痛そうに顔をしかめている。

とりあえず助け起こそうと身をかがめるが、そのとき俺の脳に電流が走る。

ここは風呂。目の前にいるのは女。=全裸。

俺男→セクハラ→でも相手けが人→助ける→セクハラ→でも見過ごすのは…

「先輩っ?!これくらい大丈夫で…あぁぁぁ!どこ触って…」

「怪我してるんだろ、ちょっとはおとなしく…」

バタバタ暴れるこいつに、俺はタオルを2枚放る。

そうして胸と下腹部が白地に覆われ、やっと落ち着いたみたいだ。

正直俺も全然落ち着いてなかったから、ありがたい。

ちょっと待ってろと言い残し、消毒やら絆創膏やらを取りにリビングに走る。

なんか忍田さんがうるさいのは無視するとして、再度風呂場に戻った。

胸を隠して背中をこちらに向ける凛。傷に慎重に消毒液を吹きかけるが、

その手がふと止まってしまった。タオルの隙間から、胸のふくらみがちらりとこちらを見ている。

それは俺の視線をものすんごい引き寄せるが、なんとか耐えて、絆創膏をペタペタ貼った。

「ほい、終わり」

防水性のやつだから、まあどうにかなるだろう。

「あ、ありがと…」

そそくさとリビングに退散し、スマホを手に取る。

「慶、女性の悲鳴のようなものと、お前の雄々しい声が聞こえてきた…

まさかとは思うが、和泉さんに…」

「してないしてない!誤解だぜ忍田さん!ただ風呂場で…」

「風呂場で?!」

「違うんだ!そういうことじゃなくて!」

俺は凛がすべって転んで怪我したこと、それの手当てをしたことを話す。

「……そうか」

なんか返答に間があったような気がする。電源を切ってあくびを一つ。

後ろから音がし、振り返ると凛がいた。首にタオルをかけ、のぼせたのか顔を赤くしている。

「先輩…お風呂出たよ。さっきは…その…」

「わかった、入ってくるわ。さっきはごめんな、焦っちまった」

凛の言葉をさえぎって謝る。そのまま風呂場に行って服を脱いだ。

湯船につかりながらぼんやりと上を向く。

白い天井は、無意識にあいつが身にまとった白いタオルを彷彿とさせる。

一瞬だが見てしまった裸体、特別意識したわけではないが、俺の脳裏に刻まれている。

ほぼ事故のようなものだし、それはあいつもわかっていることだと思うのだが…

「がっつり見ちゃったもんなぁ…」

声が浴室にふわっと広がる。反響したそれは再び俺の耳に届き、いやでも実感を強めた。

俺の息子が目覚めるのを感じ、浴槽から出て風呂イスに座って自慰をする。

興奮で少しぼんやりとした頭で思う。やっぱり順番はこれで正解だった、と。

これを想定していたわけではないのだが、結果オーライだ。

自慰が終わり、しばらくしてから俺は風呂を出た。

眠い目をこすりながら歯磨きを済ませ、リビングに戻る。

ソファに凛はいなかったのを見るに、凛はもう寝室に行ってしまったのだろうか。

今日はなぜだろう、夜更かしをする気は微塵も起こらなかった。

電気をバチバチ消しながら2階に上がると、1つの部屋のドアが開いていた。

(寝顔でも拝んでやるか)

中に入ると、ベッドはもぬけの殻で代わりに窓が開いていて、

風に吹かれたカーテンがふわりふわりと波を作っていた。

まさかベランダに出ているというのか?1月下旬、冬真っ盛りだってのに。

俺はカーテンをめくって、やはりそこにいた凛に声をかける。

「寒くないのか?」

「少しだけ」

ベランダ用のサンダルを履いて隣に立つ。ここらへんは警戒区域外の中でも

比較的建物が少なく、自然が残されている方だ。今日のような冬空を見ると、

そこそこの数の星が瞬いているのが見える。星を眺めるのなんていつぶりだろう。

そうやって少し意識を空に向けていたのだが、凛がぽつりと言葉を発した。

「私、どうやって戦えばいいんだろ」

ATフィールドを使うなと言った俺が言うのもなんだが、

正直フィールドがないこいつは想像以上に弱い。

まず、絶対的な対シューター性能が失われる。フィールドでの防御があってこそ

距離を詰めやすかったのだから、当然だ。

次に、とれる選択肢がかなり狭まること。フィールドでの行動阻害、今日やられた

攻撃を途中で止めるやつとかも封じられると、かなりシビアな戦闘になるだろう。

トリオン量がかなり低いから継戦能力もダントツで低い。

そこまで考えて俺は白い息を一つはいた。

城戸さんはサイドエフェクトがあるから遠征に行かせたと言っていた。

そもそもボーダーに入ることができたのもサイドエフェクトによるところが大きい。

俺がボーダーに連れて来たのだって謎の壁が突然現れたからだ。

凛の道を示したATフィールド。今では道をふさぐ壁となっている。

俺はごちゃつき始めた思考を回すが、答えは出ない。

時間がゆっくりと過ぎ、何の前触れもなく凛は部屋に戻った。

それから少ししてから俺も自室へ行って、ベッドにダイブしてそのまま寝た気がする。

泣いて笑って悩んだ、同居1日目はそんな日だった。

 

 

 

寿命が削られるサイドエフェクト。それは未来を拓き、そして閉ざすものであった。

いつ戦力外通告を受けるかもわからない中で、

サイドエフェクトなしでの戦闘訓練がはじまる⋯

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