君のトラウマ旋空弧月   作:ミルクネコ

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第26話

「ゑ?防衛任務?」

 

個人戦を終えて新居に帰り、太刀川先輩と歩道を歩いている最中。

 

荒船隊vs諏訪隊vs玉狛第2のランク戦、

荒船君に誘われた手前リアルタイムで観戦したかったのだが残念だ。

 

いくらログで観れるとは言え、喪失感は大きい。

後で荒船君に詫びを入れておこう、もちろん応援メッセージもつけるつもりだ。

 

「しっかし荒船と引き分けかぁ…風間さんにお願いした甲斐があったぜ」

 

先輩の一言で、私は朝から聞きたかったことを思い出す。

 

「そういえば修行の件…私に伝え忘れてたの?」

そう言った途端に目が泳いだ。言及しようと思ったが、その前に話題がすり替えられる。

 

「ところで風間さんとはどんぐらい戦ったんだ?」

 

「60戦ぐらいして、50…51回負けたかな。やっぱりすんごく強いね」

 

自嘲気味に笑って答えると、先輩は真顔で口を開いた。

 

「いやすげえな。スコーピオン1本でだろ?」

 

「で、でもハンドガンだって装備してるし…」

 

「カメレオン相手に当てらんねぇだろ。認めていい、お前は強い」

 

完全に予想外だった。先輩の顔に軽妙洒脱な笑顔はなく、真剣そのもの。

声もいつもより少し低いのは…気のせいだろうか。

 

「あ…ありがと…」まっすぐに褒められたのがうれしく、

そして恥ずかしかったからか、はたまた先輩の様相に気押されたのか。

 

お礼を言ったものの声がすごく小さくなってしまった。

 

「ははっ!少しくらい調子乗っていいんだぜ?」

 

さっきの顔とは打って変わって不敵な笑みを浮かべた先輩。

 

いつもならサラッと答えられるのになんでだろ、言葉がうまく出てこない。

困惑している間にも足は自然と動いて家に着き、なんとなく中に入る。

 

手分けして荷物の整理をしていると、不意に先輩が手を止めてこちらを向いた。

 

「明日のランク戦の解説…東さんだったよな?」

 

B級東隊隊長の東さん、

会ったことはないけれど相当腕のたつ狙撃手だと広く認知されているすごい人だ。

 

「そうだよ。有名人だし1回くらい会いたかったなぁ」

 

「よし、俺にまかせろ!」

 

先輩は急に大きな声を出して目を爛々と輝かせる。

何をするのかまでわからないが、ログが見られるならそれでいいや。

 

整理や着替えが終わってひと段落した後、

私が夕食を作っている間にお風呂掃除をしてもらうことにした。

 

ご飯を炊く準備をしてハンバーグのタネをこねる。

 

小さく聞こえたシャワーの音に耳を傾けながらフライパンに乗せて焼いて、

しばらくしてから裏返し、

蓋をして蒸し焼きにする…昔から幾度となく作ってきたハンバーグ。

 

レシピもタイマーも使わずに完璧に作れるのが自慢だ。

ジュゥジュゥと鳴る焼き音の後ろで聞こえていた水音が消える。

 

それからしばらくして先輩がキッチンに戻ってきた。

 

「おっ!ハンバーグか。なんか手伝うことあるか?」

 

「んー、じゃあご飯盛ってほしいかな」

 

「了解」2つの茶碗は色違いの同じデザイン。アングレカムという、

星のようなお花がかわいいイラストになっている。

 

ちなみに選んだのは先輩。

ハンバーグと味変用のソース2種、

ベーコンポテトサラダをそれぞれお皿に盛り付けてリビングテーブルに乗せる。

 

「自分でできるって言ってるのに」

 

「かわいい後輩に給仕させるのは性に合わねぇ」

 

ついとげのある言い方をしてしまったが、先輩は意にも返さず手伝ってくれる。

そうして「ありがとう」って言うと得意げに口角をあげるんだ。

 

「どうした?早く食べようぜ」私は頷いて、先輩と一緒に手を合わせた。

 

 

 

色々終えて自室に戻り、なんとなくスマホを触る。

あまり開かないメールボックスにはボーダー本部からの連絡が入っていた。

 

「明日の太刀川隊防衛任務について。和泉隊員につきましては

城戸最高司令官より通達があるため免除となります。17時に第2会議室かぁ…」

 

衝動的にスマホを放り出してベッドに寝ころぶ。何を言われるか予想はついたが、

それを考えるなんてしたくない。

 

明日の自分に全部任せることにして、さっさと枕に頭を預けた。

 

 

 

凛との共同生活も2日が過ぎようとしている。

凛と一緒にメシ食って皿洗って風呂は…別々だけど同じ屋根の下で暮らす健全なものだ。

 

形式上、上層部からの「ATフィールドの暴走対策及び監視」という任務になってはいるが、

はっきり言って嬉しすぎる。

 

説明をなんとなく聞いてわかったが、

どうやらATフィールドの対処ができて、

幼馴染という点でも最適だってことで俺が選ばれたらしい。

 

風呂上がりのストレッチをしながらスマホをいじっていると1件の通知が目についた。

 

「明日の任務について?」配置換えとかそんなもんだろと思って開くと、

全くもって予想外の文面が映し出された。「凛が…呼び出し?!」内容は、

忍田さんからの通達があるから凛は任務ほったらかして来い、と言うものだった。

 

あいつが俺みたいなやらかしをするはずはない。

とすると思い当たるのは…(サイドエフェクト!)

 

冷や汗が頬を伝い、スマホを持つ手がじんわりと熱を持つ。

どう考えても嫌な予感しかしない。任務をサボってでも乱入しようと俺は決意した。

 

場所は本部長執務室、いくら忍田さんでも黙って見過ごすわけにはいかない。

 

考えているうちに体を伸ばし終え、眠気に押されてベッドにダイブする。

 

壁に背を向けて暗闇を意味もなく見つめているうちに、思考がだんだんと脱落していった。

そしてそれに気づく前に頭は闇の底へゆっくりと沈んでいく。

 

本気の睡魔に抗う行為は意味をなさない。

もっとも俺の場合、抵抗の意思なんて少しもないんだがなぁ…

 

 

翌日、俺はなるべく凛と一緒にいるようにした。昼飯も食べて、個人戦もやった。

 

またATフィールドを斬って凛の寿命を減らさないかヒヤヒヤしたが、

驚いたことに1枚も出さなかったから安心した。

 

使わないという約束を守ってくれてうれしい。

まあ結果は8ー2、思ったより善戦されたから驚きは2つに増えた。

 

戦いが終わってから、少しばかり喧騒から離れて電話をかける。

 

「出水、折り入ってたのみがある。」

 

「なんですか太刀川さん。頼みだなんて珍しい…レポートなら風間さんに振りますよ?」

 

「いや、今日の任務なんだが…お前1人で頼めるか?」

 

「……は?何言ってんすか?」

 

「お前にならきっとできると思うんだ。途中で合流はするし」

 

「そう言う問題じゃなくて、ふっつーにいないとダメですって。サボりですか?」

 

「そうだ」

 

「返事はやぁっ!」

 

(仕方なく)俺は出水に事情を説明する。

忍田さんの部屋に突撃することもまとめてぶっちゃけた。

 

やめたほうがいいと何度も言われたが、最終的に知らぬ存ぜぬで通してもらった。

 

「太刀川さんが来ないーってことにしますけど、すぐ本部に連絡はしますから。

柚宇さんには太刀川さんからもなんか言っといてくださいよ」

 

「了解、ほんじゃよろしくなー」

 

「あ、そうそう。執務室凸するときは

トリガー持ってかないほうがいいですよ。通信とか位置情報とかバレるんで。」

 

最後に有益な情報をもらって通話は終わった。

17時まで、残り15分、まずは情報を整理しよう。

 

目的は本部長執務室で行われる凛と忍田さんの話を傍受、場合によっては割り込むこと。

 

できればバレないで目的達成からの任務に遅刻しました〜ってノリで終えたい。

どうにか執務室に潜入し、そのまま任務に参加するには…

 

①カメレオンを使う 

ただトリオン反応でばれるかもしれない。

凛が換装していたらごまかせるかもしれないが…

 

②生身凸

忍者でもないと厳しい。忍田さんの場合気配でばれそう。

 

③小細工なしで正面突破

これだ!!

 

こうして俺のぱーふぇくと侵入作戦が始まった。

 

 

 

レーダーをよく見て可能な限り知人を避けて道を進む。

本部長執務室へは不思議なほど早く着いた。妙だなと感じはしたものの、

 

扉を開けて足を踏み出す。ざっと中を見回すが、忍田さんしかいない。

 

「忍田さん。凛はまだここにきてないのか?」

 

時刻は17時ぴったり。時間尊守のあいつならすでに来ていると思ったのに…

 

「太刀川さ~ん、任務サボるのはだめでしょ」

 

バタンという音と共に扉が閉められる。そこにいたのは迅だった。

 

「和泉くんは城戸指令と話している。つまりここには来ない」

 

「太刀川さんが妨害する未来が視えたからね、メールに細工させてもらったよ」

 

俺の頭の混乱が収まるまで少しかかったが、要するに嵌められたってことだな。

メールには、確かに『本部長執務室』と書かれていたはずだ。

 

「お前に送ったメールは偽物。和泉くんに送られたメールは一部異なった本物だ。

本当の集合場所は第2会議室、まんまと騙されたな!慶!」

 

そう言って忍田さんは声をあげて笑う。完全に悪役の顔をしていやがる。

 

「さて、時間稼ぎをさせてもらおう」

 

俺は強制的に椅子に座らされ、立ち上がろうとするたびに迅と忍田さんに止められた。

トリオン体ならば振り切れる可能性はあったが、

あいにくトリガーはロッカーにしまってきた。

 

(位置情報に引っかからないためとはいえ…さすがに無防備だったか…)

後悔してももう遅い。俺には待つことしかできなかった。

 

広く浅く深呼吸をしてから、目の前にある扉をノックする。

「入ってくれ」

 

数秒もしないうちに返事が返ってきて、一拍おいてから中へ入る。

城戸指令とこうして対面するのは2度目だっけ、少し感慨深く思いながら足を進める。

 

「和泉隊員、まずはお礼をさせてくれ。今季の遠征、

それと第2次大規模侵攻においての活躍、

伝えるのが遅くなったが非常に感謝している。」

 

「ありがとうございます、城戸指令。」

 

「そして謝罪もさせてくれ。君のサイドエフェクトを使用することによって

君自身の寿命が削られる…それを知らなかったとはいえ、君の力に頼ってしまった。

上層部を代表して謝意を表させてもらおう。本当にすまなかった。」

 

城戸指令は神妙な面持ちでそう語り、言い終わると同時に頭を下げられた。

 

「しゃ、謝罪だけが目的ではないでしょう⁈続きをお願いします…」

 

「ああ、私からの提案が一つある。

ボーダーをやめて一般人として生活をしてもらいたい。

君に残された時間は約15年だ。

長く生きられたとしても30代でこの世を去ってしまうだろう。

せめてもの償いとして、君の命が尽きるまで、

住居や生活費はこちらから支給させてもらう。

もちろん強制ではない。君の人生は君のものだからな。

ただ…君には戦線を退いて無事に過ごしてほしい。これは個人的な願いだ。」

 

私は何も言えなかった。何を言えばいいのかわからなかった。

あと15年で死ぬかもしれない。たくさん使わなければこうはならなかったかもしれない。

 

でも、使わなければ遠征から帰ってこれなかっただろうし、

大規模侵攻では大した戦果も挙げられずにベイルアウトしていたはずだ。

 

ATフィールドを使ったこと、頼ったことを後悔なんてしていない。

 

やっと幸せの尾ひれをつかみかけたというのに、

ボーダーをやめてしまったらみんなとは関われなくなる。

 

それは嫌だとはっきり思った。

 

しかし一方で、

ボーダーを続けていればまたフィールドを使わなければいけないかもしれない。

 

そうなれば当然私の寿命は削れに削れてしまうだろう。

 

オペレーターやエンジニアになることも頭をよぎったが…

先輩と一緒に過ごすには、太刀川隊として今の立場にいるのが一番だ。

 

よし、腹をくくろう。

 

「私は…今のまま、ボーダーとして任務に取り組みます。」

 

沈黙が部屋を満たす。しばらくしてから城戸指令が口を開く。

 

「君の意思だ、最大限尊重しよう。何か要望があるのなら可能な限り応える。

改めて本当にすまなかった。そして…ボーダーに力を貸してくれて、ありがとう」

 

いろいろ終わって、私は本部基地の屋上に来ていた。

 

ここはめったに人が来ない。監視カメラの死角でスマホに目をやる。

 

レプリカが残してくれたATフィールドのデータ…寿命のことは書いてなかった。

兵士たちは寿命がどうとか調べる前に全員死んでいるからだ。

 

ただ、興味深い情報はあった。

ある成分を含んだ薬品を服用すると、ATフィールドがある程度強固になるのだ。

 

地球では精神安定剤と呼ばれており、

一般的に精神科にて処方してもらう薬である。

 

法律で厳しく制限されていて、

使い方によっては脳に深刻なダメージを与えてしまう危険な代物。

 

フィールドを使用するだけでも寿命は削られる。そしてそれは心の壁の具現化、

破損した場合はその修復に多大なエネルギーを使うためだ。

 

安定剤を服用すれば、そのリスクを軽減させられるかもしれない。

 

そこまで考えてから顔を上げ、沈みかけている夕日を眺める。

今はちょうど暮れ合いの時で、周りの雲は陽光にあてられて茜色に染まっていた。

「ランク戦…もう終わったかな」

そんなつぶやきは北風に吹かれてどこかへ消えた。

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