『先輩、後で私の部屋に来て』
凛が言い残した言葉を頭の中で反芻する。
俺はぐるぐる頭を回しながら、忍田さんの家でぼーっとしていた。
断る理由もないから承諾したけど...わからない点が1つある。
それは...
「慶、さっきから何をしている。」
上から声が降ってきた。
忍田さんが後ろにいたことに気づけなかったあたり、だいぶ集中していたようだ。
何もしてないって言うのも何だし…ちょうどいいしきいてみるか。
「忍田さん、友達に言われたんだけどさ、あとでって何時なんだ?」
「え?もっと詳しく教えてくれないか?」
状況が読めていなさそうだったので、俺は凛のことと話す。
「んで、あとで寮の部屋に来て〜って言われた。」
それを聞いて考え込む忍田さん。
とりあえず連絡を、と言われたが、メッセージを送っても既読がつかない。
電話してみたが、そもそもかからなかった。着信拒否なわけではない...はず。
「...節度を持って付き合うように。迎えがいる場合は連絡してくれ。」
「節度?まあ事故には気をつけるけどさ。」そう言って俺は家を出て歩き始める。
本部基地までは
夜勤だったらしい知り合いと挨拶を交わしながら、程なくして凛の部屋につく。
自然とインターホンのボタンに触れ、そのまま指先に軽く力を込める。
ピィィンポォォォン...
間延びしたマヌケな音が廊下に響いてから約10秒後。
ガチャリとドアが開けられて凛が顔を出した。
「わざわざありがとね。さ、入って。」
何か言おうと思ったが言葉が出ない。
口をパクパクさせているだけの金魚に成り下がった俺は、何もできずにその場でただ立っていた。
凛は俺の手を取り、部屋の中へと足を進める。
「変わったね。先輩。」
ドアが閉まると、凛は向き直って俺の目を見て言った。
「俺が?」
「前はお互いの部屋に出入りして、ゲームやったり、一緒にお菓子作ったりしてたじゃん。」
凛が語ったのは大規模侵攻から半年前思い出。あれ以来、こいつとは一切遊んでいない。
家がなくなった、凜が学校に来なくなった。
とても一緒に遊べる状態ではなかったなんて当然のこと、こいつはきっとわかってる。
遊べなかったことに悲しんでいるのは俺だってそうだ。
緊張していても、なぜか俺の思考はよく回った。
幼馴染として、俺たちはずっと一緒にいた。しかしそれがたった半年離れただけで、
部屋に招く、招かれる双方の間に抵抗が生じてしまう心の壁ができたこと。
それを凛は憂いているのだろう。
「俺だけじゃない。お前も変わったろ。どっちもどっちってことでチャラにしないか」
「別に怒ってるわけじゃないよ。先輩は悪くないってことはわかってるし。」
筆舌に尽くし難い何かがしこりとなっているのか、凛は言葉に詰まっているようだった。
一呼吸おいて、俺は唐突に思い出を語る。
それは小2ぐらいだっけか、俺の誕生日に一緒にシフォンケーキを作ったことがあった。
平日の夏休み、お互いの両親が仕事で家におらず暇だったため、いつも通り俺は凛の家に遊びに行った。
2階でのゲームが一区切りついたとき、たしかトイレ行くとか言って、お前は1階に降りていって...
でもなかなか戻ってこなかったんだよな。
心配になって見に行ってみたらさ、ボウルにすさまじい量のメレンゲと、それと同化した泡だて器!
そのそばで、完全にどうしたらいいのかわからなくなっちまってべそかいてたお前がいたっけ。
仕方なく別のボウルに移して事なきを得ると、俺はこんなにどうしたんだと問いかけたんだ。
そしたらお前、なんていったと思う?
「お誕生日だから、慶くんにいっぱい食べてほしかったの!」
元気そうにそう言ったお前の笑顔、今でも目の裏に焼き付いているぜ。
そうして一緒に作ったシフォンケーキは格別で、
それ以来お前以外の作ったケーキが俺の中でナンバーワンになっちまったんだよな。
この半年、お前のケーキがなかったのはなかなかきつかった。
俺のために作る、その想いが最高に美味いってわけだな。
いやー懐かしい懐かしい。
そこまで口にしたところで、凛の目に焦点を合わせる。
あの時魅せられたのは、お前のケーキだけじゃあない。
「たしかに半年の空白はでかい。失ったものだっていっぱいあるし、
お前が自分を許せないことだってよくわかっているつもりだ。
うまく言える気しないが、過去は過去のままにしておくべきだと思うんだ。
現在いまの自分に必ずいるようなものじゃない。」
「今日の1勝だって、負けまくった『過去』を活かしたからこその勝利だろ。
それがなきゃ、つかみ取れなかったはずだ。」凛は黙って聞いている。
失ったものがでかすぎる。でも俺らはそれを相殺しきれない。
「私にはもうなにもないとか言ってたな。今はどうだ?」
「…慶くんと、加古先輩と、村上くんと…サイドエフェクトがある。」
嗚咽が混じってとぎれとぎれだが、こいつは今日あった隊員全員の名を挙げた。
全員覚えているその記憶力に驚きながら、俺はこいつの涙をふく。
凛はまぶたをゆっくりと開き、俺を見つめる。軽く瞬きをした。
その目には、半年ぶりに見た光が輝いていた。
凛の家族を先に救助しようとしたため、太刀川さんの家族も助からなかったこと。
私を優先したせいで先輩は…ということで凛が病んでる描写を書きました。
太刀川さんの語彙力、思考力共に上方修正しております。