君のトラウマ旋空弧月   作:ミルクネコ

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違和感

「ところで...お前さ、スマホどうした?」

「あー、壊れちゃったんだよね。もしかして連絡くれてた?」

俺は黙ってうなずく。

凛が避難所からいなくなったその日から、

一日も欠かさず電話をかけ続けていたというのに返信は0。

『向こう側』に連れ去られた可能性が頭をよぎった時は...

「ごめんね。いや、ここはありがとうなのかな。」

首を傾げた俺を見つめていた凛は、姿勢を正してから口を開いた。

「慶ちゃんがさ、私の事恨んでるんじゃないかって思ってたから。

ほら、(あしかせ)がいたからご両親を助けられなくて...」

ごめんね、と謝る凛の頭をなでる。

湧き上がってきたのは怒りのような感情だった。

「んなこと...勝手に決めつけんじゃねぇ!」

突然轟いた声に凛の目が見開かれる。

「俺たちの日常を奪ったのは近界民(ネイバー)の連中だ!

それにお前のことを恨んでたら...名前でなんか呼ばねぇよ!」

「慶ちゃん...」

「明日、買いに行こう。」

まだ呆然としているこいつに俺は告げる。

「お前のスマホ、買いに行こうな」

「でも私、お金ないよ…」

「俺が払うにきまってるだろ。幸い金ならたっぷりある。」

凛は、さすがに悪い…とかつぶやいていたが、

一向に譲らない俺にとうとう折れてくれたようだ。

時刻は11時。さすがに夜も更け、俺はベッドに体を預けようと立ち上がった。

気づけば凛はソファで寝ようとしている。

その光景を見た瞬間、頭で考えるより先に体が動いた。

「っ何して!?」

無言でその体を抱え上げると、ベッドの壁側に凛を寝かせてもう片側に俺が寝る。

こいつは終始落ち着かないようだったが、

「凛、明日から俺ん家来いよ。」

「慶ちゃんは寮じゃないんだ。一人暮らし?」

「いや、忍田さんっていう人と暮らしててさ。イソーローってやつだ。」

「その人が許可出してくれたらね。さすがに今は決められないかな。」

ピロートーク的なやつをしているうちに若干落ち着いたようだった。

「お前は一人で突っ走りすぎなんだよ...」

返事は帰ってこなかったが、俺はもうそんなこと気にしていられる段階にいなかった。

忍田さんの迎えがなくてよかったと、薄れゆく意識でそう思った...気がする。

 

 

翌朝、私は心地よいぬくもりと若干の息苦しさを感じながら目覚めた。

胸に何かのっているような凄まじい圧迫感…何だろうこれ。

とりあえずその感覚に言われるがまま、自分の胸を触ろうと手を伸ばす。しかし触れなかった。

いつもの弾力は微塵も感じず、代わりにしっかりとした固めの弾力が...

恐る恐る目を開くと、気持ちよさそうに寝ている太刀川先輩がいた。

「っ!」

声を出すのをすんでのところで堪え、ともかく起こさなきゃと先輩の耳をくすぐろうと手を伸ばす。

そして指先が触れたまさにその時、私の指が耳にめり込んだ。

え?めり込んだ?

反射的に手を引っ込め、ベッドからはいでる。

支えを失った先輩の腕はベッドに優しく受け止められ、大した刺激にはならなかったようだ。

自身の震えている手を見て、指がめり込んだ耳元に再度目をやる。

何事もない様子で寝ている先輩に心から安堵し、続けて眠気が吹っ飛んだ頭で考えた。

指で触れた箇所がまるで水に手を突っ込んだみたいに変形するなんて、明らかに異常だ。

原因はサイドエフェクトで確定。

だけれど、心の壁を実体化させる能力にそんなことはできるはずがない。

先輩の体を侵食し、一体化するような…そんなの、拒絶と正反対ではないか。

指先にはまだあの気持ち悪い感覚が残っている。

ねばっこく、生ぬるいスライムに触れたようだった。

原理も何も分からないけれど、私が先輩の頭を溶かしかけたということだけはわかる。

それなら...とりあえずしなくちゃならないことは見えてきた。

先輩だから作用したのか、頭にふれたからか、いずれにせよこのまま放置する訳にも行かない。

自分が大切な人を傷つけるかもしれないのなら、自分の欲を押し潰すことなんてなんでもなかった。

メモ帳にペンを走らせ、1枚破ってサイドテーブルに放る。

昨日の戦闘訓練で使った換装体ではない、本当の体を傷つけたかもしれない。

うまく言語化できないけれど、今はどうしても先輩と話せなかった。

自分のことを恨んでいない。それがわかっただけで充分じゃないか。

別に今生の別れという訳では無いし、またすぐに会えるよね。

太刀川先輩の寝顔を一瞥してから、私は寮の部屋を出た。

出たはいいものの、途端に膝の力が抜けてしまいその場に崩れ落ちる。

それでも、必死に自分を奮い立たせてよろよろと歩き始めた。

腕時計をみると、朝の5時だった。まだ瓦礫の山で過ごした半年が抜けていないみたい。

たしかいつもこのくらいの時間に起きていたっけ。

そうして足を進めるうちに、後ろから足音が聞こえた。咄嗟に振り向くと、

小声で「よっ!」と挨拶をする...迅なんちゃらさんが見えた。

ちょうどよかった。ひとまずさっきの出来事を言っておく必要がある。

そうして私が口を開く直前、彼は口の前に人差し指を添えた。

言わずと知れた、しーっ のポーズである。

そういえば迅さんは未来が見えるサイドエフェクトを持っていると言っていた。

おそらくだが、私の言わんとすることも既にわかっていたのかもしれない。

「太刀川さんのことは心配しないでいい。ところでさ、玉狛に来てくんない?」

突然と強引の欲張りセットに私は驚きを通り越して若干あきれた。

ボーダー本部から移籍するのがどういうことなのかはよくわからないが、

2つ返事でサラッとできることではないはずだ。それもあんなことがあった直後に。

「今は太刀川さんと離れてたいでしょ?

それに凛ちゃんには、強くなってほしいからね。うちではいつでも訓練できるし。」

学校に行ってない私としてはその提案はありがたかった。

太刀川先輩たちと会えなくなるわけではない点もうれしい。

けれど玉狛はネイバーに対して寛容な姿勢でいる。そこに私は賛同できなかった。

「ネイバー全員が悪いわけじゃないんだよ。

凛ちゃんの使ってるスコーピオンだって俺とネイバーの発明したトリガーだし」

私は昨日の戦闘訓練を思い出す。そして間を開けずに、

「さっきのこと、もしも上層部が知ったらさ、凛ちゃんは今よりめんどくさいことになると思うよ」

「ボーダーから脱退させられるくらいならかまいませんが。」

「記憶を消されて、太刀川さんの顔も名前も忘れることになるとしても?」

「その方がいいかもしれませんね。」

「自分で言っておいてなんだけど、それはよくないかな。」

あんまり言いたくなかったけど、と前置きをしてから、迅さんが口を開く。

「今後君の力がボーダーの強大な力となる。だから縛ってでも連れていくよ。」

そう言いきった彼からの無言の圧力に耐えかねて、私は首を縦に振ってしまった。

どうやら私には拒否権がないようだ。元々何か言える立場ではないのは知っている。

「わかりました。移籍の件、了解しました。」

「悪いね。部屋はある程度用意してあるから、君の荷物で終わりだよ。」

数分後、リュックを背負って廊下に出た私は、迅さんと共に寮を出た。

霜が降り始めた明け方の薄明により、空は青く澄んでいた。

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