次に何を乗るか決めるべく、真は道を歩きながら遊園地のパンフレットを広げ、頭を悩ましていた。
絶叫系が駄目になってしまった今、候補に挙がったのは犬屋敷というお化け屋敷、迷宮迷路という脱出系アトラクション、エイリアンシューターと言った射撃アトラクションの三つ。観覧車も挙げられたが、やはり最後に乗らないとあまり味気ないと思い、没になった。
どれも魅力的な物ばかりで、真の頭を更に悩ませた。何とはなしに隣を同じ歩調で歩きながら、幸せそうにチョコレートアイスクリームを頬張る文の姿を見やる。
相変わらず、アイスクリームは好きなんだな。知らず知らずに真の頬が緩んだのが見えた。買ったばかりで溶ける心配はまだ無いとは思うが、文が上に着る白色のロング丈Tシャツに零したらと思うと、ゾッとする。
「なぁ文、この三つの中で何が乗りたい?」
自分一人では決められないと悟ったのか、パンフレットを文の方に寄せそう言うと、さして興味も無さげに目線だけを真の手元に向けた。通行人の邪魔にならないように、自動販売機が置いてある道の端に移動すると、彼女は壁に寄りかかりながらアイスクリームをひと舐めして、口の周りを濃い茶色に染め上げながら言った。
「どれでもいいですよ」
興味が無いと言わんばかりのその表情に、真から溜息が零れた。どうやら今現在文は、手に持つチョコレートアイスクリーム以外の森羅万象は興味が全く無いようだ。しょうがないと言った感じに頭を掻き、一人でパンフレットに目を通す。
挙げられた候補の中でこの場から一番近いアトラクションは、迷宮迷路だった。このままうじうじと優柔不断に考えたって致し方がない、真は白の線が入った黒色のチェックチノパンの後ろポケットから長財布を取り出すと、右隣にある自動販売機と向かい合い、小銭を入れる。
抵抗もせずに小銭を飲み込んだ自販機は、嬉しそうに各種ドリンクのボタンを点灯させた。三十種類程のドリンクの中、迷わず真は上段にあるボタンの一つを押す。ガコン、と何かが落下するような音が聞こえた。
取り出し口に手を入れると目的の物を掴む。真はペットボトル容器のスポーツドリンクを肩掛けカバンの中に入れると、無我夢中に壁に寄りかかりコーンを頬張る文を手招きする。
文は小走りで真の隣に寄ると、コーンを口に咥えながら、頭を前後に振って見せた。鳥の真似事か? 彼は心中で微笑むと「食べ物で遊ぶな」とだけ言い空を見上げる。
空はベンチで見上げた時と変わらない、雲が浮かぶ淀み一つない青空だった。
十五分も並んだのに、さして面白くもなかったな。古びれた建物の退出口を歩きながら、真は言葉にせず、心中で呟いた。
並ぶときに見えた、舞台である古びれた古城を目の当たりにした時は大いに期待をしたが、その期待を裏切るように迷路の構造は単純で、五分程でクリアしてしまった。肩掛けカバンの中からスポーツドリンクを手に取るとペットボトルキャップを外し、口の中に流し込む。
「楽しかったですね迷路」
ペットボトルをカバンの中に仕舞うと文が笑顔で話しかけてくる。
「そうか? すぐに出口にたどり着いたから、あまり面白くはなかったな」
「道中にあったクイズ出題とか、面白かったじゃないですか」
「まぁ、楽しかったかどうかなんて人それぞれだしな。お前が面白かったと思うんだったら、それでいいんじゃないか?」
少なくとも俺は、楽しくなかった。そう心中で呟くと文は腕を組み、片手だけを顎に添え「そうですよね」と何度か頷いてみせる。
さて、お次は何にしようか。最早見慣れてしまったパンフレットを大きく開き、お化け屋敷と射撃アトラクションを交互に見やる。この場から一番近いのは犬屋敷、まずは近い所から潰そうと思い、目的地をお化け屋敷に決め、文を方を向くとおや、と思う。
「なに見てるんだ文?」
一点をじっと見る文を不思議に思い、真が声をかける。外に出たとはいえまだここはアトラクションの退出口、こんな場所で止まっては邪魔だろう。
「真さん、あれ」
「え? お、なんだあれ」
文が指を指した先には青空の下、赤色や青色の全身タイツを着た人が、黒色の、これまた全身タイツを着る数十名の人と舞台上で戦っている光景が見られた。恐らく、何かのイベントだろう。そう考えると文が好奇心を含んだ声色で言った。
「真さん、あれ見に行きましょうよ」
「いや、でもあれって子供向けのイベントじゃん」
流石に子供が興奮しながら声を上げるあの群衆の中、自分が行くのは恥ずかしいのだが。そう口にしようとするも、気付けば文の姿は消え失せていた。
まさかと思い、舞台の方へと目を向けると案の定、文が笑顔で真に向かい、大きく手を振って見せる。有無を言わさぬこの行動に彼は、少しの感動を覚える。
「はぁ、本当に、振り回されっぱなしだな、俺」
だけど、それも悪くない。そう呟いた自分が居る。真は面倒そうに溜息を吐くと、目的地をお化け屋敷から大きく手を振る文へと移した。
物語はもう中盤に差し掛かっているのか、既に舞台の辺りを囲んでいた子供達は様々な歓声を舞台上へと投げ込んでいた。そのうるさすぎる歓声をうざったく思うも、昔の自分もこんな感じだったのか、と思う。一先ず文が座るパイプ椅子の隣にそっと腰を降ろすと、それに気付き文が笑った。
「結局来るんじゃないですか、実は真さんも気になっていたんでしょう」
「お前が有無も言わさず突っ走ったから、来る羽目になったんじゃねぇか」
手に持つパンフレットを丸めコツン、と文の頭を叩く。
「これが俗に言う戦隊物って奴ですよね、真さんと一緒に見てみたかったんですよ」
「戦隊物、なんて言葉どこから拾ったんだよ」
「さぁ、どこでしょうかね」
何かを含むその物言いに真は違和感を感じた。文の笑顔が少し曇った、ということもあるが、何よりも自分の中の何かがその言葉を訴えるような、妙な感覚。文の言葉の真意を追求しようと試みるが、彼が口を開くと同時に聞こえた子供らの声に、真の声はかき消された。
少しは静かに出来ないのかと思い、眉に皺を寄せながら目線を舞台の方へ移すと、舞台の上にはラスボスと言わんばかりの風体をした人型の怪獣が現れる。その姿を見るなり更なる違和感が真の頭を襲いかかった。
頭が少し痛む。もう一度舞台へと目をやると、先程と変わらない風体をした怪獣が、野太い声で何かを叫んでいた。この光景をどこかで見たことがある、デジャブにも似た違和感に、真が更に深く、眉間に皺を寄せる。
茶色のゴツゴツとした体、黄色に黒い横の線が入った瞳、二本の尖った角、ハサミのような両手。自分はこの怪獣をどこかで、一度ではなく何度も見たことがあるぞ。悩むように頭を両手で抱えながら記憶の中を探るが、目的の物は出てこない。どこかで、どこかで見たことがあるんだ。どこかで――――。
「真さん、大丈夫ですか?」
その言葉にふと我に帰る。頭を上げ辺りを見渡すと、歓声を上げていた子供らの幼い声はパタリと聞こえなくなり、パイプ椅子に座る人物は真と、その隣を心配そうな顔持ちでじっと見つめる文だけだった。
どうやら自分は、長い時間頭を悩ませていたらしい。そう気付くのに数秒の時間を要した。時間を確認すべく、文の言葉を後回しにし、愛用のゼブラパーカーのポケットから携帯を取り出す。ホームボタンを押すとロック画面には緑の立派な山と共に、デジタルで12;30分と表記される。
自分は十分近く頭を抱えていたのか。溜息を零すと小腹が空いたことに気づく。携帯をポケットの中に仕舞い、腰を上げると共に真が言った。
「なんでもない、丁度いい時間だし昼ご飯を食べよう」
真の言葉に文が賛成したように勢いよく立ち上がる。パンフレットを開き、彼は違和感について考えるのをやめた。
ガヤガヤとざわめく店内の中、真はラーメンを、文は八個入りのたこ焼きを食していた。
やはり日曜だからか、遊園地の直に属したファミレスはかなり混んでおり、席は全て埋まっている。早めに来ておいて正解だったな、と真は内心ほくそ笑んだ。
テーブル席に腰を降ろしながら、次には何を乗ろうか考えるべく、パンフレットを見ながら麺を一啜りすると白色の手がぬっと伸ばされ、白色の机に広げられたパンフレットを奪われる。
「見ながら食べるのは行儀が悪いですよ」
腕を組みながらパンフレットを片手に持ち、文が言った。奪われたことに真がむっした表情を浮かべるが、正論だと思い、縦に長いグラスに注がれたオレンジジュースをストローから飲み込む。
「それはそうと、
「うーん、まぁまぁですかね。私が作った方が美味しいですけど」
そう言いながら三つ目のたこ焼きを口の中に投げ込む文を見て、真が笑った。声に出すようなものではなく、幸せそうな微笑みを。麺を啜りながら他愛ない話をする中、彼はふと一つの疑問に囚われた。彼女にとっては至極どうでもいいことかもしれない、だが、真にとってはまた一つの疑問が増えたことを快くは思わない。
何故だろう。真はスープをれんげに汲み、飲み干した。考えてもわからない疑問がまた一つ増える。ここで文に聞いた方がいいだろうか、そう思い彼は机の上で肘を立て、れんげを盆の上に乗せ頬杖を立てながら口を開く。
「なぁ、文ってさ、どうして俺の家庭事情とか聞かないの?」
そう言うとファミレスの店内がしんと静まり返った気がした。
”文”。私の名前を呼ぶ彼の声色は真剣そのものだった。なんだと思い顔を上げると一つの質問が投げられる。
ああ、それか――――心中で不快そうに舌打ちを打ってしまう。いつかその質問を投げられる時は来るだろうな、と一応の心構えはしておいたけど、いざとなって聞くとなると結構来るものがある。
折角彼と楽しんでいたのに、その話題が出されるとなると興醒めだ。グラスに入った味の薄いオレンジジュースを一飲みすると、溜息を吐きたい気持ちを押さえ込み、
「別に聞くものでもないでしょう、私は居候の身なんですから、真さんの辛い事情なんて聞きませんよ」
これが一番の返し方の筈だ。そう思ったが、彼の表情は更に険しくなった。眉間に皺を寄せるその仕草に少し焦ってしまう。もしかしたら気分を害してしまったのかと。
暫しの沈黙。彼は口を開かずに、聞いていいのか迷っている素振りをして見せる。数秒間の沈黙だったが、自分にとっては数時間程の長い沈黙に感じられた。店内から聞こえてくる笑い声が耳に障った。自然に拳を強く握り締めてしまう。少しすると彼が癖にもなった溜息を零し、言った。
「なんで、辛い出来事だってわかるんだ」
彼の重い口振りにしまった、と思う。単純なミス程しやすい物はない、自分でもそれはわかっていたが、このタイミングでしてしまうとは。自分の愚かさを呪うしかない。
ここは茶化してやり過ごすべきか、それともちゃんと対応してやり過ごすべきなのか。この秘密だけは彼にバレでもしたらいけないのだから、慎重に考えないと。
「勘って奴ですかね、ほら、私伊達に長い時間生きていないんで」
やはり茶化しながらやり過ごすべきだろう、そう思い笑顔を作りながら言って見せるが、頬がヒクヒクと引きつってしまうのを感じる。彼はまたも頬杖を立てながら考えてみるが、これ以上追求しても仕方がない、とでも思ったのか両目をぎゅっと瞑ってから口を開く。
「勘、か。そうだな、やっぱり長い時間生きているだけあるな、文」
長い時間生きている、という言葉にむっとするが、彼の”文”という言葉が軽くなったのを感じ取り、許すことにする。これ以上ボロを出さない為に彼の言葉を笑顔で返し、箸でたこ焼きを取ろうとするが、木製の濃い茶色の箸はたこ焼きではなく空を取った。
疑問に思い、たこ焼きがあった皿を覗き込むと自分はいつの間にか完食していたことに気付く。焦りすぎね。心中で小さくそう呟いてから彼の方を見やると彼も完食し終わったのか、暇そうに氷だけが入ったグラスをストローでかき回していた。
子供のような仕草に昔と全く変わっていないな、と内心嬉しくなってしまう。それにしても、と思う。先程は危なかった、これからはもう少し慎重に言葉選びをしなければ。もしこのことが彼に悟られでもしたら、彼は絶対に私を見捨てるだろう。そう考えると体の芯が震えてしまう。
本当にバレなくてよかったと思う。私が彼の
やっとこさ掛け布団が届きました。
今まで寝袋に包まり寝ていた私にとっては冬はとても寒いものでして……。
掛け布団が物凄く暖かいです。
(更新速度が早まった私を誰か褒めて、次回の更新結構先になりそうですけど)