鴉天狗達と撮った写真   作:ニア2124

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日常編② 僅かな警戒心

 

 おいで、おいで――――

 

 空を吹く生ぬるい風が木の葉を舞わせます。それはまるで、一種の舞いを見せつけられているようで、私の心を魅了させました。

 

 しめ縄を潜り、歩を進めます。土の地面は、雨が降っていないと言うのに少しだけぬかるみ、私の歩を進める足を止めるように邪魔をしてきます。だけど、私はただひたすらに、どこへ行こうともなく山の奥の奥の方へ進んでいました。

 

 オレンジ色だった日は既に落ち、森を闇に染めます。それでも闇の中へ歩んで行きました。今思えば正気の沙汰ではなかったと思います。

 

 歩く次第に、目も闇に慣れたのか辺りが薄らとだけ見えてきました。それは皆も同じようで、歩を進めるのが些かスムーズになってきます。道幅の狭い獣道のような道をただ、縦に並び五人で歩みます。

 

 汗が背中に滲み、洋服が背中に引っ付き何とも不快な気分でした。ですが、それと同時に心拍数は期待によって上昇します。一体この先には、自分達の行く先には何が待ち受けているのだろうと。

 

 ふと酷く冷たい風が顔にかかります。その冷たい風は、冷えた水を顔に掛けるように私の意識を段々正気に戻しました。

 

 一番後ろに並んでいた私は一旦歩を止め、辺りを焦ったように見渡します。嘘、もうこんなに暗くなっていたの? 私が泣きそうな顔で辺りを見渡しても、前の四人は構わず歩を進めます。

 

 ゾクリ。嫌な違和感に見舞われました。心拍数は期待ではなく、恐怖によって上昇し始め、私の頬に一筋の冷や汗が垂れます。

 

 ちょっと待って、何かがおかしい。既に私を置いて遠くを歩むC君らをもう一度見ます。やっぱり。予感は的中し、心中を恐怖と焦りで染め上げました。

 

 なんで、なんで人が一人増えてるの(・・・・・・・・・)。最初は私含め同い年のAちゃん、弟のB、中学生のCの四人だけだったのに。

 

 黒色の恐怖が私の心中を染め上げます。恐怖の”黒”は日が落ちた闇に染まる”黒”と混じり合い、井戸の底のような暗さを表しました。

 

 一体、一番前に並ぶ”五人目”は私達をどこに連れて行く気なのか。連れて行ってどうする気なのか。恐ろしい疑問だけが脳裏を掠めます。

 

 一先ずC君達を助けなければ。私を置いて先を進む彼らを私は走って追いかけ、追いつくなり後ろに並ぶ弟のBの両肩に手をやり、強く揺さぶります。だけど、Bはこれまでに無い強い力で私の手を叩きました。

 

 どれだけ揺さぶっても、頬を目覚めさせるように叩いても歩を止めず、Bはぽっかりと大きく口を開いた闇の先へと進みます。Bの横を抜け、Aちゃんに声を掛け揺さぶっても瞳は私でなく、虚空を覗いています。

 

 もう、どうすればいいのかわからなかった。最後の望みでC君の頬を思いっきり抓ると、C君は痛みに呻き声を上げながら目を覚ましました。

 

 やった、C君が居ればなんとかなるかもしれない。私は唯一の頼みの綱であるC君に、叫ぶような声をあげます。

 

 

「C君! AちゃんとBがおかしいの、どうすればいいの助けて!」

「ちょ、ちょっと待てよ、なんだよこれ」

 

 私と同じく目の前の現状に混乱しているのか、困惑した表情を浮かべながら疑問の言葉を口にしました。ですが、私にはそんな言葉を聞いて答える程の余裕はありません。

 

 

「とにかくAちゃんとBがおかしいの、早く二人を助けてあげて!」

 

 金切り声のような声をあげると、C君は改めて二人の表情を確認します。二人は生気を失ったような顔色で、空に浮かび上がる月の光を無視してただ目の前に広がる闇を取り込んでいました。

 

 

「おい、Aちゃん、B君どうしちゃったんだよ!!」

 

 二人の道を阻むようにして立ちふさがると、C君はAちゃんに両手で突き飛ばされました。ぬかるんだ土の地面に腰を勢いよく落とし、痛みに悶えながら後ろを振り向くと、C君は暗い闇の中から見てもわかるような、恐怖に染まった顔を浮かべます。

 

 

「おい、誰だよコイツ」

 

 きっと、私達の中に突然入り込んだ”五人目”の事を言っているのでしょう。私と同じぐらいの背丈の、”五人目”を。

 

 ぱくぱくと、地にいる魚のような仕草をC君はして見せると、恐怖で腰が抜けたのかいつまでも地に腰を降ろしていました。それでも歩を進めるAちゃんとBを見て、焦燥感が自分の心を蝕みます。

 

 それは、まるで段々と人の体を蝕むガンのように、あっとゆう間に私の心を焦りと怒りに染め上げました。焦りは歩を進める三人に対して、怒りは不甲斐ないC君に対して。

 

 私はC君の胸ぐらを掴むなり、強く揺さぶりました。

 

 

「C君がこんなんでどうするの、年上なんだからなんとかしてよ!!」

 

 私の悲鳴は夜の闇に吸い込まれていきました。C君は私の声を無視し、胸ぐらを掴む私を手で押し倒すと、勢いよく立ち上がり来た道を逆走します。

 

 情けない悲鳴をあげながら走り出すC君に待て、と言わんばかりに手を伸ばしますが、既にC君は闇の向こうへと消え去り、悲鳴までもが聞こえなくなりました。

 

 私も逃げ出したい気持ちでいっぱいです。ですが、友人と弟を放っておくなんてことも出来ず、慌てて三人の後を追うとまたも飽きずに、二人の両肩を強く揺さぶります。それでも二人は心ここにあらず、と言った感じに唯唯歩を進めました。

 

 どうすれば――――。もう泣き出してくなりました。解決法なんてものは見つからず、二人を助けることも出来ず。雲が晴れた太陽を隠すように、絶望が私の心を覆い隠します。

 

 ぬかるんだ地に膝を付け、ただ私は肩を震わせしゃくり上げました。それでもAちゃんとBは前に進み、私を置いていきます。もう、三人の後を私も追った方がいいのかもしれない。それ程までに私の心は疲労しきり、水分を含んだ気持ちの悪い土を払いながらゆったりと立ち上がりました。

 

 ばさばさばさ。木の枝の先から鳥が羽ばたくような音が聞こえました。その音に釣られ思わず上を見上げると、月夜に照らされ一つの影が私の頭上を飛び回るのが見えます。

 

 その影の正体は、漆黒に染まる鴉でした。月夜に照らされても、目の前に広がる闇のように黒い鴉。よく見ると普通の鴉とは比べ物にならないぐらい大きかったことを覚えています。

 

 影を見上げるなり、強い風が吹きました。その風の強さに目を強く瞑り、身を小さく抱え込みます。

 

 ――――風が止んだ。ゆっくりと目を開けると、目の前には私が登っていた筈の山が見えました。後ろを振り返ると、開けた地に田んぼが転々と耕されています。

 

 頭の中が疑問と恐怖でいっぱいになります。魔王城のようにそびえ立つ山を見上げ、背筋が凍えつきます。もう一度山を登る体力と根性なんて無い。そう悟り私は勢いよく田んぼの方を振り返り、走り出しました。

 

 誰か、大人の人に助けてもらおう。走った少し先にある、古びれた年季の感じられる家の扉を強く叩きました。

 

 

「誰か、誰か助けてください! 友達が、弟が!!」

 

 全速力で走ったせいか息を荒げ、恐怖からか呂律の回らない口調でそう言うと、五十代程の薄い髪をしたおじいさんが扉を開けました。

 

 強い恐怖に見舞われていた私は思わずおじいさんのお腹辺りを強く両手で掴むと、悲鳴のような声でおじいさんの白いシャツを思いっきり揺さぶります。

 

 

「山の奥に行ったら友達と弟が、おかしくなって、それで………」

 

 おじいさんの表情がみるみると青白く染まっていきます。それはAちゃんとBに対する心配の念で染まったのではなく、恐怖で。

 

 顔を強ばらせながら身を屈め、私の両肩を手で掴むとおじいさんは強く私を揺さぶります。どこまで行って、いつ頃、なにをしに行ったんだ。声を荒げながらそう言うおじいさんを見て怖くなり、またも涙が溢れ出ます。

 

 出来る限り知っていることを口にすると、何度も舌打ちを吐きながら私を家の中に招き入れました。

 

 広い座敷に座らせるなり、おじいさんはここで待っていろ。とだけ言い襖を開け隣の部屋に入って行きます。

 

 私はただ体を震わせるしかなくて、ガタガタと身を屈めながら震えていました。すると隣の部屋からしがれた話し声が聞こえてきます。

 

 

「あの子が天狗様の敷地に入りおった」

「今から出来るだけ人を集めて、集会を開くしかない」

「今の時間帯に山には入れない。明日、日の出に若いもんを出来るだけ連れてあの子の友達を探すしかない」

 

 天狗? 集会? 明日? 天狗とは何だ。集会を開くまでの大事なのかこれは。何故明日なんだ。私の頭の中で様々な疑問が右から左へ飛び交います。今もこうしている間に、AちゃんとBは怖い目に会っているかもしれないのに。自分の無力さに唯唯嫌気が差します。

 

 その後は、襖からおばあさんが出てきて、震える私に優しい声を掛けながら強く抱きしめてくれました。だけど、その優しさが私の心を鋭く抉ってきます。

 

 明日になろうかならまいか、それぐらいの時間帯に息を荒げた両親がやってきました。普段は頑固で恐いお父さんまでもが涙を流し、私を抱きしめるものだから余計に心が痛みます。

 

 私は何も出来なかったんだ。そんなに優しくしないでくれ、むしろ私の頬を思いっきり殴り、罵詈雑言を浴びせてくれた方が良かったかもしれない。弟と友人を見捨てた自分の罪悪感と、拭いきれない恐怖に板挟みにされいつまでも涙を流していました。

 

 結局私はその晩、何も口にせず体を震わせていたら寝ていました。目覚めた時には既に時刻は昼時を回り、傍らには涙を流す私の両親が立っています。

 

 その悲痛な光景を見て、嫌な予感が過ぎりました。一体、どうしたのだろう。まさかAちゃんとBは。寝ている時に掛けられたのか、重い掛け布団を勢いよく跳ね飛ばし、両親に事を聞きました。

 

 母はただ涙を流し、父は一度鼻を啜ると真っ赤に腫れた瞳で「お前は悪くないからな」と言って私の顔を覗き込みます。

 

 

「Bは山の頂点にある大樹で死んでいた、Aちゃんはまだ見つかっていないらしいんだ」

 

 目の前が真っ暗になりました。当時小学生だった私にとってはショックが大きすぎて、涙すら出ません。自分は夢を見ているのか、そんな感覚に陥ります。

 

 父はただ、私を強く抱きしめました。母は――――私を憎らしげ目で睨んでいました。

 

 

 

 

 その後、Aちゃんは結局見つからず、Bのお葬式を開きました。随分装飾のされた棺桶に眠るBの顔は、生気を全く感じられない真っ白な顔で、思わず人形を連想させます。

 

 C君は二日後、山の麓で見つかりました。かなり衰弱しきっており、生命の危機にまで陥りましたがその二週間後、学校に行けるまでに回復しました。ですが、精神に異常をきたしたのか学校に来てもずっと上の空でした。

 

 そのうちC君の姿を見る機会はなくなり、私に残ったのは山での事件を愉快そうに聞いてくるクラスメイトと、奇異の目で私を見る田舎の連中と、私のことを憎らしい瞳で睨む母親だけでした。

 

 そんな居心地の悪い場所で一生を過ごせる訳もなく、父に無理を言って高校は都会のを選び、寮で暮らすに連れ事件のことも、田舎での暮らしも忘れてきました。

 

 ですが、最近になって妙な夢を見るんです。内容は一羽の、大きく黒い鴉が私の周りを飛び回る夢。気味の悪い声を出しながら飛び回り、隙あらば私の喉仏を食いちぎろうと狙う鴉。

 

 きっと、あの時私を助けてくれた鴉でしょう。ですが、あの時助けてくれたのはきっと気まぐれで、今度は私を連れ去ろうとしているのでしょう。

 

 その証拠に、私の周りには必ずと言っていいほど鴉が群がる(・・・・・)のですから。恐らく私を監視しているのです。どこへ行っても逃げても、見失わないように。

 

 貴方がこの話を読んでいる時、私はこの世界にいないかもしれません。ですが、これだけは覚えていて下さい。

 

 ―――――好奇心は、自分を殺すことを。

 

 

 

 

 ぎぃ、ワークチェアに背を預けると、軋むような音が聞こえた。

 

 好奇心は自分を殺す、か。最後に書いてあった文を反芻するように口にした。確かに、その通りかもな。

 

 湿ったような空気を強く吸う。その空気は酷く不味く、吸った分だけを吐き出すように深い溜息を吐いた。

 

 自分は、文に関して知らない事が多すぎる。もしかしたらアイツは、この話に出てきた天狗よりもずっと怖く、平気で人を殺すような奴かもしれない。実際に、彼女はその気になれば俺を片手だけで殺すことが出来るのだから。

 

 チカチカと俺の顔を照らすノートパソコンから、ザーザーと勢いよく雨を降らす外へと目線を向けた。空は嫌に濁り、雨は止む気配を一向に見せない。

 

 俺は、天狗に対する事も、彼女に関する事も何も知らない。言わば俺は今、彼女に生かされている状態なのだから。一抹の不安が脳裏を過る。

 

 文が俺に殺意を向けたとして、俺は果たして生きられるのか? きっと彼女に包丁を向けたとしても、強い風に吹かれ吹き飛ばされるだろう。俺は、彼女に対して油断しきっていないか?

 

 あの、人の良い笑みが酷く歪んだ怒りの表情に変わる日も訪れるかも知れない。俺の心と言う水たまりに落ちた一つの水滴(不安)は、水たまり全体に小さな波紋(疑心)を広げた。

 

 少しは、警戒しなければ。一階から匂う、美味しそうな朝食の匂いを嗅ぎながら俺は、腹を鳴らした。

 

 

 

 




只今あるフリーホラーゲームに熱中しております::

ノベルゲームなんですけど………感動して感動して
もしかしたら小説で書いちゃうかも涙

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