鴉天狗達と撮った写真   作:ニア2124

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日常編③ 心に空いた空白

 

 リビングにあるミニテーブルの上には既に様々なおかずが並んでいた。

 

 その光景を見て満足げに頷くと、ミニテーブルの傍にあるソファに腰掛ける。何か面白い番組はやっていないか、つい一昨日届いたばかりの薄型テレビのリモコンを手に取り、電源を付ける。

 

 文によって真っ二つに切れたテレビの替えであるソレは、この家にやってきてから二日程しか経っていないと言うのに、もうこの家に馴染んでいた。

 

 チカチカとした光がミニテーブル上を薄く照らす。この時間帯ではやはりニュースやらなんやらでどの番組も埋め尽くされており、ソファに深く腰を掛けると、しょうがないと言った感じに溜息を吐いてから、手元に持つ黒光りするリモコンをソファの端に投げ込んだ。

 

 渋々ニュースに目を向けるも、どれも現実味の無い、他人事で済ませられるような報道ばかりで思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

 政治家のスキャンダルやら誘拐やら殺人やらで気が滅入る。何故朝からこんな番組を見て、気持ちを沈めなければいけないのだと。

 

 世間の事情を知っとけ、ってことだろうが余計なお世話だ。自分の周りでの出来事だけで精一杯なのに、世間全体の事情まで手が回る筈がない。結局俺がこんなニュースを見ても「怖いね」の三文字で済ませてしまうのだから。

 

 自分が住んでいる地域で無差別殺人が起きている訳でもない。行ったこともない地域で勝手に殺人が起きているだけなのだから。

 

 妙に滑舌の良いニュースキャスターを見て、俺はだけど、と思う。

 

 所詮ニュース上で話されている事を俺は他人事で捉えてしまう。だけど、自分の身近になると話はまた別だ。

 

 自分の身近で怪しい事や恐ろしい事が起きたら、それは警戒するだろう。膝元に肘を立てながら頬杖を作り、チラリと俺はリビングの向こう側に属したL字型キッチンに目をやる。

 

 明るい光を灯したキッチンには、鼻歌交じりに炊飯器からご飯を装う彼女が見えた。長方形の白く光る炊飯器からは湯気が放たれ、哀れにもその湯気達はコンロの上に取り付けられた換気扇によって吸い込まれていった。

 

 流し台には全くと言っていいほど汚れがなく、木製の食器棚には皿やコップが縦横綺麗に並ばれており、彼女の几帳面ぶりが伺える。そんな彼女が目を上げようとした瞬間に、俺は思わず目を地面に伏せた。

 

 視点を変えた瞬間景色はキッチンから青色のカーペットへと変わる。頬杖を立てる仕草を崩し、ゆっくりとベットに寝転んでみるも彼女に対する恐怖は止まない。

 

 これじゃあ、彼女と会った時と変わらないじゃないか。心の中で自らを一喝するも、吹雪のように吹き荒れる恐怖は止みそうになかった。

 

 俺は今までに彼女と出会ってから、人外と言うものを甘く見すぎていた。よくよく考えてみれば天狗である彼女にとって人間である俺は赤子のような物だ。俺のうるさすぎる泣き声に気がうんざりでもしたら、すぐに首元へと手を掛け、ゆっくり指先に力を込めながら絞め殺すだろう。

 

 朝にチラリと見たあの恐怖体験は、きっと創作物だ。だけど、人外が気まぐれな存在で、その気になればいとも容易く殺すことが出来るのは、間違っていない。

 

 これから俺は、どうやって彼女に接すればいいんだ。気づけばオーバーに実況するニュースキャスターに関心など全く向いておらず、目線は絶えず白色の天井に向かれていた。

 

 種族の違いと言うものは大きく違ってくるものだ。言わば人間と豚、そんな物。

 

 人間である俺が毎日のように食べている豚と、仲良く出来る筈がない。俺と彼女とで出来るコミュニケーションは所詮言葉の交わし合いぐらい。長い年月を生きてきた彼女と俺とでは、物の価値観なんて全く違ってくるのだから。

 

 手を伸ばせど伸ばせど縮まらない距離。例え俺が全速力で走り、腕を目一杯伸ばしても彼女は蜃気楼のように、気づけば遠くへ消えていってしまう。

 

 ソファを仰向けに寝転がりながら腕を伸ばしてみる。俺の短い腕は白色の天井を掴むことは疎か、手に触れることも出来ずにただ虚しく空を切った。

 

 天と地。所詮俺と彼女の距離感なんてそれ程までに遠いんだ。上空を浮かぶ白い雲よりも遠い距離感。天井を掴むことすら出来ない俺に、そんな遠い距離を見渡すことだって出来ない。

 

 ふと痛む俺の胸。鋭く尖った針の先端で刺されたような鋭い痛み、そんな痛みに思わず表情を歪めてしまう。これだ。彼女のことを思うと、彼女の心に届かないとを悟ると、この痛みが必ずと言っていいほどやってくるんだ。

 

 彼女のあの笑顔が、明るい笑顔がまやかしだと思うと体が震える。彼女は俺の事なんてなんとも思っていない。そう思うと目頭が熱くなる。

 

 怒りでも恐怖でもない。胸を裂かれるような悲しみ。何故悲しみを覚えるんだ、俺は別に”一人でも生きていける”。そう悟った筈じゃないか。

 

 なのに、なんで俺の心は寂しいと感じるんだ。俺が人間だからなのか、ならば機械に姿を変えればいいのか。暗闇が恐い、一人が恐い、夜の訪れが恐い。どうすればいいんだ、どうすれば――。

 

 

「大丈夫ですか、真さん」

 

 腕を上空に伸ばしていると、彼女の顔が見える。ソファの裏側から俺のことを覗き込んでいるのか、心配そうな表情で、両手には白い湯気を放つご飯が装われた茶碗を掴んでいた。

 

 それだ、それなんだよ。優しい声で俺を心配してくれる。土足でずかずかと、俺の心の中に入ってくるんだ。そして部屋の端で屈みながら泣いている俺の背中に優しく手を掛けるんだ。「大丈夫?」って、そう心配するんだ。

 

 俺のことなんて、どうとも思っていないのに。勝手に不貞腐れているのは自覚している。なのに、そんな彼女に怒りが湧いてしまう。

 

 彼女に対する恐怖は霧のように消え去り、その心の空白を埋めるように今度は怒りがこみ上げる。ソファから身をゆっくりと上げると、彼女に背を向け「別に」とぶっきらぼうに返してしまう。

 

 どうせ彼女と俺は分かり合えないんだ。ならば、無愛想に物事を返し、ただの知り合いと言う関係で済ませばいいじゃないか。自虐のような笑みを浮かべ、腰を浅く下ろし直すと、勢いよく顔を掴まれた。

 

 

「ちゃんと私のことを見てください!!」

 

 いつの間にか前に回り込んだ彼女が、陶器のように白い手のひらで俺の両頬を挟む。調理後の彼女の手のひらからは調味料の香ばしい香りが匂い、朝に見た花柄のパジャマに身を包む彼女が見える。

 

 何故か表情は決死じみており、彼女の大きな声は、テレビに映るニュースキャスターのか細い声をかき消した。

 

 

「ちゃんと私の顔を見ながら、何で泣いているかを教えてください」

 

 彼女の言葉で俺は、頬を伝う雫の存在に気付く。目元から零れた俺の小さな涙は、暖かく、大きな彼女の手のひらに伝った。

 

 

「どうでもいいだろ、俺の涙なんて」

「どうでもよくありません」

 

 きっぱりと、すぐに俺の言葉を否定した彼女。声色は真剣そのもので、俺は彼女のバックに映り込むテレビの音なんて、全く気にならなかった。

 

 何で彼女は俺のことを気にかけるんだ、いっそのこと、突き飛ばしてしまえば気は楽になるのに。

 

 

「私は、真さんの力になりたいんです。悩んでいたらその思いの丈をぶつけて欲しいし、悲しかったら―――」

「それなんだよ!!」

 

 彼女の言葉を遮り、思わず俺は叫んでしまう。彼女の表情が少しだけ驚きに変わるも、すぐに話を聞く体制をとり始めた。

 

 

「それなんだよ、どうせ俺のことなんてどうでも思っていないんだろ。上辺だけの優しさなんていらない、それならいっそのこと突き飛ばして欲しいんだよ!」

「上辺だけなんて―――」

「上辺だけだろうが!!」

 

 彼女に言葉なんて喋らせない。両頬に掛かった暖かい手のひらを腕で叩き、ソファから勢いよく立ち上がりながら怒鳴り散らす。

 

 

「妖怪と人間の価値観なんて全然違う! お前が俺を慰める理由は、この家から追い出されたら困るからだろ。だから心配するふりして、あっちの世界に戻る時は何も言わずに、感謝の言葉もせずに立ち去るつもりだろ!?」

 

 自分はなにを言っているんだ。今すぐこの生意気な口調を直さないと殺される。だけど、俺の積もりに積もった不安や不満は雪崩のように留まる事を知らない。一度崩れた雪崩は、満足がいくまで止まらないのだから。

 

 

「だから俺は、俺はッッ!」

 

 次の言葉を口にしようとした瞬間、首元に五本の指が絡まった。ああ、俺はここで死ぬのか。このまま強い力で、首を絞められ殺されるんだ。そう悟ったが次の瞬間、ぐいと力強く体を前に倒された。

 

 首元に絡まる、人間と変わらない形をした天狗の指。その両手十本の指は妙に暖かく、心を安らげた。そんな中ふと顔元に柔らかい感触が伝わる。

 

 

「少し、落ち着いてください真さん」

 

 後頭部辺りと背中に彼女の暖かい手のひらが重なる。――抱きとめられた。そう思うと同時に心の奥底から羞恥心が湧く。

 

 口を開こうとも、顔元に感じる柔らかい感触のせいで呼吸すら出来ない。藻掻くように彼女から離れようと腕を振り回すが、あまり効果はないようで、ただ強く抱きとめられる。堪らず苦しそうな呻き声上げると、後頭部と背中に回された腕が離される。

 

 

「な、何するんだよ」

 

 羞恥心と苦しさが混じり合い、肩で息をしながら小さな声でそう問うと。目の前に白い人差し指が俺へと差された。

 

 

「真さんが勝手に暴走するからです!」

 

 右手で俺を指差し、左手で腰に手をやる彼女。表情は先程と打って変わり、おちゃらけた表情へと変わっている。

 

 

「全く一人でぎゃーぎゃー叫んで。恥ずかしくないんですか? 十八歳ともあろう男性が」

 

 彼女の表情と言動に少しむっとし、反論しようするも不意に彼女の人差し指が唇へと当てられ、口を開くことが出来なくなってしまった。

 

 

「おおっと、真さんに発言の許可は許していません。散々私の言葉を遮ったのですから、今度はこっちの番です」

 

 俺の唇に彼女は人差し指を重ね、腰をくの字に曲げながら彼女はそう言った。一つ一つの仕草全てに懐かしさを感じ、不思議な感覚に囚われてしまう。

 

 

「男の癖にメソメソしすぎです、真さんはそんなに女々しかったのですか?」

 

 悪戯げに微笑みながら彼女は言葉を紡ぐ。

 

 

「全く、変な所で泣いてしまうのですから。弱虫ですね」

 

 だけど、その言葉は心に突き刺さるどころか優しく溶け込み。

 

 

「そんな弱虫さんだったら、放っとくことが出来なくなりますね」

 

 俺の氷のように冷えた心を、人工的な暖かさではなく、優しい、母親のような温もりで溶かした。

 

 

「その弱虫、治すまで私は帰りませんよ。この世界から、この家から」

 

 テレビから聞こえてくる、淡々と口を開くニュースキャスターとは比べ物にならない、その優しい声色によって、俺は無意識に涙を流した。

 

 

「あー……。また泣いちゃいましたね。本当に弱虫なんですから」

 

 変わらず茶化すように言ってみせる彼女。だけど、どこかに嬉しさや優しさを孕ましていた。

 

 外で勢いよく降り続ける雨と同じで、俺の涙は止む気配が見えない。拭っても拭っても溢れる涙に、俺はただ困惑する。透明の涙は、床に敷かれた青色のカーペットをポツポツと、小さくだが確実に濡らしていった。

 

 またも感じる温もり。膝を地に付けながら涙する俺を、彼女が優しく抱きとめたのだ。まるで赤子をあやすように、彼女は俺の背中を優しく叩く。

 

 

「思いっきり泣いちゃいなさい。涙が枯れ果てるぐらい、ずっとずっと」

 

 その彼女の暖かい温もりに、俺はただ涙を流すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 買い物かごを片腕にぶら下げながら、俺は適当に商品を投げ込み続ける。

 

 昼時を回ったスーパーの店内は、多くも少なくもない主婦達が商品を値定めし、選ばれた商品は嬉しそうにカゴの中に放り込まれ、選ばれなかった商品は哀れにもそのまま、商品棚に戻されていく。その研ぎ澄まされた目利きに俺は、唯唯感服していた。

 

 商品を取っては裏面を眺め、また取っては眺めの主婦達。その一連の動作は、コイツら本当は機械なんじゃないか? と疑問に思う程だった。

 

 当然自分にそんな研ぎ澄まされた能力なんてなく、俺は適当に良さそうな物を手に取り、カゴの中に投げ込む。

 

 いつもだったら文が買い物当番の筈なのに。そんな愚痴を心中で呟きながら、俺はラインテーブルにきつきつと並べられたジャガイモをカゴの中に放り込んだ。

 

 朝に起きたあの一件の後、俺が泣き止んだと見るや否や自分の胸から俺を引き剥がし、弱虫を克服する為。と言う名のパシリに使わされた。一瞬でもいい奴だな、と思った俺が馬鹿だったとつくづく思う。

 

 だけど彼女のあの言葉、”家から離れない”と言う言葉は嫌にストン、と俺の心の空白を埋めてくれた。そんな気がする。

 

 気づけば俺は、上機嫌の時にリズムを刻む、ラデツキー行進曲を鼻歌交じりに歌っていた。無意識にだが、自分の足取りが軽い気がする。

 

 カゴの中に今度は豚肉を入れようとすると、そこでハッした。もしかしたら、自分も頑張れば商品の目利きが出来るのではないか、と。

 

 いや、出来る筈だ。意味のわからない確信が自分の心中を渦巻き、買い物カゴをワックスの効いた肌色のフローリングの上に置くと、俺は豚肉をじっと見つめる。

 

 肉の色合い、賞味期限等を細かく眺め、ダメだと感じ取ったらすぐに冷房の効いたショーケースの中に戻す。手に取っていく内に俺はコツを掴みとり、気づけば奥の方に並ぶ豚肉を手に取っていた。

 

 やはり、奥の方にある商品は賞味期限が他と比べて少しだが長い。何度も豚肉とにらめっこを続けていると、背後から迷惑そうな声が掛かった。

 

 

「ちょっと、邪魔なんだけど」

 

 風鈴のように透き通った女性の声。若いな、そう感じ取るとカゴを手に持ち、後ろを振り向く。

 

 自分の後ろには、髪が腰元にまで伸ばされた黒のロングヘアーの女性が迷惑そうな表情で佇んでいた。身には白のニットワンピースを身に付けており、膝元まで伸ばされた黒いニーソが目に付いてしまう。

 

 

「あ、すみません。邪魔でしたね」

 

 綺麗だな。心中で小さくそう呟きながら俺は小さくガッツポーズを決めた。浅く頭を下げ、片手をパーカーのポケットの中に入れると、不意に肩を掴まれる。

 

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 またも聞こえる、風鈴のように透き通った彼女の声。後ろを振り向くと、その彼女は表情を喜色に染め、どこか落ち着かない仕草で俺を呼び止めた。

 

 

「なんですか、俺万引きなんてしてませんよ?」

 

 ゼブラパーカーの両ポケットを裏返し、俺は無実の証明をして見せる。正直、彼女のような綺麗な女性に呼び止められるのは嬉しいことだが、万引き犯と間違われたら溜まったものじゃない。

 

 

「違うわよ、貴方が万引きしようがしまいがどうだっていい」

 

 ならばなんなんだ。喉まで出かかったその言葉を飲み込み、代わりに小さな溜息をこぼす。裏返したポケットを中に入れ込むと、彼女は獲物を目にした蛇のように、目を細めながら言った。

 

 

「貴方―――天狗と一緒に暮らしてるでしょ?」

 

 俺の思考は驚愕を飛び越え、その機能をストップさせた。

 

 

 

 

 

 

 

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