鴉天狗達と撮った写真   作:ニア2124

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午後三時 小さな公園に天狗憑きの彼女

 

 目の前に居る彼女の言葉は、自分の頭の中に嫌に響いた。

 

 しん、と店内の中が静まり返った気がする。主婦達のしがれた声は疎か、ワックスのかかったフローリングの床を踏む、小高い音までもが聞こえなくなった。そんな気さえする。

 

 彼女の茶色がかった黒い二つの瞳が、俺の何もかもを見通す。表情は何故か確信染みており、彼女は薄いピンク色の唇を、少しだけ釣り上げさせた。

 

 向かい合う俺と彼女の顔。俺の表情はどのような感じで彼女に見えているだろうか。少なくとも、余裕たっぷりと言った表情には見えていないだろう。

 

 背中に一つの冷や汗が垂れるのを感じる。この女に文の存在をわからせてはいけない。そう自分の本能が訴えかけてきていた。

 

 彼女にバレたら最後、自分の何かが大きく変わってしまう。乾いた喉を小さく鳴らすと、か細い、消え掛かりそうな声色で俺は言った。

 

 

「天狗……? すいません、何を言っているのかさっぱり」

 

 出来る限りの笑顔を作り、そう言ってみせるが対する彼女は小さな溜息を零すと、喜色と嫌味が混ざったような声色で、俺の言葉を返す。

 

 

「知ってる? 人間って嘘を吐いている時、無意識に右下を見てしまうんだって」

 

 その言葉と同時に俺は、ハッとしたように彼女の顔へと視線を戻す。そんな俺の行動が面白かったのか、口元を手で軽く押さえながら、上品そうにクスクスと笑ってみせた。

 

 

「それと、他にも足をやたら組み替えるらしいわよ?」

 

 俺は片手に掴む買い物かごの持ち手を強く握り締めた。コイツに嘘は通じない。俺が嘘を吐くのが苦手、ってのもあるのかもしれないが、少なくともコイツは、文の存在を知っている。

 

 ―――沈黙。彼女の言葉を返さずに俺は、精一杯彼女を睨みつけた。この女は、俺の敵だ。コイツと関わると恐らく、俺の未来は碌でもないことになる。生唾を飲み込み、俺は大きく息を吐いた。

 

 早くこの場から立ち去りたい。出来ることなら俺は、買い物かごを地面に放り投げて全速力でこの場から逃げたかった。だけども、足は硬直したように動かず、一歩すら足を進めることも出来ない。

 

 彼女は好物を目の前にした、蛇のように嬉しく目を細めると、一歩ずつゆっくり俺へと近づいてくる。

 

 カツン。彼女のフローリングを踏む音だけが聞こえた。彼女が近づいてくる度に、死神が歩むような不気味な足音が耳の奥底に響く。

 

 動けよ、動いてくれよ俺の足。瞼を強く閉じ、その呪縛から解かれようと試みるが俺の足は全く動かない。まるで足そのものが鉛に変化したようだった。

 

 目を開けたくない。辺りが静まり返り、目の前には闇が広がる。目を開けたら最後、そこで何かが終わってしまうような気がするから。

 

 ふと、頬に暖かい感触が伝わった。熱くも冷たくもない。人の温もりが。

 

 さらさらとした髪の毛が鼻先をくすぐり、向日葵のような明るい香りが俺の鼻腔を刺激する。

 

 文か? 俺は心の中で弱々しげに、そう呟く。すると、聞き慣れた文の、明るい声が聞こえたような気がした。

 

 俺は意を決したように、ゆっくりと瞼を開く。目の前には明るい店内の光景は広がっておらず、”女性の顔が目の前に見えた”。

 

 俺の両頬に、彼女は手を優しく添える。お互いの息が掛かりそうな距離まで近づいた彼女が、艶やかな表情でその口を開く。

 

 

「やっと捕まえた」

 

 俺の意識は、彼女の赤色の瞳(・・・・)に段々と囚われていった――。

 

 

 

 

 冷たい風が俺の頬を撫でる。

 

 ぼんやりと目を開けると、目の前にはオレンジ色がかかった空が見えた。辺りからはカラスの泣き声が鮮明に聞こえ、排気ガスの嫌な匂いが鼻の奥を突く。

 

 これほどまでに最悪な目覚めは無い。痛む頭を手で押さえながら、ゆっくりと起き上がる。

 

 

「あら、おはよう」

 

 不意に隣から声が掛かった。頭が痛むので、ゆっくりとそこを振り返ると髪の長い、スーパーで会ったばかりの女性が俺の隣を座っている。

 

 ああ、最悪だ。今日が厄日と言うものだろう。心中でそう呟くと、隣に座る彼女は知らん顔で片手に持つ缶コーヒーを俺に渡してくる。買って間もないのか、アルミ製の容器はまだ暖かかった。

 

 

「はいどーぞ、体冷えてるだろうから、買っといたわ」

 

 妙に優しい素振りを見せる彼女に、俺は不信感を募らせる。毒は入っていないだろうか。そう思い、中々にブルタブを開けられない。

 

 意を決し、隣に座る彼女を一目見てから勢いよくブルタブを開ける。カシュ、と空気の漏れるような音が聞こえ、恐る恐る口元へと飲み口を近づけさせると――。

 

 

「別に、普通の味だな」

 

 誰に言うでもなく、一人でにそう呟く。一気に飲み込んだせいか舌先を少し火傷しそうになったが、コーヒー特有の程良い苦みがそれをカバーする。

 

 余程俺の体は暖かさを欲していたのか、口に含んだホットコーヒーを飲み込むと同時に、冷えた体は歓喜したかのように内側から体を温めた。満足げに俺は体の熱を外に放出するように、口から白い息を吐く。

 

 ふと隣から綺麗な笑い声が聞こえてきた。俺は硬いベンチの背もたれに深くもたれながら、隣に座る彼女の姿を見やる。彼女は口元を手で押さえながら優雅そうに笑っていた。

 

 

「本当、貴方の一挙一動全てが面白いわ。あっちの自動販売機で買った缶コーヒーなんだから、毒なんて入ってないわよ」

 

 彼女の指さした先を見ると、少し離れた道の端に赤色に輝く自動販売機が設置されてあった。目を細めながらその自動販売機を良く良く見ると、確かに下段の方には俺が飲んだらしき、缶コーヒーが見える。

 

 

「誰だって不審者から飲み物手渡されたら、不信に思うよ。というかここ何処だよ?」

「見てわからない? 公園よ。というか不審者じゃないし」

 

 遊具が何も置かれていなくて気付かなかったが、どうやらここは公園らしい。公園と言うよりかは、少し小さめの空き地に見えるが。状況確認の為、辺りをしっかりと見渡すと何故か俺が座るベンチの隣には、ショッピングカートが見えた。

 

 

「不審者じゃなかったら、誘拐犯だ。俺をこんな辺境な地に連れてきて何をするかわからんが、金なら払わないぞ」

 

 濃い茶色のベンチで、俺は偉そうに腕を組む。不思議と彼女に対しては、何故か接しやすかった。かと言って、接しやすいだけでまだ彼女に対する敵意は消えていないが。

 

 

「お金なんていらないわよ。それより、貴方には色々と聞きたいことがあるの」

 

 そう言いながら彼女は、嬉しそうに目を細める。少しだけ釣り上がった口の端は、彼女の整った顔を不気味な色で染め上げた。

 

 ゾクリと俺の背筋が震える。冬の訪れを感じさせる冷たい風と、彼女の捕食者を連想させるような不気味な笑顔が混ざり合い、俺の心までもを凍えさせる。

 

 

「奇遇だな、俺もお前に色々と聞きたいことがある。俺も出来る限りの質問は答えるから、お前も俺の質問に答えろ」

 

 俺は精一杯の不敵な笑みを作り上げる。ここで彼女に流れを持って行かれてはいけない、出来る限りの反撃はしなければ。

 

 彼女は相も変わらず、不気味な笑みを浮かべている。黒い瞳は少しだけ濁り、よく見ると目の下には隈が出来ていた。

 

 

「ええ、わかったわ。そうじゃないと平等じゃないものね」

 

 薄い茜色の日が、彼女の黒く長い髪を薄く染め上げる。その光景に、少しだけ俺は目を奪われると突然に彼女は立ち上がった。

 

 

「こんな寒空の下だと、ちゃんと話し合いも出来ないしね。どこか暖かい場所で話しましょう」

 

 名案だな。素直に俺はそう思う。正直俺も、こんな寒い風に吹かれながら話し合いなんてしたくなかった。ベンチの端に置いた缶コーヒーを手に掴み、中身を一気に飲み干すと俺は勢いよく立ち上がる。

 

 

「そうするか。ここらへんに喫茶店とかあるかな」

「喫茶店もいいけど、貴方の家がいいわね。そっちの方が手っ取り早く話すことが出来るし」

「……俺の家?」

 

 彼女の言葉を疑問に思い、俺は反芻するようにそう言う。すると彼女は小さく頷き、二、三歩足を進めると俺が後を追っていない事に気づいたのか、長い髪を大きく揺らしながら俺の方を振り向いた。

 

 

「何を呆けているの、貴方の家なんて私は知らないんだから、早く案内しなさいよ」

「いや、それはないんじゃねぇの!? お前何様だよ」

 

 俺の少し前を立つ彼女の言動に、多少の苛つきを覚える。人差し指を彼女に突き差し、怒りを孕ませた俺の言葉を聞くなり彼女は短い溜息を吐きながら、俺と向かい合う。

 

 白のニットワンピースに浅く手を突っ込みながら、彼女は茜色の夕日に照らされる。彼女の長い黒髪は、夕日の色を吸収し漆黒のような黒を俺に見せつけた。

 

 

「何、不満なの?」

「いや、不満も何も……」

 

 俺のことを責め立てるような鋭い瞳に、多少怯んでしまう。お互いの間に静かな静寂が訪れ、風の音や葉の揺らめき、車のエンジン音が嫌に良く聞こえてくる。

 

 張り詰める空気に、俺はただ沈黙するしかなかった。何故俺がこんな目で見られなければいけないのだ、と心中で小さく呟きながら。

 

 少しの時が流れると、彼女の鋭い瞳が和らいだ。それと同時に俺は深い息を吐く。

 

 

「わかったよ、俺の家で話しましょうか」

「ええ、悪いわね」

 

 悪いなんてちっとも思っていない癖に、と俺は小さく悪態を吐く。そんな俺の言葉を彼女の地獄耳は聞き逃さなかったのか、またも鋭い目つきで睨まれた。

 

 

「じゃあ、貴方はそこのカートとレジ袋を持って。私は何も持たないけど」

「あのさぁ……。というかなんでこんな所にショッピングカートがあんだよ」

「貴方の質問は歩くついでに答える。私の質問は貴方の家で答えてもらうわね」

 

 ああ、そうかい。俺は小さくそう返すと、彼女は口元を釣り上げ笑ってみせる。その笑みからは不気味さなんて感じられず、純粋な暖かい笑みを感じられた。

 

 どうして、人と関わりを持つのはこう突然なのだろうか。事前にそのお知らせがあってもいいじゃないか。俺はそんな、心にも思っていない言葉を小さく呟いてみせた――。

 

 

 

 どうやら俺が眠っていた公園から、俺の家までは余り遠くもないようで、歩きで二十分もあれば着く距離だった。

 

 俺と彼女は、ガードレールも何もない道の端をゆっくりと歩く。俺が手に掴むショッピングカートと、取っ手にぶら下がるレジ袋が小石を踏む度小さく、音を立て揺れている。

 

 彼女に聞きたい事は山ほどあった。夕日は既に傾き始め、辺りを薄い闇に広げていく中俺はゆっくりと頭の中を整理させる。

 

 一先ずは、一番気になる質問から潰していこう。道の真ん中を時々通り、排気ガスを撒き散らして行く車を邪魔ったらしく思いながら、俺は口を開く。

 

 

「それじゃあ、一番気になる質問から聞いていくぞ。なんで、俺が天狗と一緒に住んでいる事を、お前は気付いたんだ?」

 

 俺の隣を歩く彼女は、俺の質問にすぐには答えず道の先を遠目に眺めながら答える。

 

 

「私と同じ匂いがしたからよ」

「……ちゃんとした答えで頼む」

 

 巫山戯ているのか? そう思うが、横から見る彼女の表情は真剣そのもので、とても嘘を吐いているようには見えなかった。

 

 

「詳しく言うと、私には妖しや幽霊に取り憑かれている人が匂いでわかるの。種類や性別、詳しいこと全部」

「へぇ、そりゃあ凄い」

 

 全くの感情を込めず、そう言うと彼女は横目に俺を睨みつける。俺はその鋭い瞳から逃げるように目を逸らすと、隣から深い溜息が零れた。

 

 

「そして、貴方からは天狗の、それもかなり強い力を持ったね。そんな強烈で、濃い匂いが漂ってきたの。これほどまでに強い匂いを持っているってことは、長い間一緒にいないとそうそう漂ってこない。それこそ、一緒に同棲でもしない限りね」

「同棲って言うな。じゃあ私と同じ匂いがするから、って何なんだよ」

 

 俺がそう言うと、彼女は目を地面に伏せる。触れてはいけない話題だったのか、そう後悔するも、然程気にもしていないらしく、彼女はすぐに視線を道の先に戻す。

 

 

「私も、天狗憑きなの」

 

 彼女のもの悲しげなその声色は、過去に起こった悲痛な出来事を表しているようだった。

 

 あまり余計な言葉は返さず、俺は深く息を吐く。ショッピングカートが小石を踏むような、ガタガタとうるさい音が空に響いている。本格的に日も、その姿を隠し始めゆっくりと辺りは闇に覆われていった。

 

 

「過去に色々なことが起きて、そのせいで私は天狗に取り憑かれた。最近では夢の中でその大きな鴉が飛び回って――」

「ちょっと待て」

 

 話の腰を折られたことを、快く思わなかったのか、首をガクンと傾け、溜息をこぼす。俺はそんな彼女の仕草を無視し、辺りを見回す。

 

 ――やはり、居る。

 

 こんな偶然、ありえない。だが、一つ一つの事象が結び合い、その偶然を物語る。俺が見回した視線の先には、パッ見で七羽のカラスの姿が見えた。

 

 七羽。流石に数が多すぎる。黒く、太い電線コードの上で羽を休めるカラス。葉の少ない、寂しい枝の先で羽を休めるカラス。ブロック塀や家の屋根の上で羽を休めるカラス。ソイツらは全員俺と彼女のことを、鳴きもせずじっと、黒い二つの瞳で眺めていた。

 

 

「もしかしてお前、怖い話とかネットに投稿したか? 題名は、天狗の悪戯って奴で」

 

 目の前の異常な光景を目の当たりにして、思わず小声でそっとそう呟く。すると彼女は少しだけ照れくさそうに言った。

 

 

「ええ、隠す必要もないしね。投稿したわよ、それ」

 

 やっぱりか。偶然にしては良く出来すぎているが、考えたって仕方がない。俺が今日の朝、あの恐怖体験に目を通したのも、スーパーの店内でコイツと出会うのも、なにかに仕組まれていたのではないか? そう思う程の、気味の悪い偶然だった。

 

 

「そうか、じゃあ何で俺に話かけたんだ、同じ天狗憑きだからなのか?」

「少し違うわね。貴方に話しかけた理由は――――」

 

 彼女の言葉は、後ろから響く大きな落下音によって遮られる。何だ、と不思議に思い俺と彼女が後ろを振り向くと、液体の漏れ出た缶のコカ・コーラが見えた。

 

 

「空から降ってきたのか? 危ないな」

 

 俺は余りそれを気にもせず、ショッピングカートを両手で掴み前へ進もうとするが、彼女に右腕を強い力で引っ張られ、そのまま俺は彼女の方に倒れこむ。

 

 

「痛った……。何するんだよ」

 

 俺のその言葉を共に、ショッピングカートが大きな音と共に真っ二つになった(・・・・・・・・)

 

 

「――は?」

 

 刃物で切られたように切断面は綺麗ではなく、ショッピングカートの先端部分は遠くに吹き飛び、切断面がグチャグチャになっていた。

 

 音のした地面に目を向ける。アスファルトの地面には、大小様々な石が入ったビニール袋が散乱していた。最も、強く地面に叩きつけられた為殆どが粉々になっているが。

 

 恐る恐ると上空に目をやる。日の沈みきった薄い闇には、その闇に負けない程の黒をした、何匹ものカラスが上空を飛び回っていた。

 

 ――それぞれの足には、俺を殺そうと言わんばかりの凶器を持ちながら。

 

 

 

 

 

 




少しだけ皆様に聞きたいことがあります><

活動報告にも記した通り、メインオリジナルキャラクターを二人程増やしたいと思っていまして。
ですが、そうすると殆どオリジナル小説になってしまう上、オリキャラを好まない方々に良くは思われないと思うのです。

ですから、皆様にこのままオリキャラを増やして欲しいか、増やして欲しくないかを聞きたいと思います><
身勝手な質問で申し訳ございません、どうか、お力をお添え下さい。








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