鴉天狗達と撮った写真   作:ニア2124

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薄い闇の中に輝く赤い瞳

 俺が彼女と出会ったのは偶然だ。

 

 たまたま俺は、その日の朝彼女の昔話をネットで探し見て、その日の昼頃偶然出会ったんだ。

 

 様々な事象が絡み合い、偶然の出会いを果たした。だが、彼女は俺と出会った事を必然であり、運命と言った。

 

 「こんな必然ないだろう?」俺がそう言うと、彼女は頬を少しだけ膨らませ、言った。「貴方と言う人に出会ったのは、必然よ。だって人と人は、お互いに頑丈な、絶対に切れない糸で繋がっているのだもの。そのお互いの糸が運命によって巻かれ、最終的にお互いが出会うの」と。

 

 あまり何を言っているかはわからなかった。彼女は遠回しに物を言うから、苦手なんだ。

 

 だけど、伝えたいことは少しだけわかる。俺が彼女の言葉に、頭を抱えその言葉の真意を考えると、決まってクスリと口元を軽く押さえ笑うんだ。

 

 「考えなさい少年。人は考えれば考えるほど、熟成したワインのように、中身が濃くなるのだから」

 

 俺はその言葉を無視し、頭を悩ませた。彼女はそんな俺を見て、もう一度腰元まで伸ばされた長い黒髪を小さく揺らし、また笑った。

 

 ――赤い二つの瞳を、嬉しそうに燦々と輝かせながら。

 

 

 

 

 薄い闇が広がる空を、その黒い羽を広げ飛び回るカラス達。

 

 鉛筆のように細い足や、黒く鋭い嘴には石の詰まったビニール袋、鈍く光るナイフ、空き瓶などカラスの飛び回るあの高さから落とされ、当たりでもしたら怪我では済まないだろう物が掴まれていた。

 

 闇夜に溶け込み、隙あらば俺の命を刈り取ろうとするカラス達のその姿はまるで、死神のようだった。そんな中、一匹の空を駆け回るカラスが足に掴む空き瓶を放す。

 

 

「――危ない!」

 

 彼女が俺の腕を強く引っ張る。我に帰った俺は勢いよく体を立ち上がらせ、すぐにその場から離れた。

 

 割れるような、嫌に耳の奥に響き渡る音が聞こえる。恐らく俺の倒れていた場所に瓶が落とされたのだろう。あのまま呆けていたらどうなっていただろうか、そう思うと背筋に寒気が走った。

 

 俺と彼女は、後ろを振り返らずにそのまま走り続ける。飛び散る破片にも注意しながら、取り憑かれたように全速力で地を蹴っていく。

 

 連続で響き渡る落下音。石が地に叩きつけられる鈍い音や、瓶の割れる高い音。ジグザグに道を走り続け、終わりの見えない鬼ごっこが始まった。長距離が得意ではない俺は、すぐに息が切れ始める。

 

 このままだとマズイ。そう呟きながら隣の彼女を見やると、体力には自信があるのかただ涼しい表情を浮かべていた。

 

 女に負けるのは何か癪だ。俺は少しだけ嘔吐きながら、気力だけで走る。だが、それがいけなかったのか俺の足は言う事を聞かなくなり始め、力が弱まった左足が右足に縺れてしまいコンクリートへとダイブした。

 

 

「くっそ、痛ってぇな。何なんだよもう――」

 

 急いで体を起こそうとすると、俺の左頬に何かが過る。一の字に薄く切れた俺の頬からは、朱色の血がゆっくりと流れ出た。

 

 俺の数センチ左側へと恐る恐る視線を動かす。鼠色のコンクリートの地面には一本の、鋭く銀色に輝く刺身包丁が垂直に生えていた。

 

 ゾクリと背筋が震える。鋭く研ぎ澄まされた刺身包丁の刃には、頬から血を滴らせ、恐怖に染まる俺の顔が見えている。このカラス達、俺達を本気で殺しにかかってきていやがる。

 

 

「早く立ちなさい! 死にたいの!?」

 

 鋭い声を俺に浴びせる彼女が、襟筋を力強く引っ張り上げる。それに俺は少し感謝をしながら、もっと優しく立ち上がらせて欲しかったな、と咳込みながら呑気に考えた。人間、死に直面するとどうでもいいことを考えるのだとわかった瞬間である。

 

 多少よろめきながらも俺は、彼女の手に引っ張られ地を蹴った。それから少し走ると、彼女がやり切れないと言わんばかりの怒声を上げる。

 

 

「もう、キリがない!」

 

 そうとだけ言うと、彼女は進める足を止め、空を黒色で覆い隠す程の群れを成すカラス達へと向かい合った。

 

 

「おい、何してんだよ死にたいのか!?」

「足手まといは黙りなさい」

 

 俺の悪口だけを言い、深く息を吐いてから目を見開く彼女。何をするのだろうと思い、隣から見る彼女の瞳は、文に負けない程の真紅色に染まっていた。

 

 薄い闇の中、真っ赤に染まるその瞳だけが浮かび上がる。彼女はその瞳をゆっくりと空へ上げ、カラスの群れを視野に入れると、数十匹もののカラスがピタリと”動きを止めた”。

 

 羽を動かすのをやめたカラス達は、重力に従い鈍い音を立てながらその命を引き取っていく。

 

 

「なに……が起きたんだ」

「説明は後、他のカラスが来ない間にあそこの空家に逃げ込むわよ」

 

 呆然とそう言う俺に、彼女は嗜めるような口調でそう言った。血のようなその赤い瞳を浮かべながら――。

 

 

 

 

 

 入った空家の中は酷く散らかっており、まるで借金取りから逃げてきたのかと思う程の、散らかり具合だった。

 

 古ぼけた茶色いタンスや、畳の上に散らかった一升瓶。調味料や灯油のポリタンク、大量のタバコが其処らじゅうに散らばり、この家の主は碌でもない奴であろう事が、容易に伺える。だが、時の止まったようなこの空間だけには、どこか好意を持てた。

 

 

「……酷い散らかり様だな」

 

 俺は床に落ちた新聞紙の束を手に取り、一人でにそう呟く。新聞に書かれている年月を見てみると、半年前の新聞だと言う事がわかった。

 

 

「どうやらこの家の主さんは、半年前までこの家に住んでいたようね。誰もいなくて助かったわ」

「そうだな、もし誰かいたら俺達は、この家の庭窓から窓を割って侵入した強盗だ」

 

 俺が両手に広げた新聞紙を肩口から眺める彼女に、責め立てるような口調で、俺はそう言った。玄関が空いていなかったからって、もう少しマトモな侵入方法があったものだろうと、俺は思う。

 

 

「何よ、文句あるの?」

「別に、ただ少し野蛮だな、って思っただけ」

 

 そう言うと同時に俺の体はピクリとも動かなくなる。まさかと思い、目だけを動かし彼女を見やると、薄暗いリビングの中、瞳を赤色に染め上げながら彼女は俺を睨んでいた。

 

 腰元まで伸ばされた艶やかな黒髪が、どこから入ったのかもわからない風に揺れ動く。その姿はまさに、目を合わせた人間を石に変える伝説上の化物、ゴーゴンそっくりだった。

 

 

「貴方の動きを止めてから、ゆっくりと痛めつけるのは楽しそうね」

「本当ごめんなさい、反省してますからその赤い瞳をお納めくださいませ」

 

 そう言うと、まるで巨大な蛇に巻き付かれたかのように動かなかった俺の体は、その呪縛から解き放たれた。

 

 本当に、どうなっているんだ。誰に言うでもなく心中でそう呟くと、目の前に居る彼女は俺の心を読み取ったかのように、相変わらずの優雅そうな微笑みを作り上げながら、俺の疑問に答える。

 

 

「私のこの瞳はね、視界に入れた物を一定時間、動きを止める事が出来るの」

 

 人妖誰でも、例え物でも水の流れでもね。そう言葉を紡ぐ彼女の表情は、どこか悲嘆に満ちている。俺はその言葉に、深く追求はせずただ短く、そうか。とだけ呟いた。

 

 俺と彼女の間に、気まずい沈黙が訪れる。辺りからは風に吹かれ、葉の戦ぐような音と、カラスの鳴き声が鮮明に聞こえてくる。

 

 ――何かがおかしい。

 

 最初のその違和感は、崖を転がる小石のようなものだったが、段々とその石は大きく、辺りの石達を巻き込み土砂崩れを起こしていた。

 

 ふと彼女の方を見やる。彼女もその違和感に気づいたのか、深刻そうな表情を浮かべながら小さく頷いて見せる。俺はお互いに感じる違和感を確認し合うように、口を開いた。

 

 

「なぁ……いくらなんでも、静か過ぎないか?」

 

 そう、車のエンジン音は疎か、人のアスファルトを踏む音、話し声、気配までもが感じられない。まるで、俺と彼女以外の人間が消え去った(・・・・・・)のかと錯覚する程の静けさだった。

 

 

「何かがおかしいわね、少し外の様子を見るから、そこで待ってなさい」

 

 何故彼女はこうも上から目線なのだろうか。俺はそう思い、リビングに取り付けられた庭窓へと移動する彼女の後ろ姿に、小さく舌を出して見せた。

 

 窓の割れた庭窓から、外へと彼女が顔を覗かせる。その瞬間に、思いなしか彼女の表情が段々と青ざめていったような気がした。どうしたのだろうと思い、彼女の傍に近寄り庭窓から顔を覗かせると、異様な光景が目に付く。

 

 

「な、なんだよ――これ」

「私が聞きたいわよ」

 

 お互いの声が震えているのがわかる。目を擦り、もう一度外を見やっても、異様な光景は変わらなかった。

 

 自分が住む街には、人の影が無く。薄い闇が広がる空が一箇所だけ、漆黒に染まっていた。その漆黒の黒は、段々と移動しているように見える。――――俺達が居る空家へと。

 

 足が震え始めるのがわかる。その”黒”達は、うるさすぎる羽音を立てながら、しっかりと、確実に空家へと進んでいく。

 

 まるで、闇そのものが動いているようだ。だが、それは違う。その動く闇の正体は、夥しい量で群れを成す――鴉の集団だった。

 

 思考よりも足が動く。この場から一刻も早く離れようと動くが、そんな俺に対し、彼女は鴉の集団を穴が開くほど眺めながらこう言った。

 

 

「――――綺麗」

 

 ポツリと言ったその一言で、俺は彼女が正気でないことがわかった。この場から逃げようと、はやる気持ちを押さえつけ俺は彼女の元へと駆け戻る。

 

 

「おい、どうしたんだよ大丈夫か!?」

 

 肩を揺さぶり、そう問いかける。だが、彼女の黒い瞳は古井戸のように黒く濁りきり、俺の言葉を無視して虚空を眺めていた。

 

 

「――綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗――」

 

 彼女は何かに取り憑かれたかのように、ただ虚空を見据え、綺麗。と呟いている。そんな彼女を見て、俺は多大なる恐怖に見舞われた。

 

 ダメだ、コイツは使い物にならない。かと言って置いていくのも出来ない。――クソッッ! どうすればいいんだ。

 

 この状況を打破するべく、俺は思考を巡らせる。空家の中を見回し、極力外へは目をやらないようにした。

 

 彼女の瞳は使い物にならない。鴉達がこの庭窓をブチ割り、俺達を嬲り殺すまで持って五分と言った所だろう。それまでにどうにかしなければ、俺と彼女は無残な死に方を遂げるだろう事は目に見えている。

 

 冬だと言うのに、空気は嫌に生ぬるい。額には脂汗がにじみ出ており、俺は首が契れそうになる程、空家の中を見回した。

 

 ――イチかバチか、これしかない。

 

 俺は上の空の彼女を庭窓の傍からリビングの端へと避難させ、必要な物をかき集める。

 

 一升瓶を手に掴み、灯油の入ったポリタンクを台所から窓際へと移動させた。灯油ポンプを一升瓶の中に突っ込み、自分の手に灯油が掛からないように、慎重に灯油を注ぎ込む。

 

 次に床に落ちている新聞紙を、灯油の入る一升瓶の中へ、新聞の中身がはみ出るように中途半端に入れ込んだ。

 

 ――あとは、新聞紙(導火線)に火を付ける物が必要だ。タバコが散らばっている事から、ライターがある事は想定出来たが、中々にその目的の物は姿を現さない。

 

 その間にも近づいてくる真っ黒い()。俺は息を切らしながら荒らし回るようにライターを、無我夢中に探し続ける。

 

 ――どこだ、どこにあるんだ。俺が動くたびに、物が大きな音を立て、床に崩れ落ちる。俺はやり場の無い怒りを発散させるように、タンスを蹴り飛ばした。

 

 ガタン。大きな音を立て、タンスが横向きに倒れこむ。そんな中、人差し指程の大きさをした物が、タンスから弾き出た。それは、百円ショップでよく見かける、使い捨てライターだった。

 

 

「よし!」

 

 俺は床を転がる使い捨てライターを素早く手に掴み取った。逸る気持ちを必死になって押さえつけ、電子式型のライターの火を点けようと試みる。

 

 スイッチを押すが、パチ。とライターは空回りするのみ。だが、俺は頼みの綱を離さないと言わんばかりに、膝を床に付けながら必死に点火させる。傍から見る俺の姿は酷く滑稽だろう。

 

 親指が赤くなり始め、それは十二回程目の点火の時だった。シュボ、と空気が燃えるような音を発し、ライターの火口ノズルからオレンジ色の火が放たれる。すぐさま俺は、それを一升瓶の呑み口からはみ出た新聞紙に燃え移し、視点を庭窓の外へと向ける。既に鴉の群れは、夥しい羽音と共に俺へと突進しようとしていた。

 

 

「これでも食らってろ、この害鳥共が!!」

 

 空家に突進しようと、鴉の集団は高度を一気に低くさせる。庭を囲むブロック塀を乗り越えようとした瞬間、俺は火の点いた火炎瓶を鴉達に投げつけた。

 

 ブロック塀に当たると共に、新聞紙に点いた淡い炎は灯油と交わり、一気に炎の手を広げさせる。高度を低くさせ、ブロック塀のスレスレ辺りにまで低空させた鴉達は、いとも容易く炎の壁に遮られた。

 

 よし、と心の中で歓喜するのも束の間。オレンジの炎を体に纏う鴉の群れは速度を落とさず、悲鳴を上げながらそのまま――――空家の庭窓へと突っ込んだ。

 

 

 

 辺りは地獄絵図だった。

 

 庭窓から離れ、危機一髪で燃えるカラスの突進を避けたが、空家の家の中で苦しそうに暴れまわる夥しいカラスの群れは、辺りを容易く燃え移した。

 

 羽を上下に振り回し、苦しそうにその場でカラスはダンスを踊る。踊り疲れた者は、はしゃぎ疲れ、眠る子供のように、静かにその身を床へと落とす。段々と燃え上がる炎の手を、俺は部屋の端で気を失った彼女の体を抱き寄せ、呆然とただ見ている。

 

 まさか、コイツと心中なんてするとは思わなかった。空気までもを燃やす炎が、俺の目の前をゆっくりと忍び寄る蛇のように近づいてくる。

 

 段々と、息がしづらくなって行く中、俺は天井を見上げ過去を振り返る。だが、やはり過去の記憶は思い出せなかった。出てくるものは、自分の家族であろう存在や性格。どんなに思い悩んでも家族と過ごした過去の記憶と、名前はまるで鍵のかかった部屋に守られているように、思い出せなかった。

 

 せめて、最後くらいは思い出したかったな。俺はそんな事を考えながら、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 ――――瞬間、心地の良い。体を冷やすような風が俺を包み込む。

 

 

 

 

 

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