鴉天狗達と撮った写真   作:ニア2124

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闇夜に染まった彼女

 夜の世界は、何時もと違った雰囲気だった。

 

 七時辺りと言うこともあり、まだ人通りもあるが、昼と比べると些か少ない。何時ものように通るこの道も、闇に包まれているせいか違和感を覚える。

 

 だけども、立ち止まる余裕なんて無い。刹那を見つけなければならないのだから。

 

 刹那が俺の家を出てから、余り時間は立っていない。走れば、恐らく簡単に見つかるだろう。だが、俺のその予想に反して、刹那の後ろ姿は中々に見つからなかった。

 

 走りながら俺は、色々な事を考える。刹那は何処へ行ったのか、文の雰囲気がおかしかったのは、何故か、そして――――俺は刹那に会って、何を言うべきなのか。

 

 答えは見つからない。走っているせいか、それとも夜風が俺の思考を遮ってしまうせいか、中々に考えは纏まらない。

 

 視界はぐんぐんと変わっていく。頬を過って行く夜風が、非常に心地悪かった。それでも、俺は刹那を見つけるべく、コンクリートを蹴り続ける。

 

 走り続けたせいか、肺が痛い。足は鉛が詰まっているかのように、重く感じられる。冷たい空気を口から吸う度に、喉から鋭い痛みがやってくる。そんな痛みに耐えながらも、半ば自棄糞になりながら走っていた。

 

 一体、この短時間で彼女は何処まで行ったんだ。気が付けば俺は、刹那と会ったスーパーマーケットにまで足を運んでいた。

 

 ――――一旦引き返すか。その思考とは裏腹に、俺は踵を返さず、足を運んでスーパーマーケットを素通りする。まるで自分の足が意思に反し、勝手に動いているようだ。

 

 誘われるかのように、俺は歩を始める。走らず、ゆっくりと。俺の足は、一体何処へと向かっているのだろうか。その答えはすぐにわかった。

 

 ピタリと、俺は進める足を止める。風や空気は相も変わらず冷たくて、どこか不気味だった。闇はその力を増して行き、思いなしか月の光が弱まっている気がする。ゆっくりと視線を前へ落とすと、遊具も何も無い、小さな空き地のような公園が目に入る。

 

 ――――その公園の中に、人影が映った。公園内は暗い闇に覆われており、その人影は、まるで闇と同化しているかのように黒い。月光の届かない、暗い公園の中へと、俺は徐に足を踏み込んだ。

 

 なるべく、足音を立てずに人影へと向かって歩む。

 

 ――一歩踏み込んだ。人影は変わらず、奥の方に配置されているベンチに腰を降ろしている。――今度は二歩進んだ。辺りを覆う闇が強まる。まるで自分の心を段々と覆っていく恐怖を反映しているようだ。……今度は一気に、三歩進んだ。思い切ったその行動のせいか、ベンチに腰を降ろす人影が、俺の気配に気づき顔を上げる。

 

 人影が顔を上げるのを見計らったかのように、空に浮かぶ月の光が、人影を照らし出す。

 

 桃色と赤が混じったような唇に、赤く腫れ上がった眼。闇よりも黒いその長髪、闇を照らすかのように赤く、眩しい瞳。焦燥しきったような表情の、茅ヶ崎刹那がじっと俺の姿を睨んでいた。

 

 

「なんだよ、こんな所にまで行っていたのか。さっきは悪かった、文もきっと悪気は――――」

「来ないでッッ!!」

 

 刹那の方へ歩もうと、踵を浮かせた瞬間彼女の悲鳴にも似た声が、闇夜に響き渡った。劈くようなその悲鳴に、思わず一歩だけ後退してしまう。

 

 

「来ないで、来ないでよ。何で私を狙うのよ」

 

 震えた声で、懇願するように刹那は言葉を紡ぐ。淡い光に照らされた彼女の赤い瞳からは、今にも零れ落ちそうな量の涙が溜まっている。落ち着きの無いその声色に、俺はただ戸惑った。

 

 

「私の友人と弟を殺した挙句、私まで殺す気なの!? 言い伝えを破った事は、禁足地に足を踏み込んでしまった事は謝ります。ですから、許して下さい」

 

 何を言っているんだ彼女は。きっと、彼女は俺を別の奴として捉えている。恐らく、彼女に取り憑いている鴉天狗にだろう。理由は判らないが。俺は、成るべく相手を刺激させないように、ゆっくりと歩始める。

 

 

「大丈夫だ。俺はお前の言っている奴とは違う。だから、落ち着け。俺は天田真だ」

 

 一歩一歩、足を踏みしめる度に辺りの闇の濃さが、強まってくる感覚に陥る。淡い月の光は、舞台上の登場人物を照らし出すスポットライトのように、刹那だけを照らしていた。奇妙なその光景に、ひっそりとながら、俺は小さく息を呑む。

 

 あと二、三歩程で、手を伸ばせば刹那に触れられるぐらいの距離を詰められた。冷たい夜風が彼女の長い黒髪を靡かせて行く。華奢なその身体は、死者のように白く、彼女の二つの赤い瞳だけが情熱的に燃えている。

 

 

「刹那、もう大丈夫だから。お前を傷付ける奴なんて何処にも――――」

 

 俺の言葉を、刹那は最後まで聞いてはくれなかった。彼女へと手を伸ばそうとした瞬間、突然に俺の手のひらが真一文字に切れたのだ。

 

 鋭い痛みに、思わず顔を顰め呻いてしまう。自分の手のひらを恐る恐るに見てみると、人差し指から薬指の辺りの長さまで浅く切れている。朱色の液体が、たらりとゆっくり、手のひらから手首へと流れ行く。

 

 

「こ、殺されるぐらいなら――――」

 

 ――――殺してやる。刹那の右手に持つタガーナイフが、彼女の絶叫を吸い込み、銀色に鈍く輝いていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 凡そ見先端部6センチ、刃渡り五・五センチメートルを優に超えるであろう、銀色のタガーナイフ。どこから持ってきたのかは判らないが、刹那が扱うであろうには、少し大きいのではないか。彼女の、そのナイフをぼんやりと見つめながら、俺は呑気に呟いて見る。どうやら俺には、危機管理能力と言うものが無いようだ。

 

 一先ず、刹那から離れなければならない。このまま彼女に近づきでもしたら、細切れにされる自信があるからだ。俺は、手のひらに出来た切り傷を舌で軽く舐め取りながら、後ろにステップバックする。

 

 

「お前、一体どうしたんだ。ナイフを降ろせって、危ないから」

 

 優しく、諭すようにそう言ってみるも、刹那は体を細かく震わせながら、目を血走らせるだけだった。冷静沈着と言う四文字熟語がお似合いの彼女からは、とても想像出来ない姿だ。

 

 

「うるさいうるさいうるさいうるさいッッ!! 殺してやる――――殺してやる」

 

 ダメだ、刹那は正気じゃない。その証拠に――――俺にナイフ向けながら突進して来てるもん。

 

 

「危ないから――って、聞いてないよな」

 

 猛牛のように、銀に輝くそのナイフを構えながら俺へと突進してくる刹那。距離があまり開いてなかったせいか、すぐに俺の目の前に走り寄ると、ナイフを胴体目掛けて突き出して来る。だが、ナイフが大きすぎるせいか、使い慣れていないせいかは判らないが、突き刺すスピードはそこまで早くもなかった。

 

 上半身を軽く捻らせ、突き出して来たナイフを脇の間に挟み込む。本当はここで、鳩尾を殴りつけたかったのだが、女性を殴るのに些か躊躇ってしまう。その隙を狙ったのか、刹那の赤い瞳が俺の方にと向けられた。

 

 ――やばい。そう思うも、時既に遅しと言った所か、俺の身体は石になったかのように固まり、指先一本動かなくなってしまった。ゆらりと、刹那の手に持つタガーナイフがゆっくり抜かれる。俺の眼前にまで持ってかれた彼女のナイフは、闇を取り込み暗く染まる。

 

 絶体絶命とは、この事を言うのだろう。腕に力を入れてみるも、ピクリとも動かない。俺は刹那のすることを、固唾を呑んで見ている事しか出来なかった。

 

 

「どう痛めつけようかしら。私の友人と弟を奪ったのだから、簡単に死ぬことは許されないわよ」

 

 刹那は、猛獣のようにその赤い瞳を燃やしながら、タガーナイフの腹で俺の頬を妖しく叩く。ナイフは彼女の瞳とは対照的に、心までもを凍らせるような冷たさと、恐怖の二つを併せ持っていた。俺の心は、恐怖と言う雲に覆われていると言うのに、それを嘲笑うかのように身体は動かず、震える事すら叶わない。

 

 

「――刹那。お前が今の俺を殺す事は簡単だ。だけど、ここで俺を殺したら、お前は壊れてしまう。ただの人格破綻者。人を殺しても、何とも思わない人間になる。それで、いいのか? 本当のお前は、優しくて、冷静な奴だろ? そんな奴に成り下がっても、いいのか」

 

 声が震えてしまうのを、抑えられない。怖い。彼女が怖い。だけど、ここで俺が刹那に殺されたら、絶対に彼女は元に戻れなくなってしまう。人を殺す事でしか、自分の気持ちを表せなくなるような殺人鬼になってしまう。そんな彼女を見るのは、絶対に嫌だ。だから俺は、彼女が元に戻るように、半ば懇願するように言葉を紡ぐ。

 

 

「本当はお前だって、俺がお前に取り憑いている天狗じゃないって事ぐらい、判ってるだろう。お前は、天狗に操られてるだけだ。お前の弟と友人を殺して、挙句の果てにお前まで殺そうとしている、最低な奴に」

 

 頬を叩く彼女の動きが、ピタリと止まる。闇に慣れた俺の瞳が、彼女の暗い表情を映し出した。

 

 ――――まだ、刹那は糸を離していない。片手一本でだが、力強く、助かるべくその弱々しい糸を離していない。だから俺は、刹那が手を離して闇の世界に落ちてしまう前に、銀の糸を必死に手繰り寄せる。もし彼女を助けられなかったら、その時は俺までもが道連れになるだけだ。

 

 

「それでいいのかよ。その最低な奴に負けて、操られて。友人を助けられなかったんだから、自分を助ける事ぐらいの努力ぐらい、してみろよ」

 

 夜風に揺られて、長い髪が小さく靡く。光の全く届かないこの場所で、僅かな夜風が届けられる。瞬間、彼女のタガーナイフが銀の一線を作って見せた。

 

 

「貴方になにが判るって言うのよ、今日会ったばかりの他人が知ったような口を叩くな!! もう私は助からないんだ。なら、なら貴方も道連れにしてやる。私に優しい言葉を吐いた癖して、結局私を助けられない貴方を」

 

 鋭い睨みが俺の身を貫く。銀の一線が過ぎった頬からは、ぬるりとした液体が零れ落ちた。それと同時に、俺と彼女の周りを強い風が囲む。

 

 ――まだだ、まだ、お前は出てくるな。俺のそんな心中の呟きを読み取ったのか、冷たい風は止んだ。

 

 

「所詮人なんて、誰も助けられないんだ。助けられなくて、その罪に溺れながら生涯を過ごす。ハイリスクノーリターンって言うのかしらね、自分の損害がこんなに大きいのに、利益なんてちっとも出てこない。出てくるどころか、マイナスよ。本当に滑稽よね」

 

 口角を歪ませながら、彼女はそう言った。だが、赤い瞳は悲しそうに、波を打っている。俺は死を覚悟しながら、生唾を飲み、吐き捨てるように言葉を零す。

 

 

「――――悲劇のヒロイン気取りかよ」

「……は?」

 

 俺の言葉が刹那の耳に届くと同時に、彼女は眉を顰めた。

 

 

「なに達観しているような口叩いてんだよ。それに、まだお前は助かっていない訳でもないのに」

「じゃあ何? 貴方が助けてくれるの?」

 

 嘲笑するような笑みでそう言う刹那。辺りの闇は引きを知らず、何時までも暗く染まっている。だけど、真っ暗闇って訳じゃない。月の光が、淡く照らし出してくれているのだから――――。

 

 

「何度も、そう言っているだろ」

 

 彼女の整った顔が、少しだけ崩れた。赤い瞳が揺らぎ、彼女の心に迷いが生じる。

 

 

「まだお前は死んでいないし、殺してもいない。まだ引き返せるんだ。お前に取り憑いている天狗は俺がなんとかする、絶対に」

 

 絶対に。その言葉を聞いた途端、刹那の表情が曇る。月の光は段々と力を強めていって、闇はそれに釣られながらゆっくりと、後退していく。街の喧騒も気が付けば薄れ、今ではアスファルトを踏む音すらも朧げになっていた。

 

 

「だけど、私が助かったとしても、友人達を見捨てた罪は付きまとってくる。捕まえられた時、私は正気でいられるか――」

「なら、俺がそれを許す」

「……え?」

 

 俺の言葉に、呆気に取られる彼女。無表情や取り澄ましたような表情ばかり見てきたから、中々に見ものだった。

 

 

「だから、お前が友人を見捨てた事を、俺が許すって言っているんだ。お前は散々罪悪感に悩まされてきた、もう、悩むのは充分だ。そうだろ」

 

 ドスンと、何かに当たる衝撃を受ける。見なくても判るが、一応見てみると刹那が俺を抱きしめている姿が見られる。女性特有の華やかな匂いが鼻先をくすぐり、脳にまで漂った。

 

 泣いているのか、ゆっくりと俺のシャツが濡れていく。優しく、温かい彼女の涙が薄いシャツを通して肌で感じられた。身体が動かないので、慰める事は出来ないが、代わりに優しい言葉を投げ込む。辺りを染めていた闇は消えてなくなり、強い月の光が俺と彼女を照らし出す。

 

 瞬間、カラスの鳴き声が響き渡った。数匹、数十匹と数を増やしていくカラスの群れは、俺の目の前で混ざり合い、一つの人影を作り出した。

 

 黒く、光を失ったその人影。月の光に照らされたとしても、決して浄化される事は無い哀れな存在。そのヒトカゲは、徐に俺へと手を伸ばして来る。

 

 刹那が後ろに居る者の存在を感じ取ったのか、ビクリと身体を震わせた。だが、決して前は見ずに、顔は俺の胸へと埋め込まれている。そんな彼女に対して、俺は落ち着いていた。目を瞑りながら、ゆっくりと口を開く。

 

 

「じゃあ、後は任せた――――文」

 

 仕方ないですね。聞こえてきたその言葉と共に、俺と彼女を優しい風が取り込んだ。

 

 

 

 

 

 




もうすぐクリスマスですね。僕は今回も、家でチキン食べながらホームアローン観てそうです。
コンビニで買う一人用のショートケーキを頬張りながら、リモコンを手に取って録画ボタンを押すのです。

十六歳なのに何してるんでしょうか、どうやら『青春』なんて文字は幻想の世界に飛び立ってしまったようです。

(女性って困った時物凄く面倒くさいと言われてますが、本当なのでしょうか。いないので判りません)

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