日は変わるに変わり、気付けばテレビニュース等はクリスマス特集で溢れかえっていた。
インタビュアーは何が楽しいのか、チキンやケーキを買うリア充ばかりに、今宵のクリスマスをどう過ごすか、と言う質問を度々行っている。そんな笑顔を絶えず浮かべる彼らに、俺は思うのだ――正気では無いと。
そもそもクリスマスは、キリスト信者がイエス・キリストの降臨を祝う祭の筈だ。なのに、なのに何故このリア充達はケーキやシャンパンを買って、パーティーをするのだろう。彼らは全員キリスト信者なのだろうか?
独り身の俺がクリスマスに、どれだけスーパーに行きづらいか彼らには分からないだろう。今の俺は最早、クリスマス曲を聴くだけで全身に鳥肌が立つ程、クリスマスイベントに対して拒否反応を起こしてしまう。そんな俺の苦悩を彼らは知らない。知る由も無い。
だから俺がクリスマス、なんて邪道なものに対抗する手段は――インターネットの掲示板でリア充達を呪う事だけだ。
今年もきっと、非リア充達が一同でサンタやキリストに怨念を掛けるのだろう。さぁ、集え皆の衆。今宵も人生を謳歌している者らを呪う仕事が――
「真さんクリスマスですよ!! ――って、何か何時もと雰囲気違いますね」
「邪魔をするな文。俺は藁人形を作らないといけないんだ。憎き敵を呪い殺す為、今年こそはリア充共が食中毒で倒れる呪いを完成させてみせる――」
俺の部屋の扉を勢いよく開ける文に、落ち着き払った口調で言葉を返す。何時もなら突然に俺の部屋を入ってきた彼女を叱るべきだが、今は生憎それどころじゃ無かった。
ただ無心に藁人形を作り続ける。自分の怨念を人形に掛けるのは完成してからで良い。藁を束ね、それなりに形を保ち始めた人形に小さく笑みを浮かばせてやると――突然に、俺の完成間近の藁人形が強烈な風に吹かれ、部屋の片隅へと砕け散った。
「ああああああああッッ!! 何するんだ文貴様返答次第では消し炭にしてくれるッッ」
「ですから、クリスマスですよ。楽しいパーティーを開きましょうよ!!」
「嫌だね。何でキリスト教より仏教派の俺がクリスマスパーティーなん、て……」
俺の言葉は尻つぼみに消えてゆく。目の先には笑みを失くした無表情で、
「脅迫良くない」
「脅迫じゃありません。分かりの悪い真さんを武力行使で納得させるのも良いと思っただけです」
「成る程、実行に移すのか。脅すよりもタチが悪いな」
尚も葉団扇を掴む腕に力を滲ませる文に、俺は命欲しさに言った。出掛ける準備をするから、一階で待ってくれと――。
やはり、人間如きが鴉天狗には勝てないようだ。
♥
お気に入りである黒の長シャツと、ジーパンを着用してダウンジャケットを肩に掛け階段を降りる。
少し前ならゼブラカラーのパーカーを羽織っていたが、本格的に寒くなってきた十二月にパーカーとシャツだけでは、流石に寒すぎる。やはり環境の変化を臨機応変に対応するのは苦手だ。
階段を降りて一階のリビングに戻ると、文の姿はまだ見えていなかった。まだ支度に手間取っているのか、と溜息が溢れそうになるが、文はあれでも性別的には女だ。準備に手間取るのも仕方無いだろう。
時間を潰すために、キッチンに入ると戸棚を開け、ココアパウダーを手に取る。次に片手鍋に牛乳を注ぎ込み、電気コンロに置くなり強火で熱した。牛乳が沸騰するまでにリビングに戻り、ダウンジャケットを上に羽織って更には、ソファーの上に掛かっていたネックウォーマーを被る。
まだ少し防寒対策には心もとないが、普段こんな寒い日には引きこもっている日が殆どだったので、お生憎様に他の防寒グッズは手持ちには無かった。これも全て、あの
ミニテーブルに綺麗に陳列されたテレビリモコンを手に取り、徐に電源を付けると薄型液晶テレビは、昼のニュース番組放送をモニターに映した。案の定と言ったところか、テレビスタジオ内は季節に沿って、如何にもクリスマスシーズンを連想させる数々のグッズがテーブルや窓際に並べられてある。
そんなニュース番組を横目に、またもキッチンに戻り、火によって熱されグツグツと沸騰する牛乳を一瞥した。スイッチを回し火を切ると、食器棚に陳列されたマグカップを
すると、丁度良いタイミングで扉のレバーハンドルが下に傾き、リビングの中に文が入ってきた。格好は長のオーバーパンツと、桃色のウィンドブレーカー。首にはうす茶色のマフラーが巻かれており、防寒対策もバッチリの上動きやすさも追求されているように見える。
ウィンドブレーカーなんて買ったかと、少し疑問に思うも深くは考えないようにして、ソファに浅く座りながらテレビモニターを眺める文に、ココア入りのマグカップを彼女の目の先にあるミニテーブルの上に置いてやる。
少し呆けた表情で、俺とココア入りマグカップを交互に見つめたと思うと、にへらと嬉しそうに笑みを浮かべ俺に礼を返した。ソファの傍らで立ちながら、ココアを無表情に飲む俺と幸せそうにココアを飲む文の姿が出来上がる。そんな光景が堪らなく嬉しくて、平和で、何時までも続けば良いのにと、ひっそり胸中で呟く。
ココア特有の甘い匂いが鼻腔を付き、滑らかな味わいが口の中いっぱいに広がる。マグカップの中身を三分の二程飲み干した辺りにふと――インターホンが鳴った。
機械的なその音色に二人して気付くと、文は何を勘づいたのか、先程の幸せそうな笑みから一変。鋭い目つきで俺を睨んだ。その、人も殺せるような目線に恐縮しながらも、リビングに設置されたテレビドアホンに目をやると、モニターには見慣れた少女が寒そうに身を震わせ、ドア前に立っていた。
「お、もう来たのか。早いな」
「……何で刹那さんが玄関扉の前に立っているんですか?」
じろりと、俺に憎悪すらも混じった目線を送ってくる。俺は無言を保ち続けるが、文の鋭い目付きに耐えられなくなり正直に暴露した。
「えっと……。やっぱりクリスマスパーティーするなら人多い方が良いかなー……って思ったから、刹那さんを誘っちゃいました」
「――真さん。さっき作っていた藁人形って、まだ有りますか?」
「残念。突如吹いた強風によって吹き飛ばされました」
文は何を残念がっているのか、溜息を続けて三回零した。少しは悪いと思っているが、これも文と刹那の為だ――許してくれと胸中で謝罪する。
今回刹那を誘った訳は、人を増やしたいからと言うのも理由の一つだが、本当の目的はこの二人の仲を、少しでも深めようと思ったからだ。文が、刹那に取り憑いていた天狗を退治したあの日に、二人は
恐らくにこの二人は、心中で互いの悪態を吐いている筈。先程の文の態度が、それを明白にしていた。
刹那と文の関係を本物の友人にしない限り、俺の胃は痛む一方――。今回のクリスマスケーキをアイスケーキにしてやるから、許してくれと胸中でもう一度、深い反省を孕ませた謝罪をつぶやき、玄関へと向かった。
「待たせたな……って、あれ?」
「遅いわよ。これからはインターホンが鳴ったら三秒以内に扉を開けなさい」
彼女の無理難題を華麗に聞き流し、俺は目を疑った。
何回も瞬きを繰り返す俺を不思議に思ったのか、刹那が怪訝そうな表情を浮かべながら疑問そうに口を開いた。
「どうしたのよ、そんな変な顔して」
「いや、何で
――そう。刹那は今、何処の学校指定の制服かは分からないが、黒一色の制服を身に包んでいた。
上に羽織るブレザーが黒一色の為か、胸元に付いている白いリボンが一層目立つ。スカートもこれまた、黒を基色に赤のラインが縦に横にと引かれてあった。見慣れない彼女の姿に――と言っても数回程度しか会ってはいないが――俺は更にと目を丸くさせる。
俺の問いに、何を当たり前の事を。と言わんばかりの目線を投げ掛け、つんと無愛想に応えた。
「高校生なんだから、当たり前じゃない。冬休みは明後日からよ」
――高校生。
その言葉はエコーするように、俺の心中を何回も何回も響き渡った。俺は自分の動揺を悟られないように、精一杯の威厳を持って言葉を返す。
「そ、そうだよな――刹那高校生だもんな……」
誤魔化すように、乾いた笑みを作る俺を見てか、刹那の表情は更に怪訝そうなものへと変わった。
引きつってきた笑みを見せながら、俺は必死に別の言葉を探す。鼓動は緊張からか早鐘のように圧縮を繰り返している。そんな微妙な雰囲気の中、刹那は俺の心中での焦りの理由を悟ったのか、意外そうに言ってみせる。
「もしかして――真、学校行ってないの?」
俺は、心の中で絶叫した――。
♠
まだ昼の一時辺りだと言うのに、空は鈍色に濁り太陽の姿は灰色の雲達に覆い隠されていた。攻撃的な寒風をその身に受けながら、俺は何度目かの溜息をこぼす。
街中に響き渡る雑多の音が何時もより煩く感じられた。俺達の横を通り抜けて行く人達の言葉は、思いなしか俺の事を罵倒しているように思える。今はもう、何もかもから目を逸らしたい気分だった。
「真さん。元気出して下さいよ!! 折角のクリスマスだと言うのに、そんな辛気臭い顔してたら近寄る幸福も近寄りませんよ!!」
「良いんだよ……無職のニート野郎に近寄る幸福なんて無いから。近寄るのは不幸と
「あの、真さん? 天狗と書いて何故疫病神と読むんですか?」
文の適切なツッコミを街の雑多と共に聞き流して、遠くを見渡した。が、駅近くの為か幾つも連なる高層ビルのせいで、視界は途中で途切れてしまう。何故だか広い筈の世界が酷く狭く感じられた。
無意識に、自分の口から溢れる不気味な笑い声。それを聞いてか、俺の隣をゆっくりとした歩調で歩く刹那と文は顔を互いに見合わせ、苦い笑みを口元に貼り付ける。
「まぁ、別に私は真が学校を行ってなくても、別にどうも思わないわよ。そりゃあ世間体からは良い目で見られないかもしれないけど、私はそういうの気にしないもの」
「そ、そうですよ真さん!! 私も気にしません――と言うか、私は真さんに養われているのだから、文句を付けるどころか感謝してますよ」
文の『養われている』と言う言葉にはツッコミを入れたかったが、今は彼女達の海よりも広い御心に感謝する他無かった。偏見で物事を見据えないで、俺に微笑みを向けている彼女達に――。
そんな俺の思いを露知らずか、刹那は疑問そうな表情を突然に浮かべてきた。
「そう言えば、真って何処から生活費を入手しているの? 自分一人なら兎も角、そこの天狗さんまで養っているのでしょう? それなりの収入が無ければ出来ないと思うのだけれど」
「そ、それは……」
俺は言葉を詰まらせた。刹那にとっては素朴な疑問だろうが、俺にとっては自分の墓穴を掘るような。そんな行為だった。
少しの逡巡のあと、諦めたかのように、溜息混じりで言葉を返す。
「親の……遺産で」
世界から、音が奪い去られた。数秒程の、二人の沈黙が何時間何日何年とも長く感じられ、俺の心は崩壊する一歩手前。そんな傷心の俺に追い打ちを掛けるように、刹那は口を開く。
「――屑ね」
「あは、あははは」
乾いた笑い声を上げる俺を、刹那は白い目で眺める。文も最早、俺をフォローする気が無いのか無難に、苦笑にも似た笑みを作っていた。涙腺が崩壊する手前、俺はそれをグッと堪えて吹っ切れたように声を上げる。
「あ、ああそうだよ。俺はクズだ、誰の目にも当てられないようなクズなんだよ……」
気付けば歩を止めて、その場に立ち尽くしていた。大声を上げるつもりだったのだか、自分の喉を通った言葉はこれでもか、と思うほど震えており、か細かった。
鼻がツンとするのを感じる。目頭が熱くなっていく最中、震えて立ち尽くす俺を通行人達は他人事のように、それどころか邪魔げにしながら隣を素通りしてきた。自分一人が酷く孤独に感じられて、情けなく思える。こんな状況を作り出した当の本人は、小さく純粋たる笑みを作ると、くすりと可憐に笑って見せた。
「屑って自覚しているなら、それでいいわよ」
意外たる彼女の言葉を耳にして、顔を上げる。呆けた俺の表情を見てか、更に笑って見せると彼女は、言葉を紡いだ。
「屑って自覚してない屑より、屑って自覚している屑の方がまだ、可愛げがあるもの。もし、私の言葉に貴方が逆上でもしたら、縁を切っていたわね」
珍しく、色々な感情を混ぜ合わせて笑う刹那が、俺を見据えていた。彼女の言葉に少しだけ救われながら、心中を結んでいた緊張の糸が解けた気がする。苦い笑みを貼り付けていた文も、俺の手のひらを取るなり笑顔を作って、突然に道を駆け出す。
「時間は直ぐに過ぎ去ってしまいますよ。メソメソしている暇があったら、早くプレゼント買っちゃいましょうよ!!」
不意に手を取り駆け出され、転びそうになるも体制を何とか整える。目の先には――