駅前のショッピングモールは、案の定と言った所か、大勢の人で溢れかえっていた。
数年前に在来線が開通したこの街は、目眩く勢いで発展し始めた。大型マーケットが出来上がり。ゲームセンターが出来上がり。数多のビルが立ち並び、自然の多かったこの街も段々と、コンクリートで埋め尽くされて来たのだ。
きっと、この街がこうなるのも運命だったのだろう。エスカレーターで下の階に降りながら、柄にもなく感慨に耽る。
「それにしても、凄い人混みね」
「クリスマスシーズンなんだから、当たり前だろ。ああ、もう帰りたい」
「真さんはもう少し胸を張ってください!! こんな可愛い女の子二人に囲まれているんですから、両手に花なんですよ、分かっていますか!?」
「どちらかと言うと、両手に毒花って言った方が正しい気がする」
ピシリと――刹那と文の動きが止まる。地雷を踏んだかと後悔するも遅し、二人はにこやかな――それでいて、恐ろしい笑みを――俺に向けた。
冷や汗が背中を滴り、蛇に睨まれた蛙は、こんな気持ちなのだろうと納得する。
「海洋のど真ん中に置いてきぼりにされるのと、火山の噴火口に放り込まれるの――どっちがいいですか、真さん?」
「どちらも遠慮願いたい」
「それじゃあ、棺桶に閉じ込めたまま、地中に埋めましょうか。段々と酸素がなくなっていき、棺桶の中で窒息死する真は酷く苦しむでしょうね」
「謝るからさ、怖いこと言わないでくれない、二人共?」
一体、彼女達と付き合うには、何れ程の残機が必要なのだろう。きっと、無限1UPでもしない限りゲームオーバーになるのは必然な気がする。
尚も恐ろしい笑みを湛える彼女達から、逃げるように視線を逸らし。酷く長いと思えたエスカレーターの道のりも、終わりが見えてきた。
漸くに、エスカレーターで地上一階から、地下一階に辿り着く。地下一階には、オモチャ売り場や雑貨店。果てには靴屋までもが遠目に見える。クリスマスプレゼント狙いの、主婦学生達が、これでもかと言うほどに群がっていた。
その人混みに、思わず俺と刹那は苦笑を浮かべる。対する文は反対に、この人混みなど全く気にしていないのか、輝く瞳で辺りを見渡す。
「……天狗さんは、どうしてそんな笑顔で居られるのかしら」
「さぁ、俺にも分からないが――天狗だからじゃないか?」
『天狗』と言う単語を、差別用語のように扱う俺を無視して、文は一目散にオモチャ売り場へと走っていった。
★
「それじゃあ、各自でプレゼントを選びましょう!!」
文はさぞ楽しそうな表情で、そう言った。やや興奮気味の彼女は、忙しなく辺りをキョロキョロと見渡している。
「成る程、プレゼント交換をする気か。それで――文は何処から金を仕入れる気だ?」
「それは……真さん、お願いします」
「結局、文のプレゼント代は、俺が出すのね」
仕方なさげに、ズボンの後ろポケットから長財布を取り出す。その中から諭吉さんを手渡すと、太陽のような笑みで礼を口にする。
「それで――刹那。その金をせびるような手は何だ?」
「その……父親からの仕送りが遅れているから、今月厳しいのよ。来月に必ず返すから、お金貸してくれない?」
「はぁ!? て事はなに、三人分のプレゼント代金、俺が全部出すの!?」
「月頭に必ず返すから!!」
申し訳なさそうに、手の平を合わせ、拝むような姿勢を取る刹那。俺は悩むように、一瞬の逡巡を作った後、またもや長財布から諭吉さんを取り出す。
絶対に、返せよと念を押す俺に対して、刹那は珍しく真面目そうな表情を作り、頷いた。
「はぁ、何だか父親になった気分だ」
「真お父さん。有難う!!」
「やめなさい文っっ!! 天狗の子なんて育てた覚え、有りません!!」
「お、お父さん……有難う」
「なぁ、刹那。そういうの慣れてないなら、無理に悪ノリする必要ないぞ?」
自分のボケが外れた事を悔いているのか、俺から顔を背け、項垂れる刹那。そんな彼女を見て、俺が引きつった笑みを浮かべるのと、文が天真爛漫な笑みを作って、元気そうに声を上げるのは同じタイミングだった。
「では、プレゼントを買ったら、あの場所に集合と言う事にしましょう!!」
エスカレーター付近に立つバーガー店を指差し、やや興奮気味な文を一瞥すると、俺と刹那は小さく頷いた。
♥
クリスマスを誰かと過ごすなんて、何時ぶりだろうか。この長い間、一人で過ごした記憶しか無い。
胸中から溢れ出る、そわそわとした感情に、やや困惑する。一先ずは、彼女らが喜ぶであろうプレゼントを、血眼に探すしかない。
男の俺は、女性がプレゼントされて喜ぶであろう物が、全く予想出来なかった。況してや、今日一夜を過ごすお相手は、不気味な能力を持つ刹那と、鴉天狗の文だ。前者は兎も角、後者は人ですら無いじゃないか。
オモチャ売り場で、頭を悩ませる事しか出来ない俺は、適当に傍に置いてあった、大型のジープラジコンカーに目をやってみる。
――ダメだ。彼女達に、ラジコンカーをプレゼントした所で、喜ぶ様子が全く想像出来ない。もし、下手な物をプレゼントして、気分でも害してしまったら、俺の残機は一つ減って、ゲームオーバーになるだろう。
鴉の好物は何だろうと、首を傾げてみるが、彼らは生ゴミを漁っているイメージしか脳裏に浮かばなかった。いっそのこと、街の指定ゴミ袋に包まれた生ゴミをラッピングして、文にプレゼントしようか。そんな考えに至ってしまうほど、俺の頭の中は段々と限界に達していった。
そんな折に、ふと視界の端に映った店。あそこなら、彼女らの満足いく品物が売っているかもしれない。そう思った俺は、光に魅入られた虫のようにふらふらと、歩みを進めた。
☼
集合場所に戻ると、そこには既に紙袋を手に掴んだ刹那が立っていた。
俺が彼女に気づくのと、彼女が俺に気づいたのは同じタイミングだったらしく、目配せをした後に小さく手の平を掲げると、刹那も俺の動作を真似る。
「随分と早いな。どれくらい待ったんだ?」
「そんなに待ってないわよ。それに、貴方達と別れてからもう、三十分は経っているのよ? 遅い方だと思うけど」
刹那は制服のポケットから携帯を取り出すと、ホームボタンを押して現時刻を俺に見せた。相も変わらず可愛げのあるホーム画像に目が行ってしまうが、確かに携帯のデジタル時計は、午後の二時程を指していた。
「もうそんなに経ってたのか。早いな」
「楽しい時間程、早く流れるって言うしね。貴方、ひょっとして楽しんでるの?」
「なっ――そんな訳ないだろうが!!」
我知らず、無意識に声が大きくなってしまったのを恥ずかしく思うが、刹那は微塵も気にしていないらしく、にやにやと厭らしい笑みを浮かべていた。
「そう? 私は楽しんでいるつもりだけど」
「え――?」
おおよそ、彼女には似合わないその言葉に驚いてしまう。てっきり、楽しんでいたとしても、隠し通すようなキャラだと思っていたのだが。
そんな、俺の複雑な心境を露知らず、刹那はにこやかな笑みを浮かべてくる。普段は、ただの笑顔すら見せない彼女が見せた、可憐なその表情に不覚にも、胸が高まってしまった。
そんな気持ちを誤魔化すように、俺は腹を撫でながらバーガー店を指差す。
「ま、まぁそれはそうと。俺昼飯も食べてないんだわ。いい年した俺らが立ち話ってのも何だし、昼飯食べながら話そうぜ」
「それもそうね。思えば、私も昼ご飯食べてなかったわ」
昼飯を食べてない事すら、忘れる程楽しんでいたのか。喉にまで出かかったその言葉を、俺はそっと飲み込む。
ダウンジャケットのファスナーを開けて、適当な椅子に腰を掛けた。クリスマスと言っても、流石にこの時間帯に物を食うような連中はそこまで多くはないのか、テーブル席はちらほらと空いていた。
机の上に、刹那は手に掴んでいた紙袋を。対する俺は、箱型に小さくラッピングされた、クリスマスプレゼントを置いた。
「プレゼント代奢ってもらったんだし、昼ごはん代ぐらいは奢ってあげる。何が良い?」
「おい待て。プレゼント代を奢った覚えは無いぞ? 絶対に月頭には返せよ」
「分かってるわよ。それで、何が良い?」
適当に流す刹那に対して、多少の不安を覚えるが、うじうじしていても仕方が無い。数あるメニューの中から、王道のハンバーガーセットを頼む。
「分かった。ハンバーガーセットね。それと、紙袋の中身を覗きでもしたら――鮫の餌にするから」
「いちいち怖いんだよ、お前らは。もっと穏便に行こうぜ」
「もしもの話よ。まぁ、貴方なら覗かないと思うけど」
俺の何を信頼しているのか、そんな言葉を残して、身を翻す刹那。店内は暖房が効いているのか、少しだけ蒸し暑く、着ていたダウンジャケットとネックウォーマーを脱ぐ。
店内はがやがやと騒がしく、中には何の悩みも無さそうな学生が、チョコアイスクリームにフライドポテトを合わせ口に運んでいる。もし、この場に文が居たら、アイスクリームとフライドポテトが追加注文されているだろう。
それにしても文の奴遅いなと、訝しげに思う。やはり、異国の地出身故か、このようなショッピングモールで、一人で買い物をさせるのは難しいかもしれないと、少しだけ心配になる。
何とはなしに、集合場所であるバーガー店の近くを見渡すが、文の姿は見えなかった。
「何をきょろきょろしているの?」
不意に声を掛けられる。後ろを振り返ると、刹那が疑問そうな表情を浮かべながら、二つのお盆の上に乗ったバーガーセットを、それぞれ両手に掴んでいた。
「いや、何でもない。ただ文の奴が遅いなって思っただけだ」
「なに? 私と二人っきりで会話するのは、つまらないのかしら?」
「深く考えすぎだよ。ただ単に、疑問に思っただけだ」
ふぅんと、興味なさげに返す刹那は、二つのお盆を机の両側に置いた。フライドポテトは出来立てなのか、白い湯気が立ち上っている。
先に冷ました方がいいだろう、と思った俺は、丁寧に包まれたバーガー袋からハンバーガーを取り出す。そんな俺の一定の動きを見てか、刹那が口を開いた。
「なに、貴方ってハンバーガーから先に食べるタイプなの?」
「いいや、普段は飲み物の中に入った氷から食すタイプだ」
「初めて聞いたわよ。そんな人……」
冗談を真面目に受け取ったのか、それとも軽く流したのか分からない、微妙な反応をする刹那。取り敢えずはハンバーガーを齧りながら、他愛ない話を繰り広げることにした。
「それにしても、大きな紙袋だな。中には何が入っているんだ?」
「それは、後でのお楽しみよ。先に言っちゃったら、つまらないじゃない」
ご尤もな正論を口にする刹那は、フライドポテトを一つ齧った。案の定熱かったらしく、口の中でコロコロとポテトを転がしている。
ストローを咥え、ジュースと一緒に飲み込んだ刹那の瞳には、涙が溜まっていた。
「そんなに熱かったのか」
「……舌を火傷する所だったわよ。店員に文句言ってくる」
「待て、待て待て待て。クレーマーかお前は!!」
「だって、普通は先に注意するべきじゃない!? 『出来立てなので、お気をつけください』って。なのに、あの店員ったら何も言わなかったのよ!?」
「確かに、店員の不注意が招いた事故かもしれない。だけどな、争いは何も生まないんだ。だから、どうかその怒りを鎮めて欲しい」
少しズレたことを口にする俺だが、刹那はそれに納得したらしく、渋々げに席に着く。これで、一つの無駄な争いを避けれた事に自己満足しながら、ハンバーガーをもう一齧りした。
「……私達は、機械とあまり変わらないのかもしれないわね」
「――はい?」
突然に、訳の分からない事を口にする刹那。遂にバグったのかと思う最中、妙に神妙そうな表情を浮かべて、刹那は言葉を紡ぐ。
「私達は――大量の血を流したら死んで、少しの細胞が配列を崩したら、大きな病を抱える事になる。そんなの、オイルを失った自動車やパーツの欠けたロボットと同じじゃない?」
「――そうだな。これからはお前と鉄格子越しでしか会話が出来なくなるんだ。残念だ」
「別に、精神病を患わっているとかじゃないわよ、私は」
じゃあ何なんだ、と口にしたくなるのは山々だが、余計な口を挟んだら、きっと彼女は逆上するに違いない。本当は耳にも入れたくないが、仕方無く刹那の言葉を聞くために、俺は耳をそばたてる。
「私達が生きる為には、息をしなきゃいけないし、食料を適度に口にしなければいけない。水だって飲まなきゃいけないし、魚のように長時間水中に居続ける事も出来ない。まだ、ロボットの方が頑丈な気がするわよ」
「で、なに? 俺達はロボットに負けているとでも、言いたい訳?」
「脆いって言いたいだけよ」
最初から、そう言えば良いのに。何故、彼女はこんな、回りくどい言い方をしたのだろうか。中学生じゃあるまいし。
そして、刹那は俺がどのような反応をするのか気になっているらしく、チラチラと俺を見つめる。ハッキリ言って――物凄く、鬱陶しい。
無視するのも、礼儀がなっていないと思い、面倒ながらも、溜息を一つ零し、口を開く。
「ロボットなんて、あんなの歩く踊るぐらいしか出来ないだろ。それに対して俺らは、如何に怪我を負わないか、どうやって生き続ける事が出来るか、考える事が出来る。俺らがロボットに負けているなんて、勘違いも甚だしいだろ」
俺の回答が気に入ったのか、満足げに頷く刹那。もしかしたら、理由は分からないが、俺の事を試していたのかもしれない。
彼女なりの質問の仕方を、些か面倒に思うも、丁寧に答えてしまう、俺が居る。自分の人の良さに、心中でひっそりと――もう一人の俺が、苦々しげな表情を浮かべた――気がした。