先程の、喜びに満ち溢れたような表情から打って変わり、親の仇でも見るかのような苦々しげな表情を作る少女。
彼女の口からは、確かに俺の友人で有り天狗で有る、文の名前が出ていた。
一体、この少女は何処まで俺の事を知っているのだろう。恐らく、俺の知らない事までもを知っているに違いない。ぐちゃぐちゃに散らかった思考で、俺はそう考える。
俺の後ろに立つ、朽木 彼方と名乗る少女が現れてからは一言も喋らなかった文は――俺が今まで見たことも無いくらいに、歪んだ表情を作り上げていた。
困惑と、焦燥と、殺気が混ざったような、酷く歪んだ表情。一日の殆どを笑顔で過ごしている文からは、とても想像出来ないような恐ろしい顔。刹那の注意が俺に向いていて良かったと思う。
もし、刹那が今の文の表情を見てしまったら、彼女は恐怖に打ちひしがれていただろうから。文は、俺の視線に気付いたのか笑顔仮面を被る。俺は、文の本当の表情が分からなくなっていった。
「貴方は、私の名前を知っているようですが――私は貴方を知りませんね。どなたでしょうか?」
「へぇ、知らない振りするんだ。全く、あの後何処へ行ったかと思えば、真君と一緒に行動してたなんて――本当、ずる賢いよね」
俺や、刹那までもが困惑に満ちた表情を浮かべる。対する二人は、笑顔を浮かべていた。
――一人は作り物の笑みを。そしてもう一人は、酷く恐ろしい、底無し沼のように濁った笑みを。暫くの間沈黙が場を制す。最早風の音までもが良く聞こえる静寂に満ちた山の中、意外にも沈黙を破ったのは文だった。
「それはそうと、流石に寒くなってきましたね。まだ話したい事が有るのなら――どうです、何処かお店の中で話しませんか?」
「そうだね。
天狗。その言葉が少女の口から零れた時、確信した。
――彼女は文の存在を知っている、と。霧が段々と晴れてきた頭の中は、未だ少しだけ散らかっているも一人で立てる程にはなり、俺を抱き抱えていた刹那の腕を優しく解いた後、地面を力強く踏みつける。
「かと言っても、ここら辺喫茶店なんて便利な物は無いし――何処行くんだ?」
「あ、真さん真さん。私もう一度遊園地行きたいです」
「そろそろ家に帰らないと、食材が傷むだろ。そうだな――俺達これからクリスマスパーティーするつもりなんだけど、どうです彼方さん? 貴方も一緒に来ますか?」
俺の言葉に――痛い程鋭い目線が幾つも刺さる。後ろを向くと刹那と文の二人が、殺せる程に鋭い目線で俺と彼方を睨みつけていた。
――しまった、地雷を踏んだか。冷や汗を垂らす俺とは対し、彼方は恍惚やら興奮やらが混ぜ合わさったような表情で、俺を見つめている。暗闇の中、少しだけ潤んだその瞳が綺麗で――思わず一歩後ずさってしまう。
「本当に、本当に良いの!? と言うか真君の家この辺から近いの!!? ああもうッッ死んでも良いッッッ!!」
「なら死にますか? 良いですよ、私が手伝ってあげましょう」
「真君に殺されるのなら本望だけど、文さんには殺されたくないな~。と言うか触られたくも無い、バイ菌持ってそう」
俺は葉団扇を構える文の腕を押さえ、当たり障りない適当な笑顔を作っていた。笑顔と言うよりかは、頬が少し引きつっただけだと思うが。
どうか、面倒臭い事が起きませんように。俺はそんな叶わなそうな願いを、神様に祈った。
――そして、騒がしい俺達を、刹那がじっと見据えている。目線は――彼方の方を向いていた。
★
「……うっわ、予想以上に近かった」
防犯灯に照らされた彼方が、半ば呆れ顔のような表情で、自宅を見据えている。
山では辺りが暗すぎて分からなかったが、青白い光に照らされた少女は様々な所を顕にしていた。
彼方の制服は黒色のブレザーに、白色のスカートには薄茶色の線が縦横に伸びる、タッターソール・チェック柄で、見慣れないそのスカートの柄には少し驚いたが、何よりも彼女の髪の色が血のような赤色だった事には大層驚いた。
日本人離れした、目立つその髪色にどうしても目が行ってしまう。彼女曰く生まれつきだと言うから、余計驚きを隠せない。
そもそも、黒色の瞳に生まれつき赤色の髪の毛が生える事は無いのだが、その言葉を俺はそっと飲み込む。人には一つや二つ、聞いて欲しく無いものが有るものだ。文が――俺に何かを隠しているように。
上空には珍しく星が見えており、ペガスス座がくっきりと見て取れた。結局、星や月が頭上に昇るまでに帰る事は出来なかったな、と感慨に浸る。
「彼方の予想はどれくらい遠かったんだよ」
「う~んとね、最低四駅は通るかと思ってた。まぁ、例え真君の住居が地球の裏側でも、私は追ってたけどね」
「悪質過ぎるストーカーだな」
敬語を使わず、親しみを込めた口調で話す俺と彼方。どうやら俺が彼女に敬語を使う事は、彼女にとって酷く傷つく事らしい。
それにしても、先程会ったばかりの少女を、俺は家に連れ込むなんて――今になってはどうかしていると思えてならない。何時から自分はこんな、平気で女の子を家に連れ込むような奴になったのだろう。
俺は玄関扉の鍵穴に鍵を刺して、百八十度回した。がちゃり、と小気味良い音が聞こえて、家は主の帰宅を快く歓迎する。尤も、この家の主である俺の他に三人の少女が居るが。
刹那は俺の家に訪れた事が有るからか、玄関を潜って特別何かを言うことは無いが、彼方は別のようで。俺の傍らで彼方は、これでもかと言うほどにテンションが上がっていた。
「うわぁ、広い広い。こんな広い一軒家で真君は暮らしてるのかぁ……。あ、真君の匂いがする~」
「おい、俺の服に顔を埋めるな。って言うかおいッッ!! 俺の服を食べるなッッ!?」
「うへへ。ちょっとしたマーキングなのですよ」
そう言って俺の長シャツを口に含む彼方。ハッキリ言って嬉しいのだが――後ろの女性陣から発せられる雰囲気が恐ろしく、俺は後ろを振り向けなかった。
「ちょ~っと調子に乗りすぎじゃありませんか、彼方さん? それとも彼方さんの主食は布全般なんですか?」
「違うよ、私の主食は真君だよ。いずれは真君を食べたいな~って」
もぐもぐと俺の服を噛みながら会話をする二人。何故、文までもが俺の洋服を噛んでいるのだろうか。むず痒い感覚になりながらも――何処か、懐かしい気分になった。
流石に刹那は俺の洋服を噛むようなキャラでは無いようで、苦笑混じりに俺達を眺めている。普通ならば、刹那のような反応が正しいのだが、文はそこまで大人では無いらしい。長い間を生きると精神が逆に幼くなるのだろうか、美味そうに俺の服を噛む文を一瞥しながら、そう思う。
服が伸びないように気をつけながら、何とかリビングまで到着する。唾液に濡れ、よれよれになった服の袖を捲りながら、各々で買ったクリスマスプレゼントをミニテーブルの上に置いた。
「それじゃあ気を取り直して……プレゼント交換しましょうか。あら、彼方さんは渡すプレゼントが有りませんね。非常に残念です、指を加えて眺めていて下さい」
「え~ちゃんと有るよ。渡すプレゼント」
文から発せられたハブ宣言に少しだけひやりとするが、どうやら彼方には人に渡すプレゼントが有るらしい。少しだけ胸を撫で下ろしながら、手ぶらの彼方が渡せるプレゼントを何となく予想してみる。
だが、彼方が渡そうとしているクリスマスプレゼントは――俺の予想斜め上を行った。
「私は真君に、私の初めてをプレゼントするつもりだよ」
「いい加減にしませんかね、彼方さん。流石に私の堪忍袋の尾も切れそうなんですが」
彼方の爆弾発言に、文が額に青色の血管を浮かべる。俺は心中でこれ以上、彼方が文を刺激してくれないよう願うばかりであった。
どうやらこの場に、常識人は俺と刹那しかいないようだ。だが、その内の一人で有る刹那は、ただじっと彼方の顔を凝視している。よって、常識人は俺一人になってしまったようだ。
妙なこの雰囲気の中、彼方は厭らしく笑う。俺には何故、この状況化に笑顔を作れるのか疑問でならない。
「冗談だよ冗談。いや、半分本気だったけど――ちゃんと渡せるプレゼントは有るよ」
「そうですか。下らない代物だったら地面に叩きつけますね」
「大丈夫。きっと真君は喜んでくれる筈だから」
「俺が貰う前提かよ」
別に、彼方が最初に言ったプレゼントでも充分嬉しいが、文がそれを許してくれそうには無かった。何故か彼女は、俺が他の女性と関わるのを嫌うらしい。
気を取り直して、俺達は各々に綺麗に包装されたプレゼントを手に取る。俺は小さな箱型のプレゼントを。刹那は大きな紙袋を。文は大きな箱にラッピングされたプレゼントを。そして彼方はブレザーのポケットに手を突っ込んだと思うと――銀色に輝くロケットペンダントを取り出した。
部屋の明かりに照らされて、美しく輝くロケットの中には何が入っているのだろう。高価そうな彼方のプレゼントを眺めながら、心中で首を傾げた。
刹那は携帯を手に取ると、インターネットを開いた。すると何処かで聞いたことのあるクリスマスソングが携帯から流れてくる。どうやら、この音楽が終わると同時に手元にある物が、今年のクリスマスプレゼントのようだ。
俺達は円状に広がると、それぞれのプレゼントを抱き抱える。刹那が停止していたクリスマスソングを再生すると同時に、俺は自分のプレゼントを、右隣に立つ刹那に渡す。
明るめなクリスマスソングがリビングに響き、俺のプレゼントは刹那へ、そして文へ、最後に彼方へと送られ行く。
彼方や、先程まで仏頂面だった文までもが笑顔を作る。刹那は無表情を湛たたえるも、その表情の中には喜色が混じっている事が容易に伺えた。俺もはしゃぐ事は何となく気恥ずかしい為に、笑顔を必死に堪こらえる。
一分ほどの短い時を得て、音楽が止まった。途中で何故か逆回りになったりと言ったハプニングが起きたが、無事各々の手元にはプレゼントが行き渡ったようだ。
俺は彼方のクリスマスプレゼント、ロケットペンダントを。刹那は文のクリスマスプレゼントを。文は俺のクリスマスプレゼントを、そして彼方は、刹那のクリスマスプレゼントを。
「あ、文さんずるい!! 真君のプレゼント貰ってるじゃん!!」
「いや~運が良かったです。彼方さんは刹那さんのプレゼントですか、また来年期待して下さい――まぁ、貴方に来年が有るかどうか、分かりませんが」
「ねぇ、どうして私のプレゼントがハズレみたいに言っているの?」
さぞ嬉しそうな笑顔を浮かべる文に対して、刹那は頬を引きつらせながら言った。確かに失礼ではあるが、俺も紙袋の中に入ったクリスマスプレゼントが良き物だとは、あまり予想出来ない。
「それじゃあどんな物か見てみよっと。きっと豪華で綺麗な物なんだろうな~……って、なにこれ」
彼方が紙袋から出した物は、有名なボードゲーム――人生ゲームだった。
無意識にか、彼方が苦笑を顔に貼り付ける中、それを知らずに刹那は目を輝かせながら言う。
「ふふふ――一目見た時からこれしかない、って思ったわね。ボードゲームの他にゲーム用DvDまで付いているのよ。そして価格は二千六百円とお手軽。これを超えられるであろうプレゼントを、私は見つけられないわ」
「ああ、うん。まぁセンスが無いって事だけは分かったよ」
「確かに、悔しいですが……これは刹那さんをフォロー出来ませんね」
「うん、確かにないわこれ」
余りにも酷いクリスマスプレゼントに、最早彼方に同情の念すら向けたくなる。俺達のオブラートに包まない、辛辣なその言葉は次々と刹那に刺さって行き、遂に彼女は目の端に涙さえ浮かべた。
そして、逆上した刹那は――文にその牙を向く。
「なによ、皆して!! それじゃあ天狗さんのプレゼントをご拝見と行きましょうか!! さぞ大層な物が入っているのでしょうね!!」
キャラを忘れた刹那が、長いその黒の髪を激しく靡かせ、丁寧に包まれた包装紙を無闇に破く。その結果、散りばめられた紙吹雪はカーペットの上にひらひらと舞い落ち、リビングを汚す。
段々と顕になって行く彼女に向けられたプレゼントは、俺がオモチャ売り場で最初に目を付けた、ジープラジコンカーだった。
「……流石にこれは、予想外」
「あやや~。真さんに渡すつもりだったのですが……刹那さんの手に渡っちゃいましたか」
「だから何で、俺が貰う前提なんだよ」
流石に拍子抜けだと言わんばかりに、刹那は呆れた表情を作る。目元がピクピクと震えているのは、気のせいでは無い筈だ。
最後に、文が俺のプレゼントの包装紙に手を掛ける。彼女の表情は酷く喜びに満ち溢れており、見ているこっちまでもが笑顔になりそうだ。
ビリビリと、紙の破かれる音が耳に届く。包装紙から現れた代物は――淵の赤い、手鏡。文はそれを物珍しそうに眺めている。
「手鏡――ですか」
「なんだよ、いらないのか?」
「いいえ、真さんからのプレゼントなら、例え生ゴミでも大切にしますよ。ありがとうございます」
頭を浅く下げ、嘘偽りの無い笑顔を作る文。その表情が仮面ではないことは、俺にも分かった。
何となく気恥ずかしく思い、彼女から顔を背け頬を人差し指で掻く。いけない、このままでは俺までもが笑顔を浮かべてしまいそうだ。
「いいな~真君の手鏡……まぁ、私のプレゼントが真君に渡っただけ、マシとしますか。それよりもさ、真君。そのロケットペンダント、首に掛けてみてよ」
「別に良いけど……これって本来、女が掛ける物じゃないか?」
「いいからいいから」
彼女の言われるがままに、俺はペンダントの鎖を首に掛けた。ひんやりとした、冷たい感触がうなじ辺りに感じられる。
普段ネックレス等を付けた事の無い俺は、何だか慣れない感じがしてならない。ただ、何故だろうか――俺の身近な人が、良くペンダントを掛けていたような――。そんな不思議な気分に、一瞬だけ浸った。
何とはなしに、俺はハート型のチャームを開ける。観音開きに開いたロケットの中には――一枚の、写真が嵌ってある。
小さい頃の俺と、見知らぬ少女。黒色のセミショートヘアの女の子は、俺の腕を取ってピースサインをカメラに向け、笑っていた。
見覚えの無いその写真を不思議に思いながら――目の前が、黒色に染まった。
久々の一日一話投稿。