鴉天狗達と撮った写真   作:ニア2124

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午後四時 些細な争いと少しの狂い

 

 嗚呼、昔はあんなにも小さかったのに、大きくなりましたね。

 

 貴方との生活は楽しく、驚きの毎日でした。

 

 笑い合い、口論をしあい、いがみ合い、遊び合い。楽しい毎日ですよね。

 

 だけどそれじゃあ駄目、まだ貴方の全てを知った事にはならない。まだまだ、まだまだまだ、まだまだまだまだ。

 

 私は貴方の全てを独占したいんです。笑顔も、涙も、感情も、体も。貴方の脳から血の一滴残らず、全てを独占し続けたい。

 

 だけどそれには、貴方の感情全てを体験しなければ、叶わない。怒りや悲しみ、楽しみや嬉しみ、興奮状態の貴方から殺意に満ち溢れた貴方まで、全部を。

 

 だから、わかってくれますよね。

 

 だから、貴方の周りの人間が死んじゃっても、わかってくれますよね。

 

 だって貴方は優しいから。―――――真さん。

 

 

 

     ☛     ☟     ☂     ☼

 

 潮風の匂いが鼻腔を付く。だがそんなものはお構いなしに、真は目の前の彼女を睨み続ける。鋭い目付き、荒い呼吸、胸ぐらを掴む拳が力みすぎて赤く染まる。そんな真に対し、文は無表情で、冷ややかな目付きを真に送っていた。

 

 さざ波だけが一定のリズムを保ち、二人の静寂を度々破ってくる。少しすると、落ち着いたのか真が文の胸ぐらを乱暴に放し、早口で言った。

 

 

「確かに今回は珍しく俺に非がある。だけど、何度も謝っているのにその態度は、如何なものだと思うぞ」

 

 珍しく、の部分を強調したのは気のせいではない筈。

 

 真の言葉に文は、何かしらのアクションを返すだろう。少なくとも彼はそう考えていたが、文は言葉を返さずに、俯き加減で顔を伏せるだけだった。どうしたのだろう。顔をいつまで経っても上げない文に、不思議そうな顔付きで顔を覗き込もうとする。

 

 膝を曲げ、屈もうとすると突然に視点が青空に変わった。

 

 なんだ、一体何が起きているんだ。喉の奥に何かが詰まった息苦しさと共に目の前を見ると、真は目を見開き驚愕する。

 

 文が、冷ややかな表情で自分の襟元を強い力で掴み上げている。その状況を把握するのに真は三秒程の時間を要した。馬鹿な、有り得ないだろう。彼女と俺とは体格差が違う。なのに、片手一本で俺を持ち上げるだなんて。

 

 真が困惑した表情をして見せると、文がうっすらと笑う。彼女の見下すような薄ら笑いに、恐怖を覚える。口を固く閉ざしていた文だったが、ようやくゆったりと、小馬鹿にするような口調で口を開いた。

 

 

「人間如きが私に歯向かうだなんて、真さんいい度胸してますね。いや、本当に」

 

 挑発するような物言いに真はむっとした。だが、息苦しさからか言葉が出ない。両手で文の腕を捻ってみせるがぴくともしない、彼女は相も変わらず、冷たい薄ら笑いを浮かべ続けるのみ。振り子のように両足を振ってみるが、つま先は空を蹴るのみ。

 

 二度目の静寂が訪れる。聞こえてくるのはさざ波の寄せては返す波音と、赤ん坊の泣き声のような声で茜色の空を駆け回る鴎達。海の辺りは平和でも、砂浜の辺りでは射命丸文と天田真の睨み合いが続く。

 

 この場に他に人が居たら、自分達の存在はとんだ迷惑だな。真は怒りからか、それとも息苦しさからか息を荒げ、文を睨みながら悠長に考える。

 

 真の襟元に伸ばされた文の右腕は、まるで溶接されたかのように離れない。小柄な体格の彼女のどこから、こんな強い握力が出てくるのか不思議でならない。

 

 これが、人外のなせる力なのか。いや、人外とて弱点はある。真は目だけを動かし、視野の効く範囲を見渡した。どこか、どこかに―――――。

 

 ふいに浮遊感を感じた。空を飛ぶようなそれでなく、落ちていくような。

 

 

「っは、はぁ、はぁ、文ぁ………」

 

 地に足が着くなりかがみ込みながら咳を零す。真の喘ぐように言葉を聞き、文は恍惚とした表情を浮かべる。

 

 

「いいですね、その顔。その顔が見たかったんです」

 

 膝に地を付け、喉元を苦しそうに片手で押さえ込みながら必死に息をただそうとする真の方頬に、白く、柔らかい手の平がなぞるように触れた。

 

 ぞくり。背筋に悪寒とも言える寒気が走った。なんだこいつは。文の手が触覚のように、真の頬を舐めまわすようになぞる。なんなんだこいつは。両膝を付けたまま文の顔を見上げる。

 

 文の表情は笑顔だった。ただ、目元だけが笑っていない笑顔。

 

 

「やめろ!」

 

 乾いた音が空に響く。鳴く鴎達がその音に驚いたのか、飛び散るように空を駆け、姿を消した。

 

 

「痛いですね、痛いですよ真さん」

 

 一部分が赤く染まった手首の辺りを摩りながら文が言って見せる。表情からは笑顔が消え、先程の無表情に変わっていた。

 

 冷ややかな目線が送られる。少しの狂気や怒りを孕ませたような目線が。それに真は、蛇に睨まれた蛙の如く指先一本すら動かせずにいる。冷たい潮風が彼の思考までをも邪魔し、恐怖からか脂汗が額に滲むのを感じた。

 

 辺りが静まり返る。さざ波の音が度々沈黙を破るが、全ての意識が文へと向けられている為、真には何も聞こえなかった。今までに体験したことのない恐怖に困惑する。が、彼女のその表情をどこかで見た、そう訴える自分がいる。

 

 鼓動が早くなるのを感じる。自分のうるさすぎる鼓動が、文へと聞こえるのではないかと思えるほどに。

 

 ふと視界の端に黒い何かが横切った。黒いソレは文の辺りを二、三回回った後、まるで羽を休める休憩所のように文の肩に止まる。次は二匹目、両肩に止まった。次は三匹目、地に舞い降りた。

 

 ゴキブリのように姿を増やすソレに恐怖を覚える。気付けば二十匹はいそうな、黒い羽毛を身に纏うカラス(・・・)が文を中心点に舞い降りる。

 

 鳴きもせず、瞬きもせず、ただ真を睨みつけるカラスに恐怖を覚える。黒い瞳が威嚇するように。その光景に思わず息を呑んだ、美しさではなく、恐怖によって。

 

 もう、息をするので精一杯だった。今、目の前で立っているのは笑顔を振りまく彼女ではなく、今にも自分を捕食しようと企む鴉なのだから。今もなお姿を増やすカラスの群れを、真は息を荒げながら目を見開き、ただ見ていた。

 

 何十のカラスが集まった時だろうか、最早レジャーシートはカラス達によって埋め尽くされ、黒色に染まっている。文は鳴かないカラスの群れを首を回し見渡すと、口角を僅かに釣り上げながら口を開く。

 

 

「さっきまでは白色の鴎が飛んでいたのに、今では黒色のカラスが飛んでいますね。どう思いますこの状況?」

 

 どうもこうもあるか。真は心中で呟いた、声に出すことは叶わない。せめて身振り手振りで表現しようと思うが、腕は疎か指先すら動かせず、出来ることと言えば目を細めることぐらいだった。

 

 

「そうですか、気に入らないみたいですね」

 

 どうやら文は真の目を細める仕草を不満そう、と解釈したらしく、小首を傾げて腕を組んで見せる。彼女の少しだけ赤みがかった頬にカラスの黒い羽が触れた。夕日をバックに考えるような仕草をする文を見て、僅かな安心感を覚える。

 

 真は足に力を入れ、膝に手を掛けながら立ち上がる。いや、立ち上がろうとした。

 

 何故か中腰のまま、それ以上立ち上がることが出来ない。そして両肩に感じる手の平の感触。ねっとりとした温もりを持つそれは、気持ち悪く、不快だった。恐る恐ると上を向いてみる、本当は見たくなんかなかった。だが、状況を把握しなければ。

 

 額に滲む脂汗を感じながら、ソレを見上げる。本来ならば茜色の空が見える筈だ、だけども上空は黒に染まり、不気味なソレが自分を見下ろしていた。

 

 両肩に乗せるカラスと同じ、黒色の瞳をした(彼女)が。

 

 視界が黒く染まる。体の自由が効かなくなる。意識が遠のくのを感じる。真は、糸の切れた操り人形のように砂浜へと身を降ろした。

 

 

 

     ☛     ☝     ✿    ☼

 

 

 体を揺り動かされ、真はぱっと目を開ける。

 

 ゆったりと身を起こし、前方を見渡す。茜色の太陽に光を当てられ、反射していた扇状に広がる海は暗闇に染まり、一部分だけが月光に照らし出されていた。

 

 冷たい海風が身を包み、火照った体を冷やしてくれる。寝起きだからか頭が痛い。両目の内側を人差し指と親指で挟むように摘む。酷い悪夢を見ていたようだ、真は深い溜息を吐くと暗く染まった海を眺める。

 

 月光に照らし出される海はまるで、神秘的な何かを持っている。そんな気がした。少し上を見上げると満天の星空、都会では見られない光景に感嘆の息を漏らす。

 

 夜の海も捨てたものじゃないな。満足そうに真は頷くと、不意に肩を強く叩かれる。

 

 右の方を向くと月夜の光に照らされた文の顔が見えた。毎日のように見て馴染んだ彼女の顔だが、計り知れない恐怖を感じる。無意識に文から身を逸らし、息を呑んだ。

 

 

「どうしたんです真さん、怖い夢でも見ましたか?」

 

 おちゃらけるように笑って見せる文、だが、どこかぎこちない感じがする。

 

 

「ああ、カラス達が群れになって俺を睨んでくる夢を見たよ」僅かだが震えた声で真が言った。

「それは怖い、正夢にならないといいですね」

 

 温かい笑みでそう言う文に、真は何を恐れていたんだ、と恥ずかしくなり自らを一喝する。

 

 少しの溜息を零し文の方を見やる。先程と変わらない柔らかい笑みが見えた、月夜をバックにして笑ってみせる彼女は美しく、どこか儚い。ぽん、と押してしまえば積み上げたトランプの城のように簡単に崩れてしまいそうな。

 

 妖怪は精神面に弱い。この間彼女がポツリと零した言葉が真の脳裏に浮かび上がった。

 

 文は何年も、何十年も何百年も生きている。その長い長いストーリーはどんな構成をしているのだろうか。真は視線を海へと向け考えた。

 

 きっと、十八年間しか生きていない自分には、到底理解出来ないんだろう。だけど、こんな俺でも彼女を支えることは出来る。自分はこんなに優しかったかと疑問に思い苦笑いがこぼれる。

 

 本当、コイツと居ると調子狂わされるな。小さくそう呟き、海を眺めたまま口を開く。

 

 

「そろそろ帰るか」

 

 楽しい時間はすぐに過ぎていく。真はそれを理不尽に思い、嬉しく感じた。

 

 

「そうですね、ああ少し待ってください」

「ん? なんだ?」

 

 文の言葉を疑問に思い、真が尻目に彼女を見やる。能力を使っていないのか、文の髪は風によって綺麗に靡いている。

 

 

「写真を撮ろうと思いましてね」

 

 文にとってお馴染みの写真機を掲げながら、悪戯そうに笑って見せる。真はポカン、と呆けた表情を浮かべると、文の提案に肯定し頬を緩めた。

 

 

「いいじゃん、それ。早速撮ろうぜ」

「それじゃあ海と一緒に撮るので、真さん立ってください」

 

 腰を上げ、真が扇状に広がる海をバックに立ち上がる。どこか態度はソワソワとしていた。文が親指と人差し指で丸を作り、オーケーサインを送ると真は左手を腰に掛け、右手でピースサインを作ってみせる。

 

 表情が少し堅いことを不満に思ったのか、文が少し顔を顰めるが、しょうがないと言った感じに苦笑いを浮かべシャッターを切る合図を送る。

 

 

「いきますよ~はい、笑ってください」

 

 カシャリ、と古臭いシャッター音をきる音が空に響いた。

 

 

 

     ☛     ⇒     →     ☂

 

 

 一定のリズムで揺れる電車内で文は一枚の写真を眺めていた。

 

 暗く、月光の反射する海と数々の星空をバックに、照れくさそうな表情を浮かべながらぎこちない笑顔をこちらに向ける真の姿。

 

 正面からたっぷり視姦するように眺めた後、今度はその写真を上に掲げ眺める。電車内には人は少なく、居たとしても眠っている者が殆どの為、人の目を気にしないで写真を眺められていた。

 

 最後にもう一度正面からじっとり眺めた後、隣の座席に優しく置き、リラックスするように椅子の背もたれを倒す。電車の揺れに半拍遅れて体が揺れる。

 

 文は正面で眠っている真の姿を見て小さな笑いを零した。

 

 さっき砂浜で寝たばっかりなのに、いやあの時は寝た、と言うより意識を失った(・・・・・・)と言った方が正しいのか。小さな笑いが知らず知らずに苦笑いに変わる。

 

 それにしても、あんな風に怒るんだ。胸ぐらを掴まれた場所を文は嬉しそうに摩ってみせる。

 

 文は何気なく車窓の外を眺めてみた。行きは明るく、何もかもが眩しく見えたのに、帰りは暗く、何も見えない。見えるとしたらたまに街灯に照らされた道端ぐらいだった。

 

 明るく見えるそれも、時が経てば暗く染まる。まるで自分の心境じゃないか。と自虐にも似た笑みを零した。

 

 自分は、彼にとってどう見えているのだろうか。私は四六時中それを考えてばっかりだ。どういった自分を振る舞えば彼に喜んでもらえるのだろう、どんなことをすれば彼に喜んでもらえるのだろう。

 

 肘掛けに肘を立てながら頬杖を作る。目の前には安らかそうに眠る真の姿、文はそれを眺めると無意識に隣の座席にある写真機へと手を伸ばした。古臭いシャッター音が電車内に響く、真が起きないかヒヤヒヤとしたが、その心配は無いようだ。

 

 すぐに現像された写真を手に取る。写真には目の前にいる真の姿を完璧に真似た絵が写っていた。

 

 つくづく自分はおかしいな、と思う。まさか隠し撮りが趣味だなんて、目の前で眠る彼にバレたらなんて言われるだろうか。罵られる? 殴られる? それならそれでいい、ただ嫌われさえしなければ。

 

 自分が狂っているなんてことはわかっている。だけど、私はただ、彼に愛されたいだけなんだ。

 

 真の寝顔が写った写真を隣の座席に投げ込み、外を見やる。外は先程と変わらない、真っ黒い風景が変わらず映っていた。

 

 

 

 




まじかるー。

最近ほんと咳が酷い。苦しいです。
というかこっちの小説全く投稿してなくて色々と忘れてました。設定とか。
恐らく明日もこっちを投稿すると思います。


(まじかるー)
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