鴉天狗達と撮った写真   作:ニア2124

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十一月二十三日 遊園地のジェットコースター

 

 

 秋のそよ風は冷たく、身体を冷やすにはちょうどよかった。額からは汗が滲み出ており、背中に張り付いた洋服がなんとも言えない不快感を感じさせる。

 

 まさか、こんな季節に大汗をかくとは思わなかった。真は道の端にあるベンチでぐったりと体をだらけさせながら洋服の胸元をパタパタと仰いでみせる。ベンチの背もたれで片腕を掛けながら溜息を吐き、目線は遥か上空へと向けられた。

 

 雲は見えるが淀み一つない青空、ジェット機から作られたのか、一直線に伸びる飛行機雲が見られた。遠くから聞こえるざわめき声に顔を顰める。全く、静かに出来ないのか。心の中でそう悪態を吐き、頭をわしゃわしゃと片手で強く掻いてみる。

 

 それでも絶えないざわめきに、更なる怒りが蓄積された。少しでも怒りを発散しなければ、そう思い片足を上下に細かく揺すってみせる。が、余り効果は無いようで、数十回程一定のリズムで揺すった後動きを止め、深く長い溜息を零した。

 

 

「そう何度も溜息を零すと、幸せが逃げちゃいますよ?」

 

 不意に後ろから聞こえた、聞き慣れた彼女の声。背もたれにだらりとだらけさせながら、顔だけを後ろに倒すと文の顔が見える。

 

 

「疲れたんだよ、お前のせいで」

「ちょっとしたランニングになったでしょう? それならそれでいいじゃないですか」

「お前のポジティブ思考が羨ましいよ」

 

 自然な流れで真の隣に座る文、両手には冷えた缶ジュースが握られていた。真はそれを手を伸ばし奪い取るなり、慣れた手つきでタブを押し、スコアを開けるとほぼ垂直に立てた状態でジュースを喉に流し込んだ。

 

 炭酸飲料などではなく、果汁四十パーセントのオレンジジュースはやや刺激に欠けるも、それを補う何かがあった。250mlの縦に長い缶ジュースの約半分を一気に飲み干すと満足そうな溜息を零す。続けてもう一度喉に流し込むと、中身は空になった。

 

 長いランニングによって乾いた喉は殆ど癒えた。もう少し無いかと缶を横に軽く振ってみせるが、液体がぶつかる軽めな音は鳴らなかった。しょうがないと言った感じに空になった空き缶をそっとベンチの左隣に置くと、何気なく文の方を見やる。

 

 文は真の飲みっぷりとは比べ物にならなく、苦そうにチビチビと缶ジュースを口に付けては離していた。その表情はまるで罰ゲームを受けているのか、と思える程の顰めっ面。

 

 

「………なに、苦いの?」あまりの顰めっ面に真自身の表情までもが歪む。

「いや、苦いと言うか、味が薄いんですよね」

 

 文は参った感じに苦笑いを浮かべる。彼女がこの世界に来て結構な日にちが経つが、まだこの世界で作られた飲料水や既に出来上がった食べ物(チョコレートは除く)は好まないようだ。

 

 

「それよりも、遊園地楽しみですね」

 

 目を輝かせながら楽しみそうに言ってみせる。その言葉に釣られ真はふと後ろを向いてみた。

 

 後ろに見えた景色の先には様々な乗り物などの遊具。雲の向こうまで付きそうに高いジェットコースターや大きな車輪状のフレームの周囲にゴンドラを取り付けた観覧車。入口にある大きな看板には『山々(やまやま)テーマパーク』と書かれている。名前の由来は周辺に山が連なっていることから来ているらしい。なんとも単純な由来だろうと思う。

 

 

「確かに楽しみだけど、俺は道中でもう疲れたよ」頭を片手で支えながら俯き加減で真が言った。

「結構走りましたもんね真さん」

「誰のせいだと――――はぁ、怒る気も失せた」

 

 反省の色無しの文を見て、真は諦めたように溜息を零した。まさか、遊園地に行く途中であの警官を見るとは思わなかった。更に、向こうも文の顔を覚えてるときたのだから、面倒臭い。おかげで、逃げる羽目になったじゃないか。真は心中で舌を打った。

 

 それにしても、と思う。まさか、自分の住んでいる家からこんなに近い場所に遊園地があったなんて、知らなかった。普段自分の行動範囲が狭い為かはわからないが、文に一矢報われたようで、悔しい気持ちになる。

 

 

「まぁ、遊園地に早く行きたければ、手に持つそのジュースを全部飲み干してからだな」

 

 文に笑顔を向け真が言うと、彼女は縦に長いオレンジジュースをげんなりとした表情で見つめた。

 

 

 

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 実際に遊園地の中に入ってみると、意外にも広いものだと思う。入口に入ったばかりだと言うのに、楽しそうに話す人々の姿がチラホラと見え、左右には早速遊具が見えた。真は何気なく手に持つパンフレットに目を通してみる。紙製のパンフレットには1から35辺りまでの数が振られており、全てを回るには中々の時間が必要そうだ。

 

 一応今回に買ったチケットは『乗り物乗り放題チケット』という訳で、全ての乗り物を回ることは出来るには出来るのだが。夏にはプールもやっているらしいが、やはりこの季節では案の定やっていないようで、惜しい気もする。

 

 

「いや~遊園地、一度行ってみたかったんですよね」

 

 真がパンフレットに目を通していると、文がこれでもか、と思える程に目を輝かせ辺りを見回す。

 

 

「俺も遊園地行ったのは久しぶりだな、最初に乗りたいのとかあんの?」

「それじゃあ、やはり定番のあれでしょう!」

 

 はしゃぎながら指を指した先には、歪曲したレールの先を物凄い速さで駆け巡るコースターの姿があった。一番最初から、飛ばしすぎじゃないかと真は思う。だが、最早文はジェットコースターに乗る気満々らしく、気付けば多くの人が並ぶ列の最後尾に並んでいた。

 

 どうやら、自分の意見は聞かないらしい。仕方がないと言った感じに真は溜息を吐きながら文の横に並ぶ。

 

 

「楽しみですね、―――にしても人多すぎやしませんか」

「確かにな、これじゃああと二十分はかかるぞ」

 

 左右二つに掛かった銀色のチェーンが道案内をするように、チェーンの間には多くの人が並んでいた。真達は未だ、階段にも登れずに少しずつ前に進むだけ。五分経った辺りで文が腕を組みながら人差し指をトントンと、一定のリズムで動かしていた。

 

 いくらなんでも、苛つくのが早すぎるだろう。その様子を見て真はただ、早く付いてくれと願うばかりだった。

 

 

「…………遅すぎやしませんかねぇ」

 

 十分程が経った辺りでやっと鉄製の階段に登れた。すると文が怒気を含めた声色で言ってくる。

 

 

「まぁ、待つ時間も楽しむものだぞ。次どこ行くか今のうちに決めておこうか」

 

 ここで愚図られても困るだけだ、そう思ったのか真は笑顔で文の面倒をする。パンフレットを広げると、目の端で足を細かく揺する光景が見られた。彼女が足を揺すると共に、半拍遅れで文の着ている桃色のミニスカートが揺れる。

 

 ようやく階段の中腹辺りに来た頃に、文が小さな声で呟いた。

 

 

「前に居る人間吹き飛ばそうかしら」

「いや、絶対にやめてくれ」

「冗談に決まってるじゃないですか真さん」

 

 文の言葉に真は言葉を返せず、苦笑いに似た笑いを見せつける。冗談だと、いいんだけどな。彼は彼女の瞳が笑っていなことに気づき、脂汗が滲むのを感じる。真のパンフレットを持つ指が僅かに震えた辺りに、ようやく順番が来たらしく従業員に案内される。

 

 やっと、文から開放される。真は内心でほっとすると、緑色の服と立派な大樹のロゴが書かれた帽子を被る従業員に言われた通りに、上にあげられた赤色のレバーを下に降ろすと、隣に座る彼女が口を開く。

 

 

「なんだがドキドキしてきましたよ、緊張って奴ですかね」

 

 笑顔でそう言う彼女に真は共感を覚えた。実際に彼も久々に来る遊園地に、逸る気持ちを抑えられなかった。早く動け、早く動けと心の中で何度も念じる。無意識に体にがっちりと固定されたレバーを握り締める手が強まった。

 

 従業員の安全点検の為レバーがちゃんと固定されているか確かめられる。だが、真はそんなものは意にも返さず視点は真正面を捉えていた。

 

 

「それじゃあ出発進行三秒前!!」

 

 不意に聞こえたマイクで拡散された女性の大きな声が空に響き渡る。来た、真は心の中で歓喜した。何気なく文の方を見やる。彼女もこれから起こる出来事を楽しみに思っているのか、頬を緩ませていた。

 

 二、一。刻々と刻まれるカウントダウン。ゼロ――――。ガタン、そんな音がした。

 

 

「それじゃあ、お空の世界に行ってらっしゃ~い」

 

 女性の悠長な声が聞こえると共にコースターがゆったりとした動きで上にあがる。下方の方から聞こえてくる高いチェーンリフトの音が、真の心中を盛り上がらせた。ゆったりと焦らすように上がるコースターは、気付けば中腹の辺りにまで来ており、自分らを見上げる人々が小さく見える。

 

 もうすぐ来るぞ、緊張と笑みが混ざったような表情を浮かべ、小さく呟いた。顔を横にずらし隣を見ると、小柄な体をがっしりと掴んだレバーを握り締め、文が嬉しそうに口元を噛み締めていた。

 

 視線を前方に戻す。前方に見えたのは青空、もうすぐでこのコースターは物凄いスピードで落下するぞ。そう思うと息が荒くなるのを感じる。コースターが頂点に達するも束の間、キャラメルバックの登りを超え、浮遊感(エアタイム)を感じる。

 

 物凄い速さで下方へと身を降ろすコースターに乗客の絶叫が聞こえた。落下と共に生じる後方への強いGによって体がふわり、と浮いた気がする。次々と変わる景色を楽しみ、ジェットコースター本来にあるスリルを楽しんだ。

 

 キャラメルバックを超えた先には螺旋状に360度回転するコークスクリューを、次には構造物にぶち当たりそうなサイクロンを。様々な工夫がこなされたそれらは、全く真を飽きさせなかった。

 

 ガコン、と何かに引っかかる音を発し、コースターの速度が落ちる。二分かそこいらの短い時間だったが、真には多大なスリルを与えたようで、荒い呼吸を漏らしながら顔を横に強く振って見せる。

 

 コースターの動きが完全に止まり、お馴染みの女性の悠長な声が聞こえた。

 

 

「足元にお気をつけて下さい」

 

 その声と共にレバーが自動で上にあがる。よろめいた歩調で荷物置き場に移動された、肩掛けカバンを肩に掛け、階段を降りる。

 

 未だあの浮遊感が拭い取れていないのか、頭を何度も横に振り、感覚を取り戻そうと努力するも、中々に取り戻せない。真は、半ば興奮した感じに文の方を振り向くとおや、と思う。

 

 

「どうしたんだよ、そんな浮かない顔して」

 

 期待外れだ、と言わんばかりに眉間に皺を寄せ、溜息を零す文の仕草を不思議に思い、声をかける。

 

 

「いやぁ、普段は私もっと早く飛んでいるので、あのコースターが物凄く遅く感じるんですよね」

 

 頬を人差し指で掻きながら苦笑いを浮かべる文。ならば、何故ジェットコースターを選択したんだ。その言葉が喉まで出てくるが飲み込んだ。

 

 そんなことを言ったら、この遊園地にある絶叫系全部駄目じゃないか。真は呟いた。折角、フリーフォールも楽しみにしていたのに、と。

 

 

 

 

 


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