ハロー、愛弟よ、元気ですか。
今日もラムネをボリボリ食いながら死んだ目でカドショのレシートと給料明細との睨めっこをしていますか。
姉は元気です。
元ニューヨーク現魔境ヘルサレムズ・ロットに来て、一日が経とうとしています。
一晩をどうやって明かしたのかって? 公園のベンチで横になってました。流石にろくに眠れなかったけど、4時間程度は寝られました。その間に色々あったのか、起きた時には周りの芝生が数十単位で抉れていました。私自身には傷ひとつありません。
一体何があったんだろうなぁ(目逸らし)。
それはそうとして、ベンチで寝てたから身体が痛い。シャワーも浴びたいし、何か胃に入れたい。しかしそんな贅沢が言えるわけもなく……。
「あ〜サンドイッチのいい匂い〜」
サブウェイはこの世界にもあるようで、焼かれたパンの匂いやソースの香りは店舗越しに私の胃袋をじゅうぶんに刺激した。昨日から何も食べてないお腹がきゅるると鳴く。
こんな極限な状況下においても、人は目の前にある雑草より遠くにある文化的な食事を目指してしまう。私が無一文だとしても、サブウェイを食べたい気持ちに変わりは無いのだ。
ああ……アボカドベジーをセサミで、もちろん炙って。アクセントにピクルスを添え、ソースはチリ。えびとアボカドを追加し、サイドにポテトとドリンクのセットを。ジンジャーエールでそれを喉に流し込むように食べるのだ。
まぁ理想は遠いわけだが。
広場には私と同じようにホームレスっぽい人たちが……と、ここで私は現在の立場に気がついた。
銃口が向けられている。
それも一つでは無い。物騒な虚空が何十と私の身体を見つめるように。
パワードスーツみたいなのを着た人らしきものや、制服を着た屈強な男たちが、一定の距離を持って私を取り囲み、睨んでいた。
「え……何」
「そこのお嬢さん、自分の現在の状況はわかっているか?」
左目が前髪で邪魔そうなトレンチコートのお兄さんが、私に問いかける。
私としては寝起きだし、いつからその状態で見張ってたの? レディの寝込みを? とドン引きの気持ちもある。関わりたく無い。
しかし、流石にここまで銃口を向けられると怯むぞ。こんなの海外ドラマでも観ないっての。
「うーん……先にあなた達組織について聞いていい? あ、私は遊境未来。あ、こっちだとミライ・ユウサって言った方が良いのかな。英語の丁寧な言葉遣いは悪いけど勉強不足なんだ、了承してもらいたいな」
「……我々はHLPD。ヘルサレムズ・ロットの警察機構だ。自分はダニエル警部補。貴女はこの一晩での殺人件数を覚えているか?」
さつじんけんすう。
殺人……人を殺めること。命を奪う行為。それを、私が? うん?
「え、ゼロかな」
「65件だぁーッ!! 謎の閃光で抉れたその地面が何よりの証拠だろうが!」
「いや、これ私の意思じゃないし。というか、私もよくわかってない現象だし」
「はぁ?」
警部補さんが犯人をとっ捕まえたと思ったらそれはダミーだった! 時にみたいな顔をした。どこかコメディちっくだ。
私とてこの現象に助けられている部分は大いにあるが、わからない部分の方が多い。それにどうせ寝ている私に近寄ってきた輩なんて碌なもんじゃ無い。私は無罪だ。
「この閃光だってね、多分だけど無差別にやってるわけじゃないんですよ。私に害をなそうとしてきたやつだけ消え去ってるんです。お花をくれた女の子とか、近くでボール蹴ってるだけの青年にはなんもありませんでしたよ」
「だが……」
「この街じゃあ基本何でもかんでも自衛でしょ? こんな公共の施設で寝てる私も悪いところはありますが、それに邪な感情を持って近づいてくる奴らの方が警察がしょっぴくべき案件なんじゃないですかね」
「ぐ……」
そう言えば、警部補さんは声を詰まらせた。
まぁ詭弁であるが。
私の意思じゃなかろうと私の身体をキーにしているなら私も共犯者に数えられるかもしれないし、この世界の法律ではこういう超常現象に対する策がちゃんと張られているのかもわからない。つまり、自分に都合のいいことを並べて「警察」という市民の安全を守る立場を盾にした全力の言い訳であった。
この警部補さんには特に効いたようである。お人好しでなにより。
「それに今だって、私に銃口向けてますけど、地面のシミになってないでしょ? 相手を選んでいるという証拠には十分だと思うんですが。言っときますがね、私は武器も筋肉も技術も持ってない、筋金入りの一般人です。か弱い小娘ですよ、警部補さん。そんな私を逮捕するっていうんですか? ただ街を歩いているだけで絡まれて、寝たら犯されかけるような普通の人間の女の子を?」
「…………」
「一般人」とか「普通」を強調して言えば、周りの空気が「確かに一理あるかも……」みたいな空気になってくる。場の雰囲気ってのは大事だ。人間案外簡単にその場の空気に流されるもんだ。
銃を下げかけている人も出ている。
それでもまだ警部補は抉られた地面を見つめた後、私にこう言ってきた。
「貴女が危険かどうかはこちらが決めることだ。このヘルサレムズ・ロットには一見無害を装った邪悪がそこかしこにいる。一度調べさせてもらう」
「……言っとくけど、ほんとに閃光のボーダーラインはわかんないんだからね。脈拍取っただけでアウトとか全然あり得るから」
「それ込みで調べるということだ」
警部補さんの強い瞳が私を射抜く。正義感が服を着て歩いているようだ。ちょっと不良くさいが。
その言葉に私は両手をあげサレンダーする。もう何言っても聞かねぇよ、この人。
銃口こそ向けられなくなったが、パワードスーツが私を取り囲み、護送車へ乗り込ませた。ただ、段差を歩くときは腕を貸してくれたりと、割と紳士だった。ここだけは高評価ポイントだ、レビュー星ふたつ以上を約束してあげよう。
*
「──で、結果は」
「脈拍や血液成分、魔術スキャンや特定異界技術テストも試しましたが全て基準値です。異常なし、オールグリーン。身体組織全てが一般人のそれです」
「だから言ったじゃん」
「…………」
採血になんか変なスキャン、X線に身体測定。様々な検査をされて、結論は「ただの小娘」だった。
難しい専門用語や聞き取れない単語もあったが、まぁもう全部異常なし。
検査自体も概ね平和に……いや嘘。一人犠牲者が出た。
事もあろうに医者だろうそいつ、閃光の犠牲者の中に知り合いがいたのか、それとも突然入ってきた仕事にプライベートを邪魔されたのか、猛烈な怒気を私にぶつけてきたのだ。
別にピリピリするくらいならいいよ。私も初対面だし、本人の普段の機嫌とか知らないし。
でも、そいつはもう本当に限界だったのか、ポツリと溢された「クソが」という一言から始まり濁流のように口から出てくる罵声、罵声、罵声。
私も閃光も最初は我慢していた。あーお医者さんって激務ですよねいやー大変ですねーと流せていた。
しかし医者の口から「このクソビッチ」という単語が出てきかけた瞬間に光が辺りを包み込んだ。
残されたのは抉れた施設の床と、その影になった医者の残滓だけだった。
これには周りも静まり返ったが、ものの1秒停止しただけで業務再開。中には「やれやれ、やっと真面目に仕事ができる」とため息と混じった嫌味まで呟く人もいた。
たぶんあの医者は相当嫌われていたのだ。警部補も頭を抱えつつ閃光について何も言わなかった。
「……いやしかし、じゃあこの閃光の正体はなんなんだ」
「我々でもつかめない高位魔術やそれに相当する術式……興味深いですね」
「これで同行義務って済ませました? 私としてはもう解放して欲しいんですが」
「いや、まだ後一つ試させてくれ」
「? なんです」
すると、警部補は至極不服そうな顔に表情を曲げながら、至極不服そうな声で言った。
「ライブラに行く」