諸君、私は失敗した。   作:メガトンコイン

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書き直しました。
あまりにも、4月から時間が取れない…


本論1:アビドスの渇きについて
報告書02:アビドス赴任記録


1. 覚醒と環境認識

 

 目覚めた瞬間、まず理解できたのは──自分が生きている、ということだった。

 

 その認識には、奇妙な実感がなかった。死に損なったという自覚よりも、「生き延びてしまった」ことへの虚脱が先に来た。まぶたを開けようとしたとき、眼球の裏を押し返すような重さと鈍痛が頭蓋を圧迫し、口内は乾ききった紙のように、あらゆる言葉を拒んでいた。

 

 視界に映ったのは朽ちかけた蛍光灯の明滅。その光が、意識の奥に巣食う「現実感の欠如」をさらに強めた。ここはどこか──その問いさえ湧かないほど、私はまだ“私”という存在に追いつけていなかった。

 

 不意に、音がした。柔らかくもはっきりとした足音と、静かな呼吸音。その音が近づいてくるたびに、私の意識はゆっくりと、この世界の表層へと引き戻されていく。

 

「ん。目、覚めた?」

 

 銀髪の少女が、静かに私の枕元に立っていた。左右の瞳の色が異なるヘテロクロミア。しかしそれはただの虹彩の違いではなく、人格を左右する深い二重性を象徴しているように感じた。

 

 喉の渇きに抗いながら声を出すと、少女──後に砂狼シロコと名乗った彼女は、水の入ったコップを無言で差し出してきた。冷たい水は、乾ききった身体を貫くように喉を潤し、ようやく私は自分を取り戻し始める。

 

 それでも、なおどこかで信じられなかった。これは夢か、あるいはループのどこかの断面か。私はまた、“記録に戻ってきた”だけなのではないか。だが、記録とは違い、この水は本当に冷たかった。

 

 彼女が口を開いた。

 

「ここはアビドス高等学校の別館。私が砂漠で倒れていたあなたを見つけた」

 

 その言葉に、私は一瞬、胸を締めつけられる感覚を覚えた。

 

 彼女の名前──砂狼シロコ。その名を聞いた瞬間、私は過去の報告書の束にあった数多の失敗の中に、彼女の名をいくつか思い出した。多くは、【接触に成功したが、信頼関係の構築には至らず】【交戦状態に発展、以後関係断絶】といった結果だった。

 

 それでも今回は、彼女は私を助け、名乗り、そして名を呼ばせることを許した。これは極めて希少な初期条件である。

 

2. 出会いと違和感

 

 シロコとの会話の最中、ドアが勢いよく開いた。ピンク色の長髪を揺らしながら入ってきた少女──ホシノ。

 

 見た目の幼さと裏腹に、彼女の足取りには迷いがなかった。こちらの状態を全く慮らないようでいて、距離の取り方は正確で、彼女なりの”迎え方”を心得ていた。

 

 この瞬間、私は気づく。

 

 ──この学園の生徒たちは、既に戦場に慣れている。

 

 シロコの冷静さ。ホシノの軽薄に見える余裕。それらは、状況に適応し、無理やりでも日常を続けようとする強靭な精神力の裏返しだったように感じる。

 

 続いてやってきた三人の少女──セリカ、ノノミ、アヤネ──彼女たちにも同様の傾向が見られた。

 

 彼女たちは、無言のうちに「大人を信用しない」空気を纏っていた。そしてその警戒は、極めて合理的なものだった。彼女たちの過去に、きっと私のような”大人”はいたのだ。信頼を裏切り、あるいは見殺しにし、あるいは踏み台にした者たち。

 

 そうした者たちの亡霊を、彼女たちは今、私に重ねている。だが──それでも、まだ接近を拒んではいない。

 

 私にできることがあるとすれば、それは過去の私と違う行動を選ぶことだけだ。

 

 名を名乗ろうとした時、「梶村哲也という名前は捨てろ」という過去ログの警告が脳裏に響く。何度も、何度も、その名を名乗ったがゆえに、世界の破綻を早めてきた──その記憶が、記録が、ある。

 

 だから私は躊躇した。そして答えた。

 

「……先生だ」

 

 ただ、それだけ。だがそれこそが、この世界における私の本質であると、どこかで理解していた。

 

3. 戦闘の始まりと指揮権の掌握

 

 静寂を破る爆発音。朽ちた校舎が揺れ、窓ガラスが震えた。埃が天井から落ち、空気が緊張に満ちる。

 

 この瞬間、私は“先生”であることを強制された。あるいは、自ら選び取った役割が、そのまま現実を引き寄せたと言うべきか。

 

 生徒たちはすでに動き出していた。ホシノは反応に迷いがなく、ショットガンの装填を完了していた。彼女の瞳に恐れはなかった。ただ、倦んだ日常の繰り返しに対する、淡い退屈だけが宿っていた。

 

 敵の名はカタカタヘルメット団──俗称だが、それで充分だった。ヴァルキューレからの通達によれば、彼女らは元学生でありながら傭兵稼業に身を落とした武装勢力。制服の刺繍から判別できたのは、すでに廃校となったセント・テレサ学園。歴史に切り捨てられた存在が、今は銃を持って再来している。

 

 私は判断を迫られた。

 

 過去の私──無数のループで培われた観測と戦術の記録は、今この瞬間にのみ意味を持つ。指揮を執ること。それは、観測者の役割を超える行為であり、介入者としての一歩である。

 

 だが私は、踏み出した。

 

 敵は三方面から接近。正面玄関、東西の側面。敵の数は27名。装備から見て、突撃後にすぐ戦闘に移る準備が整っていた。

 

「ホシノ、チョークポイントを形成しろ。バリスティックシールドで正面玄関の通路を封鎖。可能な限り敵の移動を一列に絞れ。跳弾には注意しろ」

 

「ん〜、了解〜」

 

 彼女の返事は緩慢だが、動きは的確だった。慣れているのだ。あまりにも。

 

「シロコ、セリカ。二階の東西階段の踊り場を利用して斜角射撃。互いの射線干渉に注意」

 

「了解」

 

 即応。無駄がない。体に染みついた連携というよりも、それは「この状況が日常化している」という事実の証左だった。

 

「ノノミ、2階中央ホールの階段室に展開。ガトリングの掃射角を最大化できるようにしろ。ただし、射撃は合図があるまで待て。奇襲効果を最大化する」

 

「は〜い♪」

 

 彼女の軽やかな返答の裏にある火力の凶悪さを、私はすでに知っていた。観測記録第309回、彼女の掃射により装甲車3台が一度に無力化された事例がある。

 

「アヤネ、ドローン3機を前方偵察に。敵配置、装備、移動速度をリアルタイムで共有。回復優先順位はホシノ、シロコ、セリカの順」

 

「了解です!」

 

 指示はすべて通った。あとは、敵が侵攻してくるのを待つだけだった。

 

4. 交戦と揺らぎ

 

 敵が踏み込んできた。

 

 ホシノのシールドが銃弾の雨を浴び、火花を散らす。廊下に響く銃声と金属の音。それは、もはや戦争ではなかった。儀式に近かった。失われた秩序が、破壊と抵抗の形式で繰り返されているだけのように思えた。

 

 ホシノが一歩踏み出し、ショットガンを構える。

 

「はぁ〜……朝からうるさいねぇ」

 

 緩やかな言葉と共に、重たい音が廊下に鳴り響く。敵兵が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 

「シロコ、セリカ──十字挟撃開始」

 

 返答はなかった。だが銃声が答えだった。階段上から、屋根裏から、精密な射撃が敵を次々に無力化していく。

 

 私は、指揮しながら思う。

 

 彼女たちは、なぜここまで冷静でいられるのか?

 

 それとも──これが彼女たちの“生”の唯一の形なのか?

 

5. 終結と沈黙

 

 ノノミの掃射が始まった。雷鳴のような連射音が校舎に響き、敵の前衛が文字通り吹き飛ばされる。

 

 敵の第二波──装甲車部隊──が到着する前に、私は命じた。

 

「ノノミ、東側外周へ掃射。装甲車の移動機構を破壊。全体の進行を遅延させろ」

 

「お任せあれ〜♪」

 

 銃声、爆発音、悲鳴──そして、沈黙。

 

 終わった。

 

 私は戦闘の記録をすべて脳内で再生しながら、呼吸を整えた。彼女たちの表情には達成感も、高揚もなかった。ただ、また“日常が戻ってきた”という安堵に似た静けさだけがあった。

 

 私の指示が功を奏したことを、誰かが褒めた。

 

「先生、その……戦術指示、素晴らしかったです」

 

 そう言ったアヤネの目は、本当に誇らしげだった。

 

 だが私がしたのは、ただの“記録の再生”だ。

 

 生きているのは、彼女たちだ。

 

6.補遺

 

 戦いの後、部屋に戻ると、バケツと濡れた布巾が残されていた。

 

 私が意識を失っている間に、誰かが私の身体を拭いてくれていたのだろう。

 

 名を名乗ることには躊躇した。だが、名を持たぬ存在が、こうして誰かに手をかけられたこと。それが、奇妙に温かかった。

 

 この世界では、誰かが誰かを気にかけることが、まだ残されているのかもしれない。

 

報告付録:日誌-02-A

 

 本報告記録は、私がアビドス高等学校別館にて初めて観測された戦闘および接触の記録に関する、戦術的・心理的補足である。

 

 まず第一に、この世界において「先生」という存在がどれほど社会的に有効かは、過去数百回のループにおいて既に実証済であるが、それでもなお、今回のように初手で名乗ることがこれほどまでに感情に干渉するとは予期していなかった。

 

 名を捨てることで自我が消え、名を名乗ることで他者に侵食される。この二律背反に関する考察は、別紙「観測倫理の破綻可能性について(草稿Ver.36)」に記録する。

 

 今回観測されたアビドス生徒5名の戦術適応能力および協調行動は、予測を大きく上回るものであった。特にホシノの単独突破能力およびノノミの集中火力展開、シロコ・セリカの挟撃機動に関しては、既存のS.C.H.A.L.E戦術教範に組み込む価値がある。

 

 戦術中に私が見出したもっとも重要な所見は、彼女たちが「勝つ」ために動いていたのではなく、「崩れない」ために動いていたという点である。

 

 彼女たちの行動動機は、生存ではなく維持。これはキヴォトスにおける多くの学園都市では観測されない傾向であり、特異点とみなす。

 

 また、捕縛したカタカタヘルメット団の中に、過去の記録と照合して一致した構成員(例:旧セント・テレサ所属)がいた。

 この者たちがなぜ武装傭兵として動いているのかは、単なる廃校の余波として片付けるには因果の重みが大きすぎる。裏に組織的な意図、あるいは制度の破綻に伴う秩序再構築勢力の関与がある可能性。

 

 現時点では観測を継続し、アビドスという局地で起きている砂漠化が、地理的なものか、情報的・観測的崩壊かを精査する必要がある。

 

 本報告に基づき、以下の行動を推奨する。

 

 1. アビドス高等学校への定期物資支援の継続と拡充。

 2. 捕虜の尋問を通じた、雇用主および上位指揮系統の割り出し。

 3. 地下構造および水源調査による地形的崩壊因子の洗い出し。

 4. シロコおよびホシノの戦術傾向を分析した連携演習の実施。

 

 余談ながら、戦闘後に私の体を拭いた生徒が誰であるかは、依然として不明である。

 当該布巾に残存していた香料反応を分析すれば特定可能かもしれないが──あえてそれは、観測せずにおこう。

 観測者にも、知らないほうがいい事実がある。

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