狼傭兵と英雄少女   作:玉鋼金尾

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「あぁ、まずい!」

「どうしたクルツ、粗相でもした?」

「したわけねぇだろ! 何が原因で"きな臭い"のか聞き忘れていたのを思い出しただけだ。まったく、何処にいるわからない奴を探すなんて不可能に近いぞ……」

「大丈夫。預かってるこれに書いてあるって」

 

 頭を抱えた俺にランジェは羊皮紙を手渡した。折り畳まれていたそれを開いてみると、そこには帝国の東端部の地名とするべき事が書かれていた。いつの間に預かっていたのだやら。

 

「どれどれ"この地域の国境沿いで衛兵が惨殺された姿で発見された。原因の究明と解決をお前に任せる。手段は問わない、全ての行為を私の名の下に許可する"……か、随分とまぁ信用されたもんだな」

「クルツ、友達でも殺せるから」

「それは仕方なかったからですよランジェ!」

「わかってる。ナール、反応しすぎ……」

 

 近くで大声を出されたランジェが不快そうに耳に小指を突っ込んだ。安心して仕事を任せられる実力と、必要があれば躊躇う事無く手を下せる精神を両立した人材だから大事を任せられた。彼女はそう言いたかっただけなのだろうが、少々言葉足らずであった。

 

「許してやれ。言葉が足りなかっただけで悪気はない、そうなんだろ?」

「うむうむ」

「むぅ、ランジェだしそうなんでしょうね。……何やってるんです?」

 

 ランジェは持っていた槍斧を置いて地面座ると、ナールに対して母親が幼い子供を抱き締める時のように両腕を広げて見せた。

 

「ナールは優しく包まれて鼓動聞くの好き。怒らせたからお詫び」

「あっ……す、好きじゃないです! 違いますからね!」

「お、おう……そうか……」

 

 ナールはこちらを向いて強く否定した。しかしながら彼女の真っ赤な顔には明らかな焦りが見えており、その否定の言葉が本心ではないことは容易に見破れる。どうやら他者に、それも同年代の女性に甘えている事を恥じているらしい。

 

「ナール、ぎゅってするの嫌い?」

「うっ、その顔はズルですよ……ズルですよ……」

 

 詫びる気持ちを拒絶されたと思ったのか悲しげな表情を浮かべたランジェに負け、ナールは抱擁を受け入れた。無垢とは無敵な一面もあるのだろう。

 

「まぁ気持ちはわからんでもないし、別に恥じるような事でもないと思うがな。俺も"姐さん"やケイに頭を抱えられた時に安心したことはあるし」

「そうなのですか? ……ん? "姐さん"って誰です?」

「あっ、やっぱり反応した」

「まだ人の姿だった頃、戦場(いくさば)で死体漁りをしていた時に世話になった人だ。内乱中のコムラで特殊な傭兵を貸し出す代わりに、地方貴族から庇護を得ていた集落の長。俺に知識と愛情を与えてくれたいわば母親のような女性だ」

 

 目を閉じて昔、100年ほど前の記憶を掘り起こして懐かしい人物の姿を思い浮かべる。全身の火傷痕を隠すために包帯を巻きつけた5尺半程の女性、結われておらず地に着くくらいに長い艶のある黒髪の感触と漂わせていた甘い桃の匂いは今でも鮮明に思い出せた。

 

「母親、母親ですか……」

「だがまぁ"ような"だから、彼女はお前にとっての俺みたいな存在だがな。俺がやってもらったことも今俺がしている事とそう変わらん」

「過去形ばかり。死んだの?」

「死んだ……いや、殺された。内乱に終わりが見えた頃、セキホという一族が戦後の政争に向けての点数稼ぎで粛清を初めてな。俺と姐さんが居た集落も襲われたんだ。俺がこの姿に変えられて助けに行った時にはもう首から上しか無かった……」

 

 経験した惨事を語りながら手を動かしていると、救えなかった姐さんの頭部を抱えていた時に感じた重さと髪の感触といった思い出したくのないものまで思い出してしまった。

 

「お師匠様! ナールはお師匠様を誰にも殺させませんし、絶対に1人ぼっちにしませんからね! 安心してお師匠様をしてくださいね!」

 

 ナールは俺が見下ろしていた両手の上に顎を乗せた。その動作は可愛らしさを感じるものであったが、放った言葉には狂信に近い感情が籠っており瞳の奥には狂気が宿っている。しっかりと正しい方向へ導かねば、間違いなく"大火"のようになってしまう。これからの旅路では、より一層の注意をしていかねば。

 

 

 東端部への旅路は帝国が作り上げた街道を利用しての移動であったため、非常に順調であった。馬車道と歩道がしっかりと分けられているために事故の心配はなく、ある程度の間隔で護衛を連れた馬車が通るお陰か魔物も街道を避けている。そこまで警戒せずにただ歩くだけで良い。景色が変わらないことを除けば楽な旅だ。

 いつみても思うがこの街道の拘りは凄まじい。帝国の街を全て繋いでいるために総距離は途方もないものであるし、どの道順で進んだとしても必ず何度か城砦を通り抜けなければならないように作られている。平時は物流を支え、有事は味方の進軍は容易にし敵は防げるようになる見事な道だ。

 

「そう言えばなのですが、なぜランジェはあの道で倒れていたのですか? ランジェならそこらの野盗に負けるなんてことは無いと思うのですが?」

「相乗りしたら薬を盛られた。多分誘拐目的」

「人目の無い場所に子供1人、そこそこ以上に面が良けりゃ狙われるわな。出された食事は無警戒に手を出すな、手を出さないといけないなら一番上からは取るな。覚えとけ」

「歓待の場でも?」

「……状況によりけりってやつだ。おっと、そうこうしてるうちに見えてきた。そうら、世界最大の橋、“出陣橋”がお目見えだ」

 

 歩き、緩やかな丘を一つ超えたところで街と大河と巨大な石造りの橋が前方に見えてきた。今歩いている道はそちらへと続いており、街に入るあたりでは馬車が余裕を持ってすれ違えるくらいの道幅に広がっていっている。

 帝国中央部に位置する河川都市ヴァール。南北に流れる大河を跨いで広がる都市であり、帝国黎明期より帝国内の東西を繋ぐ中継地点として発展した都市である。大河に架かる貴重な橋かつ国土に中心にあるために経済面文化面、軍事面で重要な場所である。

 街に架かる橋が落ちることがあれば経済的にも軍事的にも大損失となる。それを防ぐ為、この都市には補修を行える優れた技術者達を集めている。それによってこの街は工業都市としての側面も持つようになっており、日々新たな発明が生まれているのだ。

 

「“出陣橋”……なぜそんな名前になったんでしょう?」

「大規模な戦となれば、この場所……帝国の中心程より反対の側からも必ず戦力を抽出する。そうなれば必ずここを通って戦場へ向かうことになるからそんな風に呼ばれるようになったんだ」

「成程! でも不思議ですね。凱旋とか、勝利とかそう言った名前の方が縁起が良さそうなのに何故“出陣”を選んだのでしょうか?」

「理由は知らないが、恐らくある種の儀式じゃないかと俺は思う。『ここを出たらその先は戦場なのだ』、『命の奪い合いをする覚悟を持たねばならない』と言った具合に世界観を切り替えさせる意味があるんじゃないか?」

「覚悟は大事。誰も死は遠い所にあると思ってるけど、死は近いもの。誰でも、どんなに強くても、次の瞬間には死んでるかもしれないから。意識してないとすぐ死ぬ」

 

 ランジェは呟きながら槍斧の柄を撫でた。彼女は宗教上の都合で近しい者が死ぬ事が多そうであるし、知っているだけでも彼女自身容易に死ぬと思っていなかったであろう父親を俺達に殺されている。だからこそこの言葉が出たのだろう。

 

「……親父さん、好きだったのか?」

「いや嫌い。でも、尊敬はしてた。教団の中で誰よりも深淵への信仰心に溢れてて、強くなろうとし続けてたから」

「そうだな。奴は……強かった」

「でも、あまりにも強過ぎた。自分が死ぬなんて少しも思ってなかった。弱者の決死は刃になるけど、強者の慢心は破滅への一歩目」

 

 ランジェはそう言いながら石を打ち付けられた額を擦った。彼女は父親の死と敗北から教訓を得たらしい。俯き微笑んだ表情からは哀しみよりも一歩進歩出来たことによる喜びを感じている様に見える。

 やはりというべきか彼女と俺達とでは死生観が違う。俺は彼女を仲間であると認識していたが、もしかするとそれは正確には誤りなのかもしれない。いや、疑い過ぎだ。そう考えるのはあまりにも臆病が過ぎるな。

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