狼傭兵と英雄少女   作:玉鋼金尾

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「で、こうなったと……」

 

 生き物臭さと黴の臭いが充満した呼吸のしづらい空間、明かりは遠くで松明が灯っているだけであり視界は不良。床として雑に敷かれた木板は湿って柔らかくなっており、小さな虫が這い回っていることもあり寝心地は最悪。

 此処は牢獄であり、黒猫以外の仲間が全員まとめて閉じ込められている。悲鳴と怒号を浴びせられた後、連行されて今此処にいる。

 

「まさか俺の姿を見ての警戒の狼煙だったとはな……。いやそれよりも、なんでお前はそっち側にいるんだ?」

 

 クロだけは捕まらずに牢の外側にいる。持ち物は没収されていないどころか、俺が知る限り一緒にいたというのに所持品の検査も受けていない。

 

「あっしには世界中に悪友(ワルトモ)がいやすからね。あっしが牢に入れられてると困る人間が助けてくれるんでさ」

「……悪友(ワルトモ)だろ?」

「勿論」

 

 牢の中から手を差し出すと、クロは懐から鍵を取り出し手渡してくれた。どうやら釈放の手続きは済んでいるらしい。

 大抵保釈には少なくない金が必要であり、それを払うのは親しい間柄であるか相応の理由がある場合くらいなものだ。彼女が口にしていた利害関係、それを続ける意思に嘘はないらしい。

 

 

 釈放された俺達を外で出迎えたのは過剰なまでに華美な装飾を施された大きな馬車と、彼方此方から向けられる好奇の視線であった。

 趣味の悪い馬車から出てくるであろう人物に接しなければならないことからくる嫌気と心地の良く無い感情を向けられる今現在。湿気で満ち息苦しさを感じる地下から解放されたと言うのに、空気が全く美味くない。

 

 馬車の扉が開き、機能として何の価値も無い装飾を過大に施された馬車に乗り込んでいた異質な者達が姿を現した。

 2人組。1人は幼児が描いたようにしか見えない太陽の絵が描かれたサーコートと鎧を身につけ、顔の見えない兜を被りその下から生える角が兜の隙間から露出した大男。もう1人は華美な服装を着込んだ超えた禿げで醜男の中年で、脂汗を掻いて荒い呼吸をしている。

 

「ふぅふぅ……ふひっ! お初にお目にかかりますな”疫病”殿。私、この街“エストガーテ”一帯の領主であるオスカルと申します。隣に居るのは──」

「我ガ名は、ゾル! 太陽に仕エしモノ! 太陽ニ、奉仕シ身を捧ゲシ者! 使命ヲ果タす者!」

 

 太い男に紹介されている途中で大男は甲冑の上から胸板を叩きながら自己紹介をした。低くしゃがれた声で話すその口調は少しだけランジェのそれと似ており、彼の声からは何処か人智から離れた場所から来たのでは無いかと思わせる不可思議さを感じられる。

 

「これこれ、声が大きいぞ。お嬢様方、驚かせてしまって申し訳ないのう。これは儂の食客なのだが……少しばかりこう、信仰にお熱なのでな」

「信仰! 正しくその通り! 我が行いと言葉は“陽”を讃え、輝きと抱擁の温もりを広めるもの! さぁ、共に崇め包まれましょうぞ!」

「こいつ両腕を広げて立ったまま日光浴し始めたぞ……。太陽の女神を信仰する“陽教”の儀礼ではないな……何なんだこいつ……」

 

 陽の光から抱きしめられるのを待っているかのような体勢で陽を浴びる。全くもって見たことも聞いたこともない儀礼だ。未知の行為は不気味ではあるが、だがしかし何故かはわからないが恐怖は感じない。

 

「これのことは放っておいて構いませぬ。こうなっては梃子でも動きはしませぬから。それよりも……ふひっ、ささ馬車へ」

 

 オスカルは皮脂が光を反射する顔で笑みを浮かべながら、俺達を馬車へと誘った。贅肉で覆われた身体を動かす彼と俺、そして尻尾のせいで重いランジェが乗り込んでも馬車の床は抜けずに動き出した。

 

「凄い、まったく壊れない」

「ふひひっ、頑丈でしょう? 既存の馬車を雇い入れた技術者に改良させましたからね。大量の鉱石を運ぶことも、装甲を施して武装した小隊を運ぶことも可能ですよ」

「……っ!? 何を──」

 

 オスカルの腕が動いている事に気づき視点を下へと向けると、ランジェの太腿に触れて撫で回している事に気がついた。触られているランジェは槍斧を握りして力を込め始めており、今にも男の首を切り落としそうであった。

 仲間に対する下劣な所業を止めるため、彼を殺させないために立ちあがろうとした俺をクロが手で制止する。彼女はこちらを見上げ、任せてくれと言わんばかりに目を見つめた。

 

「任せるぞ」

「へへっ! オスカルの旦那、幼いお嬢様方はあっしの友人で“仲間“なんでさぁ。あっしのこの可愛らしい顔に免じて、悪戯は勘弁してやってくだせぇ」

「ははっ! そうかそうか、”疫病”だけでなくこちらもお主と連んでおるのか。ならばいくら面と才覚が欲しかろうと手は出せんな」

 

 ランジェの言葉を聞いたオスカルは素直に、それでいて即座に触れていた手を離した。手を離す際に一瞬だけ見えた手にはペン肉刺だけでなく棒状の物体を握り込んだ際に出来る肉刺が見える。

 彼はただの文官ではない。卓上の実務だけではなく、血と埃と騒音で満ちた空間での働きも行える。いや、行えるように時間を費やした存在であるのだ。彼の体型も太っているように見えるだけで服と脂肪の下には筋肉が詰まっているのだろう。ランジェが槍斧を握り込んだのは嫌悪感だけが理由でなく、強者だと感じて仕留めようとしたからだろう。

 

「……さてと、これに見覚えは?」

「知らない。……ん、クルツ?」

「そいつは⁉︎ 何処でそれを!」

 

 オスカルが取り出したのは1枚の布、頭陀袋を切り取ったかのようなボロ布であった。それには大量の炎を象った印と槍で貫かれた狼が描かれている。分かる者にはそれが何を意味しているのか、誰が利用しているのかわかる物であった。

 

「これは……俺だ。俺への挑戦状だ……」

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