「挑戦……状ですか? ただの絵ではないと?」
「あぁ、こいつは男でもあり女でもある1人のガキが魔神に変わった日の……“大火”に串刺しにされた俺の絵に違いない。俺が思い出すたびに苦しむ出来事をわざわざ絵にするなんて、やった側からの挑発以外の何物でもないだろ」
自身の友人で作った肉の傘を差す邪悪な魔神の姿が、耳に残り続けるあの歌が、新しい命を宿した愛する女を内に残したまま燃える館の臭いが。記憶の底に封じ切れないそれらが呼び起こされ拳を握り込んでしまう。
「お前は一体こいつを何処で手に入れたんだ? あの時の出来事は当事者か昔の仲間しか知らないはず……返答によっては──」
事と次第によっては袋叩きに出来るように馬車の扉を押さえる。相手がどんな立場の誰であっても"大火"の協力者は許しておけない。生かしてはおけない。
「──っ⁉︎ 駄目。クルツ、殺すと面倒」
「お嬢さんの言う通りですよ。私には多くの駒と強い“娘”がついておりますから。気付きませんでしたか? この馬車はぐるぐると街中を不規則に回っていたんですよ」
オスカルは窓の外を見ろと顎を指す。それに従い窓から周囲を見てみると、フリルの多いドレスに身を包みサーベルを腰に刺した子供と大小様々な大きさの弩や火砲をこちらへ向ける兵士達が見えた。
一度見ただけでこの馬車の壁など意味話さない火力だということがわかる。もしこの男を殺傷しようものなら即座に俺達は蜂の巣のようになるだろう。
「私がこれを見せた時点でここに向かうように指示を出しておりました。何せ、丸腰ですからねぇ……あぁ、これについてでしたね。それは私の領内で惨殺された衛兵が持っていたものでしてね。死体の身体には『花の勇者とクルツ先生へ』と宛名が刻まれていましたよ」
オスカルはナイフで切り裂くような仕草をして見せた。俺を“先生”と呼ぶ人物はこの世にもう1人しか居ない。孤児院出身で、教育と様々な技能を勇者一行から学んだ者で唯一生きている者。
魔神“大火”だ。
「確信に変わったってお顔ですね。よろしい、話しなさい。このメッセージを残した者の正体を私は知りたい」
俺はオスカルに“大火“の全てを話していく。
最初は身体が性の区別をつけられないものであり忌子として迫害を受けていた孤児を1人の魔族が保護しただけだった。
その孤児は孤児院に入れられ、他の孤児と共に成長し、力をつけ、勇者一行から与えられるあらゆる技術や知識を凄まじい速度で身につけていった。まさに天才、何事もなく大人になれていれば間違いなく世界に名を残していただろう非凡な人物であった。
しかしながらそううまくは行かなかった。救われ、他と区別せず接せられたことが余程嬉しかった少女は勇者一行、その中にいる魔族に想いを募らせ性別を自ら定義し、周囲に受け入れられ少女となった“それ”は想いを込めた言葉を魔族の男に紡いだのだ。
『先生。……私を先生の心の中に居させてください。ずっと隣に置いてください』
それはあまりにも遅過ぎた言葉であり、事実上の妻が居た男の心を動かすことはなく拒絶される。男ばかり見ていた彼女は男の周囲に居る友人や男が愛する者を見れていなかったのだろう。失恋。怒りや悲しみを表に出してもおかしくないような状況であった。だがその後の“少女”は表向きは明るく振る舞っていた。裏では闇に住まう者との交信を経て変化を遂げていたのを悟らせなかった。
ある日、少女は“魔神”へと変わる。手始めに孤児院の友人達を惨殺した後、勇者を屈させ館ごと焼き殺し狼の魔族の心に消えない傷を残し、街を焼き払いながらどこかへと去っていったのだ。
「要約すると事実上の妻帯者が勝手に好かれて、勝手に失恋された上に恨まれ、身勝手にも程があるそいつに串刺しにされて心に消えない傷を負わされたって感じだ」
「思っていたよりもやばい人ですね“大火”……」
「そう? ナールと共通点が多いけど?」
ランジェがナールの頬を指差しで突く。師に対する大き過ぎる感情、時々見られる狂気性、天才的なまでの才覚。確かに彼女の言う通り類似している点は多い。違いがあるとすれば、出会い方と和解の可能性のある家族がいて特定個人以外との特別な繋がりがあることくらいだろうか。
「何らかの目的で動いているんだろうが全くその意図は読めん。先日起こったルテアでの一件にも関与しているという情報も入っているが、だからそれが何を意味しているのかはわからず仕舞いになっている」
「ふむ……世界を壊そうとか世の中を混乱させたいとかが目的ではないのかね。創作物によくいる魔神の目的としてあるじゃないか、そういうのじゃないのかね?」
「そうしたいなら誰にも悟られないように秘密裏に動くはずだしそれくらいは間違いなく出来る奴だ。そうしないのは何か思惑があるに違いない……」
尋常ならざる強い願望と極限の感情の発露。強まった“業”よって人が変化した魔神や魔物というものは極めて単調で予測のしやすい振る舞いをするか、捻じ曲がった論理で理解の及ばない行動するかのどちらかだ。
前者は魔神教徒に何かされて魔神となったレベッカや正気と人間の体を失ったベーリンがそれに該当する。愛情の渇望や飢餓感からの脱出、復讐や殺意といった最終的な目的がハッキリしている類。故に行動は比較的読みやすい。だが後者、“大火”のような存在は全くの逆であり俺にはさっぱり考えがわからない。
「良いでしょう。少なくとも貴方は私の敵ではない。無礼のそれほどの事があったというなら……許しましょう」
笑顔のオスカルはそう言いながら俺の肩を叩くと、俺の腹部に金属の筒を突きつけ指を動かした。瞬間、炸裂音が鳴り響き腹から背に衝撃が抜けていく。筒の先端より放射した光が作った体の影を、貫徹して穴から弾け飛んだ肉片が塗り潰した。
「とでも言うと思ったか畜生が! 傷が癒えるように肉はくれてやる。どうせ治るのだから……殺されるよりマシだと思え!」
唾を吐き捨て、オスカルは生肉を俺の前に放り投げた。この男は決して穏やかな人間なのではない。万人が持っている性質を更に強力に持っている。
それは内側に秘めている凶暴性や暴力性を抑圧することだ。良く言えば我慢強い人間、悪く言えば長さ不明の導火線を持つ爆弾のような人間。普段は善良見えても、何がきっかけで暴発が起こるかわからない解放された瞬間に何をするかわからない恐るべき類の人間だ。