ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise   作:Haturu

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逃走

──ブレイクデカールとは。

 

この外部ツールを使用した際、ガンプラはブレイクブースト状態となり、GBNのシステムに定められた性能以上の力を行使することができる。

 

詰まるところ、ブレイクDはチートツールだ。運営に発露しないという最大限のド迷惑なオマケ付きの。

 

当然だが、純粋な実力以外はフェアであるべきネットゲームの世界で、おいそれと使っていいものでは無い。

 

ある者が言った。ブレイクデカールとは未熟な愚者が使うただの哀れな力だと。

 

だが、どんな技術も使いようだ。かつて、この力を友の為に使った者もいたのだから。

 

名を『アーク』。ランカーフォース『ZA-∀Z』の片割れ。

 

なんと、『アーク』は同じフォースメンバーの『ゼン』の壊れた体と心をブレイクデカールで書き換えた……らしい。信じがたい話だが、裏は取れている。

 

事実がどうであれ、その逸話を知った時には馬鹿なヤツだと一蹴したものだ。

 

だから僕は、たいしてこの話に興味を持たず、どちらかと言えば『アーク』がBDを使用した製作者不明の裏世界、EGBNの方に関心を示し、そこにプログラムされていた仮想の世界で本物の感覚を与えるロジックを研究した。

 

そんなんだから、結局は絆の力に屈するんだ。

 

僕は今、過去に馬鹿げたと一蹴した者と同じことをしている。

 

──命懸けで。

 

* * *

 

私がコマンドを入力すると、Gラグナの右手が翡翠色の輝きに満ちた。

 

「いっけえええええ!!」

 

裂帛の気合いと共に操縦桿を振り抜く。それと連動して、フィニッシュムーブ、『パルマフィオキーナ:ブレイクboost』が発動した。

 

プレイヤーデータの書き換えという文字通りの必殺技がスルトの乗ったゼルトザームを襲う。

 

「来るな……来るなぁぁぁ!!」

 

下手れた毛並みの奥で恐怖を滲ませた眼を見開きながら、スルトが悲鳴を上げた。

 

日記をのぞいてしまった手前、同情の念はあるもののそれとこれとは話が別だ。

 

Gラグナの右手がスルトの目前で停止し、かざすように開いていく。

 

次の瞬間、プラズマティックな長四角こエフェクトが発生し、スルトの体になだれ込んでいった。

 

モニターに映る進捗率が、瞬く間に上昇し始める。現在の進捗率は16%。

 

「う……あ……」

 

やかましく喚いていたスルトは、いつの間にか眠りに落ちるようにゆっくりと目を伏せていた。それと同時進行で、少しずつ体が浮かんでいく。

 

無重力故か必殺技の効力なのか定かでは無いが、安らぎを得ていることは確かだろう。

 

剣呑な空気は既に消え去っており、今ではゆりかごの中の赤子さながらの表情を浮かばせていた。

 

「進捗50%!!」

 

モニターに映る情報を言い切るのと同時に、私は根拠のない胸騒ぎを感じた。

 

何かが、何かがおかしい。

 

違和感の正体はすぐに分かった。進捗率を示していたモニターに、ほんの一瞬、ノイズが走ったのだ。

 

私は異常を伝えようと口を開いた。しかし、それよりも一歩先んじてゲージが凄まじい速度で上昇していく。視界で追うよりも早く動いた進捗率のパラメータは、すぐに100%に到達してしまった。

 

その瞬間、一際目立つライトグリーンの光が空間を包み込んだ。あまりの光量にうっと目をしかめる。

 

光は数秒の発光の後、収束し始めた。それと同時に鈴の音の思わせるサウンドがチリンチリンと2回ほど周囲に響き渡る。

 

「……よし!」

 

シンラが必殺技の終了モーションであるかのように、慣れないガッツポーズをとった。握られた右手には、微かに翡翠色の残光が漏れ出ている。

 

「せ、成功……した……?」

 

疑問系で話した私に、シンラは対して気に留めることもなく回答を出した。

 

「そのはずだ、見てみろ」

 

直後、握られていたシンラの右手がゆっくりと開く。

 

中から出てきたのは、雪の結晶のような六角形の形をしたアイテムだった。色は予想通り鮮やかな緑。大きさは私の身長の半分ほど。

 

「スルトから分離したデータを、アイテムとして形作った。この場合、データ量と大きさは比例する……つまりは……」

 

シンラの言葉を分割すると、驚嘆7割、安心3割といったところか。

 

彼の話通りなら、モニターに映る光り輝く結晶はその実、スルトの思考をを蝕んでいたアルスの残穢、『アル』そのものである。

それが80センチほどの大きさで形を成しているのだ。単純に、スルトは年単位であの大きさの歪んだデータを頭の中に入れていたことになる。

 

そう思うと何だか宝石のように美しく煌めく結晶が恐ろしく見えてきて、無意識に身震いしてしまう。

 

だが、これで全てが終わったのだ。

 

ヒトツメの復活はもちろん、レジスタンス同士の紛争もひとまずの休戦措置が取られる筈だ。

 

悪しき指導者……両方の事件の黒幕、『アル』を捕らえたのだから。

 

私は安堵感からか先程のノイズの件を記憶から消去してしまっていた。

 

故に、反応が一歩遅れた。

 

シンラが右手を握り直すと、アルの結晶は新規アイテム扱いとして私のストレージに収納された。

 

アイテム説明のウィンドウが私の前にパッと現れる。ウィンドウ曰く、アイテム名──

《逃げろ》

 

「……え?」

 

次の瞬間、コックピットを凄まじい衝撃が襲った。私は揺れで体勢を崩し、よろめいた体が壁に叩きつけられる。

 

当たりどころが悪かったのか、肺の空気が無理矢理吐き出され、嗚咽が漏れ出てしまう。

 

「つぅ……」

 

痛みで顔をしかめたものの、衝撃の原因はすぐに分かった。沈黙を貫いていたはずのゼルトザームの巨腕が大きく振りかぶられていたのだ。

 

機体はヒトツメたちが張り付いた壁面に叩きつけられ大きく凹んでいる。

 

「タツカさん!!」

 

フレディが絶叫と気合いの入り混じった雄叫びをあげた。エルドラGMがすかさず私とゼルトザームの合間に入る。

 

傷ついた仲間へのフォローとして完璧な動きだ。しかし、上半身だけとなってはいるが、相手はあのゼルトザームである。

 

奴は左腕で巨大槍を構えたかと思うと爆発的な加速でフレディを襲った。

 

エルドラGMのラウンドシールドがゼルトザームの巨大槍と衝突し、激しい火花が散る。

 

「逃げて……」

 

掠れた喉から発せられた祈りにも似た指示は、ゼルトザームの起こした轟音にかき消されてしまった。

 

拮抗状態を維持していたエルドラGMのラウンドシールにピシッ、と一筋のヒビが入る。

ヒビは瞬く間に盾全体を覆い尽くし、そのまま木っ端微塵に砕いた。

 

「あっ……」

 

か細く、儚いフレディの吐息が霧散する。

 

ゼルトザームが槍を中段に構え、横薙ぎを放った。エルドラGMは私達とは真反対の壁に吹き飛ばされ、そのまま沈黙してしまう。

 

「フレディ!!」

 

私の叫びに、返事は返ってこなかった。

 

エルドラGMは、明らかに私たちよりも深く壁にめり込んでいる。その証拠に、分厚いはずの壁面から向こう側にある部屋の光が漏れ出していた。

 

エルドラGM自体に深刻なダメージは見受けられないが、だからと言って中にいるフレディが無事でいる保証はない。

 

今すぐにでも駆け寄って、フレディの安否を確かめたい。

 

だが、それをするには目の前のゼルトザームへの対処は必須。

 

ゼルトザームがターゲットを変更し、こちらに向き直る。

 

不意に、ゼルトザームの壊れたコックピットから、操縦者たるスルトがほんの一瞬、顔を覗かせた。

 

喚いても、睨んでもいない。動揺も、怒りも感じない。

 

顔に正気がないとはよく言うが、そんな陳腐なレベルではない。全ての感情が消え失せてしまったかのように、スルトの表情からは情報のひとカケラも引き出せない。

 

人の形をした抜け殻。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

その瞬間、脳内に走る電流のような閃きと共に、点と点が頭の中で結びついた。

 

先程の警告のようなアイテム名に、スルトの顔つき。それ自体が重大な事実を突きつけていることに気づく。

 

秒単位で思考巡らせていたが、そこでタイムリミットが訪れてしまった。

 

ゼルトザームが、フレディを下した突進を今度はこちらに向けて仕掛けてきた。

 

「動け……動けっ……!」

 

私は操縦桿を力強く握り、口の中でつぶやいた。

 

通常、機体のコントロール権はシンラが握っている。当人曰く、体を動かすのと大差はないらしいが決して万能というわけではなく、重大なダメージを負ってしまうと痛みがない代わりに思うように動かせなくなる。

 

そう言った緊急事態には、私が機体を動かすことになっていた。そして、今がその"緊急"である。

 

機体は操縦桿に従い、僅かに横にそれた。

 

今まで脇腹のあった場所にゼルトザームの槍が突き刺さされ、先程のラウンドシールドと同じ様なヒビが広がり、壁面は更に大きく凹んだ。

 

ゼルトザームは回避されたことを認識すると、すかさず巨腕での追撃を仕掛けてくる。

唸りを上げた巨腕はコックピット目掛け一目散に迫りくる。

 

手刀での突き刺し……いや、手が開いている。掴み攻撃だ。

 

しかし、その動きはどこか鈍重だ。恐らくフレディの与えたダメージが堪えているのだろう。

これを逃す手はない。

 

ゼルトザームの掴み攻撃を、ギリギリまで引き寄せ、逆にこちら側から掴み返す。流石のゼルトザームも上半身だけになったことで息切れ──今の状態でもギリギリ競り合えるぐらいに弱体化している様だ。

 

ついでに、壁に突き刺さったままだった槍も、腋に抱える形で固定する。

 

互いに武器の類はもうない。ここまで来ればあとは意地と意地のぶつかり合いだ。無意識の内に操縦桿を握る手に力が入る。

 

ここまでして作った拮抗状態は、思いの外早く限界が訪れた。と言っても、私やゼルトザームにではない。

 

ガララララ──!!

 

何重にも重なった"壁"の崩落音が聴覚を塞ぎ、飛び散った破片は容赦なく機体を包み、襲う。

 

ぶち抜かれた壁の先は、MS2機が入るには少々手狭な一室だった。暗闇に包まれているよりかはマシかもしれないが、戦闘するには少し心許ない。

 

「ぐっ……」

 

壁から解き放たれたゼルトザームの加速が、更に勢いを増した。こちらも対抗して、床のグリップを使い必死の抵抗を見せる。

 

床と脚部の底が甲高い悲鳴を共鳴させながら、部屋の端から端まで引きづられていく。

 

今度壁にぶつけられたら、タダでは済まない。

視界の端で点滅している機体のHPが、それを物語っている。

 

だが、この時の私は致命的な敗北条件を見落としていた。

 

流れていく視界。その中に見慣れたものが目に入る。

 

ただの黒い、円形のケーブル。見かけにおかしな所はない。

 

しかし、あの色、あの形は……私達が衛星基地に訪れた際に設置したものと同じ──

 

「くそっ……!」

 

自分の至らなさに苛立ち毒づきが漏れる。

 

ここに侵入して30秒程経過していたのにも関わらず、私は今更になってこの部屋の中身に目を向けた。

 

無論、そこには壁に寄り添うように係留させていた、シャトルが。

 

『エルドラ帰投に必要なシャトル』が。

 

相対するコックピットの中のスルトの顔がひどく歪んだのは気のせいではないだろう。

 

奴の目には、大破炎上するシャトルが映っているはずだ。そして、このままだと、その光景は10秒と待たず現実となる。

 

そうはいくものか。

 

前につんのめりながら、全力で操縦桿を前に倒す。

 

だが、既に機体の限界は訪れていた。モニターに黄色い三角形と、警告文が表示される。

 

それは、機体エネルギーが、ゼロになった時の。

 

私の頭に敗北の二文字が色濃く浮かぶ。それは警告文と重なり、目も背けたくなるような冷た邪気となって体を包んでいく。

 

シャトルとの衝突まで──残り20秒。

 

終わりだ。

 

私もフレディも、ここで死ぬ。

 

あの日記に書かれていたスルトと同じように。

 

その時だった。ピコン、と聞きなれない音が耳に入る。

 

顔を上げると、そこにはウィンドウが浮かんでいた。アイテム使用確認。だが、これは……

 

シャトル衝突まで──残り15秒。

 

これは彼の意思だ。あの時、逃げろと言ったのも恐らくは……

 

私はウィンドウのOKボタンを叩いた。次の瞬間、視界が紫、白色、黒と順繰りに染まり、最終的に先程まで地面があった場所が黒く塗りつぶされる。

 

私はこの現象を知っている。

 

2機のMSは、数秒と経たずに衛星基地から忽然と姿を消した。

 

 

 

 

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