ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise   作:Haturu

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決別の時①

空気に混じる匂いが、鼻腔を通り抜けた。

 

優しい木を思わせる清涼な風の中に、ほんの少し土特有のざらついた匂いが混ざっている。

 

「ここは……?」

 

小さくなった手のひらを使って、若草のベッドに横たわっていた体をゆっくりと起こし、目のピントを合わせながら周囲を見渡す。

 

十中八九、ここは森の中だ。

 

その証拠に、年季を感じる樫の木に小鳥が巣作りをしている。微笑ましい光景にうっかり見惚れてしまいそうになるが、今はそんなことをしている場合ではない。

 

「エルドラは?!衛星基地は……!!」

 

急いで立ち上がってそう叫んだ後に、モヤが浮かんでいたた頭がパッと晴れ、つい先程までの記憶がハッキリと蘇った。

 

「僕は……」

 

シンラの持つ最後の記憶は、ゼルトザームに投げ飛ばされた──そこまでだ。

 

それがどうして、森の中での安眠に繋がるのか。天国にでも来てしまったのかと、不謹慎な可能性が頭に浮かぶ。

 

「まさか、本当に死──」

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

四度目の独り言は、成立するよりも前にレスポンスがなされた。茂みからガサガサと音を立てて、言葉を発したであろう見慣れた女性が姿を現す。

 

「……タツカ」

 

「ようやく起きましたね」

 

──天国の線は消えたな。

 

シンラは冷静にそう分析し、タツカのつんけんした態度に、少々の腹を立てた。

 

「もう少し、気にしてくれたっていいだろう……せめて無事だったのを嬉しがったって……」

 

「……ばんざーい」

 

彼女のなりの最大限の情緒の発露に、呆れ顔になったシンラはため息をついて首を振った。

 

「……まあいい。無事でよかったよ、タツカ」

 

「そりゃどーも」

 

ぶっきらぼうに、タツカが言う。

 

なんにせよ、パートナーの無事は確認できた。

後確認すべきなのは……

 

「……なんでこんな森にいるのか、その様子じゃ、分かってるんだろう?」

 

「あぁ、それは……」

 

タツカが口を開こうとしたその時、彼女の目の前でウィンドウが空中に浮かび上がった。半透明のウィンドウ上で、勝手にカーソルが動き回る。

 

何が起こっているのか意味が分からず、茫然とそれを見つめていると、数秒もしないうちに、翠色の結晶が実体化し地面に転がりながら光の明滅と電子音を発した。

 

【それは私から説明させてください】

 

「なにっ」

 

タツカとは違う、どこか聞き覚えのある男性特有の低い声。しかも、それが結晶から発せられていることにシンラは驚愕した。

 

しかし。

 

【ご無沙汰しております。シンラ様】

 

「あ、あぁ!!……まさか!」

 

答えを確かめるために、シンラはタツカの顔を見やった。

 

それに気づいた彼女は無言で頷く。

 

「そのまさかです」

 

「スルト……?!でも、どうして……」

 

【……あの必殺技の効果です。】

 

「い、いや……だが……」

 

【結果論で言えば、発動した必殺技は成功していました。ですが、あの時点で、私の人格は8割以上アルに上書きをされていました。】

 

「8割……そうか、つまり……実質的に、僕たちはずっとアルと戦っていたわけか……」

 

【はい……"余分な情報を書き換え取り除く"はずのあの技は、アルではなく私の方を邪魔者だと判断した……半分以上、推測ですが。】

 

「いいさ、どうせ答え合わせはできん」

 

だが、そうなれば、アイテム化した結晶が、あのサイズだったのも納得がいく。あれは、スルトそのものだったのだから。

 

アイテムとなったスルトはタツカのストレージに入り、『逃げろ』──そう警告した。

 

それが失敗した後も、スルトは援護を続け、ストレージに入っていた転移装置の起動を促すナイスアシストを見せたそうだ。

 

気絶した後の経過を二人から聞き、シンラはようやく現状を理解した。

 

【……お二人には多大なるご迷惑を……】

 

「そういう堅っ苦しいのはやめよう、スルト。今は君だけが頼りなんだ。今回の事件の全てを知る、君がね。」

 

不思議と項垂れているように見える結晶に、シンラはそう言葉をかけた。

 

スルトも切り替えたようで、先ほどよりもトーンを高くした声で続けた。

 

【では、説明に入らせていただきます。ここはGBN。私たちがエルドラに飛ばされた、あの森林エリアの中です。】

 

言われてみれば確かに、周囲に生えている木々は、エルドラでは見かけない種類のものだったし、よく目を凝らせば、木々のテクスチャが不自然なまでに一致している。

 

だがどうやってGBNに、とそこまで考えた所で、あるアイテムの形が頭に浮かぶ。

 

「……プロトタイプの転移装置を使ったのか」

 

「はい。ほとんど賭けに近かったですけど……」

 

タツカの言う通り、あれば未完成の代物だ。

それを使ったと言うことは想像以上に追い詰められていたのだろう。

 

気絶していた罪悪感と同時に、新たに疑問が浮かぶ。

 

「……ゼルトザームはどうなった?」

 

【私たちと同じく、こちらに来ているはずですが……あちらは完成品のデータを持ち得ています。すぐにエルドラへトンボ帰りでしょう。】

 

となると、あくまでこの転移は時間稼ぎにしかならなかった訳だが、全くの無駄ではないと思いたい。

 

フレディの安否が気になるが、シャトルは無事のはずだし、ゼルトザームが帰るよりも前に無事に撤退しているはずだ。

 

【しかし……我々もまた、今すぐにでもエルドラに戻らなくてはなりません】

 

「それは……どうして?」

 

シンラが反応するよりも前に、タツカが疑問符を浮かべた。ここからの話は、彼女も知り得ないことなのだろう。

 

【私達が戦闘をした暗闇の塔……あそこに居る無数のヒトツメ達は、全てエルドラ侵攻用の機体だからです】

 

「……続けてくれ」

 

シンラが渋面を作りながら、そう言った。

 

【お二人も見たでしょう。あの数字を。】

 

数字、と言われて思い浮かぶのは、ヒトツメ達が映し出していた《121:23:49 》だろうが、その詳細は分からないままになっていた。

 

【あれはタイムリミットです。ここに来る前に停止命令を送ったので、多少の猶予はできたでしょうが……………6日もあれば、ヒトツメはエルドラを攻め入り、確実に滅ぼします】

 

「そ、そんな……」

 

タツカが、がくりと膝をついた。大きなリアクションこそしなかったが、シンラも動揺を隠さずに息を呑む。

 

確かに、対策を練るには6日と言う時間はあまりにも短すぎる。

 

そもそも、衛星基地に上がるまでこちらは一週間の時間をかけたのだ。もちろん移動時間も含めてだが、それにしたって少なすぎる。

 

絶望感に包まれていたタツカだったが、それでも挫けず、すぐに代替案を思いつく。

 

「でも!ここはGBNなんだから、ビルドダイバーズに連絡したり……」

 

ほんの一瞬、シンラもその希望を見出した。

 

しかし、それへの否定も同じく頭に浮かんでしまい口に出してしまう。

 

「待て。彼らはどこで実体化するんだ」

 

数秒の沈黙の後、スルトが文字で答える。

 

【……最後にログアウトした、セグリ内部です。そして私は…………レジスタンス達にビルドダイバーズの拘束命令を出しています】

 

「な、なんてことを!!」

 

「タツカ!!」

 

声を荒げ、右手で拳を作ったタツカに、シンラは怒鳴り声を上げた。

 

「今は人の非難をしている余裕はないだろう!

落ち着け!」

 

似たようなことを、以前にも言った気がする。

 

シンラは、言葉に常識に沿った正当性をまとわせ、タツカに向けて放り投げた。

 

普段通りであれば、彼女も身を引きシンラも自身に非があったと認めただろう。事実、今まではそうだった。

 

──しかし。

 

「落ち着け?!逆にあなたはなんでそんな冷静なんですか……!?」

 

この時ばかりは、いつものようにはいかなかった。売り言葉に買い言葉で、シンラも更に声を強める。

 

「目算があるからに決まっているだろう!」

 

決して、苦し紛れの嘘ではない。幾つかの対処方法も既に浮かんでいる。自他共に認める程、シンラは賢い。

 

しかし、それは人を思い、言葉にする能力とは全くの別物だった。

 

「目算?!作戦のことですか?!そうやって、言って、何回失敗したと思ってるんです!!」

 

「何だと……!」

 

瞬時に言い返そうとしたシンラはふと、自身の行動を振り返った。数週間のエルドラでの出来事に、一年前の"失態"も。

 

「────────」

 

シンラがボソボソと呟いた。

タツカは更に苛立ち語彙を強くする。

 

「なんですか!?聞こえないんですけど!?」

 

「…………あぁ、そうだな、タツカ。君の言う通りだ」

 

シンラが、目を伏せながら呟く。

 

「元々、行きずりのパーティーだったんだ。君を巻き込んで悪かった」

 

シンラはムキになっていた。会話が成り立っていないことに、タツカが遅ればせながら気づく。

 

「な、何を今更……!」

 

「ここで解散しよう。僕達は僕達で、エルドラを救う。無関係な君が、無理に思い詰める必要は無い」

 

本心と虚栄。そして、ほんの少しの後悔が入り混じった言葉をシンラは吐き捨てる様に言う。

 

「…………え」

 

タツカが絶句し、眉根を寄せた。

 

シンラはそれを分かっていながら、彼女の目から目を逸らし、MS形態へと姿を変える。巨大な影がタツカを包み込んだ。

 

「さようなら、タツカ。今まで……ありがとう。」

 

タツカの横に居た結晶姿のスルトを摘み、シンラは空に飛び上がった。

 

「な………ま、待って!!」

 

タツカがそう叫ぶ頃には、既にシンラは、空に浮かぶ小さな黒点となっていた。

 

* * *

 

──どうしよう!どうしよう!!

 

私は必死になってシンラの後を追った。

 

木々の合間から見える一筋の飛行機雲を辿って、脇目も振らず、草木を掻き分けながら、ただ一直線に走った。

 

走る。

 

躓く。

 

転んで。

 

倒れて。

 

また走る。

 

彼の作り出した痕跡が見えなくなるのと、街エリアの門をくぐったのはほぼ同時だった。

 

街の名は『カテーラ』。

 

私とシンラが訪れた、最初で最後のネームドエリア。

 

私はそこに一人で戻ってきた。

 

環境BGMが、専用のものに変わり、そこに周囲のダイバーの喧騒が混じる。穏やかなBGMの中でみんな笑みを浮かべていた。

 

必死な形相をしてるのは、私だけ。

 

「はっ………はっ……」

 

人混みを押し除けてまで走った。

 

メインストリートを抜け、裏路地に入ったところで急に足が止まる。

 

仮想の息切れが、無いはずの肺を突き刺したからだ。

 

これ以上は走れない。

 

システムが定めた私のステータスは、余りにも正確で無慈悲だった。もう足掻くことさえ出来ない。

 

出来るのは、その場にへたり込んで体力ゲージの回復を待つことだけ。許容量以上の体力を使った者へのなんてことのないはずのペナルティ。

 

だが、私にはそれが重い刑罰の様に思えた。彼を追う資格は無いのだと、そう言われたような気がしたのだ。

 

──あんな言い方なかった。

 

私は、私なりの正義感で戦ったはずなのに。

 

エルドラを守りたい、あの地に住む良い人たちになんとか笑顔になって欲しいと、自分の意思で戦っていたはずなのに。

 

なのに私は、あの人に酷いことを言った。

 

何が"失敗した"だ。その失敗の責任は、彼だけが負うものではないのに。役立たずなのはどっちだ。

 

──いや。そもそも私の役割はなんだ。

 

彼に言われるがまま、『お手伝い』をするだけ。

そんなこと、誰にだって出来る。代わりはいくらでもいた。

 

エルドラの人にとって、私はビルドダイバーズの代用品。シンラからしたら、私はスルトの代用品、劣化コピーだ。

 

路地裏のゴミ箱に体を預けながら、私は整理がつかなくなった頭の中を、更に散らかすことしかできなかった。

 

頬につたう雫が、石畳に落ちる。

 

いつのまにか、息切れは嗚咽に変わっていた。

 

──私は……私は……

 

ぷつんと、何が切れた音がした。

 

硬そうなゴミ箱が、丁度よく隣にある。

頭を打ち付ければ、このぐちゃぐちゃになった頭の中も少しマシになる気がする。

 

ガッ、ガンッ、ゴッ。

 

「ま、待てよ!」

 

四度目の衝突で、感触が急に変化した。人の手だ。柔らかく、そして、ほのかな温もり。

 

私の頭は、知らない人の手のひらに当たったらしい。

 

「待てって言ってるだろ……!何してんだよ、オマエ……!」

 

振り返ると、そこには見慣れぬ男が立っていた。

 

私よりも一回り大きい身長。

前髪を上げ、モノトーンカラーの服の上に青いフライトジャケットを羽織っている。

 

「邪魔しないで」

 

驚くほど冷たい声が、喉から飛び出す。だが男は、物怖じもせずに言った。

 

「それは無理な相談だな。」

 

この世界では、ダイバー間のトラブルには、口を挟まないのが不文律である。

 

だからこそ、この男の行動は不可解だ。

 

何故だ、そんな目で睨んでいると、男はバツの悪そうに付け加えた。

 

「…………一応、今は運営の傘下だしな」

 

「運営……?アナタが……?」

 

目の前の男は、どうみても一般ダイバーにしか見えない。

 

より警戒心を強めた私に、男はぽりぽりと頭をかきながらステータスウィンドウを出して、自己紹介を始めた。

 

「フォースGRF所属、ハルマだ。怪しい者じゃない……………よ」

 

不器用な語尾だ。

 

でも、不思議と警戒心は緩んでしまった。

 

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