ガンダムビルドダイバーズRE:Riiiiiiiiiise   作:Haturu

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懺悔の時①

夜更け。エルドラ特有の欠けた月が一番遠くに見える時間に、私は暗闇の中を壁だけを頼りに進んでいた。

 

足音を殺しながら、ランタン片手に巡回中の一般兵を二度、三度やり過ごし一直線に"ある場所"へと向かう。

 

無論、トイレに行きたいとかそういった話ではない。これはあくまでも極秘作戦だ。

 

今日の夕暮れ時、レジスタンスの食堂で夕飯を食べ終えた私は出入り口でムランとすれ違った。その際、聞き取れるギリギリの音量で耳打ちされたのだ。曰く、「5時間後、──の部屋」

とだけ。

 

フレディを助けた時の経験が生きたのか、借りた部屋から階を隔てた目標地点までは、十分とかからずに辿り着くことができた。意を決して開け放たれたままの巨門をくぐる。

 

すると、床が硬質なチタン系の素材から、砂のように柔らかくクッション性のある素材に大きく変化した。

 

それに伴って、足音が否応なしに発生してしまうが、割り切って進む。ザク、ザク、と足音で静寂を散らしながら部屋の奥へと進んだ、その時だった。

 

そりゅ──。

 

意志のある固い手のような何かが、私の素足同然の柔肌を撫でた。

 

「き……」

 

漏れ出た悲鳴の先駆けを両手で何とか押さえ込む。今ここで叫んでしまったら、この潜入任務は全くの無駄足になってしまう。

 

ならばせめてと、私は触れられた右足を大きく振りかぶった。

 

「まて、僕だ、タツカ!」

 

かなり声を絞ってはいたが、リズムよく発せられた三単語を発したのは、絶対に聞き間違いになることはない人物だった。

 

「しんらぁ……!」

 

そう小さく呟きながら、私は行き場のなくなった右足をいったんゆっくりとおろしてから、また改めて怒りと恥辱を込めてシンラの小さな足を強く踏む。

 

「い"っ!」

 

シンラが噛み殺した叫びを漏らしたのと、砂の床が大きく沈んだのは、ほぼ同時だった。

 

* * *

 

半円状に頭をそろえた私たちの頭上で、クアドルンが小さく吠えた。

 

『……揃ったか』

 

「こんな夜更けにすまんな、クアドルン」

 

ムランのその声に、クアドルンの額の宝石のような部位がかすかにゆれ動いた。気にするな、と言う意味だろう。

 

「さて……フレディ、タツカ、シンラ。分かっているとは思うが、今から始めるのは極秘ブリーフィング……他言無用で頼みたい」

 

ムランは改めて、私たちに向き直った。フレディが相槌を打つ。

 

「それはもちろん……けれど、一体何を話すんですか?」

 

「うむ……今から話すのは明日の作戦の……不確定要素だ」

 

「不確定要素?」

 

明日の作戦というのは、月への強襲作戦のことだ。

 

といっても複雑な手順がある訳ではなく、翼を再構成したクアドルンに乗って私たちが宇宙へ上がるという至極シンプルな内容である。

 

ムランの言う不確定要素には全く心当たりがなかった。他二人も同じような反応を示す。

 

「今日の襲撃で、セグリの結界は無に等しくなった。…………奴らはセグリを狙い、攻略するつもりだったと見て間違いないだろう」

 

ムランの言葉に、シンラが相槌を打つ。

 

「レジスタンスの本拠地、聖獣の住処、そして、ビルドダイバーズの召喚地点……狙う理由がありすぎるぐらいだ。僕がアルなら、真っ先に攻め落としたいだろうね」

 

「そうだ。"絶対に攻め落としたいんだ"。奴……アルにとっては。なら、もっとやりようがあるんじゃ無いか……?その考えが、頭を離れない……」

 

「……さっきから一体何を怖がっているんだ」

 

目を伏せたまま、ムランが呟く。

 

「……"月の雷"が修復されているかもしれない可能性だ」

 

「そ、そんな!!だって、だって!」

 

フレディが大きく動揺した。

 

「…………あの時、アルスはセグリの結界を解除してから衛星砲を撃ちました。なら、結界を壊す兵器なんてのは非効率なのでは……?」

 

『……あの時、私とマサキは月の衛星基地を徹底的に壊した。あの衛星砲はおいそれと直せるものではない』

 

『だが…………ヒトツメが復活したこと自体が、本来あり得ぬこと……結界をあれほど容易く破壊することも……もう何が起こっても不思議では無いのだ』

 

「今の我らに楽観視をする余裕はない。されとて、存在するかわからないものに、戦力を割くこともできない……」

 

「だから……僕達の知見を聞かせてほしい。そういうことかい?」

 

「何も解決策じゃなくていいんだ。些細なことでもいい。……頼む」

 

「わかった。なら……今の状況を振り返りつつ、僕の見解を話そう」

 

* * *

 

極秘ブリーフィングは周囲を包む暗闇に勝るとも劣らない陰鬱な雰囲気で終了した。以下に話し合って出た結論をまとめる。

 

まず、避難は不可能。

 

現在、セグリにはレジスタンスの兵士、村落をヒトツメに襲われた避難民、フレディ奪還作戦の際に避難した住人が連日雪崩のように押し寄せてきている。

 

いわば街全体が避難所として扱われているようなものだ。仮に避難指示を出せたとして行き場がなく、動かすことのできない病人だっている。

 

避難の代替として、クアドルンの力で現セグリを『ミラーグの山』として再分離する案も出たが、それでもセグリ全てを動かせる訳ではない上に、クアドルンが私たちを運ぶために衛星基地に赴かなけらばならないので、廃案となった。

 

最終的に出た結論は──

 

「────────────、砲撃をとめられるかはわからない……だから、僕達で撃たせる前に制圧するのが一番現実的だと思う」

 

「やはり……それしかないのか?」

 

ムランの声が明らかに沈む。解決策じゃなくてもいいと言ってはいたが、多少なりとも期待するものがあったのだろう

 

「あぁ。でも、何も対策しないよりかは幾分かマシだ」

 

「そうか……そうだな……」

 

シンラの言葉を聞いたムランは、フレディに視線を送った。フレディは静かに、だが力強く頷く。

 

「よし、ならブリーフィングはここで……」

 

ムランが締めの言葉を口にしたその瞬間、私の目の前に淡い光が灯った。メッセージウィンドウの光だ。だが、私は何も操作していない。

 

『少し宜しいでしょうか』

 

ウィンドウに描かれていたのはその一文だけだったが、私はすぐに合点がいった

 

「スルトさん?!」

 

メッセージ上部に描かれたスルトのスペル。エルドラに着いてから今まで沈黙を貫いてきたスルトは、この場で初めて意思を表明したのだ。メッセージウィンドウに、新たな文字が浮かぶ。

 

『少し……話がしたいのです。ムランさんと、クアドルンさんの、二人に……』

 

「い、いや……でも流石に……」

 

私の口は柔軟性を失い、絵に描いたような動揺をしてしまう。

 

正直なところ、ムランやクアドルンがそれを了承するとは思えなかった。片やレジスタンスの実権を好き勝手され、片や翼をもがれると言う物質的な損失を負っている。

 

勿論スルトが実質的な洗脳状態だったのは説明してあるが、いくら二人が出来た人(?)とはいえその恨みは計り知れない。

 

しかし。

 

「構わん」

 

『私もだ』

 

二人は二つ返事でスルトの願いを聞き入れた。意外な展開に目を丸くしていた私にシンラがささやく。

 

「タツカ。実体化してやれ」

 

「は、はい」

 

言われるがままストレージを開き、スルトの意識が注入されているアイテムを実体化させる。次の瞬間、私の手のひらを光子が包み、サッカーボールサイズの親しみある形状が顔を出した。

 

──ハロ。言わずと知れたガンダムの顔であり、最も簡易的なダイバールックでもある。

 

「これが……今のスルトさんです」

 

そう言って、膝をつき、抱えたスルトをゆっくりと砂の床に置く。

 

歪みのない丸みを帯びたスルトの体は一切ブレることなくその場に静止した。メタリックグリーンの滑らかな装甲は、暗闇の中でわずかに光っている。

 

「なるほど、ヒロトたちと同じか」

 

説明不要、とでも言うかのようにムランがつぶやいた。

 

その場にいたフレディ、クアドルンのエルドラ組も特にこれといった反応を示さなかったので、ダイバーの姿が物理法則を無視して変わるのは、周知の事実なのだろう。

 

「……じゃ、じゃあ私たちは早くお暇しましょうか」

 

立ち上がり、一歩踏み出した私をシンラが止める。

 

「あー……僕もフレディと少し話がしたい」

 

「……?なら私は先に帰ってますね」

 

「ん。頼む」

 

今の今まで話し合いをしていたのにこれ以上何を話すことがあるのか。疑問に思いながらも二つの小さな背中を見送り、私は聖獣の間を後にした。

 

一人で真っ直ぐ部屋に帰り、すぐさまベットに潜る。明日の作戦の緊張か、不安か。まどろみの世界は中々訪れず、その夜はとても長く感じた。

 

* * *

 

「それで?」

 

3人──正確にいえば山の民、聖獣、ボールの機械だけになった暗闇の空間で最初に放たれたのは、ムランが発した一言だった。

 

その一言には、ありとあらゆる感情が詰められているようにも感じられた。怒り、哀しみ、失望──果ては殺意までもが、たったの三文字にこれでもかと込められていた。

 

返答はない。

 

長い、長い、沈黙が続く。

 

『わ……』

 

沈黙を打破したスルトの言葉は、それ以上続くことはなかった。口元を何者かに押さえつけられているかのように、発すべきはずの言葉が続かない。

 

再度、暗闇に加えて無音が周囲を包み込む。

 

『私は……許されないことをしました……!』

 

──言えた。でも……まだ足りない。

 

スルトの心臓が、あたかも早鐘のように鳴る。

呼吸が荒ぶる。目が霞む。

 

言葉を発せるようになるまでは長い時間が必要だった。当然、その間に口を開く者はこの場にはいない。

 

ムランは待った。クアドルンも待った。何分も、何十分も待った。

 

スルトは二人のその反応が、どういった感情によるものなのかは分からなかった。ただ、言葉を捻り出すのに必死だった。

 

スルトのダイバールックであるハロの口が、わずかに軋む。

 

──話せる。

 

『あの時……拾ってくださったご恩……1秒たりとも忘れたことはございません!』

 

スルトは、記憶を辿りながら話した。

 

宇宙から地上に落ちた日のことや 鏡砂で体を作ったこと。飢えて死にかけたたところを、たまたま通りかかったムランに助けてもらったことを。

 

『そのご恩を少しでも返せたらと……私は持てる限りの知識と技術をレジスタンスに広めました……』

 

記憶の中の同志たちは、皆笑顔だった。

 

順風満帆だったからではない。時には衝突することもあったし、セグリもまだ復興の途中だった。

 

けれど、皆んな笑ってた。矛盾しているかもしれないけれど、生きることに必死だった。不幸の残滓に抗うかのように、顔を上げ宇宙に笑顔を見せつけていた。

 

その中で──唯一人、笑えない者がいた。

 

スルト自身だ。

 

『けれど私は……ずっと、ずっと皆を騙していた……山の民だと、記憶を無くしたと……いつか明かせる日が来ると、何の根拠もなく、問題を先送りにして……!ヒトツメが復活した時、躊躇は恐れに変わりました……せっかく、せっかく見つけた"居場所"が無くなってしまうと……その時にはもう……私はアルに……』

 

記憶の中の皆んなの顔から、笑顔が減っていく。

 

顔を強張らせ、怒鳴り、泣き──先刻浮かんだ笑顔など、もうどこにも無くなっていた。

 

『私は確かにアルに洗脳されていました。思考を誘導されていました。しかし、それは私の弱さが……愚かさが起因しただけのこと……』

 

スルトは、無理やり飲み込んでいたものを吐き出すかのようにまくしたてた。

 

『私は許さないことをしました……!失ったものは、もう……取り返しがつかない……!なら……せめて……!この場で私は死──』

 

「もういい」

 

スルトの懺悔はムランによって遮られた。続け様にムランが口を開く。

 

「スルト……お前は今日のブリーフィングで何を聞いていたんだ」

 

スルトには言葉の意味がわからなかった。なぜ今その話を切り出すのか、とムランの眼に視線を送る。

 

「言っておくが、ここでやったものではないぞ。数時間前の……正式な、レジスタンス全員でやったものだ。あの時、私は言ったはずだ。今回の作戦目標を」

 

スルトはムランの言うブリーフィングが、何を指すかは理解できた。しかし、それでも何を言いたいのかはわからない。

 

「……やはり聞いていなかったか。私が命令したのは……"衛星基地攻略"と……敵の手に落ちたスルト、"お前の体の奪還"だ」

 

「な、何故──?」

 

「確かに、お前のしたことは許されないことだ……取り返しのつかないことだ。だがその責は、お前だけのものではない。私たち全員が背負わなければならないものだ」

 

「そんなことは……私さえいなければ、クアドルンさんの翼だって……!」

 

『……お前が私に謝るよりも前に、私はお前に謝罪せねばならない……私は、お前が作った脱出機を破壊したのだから…………済まなかった』

 

クアドルンが頭を下げた。額の宝石のような部位が微かに光り、スルトの顔を照らす。

 

「私たちは弱い……スルト。お前が言う弱さは、誰もが持ち得るものだ。それを補うために私たちは繋がるのだと思う。村や、街、ある時は……レジスタンスという組織として。なのに私はお前と繋がれなかった。繋がったと思い込んでいた……指揮官失格だ」

 

スルトはまだ納得ができなかった。小さな体を震わせ、ムランの許しを拒絶する。

 

「し、しかし……しかし……!」

 

「…………もし、それでも背負った咎に罰が欲しいというのなら……まずは体を取り戻せ。その体では……牢屋に入れても意味がない」

 

ムランは膝をつき、スルトに向き直った。スルトのハロの体に、優しく触れる。

 

「レジスタンスの長として、スルト副司令に命ずる。体を取り戻して無事に帰ってこい。謝罪は、その後だ」

 

スルトは何も言えなかった。機械の体から出るすすり泣きだけが、聖獣の間に響いていた。

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